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箱入り娘 4

「ふっ……」


 数日前、ユキはシンに呼び出された。

 しかし身の危険を感じたユキは、シンの呼び出しを無視したのだ。

 そしてそれから逃げるように教育を詰め込み、いまだシンを会わずになんとかやっている。

 当初からすればとんでもない反抗でもあったが、これは自分の成長のためなのだと言い聞かせながら逃げ回っていた。

 そして、逃げ回っているうちにお披露目当日となったのだ。


「さあ、次はコルセットですよ」

「はい……」


 いまや、付け焼刃とは言えユキの王女としての振る舞いはなかなかに良い塩梅となっている。

 多少おかしなところもあるが、それでも短時間だけの公務であれば十分といえた。

 今、ユキの胃がキリキリしているのはお披露目のことだけではない。


「……はあ」

「ユキ王女、ため息をついてはいけませんよ」

「はい……」


 先ほど最終打ち合わせとして黒豹部隊の面々と警備の打ち合わせが行われた。

 警備配置や逃走ルート、また緊急事態が起こった際の振る舞いなどを説明しているシンは、ユキから見ても非常に格好良かった。

 しかし、しかしだ――


「……はあ」

「……ですからユキ王女」

「あ、ご、ごめんなさい……つい……」


 一瞬だけ目が合ったときのシンの顔は、たった今人を殺してきました、と言えば信じるくらいには凶悪だった。

 あれでは絶対に報復される、自分が約束を破ったことを怒っているのだ、と思ったユキは、できればこのお披露目が永遠に終わらなければいいのにとすら思った。


「ユキ王女、整いました」


 大きな姿見が運ばれてくる。

 そこには、誰がどう見ても王女と言えるユキの姿が映っている。

 磨き上げられて丁寧に化粧を施され、髪は複雑な編み上げで着ているドレスも正装。

 華やかな姿であるのに、その表情だけは暗い。


「あとは微笑を浮かべて頂ければ全ての準備が整います」


 自動的に、そして反射的にユキが微笑む。

 するとメイド達は満足げに何度か頷き、ユキをドアまで導いた。

 ドアの前まで来ると、そのドアは自動的に開き、向こう側には広間までユキを連れて行くためにグラスとヤクーが建っている。

 二人とも正装に身を包んでいるが、ユキはあまりにも似合わないそれに少しだけ吹き出す。


「なんだよ、文句あるか?」

「いえ、別に……ふふっ」

「ユキは綺麗だね。凄く似合って――あ、今は王女なのか……! いや、今はって言うか……その……」


 メイドに睨まれてしどろもどろになるグラスにユキが苦笑する。


「参りましょう」


 一言そう言えば、グラスとヤクーは見事な敬礼を見せた。




* * * * * *




「ユキ王女ご到着!!」


 長い廊下を歩き、ようやく広間にたどり着く。

 ドアの横にいた騎士が大声で中へそう叫べば、重そうな扉は音も立てずに開いていった。

 そして――


「凄い……」


 見渡す限り、人しかいない。その視線が全てユキに向かっている。

 ユキのポツリとつぶやいた言葉は幸いにしてグラスとヤクーにしか聞こえなかった。

 小声でヤクーが「凄いのはわかったから歩け」と言えば、ユキは少し焦ったように室内へと足を踏み入れたのだった。


「…………」


 教えられたとおり、静かに音を立てずすべるように歩く。

 伸ばした背筋に乱れぬ体の軸。

 ツンと上を向いたその顔には微笑が乗っており、それを王座で見ていたアルージャは立ち上がって手が千切れるまで拍手を送りたくなった。


「ユキ、こちらへ」


 王座に近づくとアルージャから手を差し出され、アルージャの横へ立つ。

 その時ようやくアルージャの後ろにシンが立っているのに気づき、そしてその表情が驚愕しているのに気づき、ユキは驚きのあまり目を見開いた。


「みなのもの、我が娘を紹介しよう」


 しかしシンの驚愕の理由を確かめようとする間もなく、ユキはアルージャに促されて少しだけ前へ押される。


「…………」


 いよいよ、ユキがこの国の王女としてみなに披露される場が始まった。

 なにやら長い挨拶をしているアルージャの横で、ユキは会場をみっともなくない程度に見回す。

 天井の穴は五メートルほどと言われていたものの、実際それよりはるかに小さく見えた。何度かブレスの練習はしたものの、大丈夫なのだろうかと不安になってくる。

 そしてその穴の下には、国賓席があった。

 せめて少し開けてくれればと思ったものの、より多くの人を招いて威厳を示したいというアルージャの考えのもと席数を増やしたのだった。


「我が娘ユキは黒龍として我が国に祝福を授けるだろう」


 予め決められていたセリフに、ユキがぴくりと反応する。

 これを言われたら、黒龍へと変化しなければいけない。


「…………」


 不安げな表情を浮かべるユキに、アルージャは微笑みかけながら背中をさすり、その額に唇を落とした。


「ユキ。お前なら絶対に大丈夫だ」


 ユキにしか聞こえない音量でそう言うアルージャを見て、ユキの不安が少しだけ落ち着く。それでもやはり不安は完全に消えないまま、ユキは全身に力をみなぎらせていった。

 着ていたドレスはバリバリ音を立てて破れ、ユキの体が龍体へと変化していく。

 するとメイドが素早くマントで危うげな部分を隠し、ユキはそのまま一気に黒龍へと変化した。


「なんということだ……」


 会場中に歓喜の声。

 どよめきはやがて歓声へと変わり、広場は熱気に包まれていく。

 周りの人を踏まないようにそっとユキが歩き始めると、そのすぐ後ろをグラスとヤクーが追う。そしてブレスを吐き出すために部屋の中央まで歩いたとき、ユキは周囲からの熱っぽい視線に気づいた。


「…………」


 期待されている。

 鈍感なユキにもそれがはっきりとわかる。

 ごくりと生唾を飲み込んだ瞬間、ユキは急に緊張が増したような気がした。

 怖くなり、恐る恐るアルージャの方を見る。

 すると、なぜかその後ろに立つシンへと目がうつった。


「…………」


 ほんの少しだけ、シンの口角が上がる。

 それを見た瞬間、ユキの中からはすっかり緊張がなくなった。

 シンの手前で小さく手を振って必死にユキを応援するアルージャなど視界には入っておらず、ユキはただシンばかりを見つめる。

 そして王も、愛する娘を応援する姿など誰にもばれていないと思いながら、ただユキだけを見つめて手を振っていた。

 そして――……


「ああ……なんと素晴らしい……」


 黒龍の咆哮が広間に広がり、アルージャはその目を潤ませる。

 そして天高く放たれたブレスは、天井の穴から天空へと付きあがり、日の落ちかかった国を明るく照らした。

 ビリビリと震える空気。

 誰も一言も発せぬまま、ただ時が過ぎる。ブレスの余韻が完全になくなっても、誰一人として動こうとしなかった。

 やり遂げたユキがチラリと王座へ視線を向ければ、そこには満足げな顔で立っているシンがいた。

 そしてやはり、こっそり、そして必死に娘を褒め称えるアルージャのことは視界に入らないのだった。




* * * * * *




「さて……」


 お披露目は滞りなく終わり、国民と他国へ威厳を見せ付けたユキはあっという間に囲まれてヘロヘロになるまで相手をした。

 そしてよきところでアルージャの助け舟があり、一足先に与えられた部屋へと戻ってきたのだった。

 途中、控えの間で龍体から人体へと戻ったユキは、王女にあるまじき気の抜けた声を出したが、それを責める者は誰もいなかった。

 そうやって安心しきったまま部屋に戻ったユキは、突然聞こえてきた声に飛び上がるほど驚いてベッドから転がり落ちる。


「うわ、痛っ……! え、ななっ……!? な! え!?」


 暗がりで辺りは見えない。

 それでも自分に向かって人影が動いたのを見て、ユキは反射的に龍体へと変わろうとした。しかし、あっという間に距離をつめられてベッドに押し付けられる。

 ふわりと香った匂いに、ようやくその人物がシンであると気づいた。


「えぇ……? シン、さん?」

「良くやったと褒めてやりたいところだが――」

「げっ」


 凶悪に歪んだシンの顔。「じゃあ、そのまま褒めてくれよ」とも言えず、ユキは自分がシンに対してとった態度について心の中で懺悔した。


「お前、なぜ俺から逃げた」

「…………」


 ユキは言わなくてもわかっていることをあえて問うのは大人気ないと思っている。

 しかし、それを言うほどの勇気はなく、そして答えを急かすシンの視線を無視できるわけでもなく、「あー」とか「うー」とか言葉にならない声を出しつつ打開策を必死に考える。

 その間も服の隙間からシンの手が潜り込んでくるものだから、ユキは必死にそれをはらっていた。


「お前俺のことが嫌いなのかよ」

「そんなことないです」

「ならなぜ」

「……だって、シンさん私の意志を無視するんだもん。あの日、言う通りにしてたら私は――」


 ポツリと言った言葉にシンが目をむく。

 「一体何をそんなに驚いているんだ」とか「今日はこの人よく驚くな」とか考えていると、シンはユキに圧し掛かって「ああ……」と漏らした。


「重いです……」

「ああー……そう、か。そうだったな。お前はついこの間までお子ちゃまだったからなあ」

「そ、そういう言い方やめてもらえませんかね」


 顔を赤くしてそう言うと、シンはわざとらしい“申し訳ない表情”を作りながら口角を上げた。


「お前のペースに合わせて、ゆっくり歩んでやるからな? 無理はさせねぇさ。な?」

「……嘘くさいのですが」

「大丈夫だ、安心しろ。俺が嘘をついたことがあるか?」

「山ほど」

「大丈夫だ、大丈夫」


 ポンポンとユキの頭を撫でながら、シンは「そうかそうか、そういう理由か」となにやら満足げにつぶやく。


「ほれ、こっち向け」


 すっかり拗ねたユキの顎をとると、シンはニヤニヤ笑いながら視線を合わせた。


「お前に合わせてゆっくり進めてやるよ」

「そりゃあどうも」


 ユキが不機嫌さを隠しもせずそう言えば、シンの笑みはさらに深くなった。


「本当だぜ? だから今日は手を出さねぇさ。ほら、こっち向けって」

「…………」


 いまだぶすくれているユキに苦笑しつつ、シンは寝転がりながらユキを抱きしめる。


「なあ、お前今日は随分と綺麗だな」

「え……!?」


 ユキの全身が熱くなり、顔なんかは真っ赤になった。


「嘘じゃねぇよ。いつもは……まあ、可愛いがせいぜいだが、今日は綺麗だ。ちゃんと大人の女じゃねぇか」

「や……なんか……言い方が……」

「あーあ。お前が手を出しても良いって言うならなあ?」

「……そんなに手を出したいなら――」


 シンがユキの口を塞ぐ。


「店に行けだとか他の女のところに行けだなんて野暮なこと言うなよ? 俺はお前以外の女なんざどうだっていいんだからな」

「…………」

「いいか、ユキ。俺はお前が大事なんだ。じゃなかったら、誰がこんな面倒なことやるか。嫌がっても押さえつけて、泣いても絶対に離しゃしねぇよ」


 シンの指が、ユキの耳の淵をなぞる。


「もう一度言うがな、俺は――」


 がぶりとかぶりつかれた耳が、熱を帯びていく。


「お前を愛しているんだ。嘘じゃねぇ」


 この日、手を出さない愛の囁きはユキがギブアップするまで続けられた。

久々の更新(本格的な始動は5月ですが……)。

これにて一件落着。

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