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悪役令嬢な伯爵令嬢は、獣人族の族長に「番」として愛される ~研究者の私を、狼の旦那様は離してくれません~  作者: ましろゆきな


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第一話 伯爵令嬢、また性懲りもなく実験で死にかける

 また、死にかけた。


 目の前で弾けた紫色の光と、鼻をつく焦げ臭さ。くすぶる実験台を見下ろしながら、私――クラリス・オーブリーは、そんな場違いな感想を抱いていた。


(前世でも、こんな風にあっけなく終わったんだったわね)


 馬車の車輪が外れて、あっという間に。誰かに恨まれたわけでも、大きな陰謀に巻き込まれたわけでもない。ただの事故。あの時感じた「私の人生って、結局何だったんだろう」という虚しさだけが、今も時々胸の奥から顔を出す。


 もっとも、今はそれに浸っている場合ではない。


「クラリス様! ご無事ですか!?」


 助手のテオが真っ青な顔で駆け寄ってくる。私は焦げた前髪を軽く払いながら、実験台の上の魔道具を検分した。


「大丈夫よ。むしろ収穫だわ。触媒の配分を三割変えただけでこの反応――記録しておいて。次はもう少し出力を落として再現してみましょう」


「い、今のを、もう一回、ですか……?」


 テオが引きつった顔をする。周囲の研究員たちも、遠巻きにこちらを見ながら小声で何か囁き合っている。聞こえてくる単語はいつも同じだ。


「――やっぱり、あの伯爵令嬢は変わってる」

「悪役令嬢だなんだって噂されるのも、頷けるというか……」


 伯爵家の娘でありながら、ドレスよりも実験着を好み、危険な魔法生物学の研究に嬉々として飛び込んでいく変わり者。それが、社交界における私の評判らしい。


 悪いとは思わない。


 前世で、我慢して、周りに評価されるためだけに生きて、それでもあっけなく終わったのだ。今世まで同じ生き方をするつもりは、欠片もなかった。


 ノックの音がして、研究所長が顔を覗かせた。


「クラリス君、いいところに。ちょうど話があってね」


 所長の手には、王家の紋章が入った書状。


「人間領と獣人自治領の合同交流事業だ。今年は魔法生物学の分野からも視察団を出すことになってね。――君に行ってもらいたい」


 私は、焦げた実験着の袖をぱたぱたと払いながら、書状を受け取った。


「獣人族……」


 目を通す。獣人族の身体強化能力、変身現象。人間とは全く異なる魔力回路を持つと言われている種族。文献でしか読んだことのない、未知の魔力構造。


 胸の奥が、ざわりと逸る。


「行きます」


 食い気味に答えた私を見て、所長は苦笑いを浮かべた。


「即答だね。……まあ、君ならそう言うと思っていたよ」


 ◇◇◇


 視察当日、王城の一角に設けられた交流の場は、人間側と獣人側、双方の関係者でざわめいていた。


 その中で、ひときわ視線を集める人物がいた。


 長身。灰がかった銀髪。獣人特有の、狼を思わせる耳と、瞳孔の細い金の瞳。放っておいても人が集まってくるような、圧のある佇まい。周囲の人間貴族たちが、遠巻きにひそひそと話している。


「あれが、獣人族側の――」

「族長だという話ですよ。なんでも、かなりの切れ者だとか」


 私の目は、彼にではなく――正確には彼の「魔力」に、釘付けになっていた。


 視界の端に浮かぶ、薄っすらとした魔力の揺らめき。人間とは明らかに異なる、密度も流れ方も。教科書で読んだ理論値の、何倍もの厚みがある。


(これは……)


 気づけば、足が勝手に動いていた。


「失礼します」


 声をかけると、彼――ヴァルクと呼ばれていたその人物が、こちらを見下ろした。


「……何だ、お前は」


 人間の令嬢が突然近づいてきたことに、周囲がざわつく。だが私はそれどころではなかった。鞄から魔力波形計を取り出し、彼の目の前に突きつける。


「これを持って、少しの間じっとしていていただけますか。あなたの魔力波形を計測させてほしいんです」


 一瞬の沈黙。


 ヴァルクと呼ばれた男は、切れ長の金の瞳を細めて、私をまじまじと見た。値踏みするような、それでいてどこか面白がるような視線。


「……(つがい)って柄でもない人間だと思ったが」


 小さく呟かれた言葉は、私の耳には届かなかった。ただ、彼の口の端が、ゆっくりと弧を描くのだけが見えた。


「面白い」


 その一言と共に、彼は差し出された魔力波形計を、あっさりと受け取った。


「好きにするといい。――お前が何を測ろうとしているのか、俺にも興味が出てきた」


 周囲のどよめきが、いっそう大きくなる。


 その声が、どこか楽しげに響いていたことに、私はまだ気づいていなかった。

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