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呪われし姫君

雷光めいた斬撃。旋風を思わせる突撃。


「今です、皆さん、とどめを!」

「おっしゃあ! 闘技! 『一閃突き』!」

「これで終わりよ――[燃え盛る紅蓮よ、猛炎なる柱となれ。『フレイムピラァ』]」

「愚策にも我らに挑んだツケが回ったな――『サラマンダー』!」

「取りこぼしは任せて」


 ロブの突貫による槍の突き、ルルカ王女とカルキノスの火柱と火精霊の息吹がコボルトの群れを焼き払う。取りこぼしたわずかな個体と、キラーバット二体をネイラの円月輪チャクラムが切り落とす。

 戦闘の終了。

 今回も死者を出すことなく、無事に終えることができた。熱気と魔物の炭化した体が倒れる光景の中、フォードは息を吐いた。


「敵影は無し。全滅です、皆さん、お疲れ様でした」

「ふいー、苦労しましたねー」


 気さくにそう言って笑うのは槍使いのロブだ。精悍な青年だが、今は汗だくだくだ。前線で槍を振るっていたのだから無理もない。


「これしきのことで音を上げるとな、まだまだ修練が足りんな」


 召喚師のカルキノスは相変わらず慇懃だ。円環が先端にある杖を厳かに振り下ろす。


「勝ったのだからぐだぐだ言わない。カルキノスみっともない」

「むっ」


 ネイラの一言にカルキノスが渋面を作る。いかついカルキノスと細く小さいネイラが並ぶと、まるで大人と子供の喧嘩だが、ネイラはどこ吹く風だ。睨まれても気にしない、気にも留めない。


「みんな、やったのだ! お疲れ様! 今回復するぞ、ヒール!」

「これで目標の三十五階層到達まであと少しね」


 はつらつとした笑みのリリカ王女が皆に回復魔術をかければ、同じく双子のルルカ王女が可憐な笑みを向ける。

 それだけで親衛隊のロブ、ネイラ、カルキノスは嬉しげな様子だった。

 戦術の慣らしと長時間戦闘の練習も兼ねた探索は、順調そのものだった。

 先頭をフォードに、ロブ、ルルカを中衛とし、残るリリカとカルキノスが後衛で魔物を打ち取る。遊撃のネイラも合わせた連携はなかなかの域、これならばすぐにでも下層へ潜ることができるだろう。

 ――そう油断していたのが、運の尽きだった。


「っ!」


 フォードが殺気に気づき振り返った直後、しんがりを勤めていたネイラが何者かに襲われていたのを見た。


「ネイラ!」


 リリカ、ルルカ王女らが気づくが間に合わない。小柄な影が、子供と大人の中間のような人型が風のようにネイラの目前に迫り、大きく甲高い声で、


「――■■■――――――■■■――――■■■――――――ッ!」


 人間には発音できない大音声で、ネイラの体を打った。


「うっ」


 瞬間、びくんと体を震わせたネイラが糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 岩柱と岩柱の間、戦闘後の弛緩した空気を縫うように躍り出た襲撃の主が、近場のリリカとルルカ王女を狙う。


「姫様っ! ぐあっ!」


 身を挺して王女の盾になろうとしたカルキノスだが、襲撃者の『声』を受けて崩れ落ちる。刹那、身震いするカルキノスを歯牙にも掛けず襲撃者が、ルルカと、リリカ目掛けて『声』を放った。


「あうっ」

「うあぁ……」


 王女二人の華奢な体が、力なく倒れる。

 フォードの背筋に、怖気が過ぎった。

 怒りと、焦りと、屈辱の入り混じった感情。柄尻をマダラオオグモの糸で繋いだ冥王臓剣とリバースソード改の二刀流で跳躍し、一刀のもとで襲撃者を両断する。

 だが、甘かった。

 襲撃者は一体ではなく、二体。

 残る一体が離れた岩柱から飛び出すと、ロブすら『声』で崩れ落ちさせる。


「ロブ! くっ」


 さらに『声』を放とうとする襲撃者へリバースソード改を投擲。

 喉を名剣で貫通された襲撃者は、勢いごと背後の壁に縫い付けられ、絶命した。


「これはいったい……」


 襲撃者は、くたびれた衣装の女の魔物だった。

 髪は長く、黒く、ぼさぼさといった風体。

 さらには落ち窪んだ目元から、血のような液体が点々と流れている。

 おぞましい姿の魔物だった。

 少なくともこの階層にはいるはずのない、もっと深く、激しい魔物の巣窟にいるはずの強者――


「ダースバンシー? なぜここに……」


 ともかく、襲撃者は仕留めたのだから放っておいていい。

 問題は『声』を受けたルルカ、リリカ、ロブ、ネイラ、カルキノスの五人だった。

 至近距離で『声』を受けた彼らの容態は、はっきり悪い。

 意識はなく、呼吸は荒く、時折小刻みに体が震えている。

 尋常ではない。フォードは周囲を警戒しつつ、五人を運んで迷宮を脱することにした。

 

 バンシー。

 比較的低級の魔物だ。主に第五迷宮《岩窟》の浅層に生息し、初級者探索者でも十分仕留められる。

 最大の特徴は『声』による攻撃。もっといえば『雄叫び』による体の硬直スタンを得意とする。

 攻撃力は無いに等しいが、他の魔物と一緒に現れた時の脅威はあり、動けない体に他の魔物の爪や牙の攻撃が襲いかかる様は恐怖に等しい。

 とはいえ基本的には雑魚と評される魔物。

 決して、一瞬で五人もの探索者を仕留められる強者ではないのだが――


 

「いわゆる『特進種』の一つです」


 森の屋敷の一角。今は治療室として開け放たれている一室で、フォードは難しげな顔で腕を組む。


「迷宮内で何らかの形で進化した結果、通常より遥かに強化された個体です」

「そんな……」


 目の前のベッドで横たわる娘――ルルカ王女とリリカ王女らを見下ろしながら、イルサール王が悲痛な声を出す。


「何とかならないのかい? これでは娘たちは……親衛隊の皆も……」


 苦渋の声音を発するイルサール王の気持ちはよく判る。何しろ目に入れても痛くない可愛い愛娘の王女姉妹、それに忠実な親衛隊三人が昏睡状態なのだ。しかも五人の容態は痙攣、発熱、発汗、それに過呼吸という有様で、急を要するのは明らかだ。

 常備薬でいくらか症状を軽減させてはいたが、焼け石に水といった有様だった。


「ダーズバンシーは通常のバンシーと違い、『声』に硬直、昏倒、その他複数の状態異常を引越す力があります。抵抗レジストは難しく、中級探索者はおろか、上級探索者でも装備次第では昏睡に陥ります」

 体力などの能力が桁外れなので、おそらく直撃してもフォードには通じない。

 しかしまだ初級から中級の間といったルルカ王女たちには、厳しい攻撃だった。


「唯一、救いなのが命に別状はないことです。あくまで一時的な状態異常なので、これ以上の悪化はありません。ただ……」

「ただ……」


 イルサール王は青年のような若々しい顔に、不安を覗かせる。


「一時的とは言っても、持続時間は長く、短くて一ヶ月、長くて数ヶ月はこのままの可能性が」

「なんてことだ……っ」


 最悪の事態だけは避けられるものの、安堵できない状況に、イルサールは嘆く。


「薬は? あるのかい?」

「用意されていた物を使ってはいますが……効力も数も足りません。早急に新しい物を用意するしか」

「手配しよう。娘たちの危機だ。この際、財がどうのとも言っていられない」

「……僕も街で可能な限り調達してみます」

「ありがとう。――君がいてくれて良かった。君無しでは、娘たちは生きて帰ってこられなかったからね」

「……最善を尽くします。それでは、陛下」


 時間が惜しい。二人は急ぎ、それぞれの手段で対抗薬を得るために動く。

 フォードとて、忸怩たる思いはある。護衛として趣きながら、みすみすルルカ王女たちを危険に陥らせたこと。後悔が募る。

 しかし、あんな場所に、『特進種』が――それもいきなり、戦闘後の弛緩を狙ってタイミング良く襲いかかってくるものだろうか?

 バンシー族は低い知能で知られている。

 奇襲はたとえ上位種でも行わないはすだが……


 いや、とフォードは首を横に振る。

 詮索はいい。それより今は王女らの容態を回復させるだけ。

 フォードは森の屋敷を出て、薬剤を売っている街の大通りを目指した。


 

「薬は手に入れましたが……」


 街をあちこち回って走り回り、やっとの思いで手に入れたフォード。

 しかし、一つだけ問題があった。それは……


「体に直接塗り込むしかないとは……」

〈くふ、まあ一難去ってまた一難とはよく言ったものだな。だが安心せよ我が契約者。薬自体は確実に効くぞ〉


 フォードの頭上、ふわふわ浮きながら悪霊王エリゼーラが言う。

 そう、薬は手に入れた。しかしとてつもなく困難なものが待ち構えていることが判明したのだ。

 かつて雷神皇子ヴォルテクスとも謳われた彼が躊躇する問題、それは――


「まさか胸に直接塗り込まなくてならないとは……」


 フォードは手のひらにある小瓶を見て呻く。

 その小瓶の中身は『療皇紫薬』、街で一番の状態異常回復の薬だ。

 しかし最大の難点は『胸』に塗り込まないと効果がない、ということだった。

 心臓に近い位置から作用し、徐々に体へ良い影響を与えるとのことだが……

 治療する必要があるのは、王女二人に、女性親衛隊一人が含まれる。


 ロブやカルキノスら男性は問題ない。

 だがルルカ王女と、リリカ王女と、ネイラはれっきとした女性である。

 その胸に、直接塗らなくてはならない。柔らかで、餅のように弾力があって、瑞々しい白い肌の胸に、直接その手で触れなければならないのだ。

 否、触れるだけでは足りない。強く塗り込まなくてはならない。それこそ「痛い」という手前くらいまで念入りに、力を入れて、『療皇紫薬』を塗り込まなくては効果が出ない。


「イルサール王は……」


 王女の父王であるイルサールがいれば話は別だが、彼は出かけたまま帰ってこない。

 屋敷には置き手紙で『明日の夜に戻る』とある。

 つまり自分一人だ。いま、王女たちを助けられるのはフォードしかいない。


〈……別に明日でも良いではないか? ……まあ、野暮だな〉


 当然である。明日になればイルサールが戻ってくるからそれでいいなどと、言えるわけがない。

 なぜならルルカもリリカ王女も、親衛隊三人も、ベッドで汗塗れで苦しんでいるのだ。

 これを放置しておくことなどできない。護衛騎士として、王女たちの安全を確保する者として、このまま半日以上も待たせてしまっていいのか? 良いわけがない。


〈屋敷の子供らや使用人に任せるのは……ああ、駄目だな〉


 戦士見習いの子供や、各使用人は当てにならない。なぜなら『療皇紫薬』は一定以上の腕力がなければ十全に力を発揮しない。高級、高効果、高能力を持ち手に要求するのが、この妙薬の特徴だった。


「くっ、どうすればいいんですか、このままでは王女たちがっ」

〈別に気にする必要はなかろう。溺れている者に躊躇する余裕があるのか? 人工呼吸と思えば良かろう。善は急げ、早くやるがいい〉


 と言ってもすぐ了承できるわけなどない。さきほど別の薬を飲ませ、汗や痙攣を少し和らげたのだが、それによって一見、王女たちはだいぶ楽そうに見える。見えてしまう。

 このまま明日になればイルサールが帰ってくる。だから恐れ多くも王女の立派な胸に触れる必要はあるのか、いやしかし……とわずか数分の間ではあるが、妙に濃い時間の中で懊悩するフォードだった。


〈まあ、気持ちは判るがな。これほど若く美しい少女、目の前にしたら躊躇するのは当然のこと。金糸のように美麗な髪、肌は雪のようにいと美しい。加えて女性として完璧な曲線を描くルルカやリリカの体。果たして自分が触れていいのかと思うのは自然なこと〉

「……判ってるんじゃないですか」

〈だがそれは乗り越えよ。そも、別に彼女らが嫌がるとも思えんがな? この者らはぬしに少なからず恩義を覚えている。感謝するこそあれ、嫌悪などあり得んと思うが〉

「理屈はそうですが……しかし、ええい……判りました」


 意を決しフォードは『療皇紫薬』を塗りに掛かる。

 まずは、最初に塗るのはリリカ王女だ。

 一番気心知れているし、自分を慕ってくれている。それに、普段から肌をみty役させてくるので、あまり抵抗が少ないのが理由の一つだった。


「脱がします。失礼します、リリカ王女」


 フォードはリリカの立派に張った胸元をはだけさせる。

 すぐさまぽんっと飛び出たのは、白色に包まれた下着だ。天に屹立する膨らみ、白い肌を包み、高々とその大きさを主張している。


「う……」


 呻きそうになる口をこらえ、フォードは下着を取り払った。

 やばいものが見えた。

 見なかったことにする。いや、実際は視界に入っているのだが、「これは背景だ」「背景ですよ、ええ」と自分に暗示をかけ見てはいけないものなど見なかったことにする。

 震えそうになる手で療皇紫薬の小瓶の蓋を開ける。

 中身をすくいあげる。

 紫色の粘液はお世辞にも健康的な色と言えない。というより何か生々しい。

 それを、リリカ王女の立派な屹立するものへ塗っていく。


 ――うわ、柔らかい!

 などという思考は遥か彼方、またもフォードは自分は何も触っていない、いや「これは餅だ」「餅なのです」と無理やり認識を捻じ曲げる。

 たとえぽよんぽよんと形を変えようと、瑞々しい張りが指先や手のひらを伝わろうと、その膨らみが餅にしては気持ちよすぎる感触だろうと、ああ駄目これ以上は触ったら不敬罪になる乙女の柔肌になんてことを自分は、いやこれは餅だ誰が何と言おうと餅なのですと強く強く強く自分に言い聞かせる。

 というより弾力あり過ぎ。たまに抱きついてくる感触からでかいとは思っていたが、それにしても否! 今は僕はつきたての餅を触れている、それ以上でもそれ以上でもないと綻びそうになる思考に喝を入れて、ひたすらフォードは谷間や輪や頂点に紫色の薬を塗りたくっていく。

 ぽよん、ぽよん、ぽよん。


「うぅ……フォードぉ……」


 などといううめき声がした気がしたが、空耳だろう。

 外の木々が風に揺れて奏でた音かもしれない。


「フォードに胸ぇ、触られてる……」


 それが意味を成しているように聴こえる言葉だろうと、くねくねとリリカが恥ずかしそうに肢体を動かそうと、全て風のいたずらで空耳で単なる背景、気のせいか頂点が堅くなっているような気がするが餅なのでそれはあり得ないと理性を要塞化して認識を捻じ曲げる。


「はぅぅ……う……ん……」


 一瞬が永劫にも感じられる濃密な時間。

 気がつけばはあはあと洗い息をついてフォードは『療皇紫薬』を塗り終わっていた。

 即効性があるのか、リリカの顔色は良くなり、息も穏やかになりつつある。

 もう少し時間を経れば、快復に至るだろう。


 ――終わった、完遂した、僕はやり遂げたのです。

 脳裏に妹の誇らしい笑顔が浮かぶ。流石ですわ兄様あにさま

 かつてこれほど感動したことがあっただろうか、得も言われぬ達成感に小躍りしたい気持ちになり、フォードは、


〈あと二人分だな〉


 エリゼーラの情け容赦ないセリフに、しばし固まった。


 リリカの隣では双子の姉妹のルルカ王女が。

 さらにその横ではネイラの細い肢体が。

 それぞれフォードの治療を待っている。


「……そうですね、判っていますよ。やるしかないです」


 これをあと二回か……

 しかも時計、一分くらいしか進んでいない……嘘だ、六時間くらいやっていた気が。

 時間は時に残酷だ。フォードは意地悪な状況に疲弊しつつも、実時間にして三分強、体感時間にして十八時間を超える長丁場に挑んでいったのだった。


 

「ふう……」


 全ての処置が終わり、一息ついた後。フォードは疲弊しきった体を弛緩させた。


「これで終わりですね、長かった……」


 ここまでくれば後は楽勝。残るはロブ、カルキノスの男性陣のみ。

 別に男の胸に薬を塗るくらいわけはないので、ほんの少し時間をかければそれで済む。

 だが、最後に最大の難関が。


〈……む? ぬしよ、その薬、注意書きをよく見てみよ〉

「はい?」


 言われてフォードは『療皇紫薬』を見た。

 小瓶のラベルには小さな文字で、次のようなことが書いてある。


『この薬は女性には「胸」によく塗り込むこと。男性の場合は、「股間」によく塗り込むこと』


 愕然とした。

「なん、ですって……?」


 女性と男性で、塗る場所が違う――!?

 しかも胸ではなくこ、こ、こ、こか……股間っ!?


〈ぬしよ〉


 エリゼーラは言った。同情と、哀れみの目を向けて。


〈もうひと踏ん張りだ。……頑張れ。われはぬしを応援している〉


 視線を横に向けて、早口でそう言う悪霊王。


「え? あの、エリゼーラ、これ、嘘ですよね? もうあと二回、しかも今度は! ロブと! カルキノスの! こかんに!? いや、はは、まさかぁ、こんな冗談あるわけ……はは、なぜ目を逸らすのですエリゼーラこっち見てくださいエリゼーラぁ」


 英雄は難事を越えてこそ英雄。

 フォードは数々の功績をエルフ王家にもたらすが、人知れず高難易度なミッションがあったことを、誰も知らない。

 知らないほうが、みんな幸せ。


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