1話 チャラ男、異世界に行く!!
長いトンネルを抜けると、景色が一転し、物語は始まる。
そこは雪国、あるいは不思議の国の町。
そんな幻想的な始まりだと良かったんだが……。
「待てゴラァ!!」
「ひぇ」
不良に追いかけられて、逃げ込んだトイレの先が異世界に繋がっているなんてな。誰が得するマジックゲートなのだろう。
それでも眼前に広がる緑林は世にも美しく。
ここが元居た世界じゃないことだけは、はっきりとしていた。
◇ ◇
少し時を遡ろう。
俺は『水島海斗』。
何事も柔軟で臨機応変に、平和に生きるのがモットーの高校生だ。
「頼む海斗、このとおりだ!! 明日のバイト代わってくれ!!」
なんでもない昼休みの学校。
勢いよく坊主頭を下げるマサト。
その頼みを俺は快諾した。
「ああ、いいぜ」
「よっしゃサンキュー! 店長がどうしてもかわりを見つけろって言ってきてさ」
浮かれるマサト。だが、マサトはそこで一転して曇った顔をみせた。
「……うーんでも心配だな。ファミレスって結構覚えること多いし、接客も大変だぞ! あと店長も若干気難しくて……」
目的を達した後になって申し訳なさやら不安やらを感じたらしい。
やれやれ。
「その辺は心配いらねーよ。上手くやっとくわ。それと……これ貸しだからな。いつか俺が困ったらその時には返して貰うし」
「確かに! 海斗そういうの得意だもんな! そういうことなら任せるわ! じゃサンキューな!」
そうと決まればと、駆け出す坊主頭。おおかた野球の試合が近くて練習に打ち込みたいのだろう。
マサトがいなくなった後でボヤく。
「ったく」
貸し、なんて言葉であたかも平等な取引を装ったが、俺は返して貰うつもりなんかこれっぽっちもない。
ようは相手が心地よく頼みを達成するための方便である。
あいにく明日の予定はなかったので引き受けることにした。
マサトは野球部のスタメンで、学内でも顔が効く方だから、仲良くしといて損はない。
「あっ、海斗じゃ〜ん」
廊下を歩いているとウェーブのかかった金髪の女子生徒がこちらに気がついた。
芸能人かと見まごうような美貌でスタイルがよい女子生徒。
名前は上室明里( かみむろあかり)。生年月日は2009年8月11日。好きな食べ物はかりんとうで好きなアイドルは韓流スターのジュノ、あと彼女に惹かれている男子は星の数ほど。
こんなところか。脳内でぱっとプロフィールを広げる。
俺は手を上げて返事をした。
「オッス」
「オ〜ッス」
制服の胸元が少し開いているのが本当に少しばかり気になるな。
かわいいな〜こんな彼女がいたらいいな〜とは思いつつ、上室とは絶対に付き合えないと判断する。この子は庶民には危険すぎる。
「ねぇねぇ海斗さ。暇なら1階の自販機でミルモル買ってきてくんない? あーし今あれ飲みたくてさぁ。買ってきたら教室まで持ってきて」
上室はこちらが何をしているのか耳にしてもないだろうに、完全なパシリの提案を加えてくる。
客観的に見て不作法なお願いだろう。怒ってもいい場面だ。だが、
「おーけー、とどけにいきまっす〜」
「あは、じゃあおねがいねー」
俺は文句も言わずに即諾する。彼女に対してはそうするべきだからだ。
学校ではアイドルのように扱われており、多くの男子のハートを射止めている上室だが、裏では男癖がひどくつきあっては別れを繰り返している。しかもタチの悪い連中にこそ惹かれるようで半グレ予備軍みたいな男が常に後ろ盾になっている。
だから彼女とは揉めるべきじゃない。余計なことに巻き込まれたくなければちょっとしたお願いぐらい聞いてやるべきだ。
1階に降りた俺は渡り廊下の途中にある自販機に小銭を入れミルモルを1本買う。買った後になってこの後金を請求すべきか思い起こすが、自分からは言い出さない方が平和だろう。
「ふぅ」
人に振り回されてばかりだが、こういう生活を俺は悪いと思ってない。
もともとお節介な性格だし、何より一庶民の俺が安穏に学園生活を送る上でこういった処世術は必要だ。
何事も柔軟で臨機応変に、誰にでも反発せず自分のコダワリはいらず。
それこそが、これといった取り柄のない俺がカシコク現代を生きるためのモットーだ。
この柊木学園は自由な校風で、偏差値は平均以上。それと、とにかく陽キャな学生が多い。
「うわ海斗歩いてる! ウケる〜!」
「うーす」
だから俺も空気を読んで、ノリがいいチャラ男を演じている。
苦には感じていない。元来の性格がこれかというのは疑問だが、周囲に馴染むためにこうしているだけ。
無理をせず、上手くやる。昔からこういうのは得意だ。
別に特別なことではないはずだ。誰もが経験していることだろう。内心に秘めた自分と違う、場面にあった自分を演じることは。
それがマナーだったり空気を読むという言葉の実態だと俺は思っている。
◇ ◇
上室に飲み物を渡したところで(当然金は返ってこなかった)教室まで戻ると、隅の方で固まっている集団があった。彼らはこぞってタブレット端末に顔を寄せている。
『ユーイチロー……助けて……』
『スゥーー……当たり前だぁぁあああーー!!』
教室でアニメを見ているようだ。彼らはいわゆるオタクグループというやつ。
正直にいえば、彼らはこのクラスの中で浮いた存在である。
俺のように空気を読むことをせず、ひたすら自分の好きなことをする人間。あまり周囲に馴染めているとは言えない。
………俺は、別にそういう奴らが嫌いなわけではないが、こうは思っている。もっと上手くやればいいのに、と。
そんなことをいうと、ものすごい剣幕で批判を喰らうに違いない。
それでも……馴染むための努力をすることが現代社会の生き方ではないか。
そこに、
「オイ! 何見てんだよ!」
「あっ……」
派手な赤い髪の生徒——ダイチがオタクグループのタブレットを取り上げた。
「異世界転生した俺は海賊になって第二の人生を送る〜金銀財宝と美女は全部俺のもの〜だぁ?」
動画サイトのタイトルでも読んだようで、ダイチがくつくつと笑った。
「お前らさ。こんなん見てるから彼女が出来ねーんだよ」
オタクたちは人前でタイトルを読まれたのが恥ずかしかったのか、顔を赤らめてうつむく。
やれやれ、ダイチはこういう制裁のような行為を好む性格だ。
ダイチはクルリと首を向けて言う。
「なぁ、海斗もそう思うだろ?」
そして、やたら他人に同意を求める。
いつも俺なわけじゃないが、今日は俺だった。
オタクたちも困惑した顔でこちらを見る。
……内心をいえば、昼休みにアニメを見てようが人の勝手だろう。内容も詳しく知らないのに一方的な価値観で批判するのはどうかと思う、が。
ダイチはバスケ部のエースで、友達も多い。
——俺は、ただ平和に過ごしたい。
「ああ、俺もそう思うぜ」
出来る限り、平坦に。だけど本心を疑われないほどのテンションで言った。
「だよなぁ! オイ、海斗もそういってんぞ!」
オタクたちはうな垂れて言い返す様子はなかった。
俺は全員と上手くやりたくても、こういった場面では弱い。
曖昧な返事を返すと庇っているように思われるし、強く同意すると片方とは縁を切らないといけなくなる。
俺は空気を読む達人を自称しているが、どうしようもないときだってある。
……悪く思わないでくれよ。
◇ ◇
放課後になった。
長い付き合いのケンタが一直線に声をかけてきた。
「海斗ーー! 今日は一緒に心霊スポットを回る約束だったよなーー!」
「悪い、やっぱり今日は帰るわ」
「なんだよー! つれねーなー」
ケンタの誘いは雑に断ってもいい。それこそ長いつきあいだからだ。
先ほどのこともあって、今日は少し気分が乗らない。
学校の裏口から帰る途中、武道館の裏の方から悲鳴らしきものが聞こえた。
「なんだ?」
嫌な予感はしつつも、聞こえてしまったからには見逃すわけにもいかず、声のもとへ。
「痛い!! だ、誰か助けて!!」
「誰のことを殺すってぇ!! 陰キャ野郎が!!」
武道館の裏で男子生徒が複数人に袋叩きにされていた。
「わぉ……」
一応いっておくが、柊木学園は治安がそんなに悪いわけじゃない。
さっきのダイチの件も、タチが悪いが彼にとっては遊びのようなもので、暴力には至っていない。
けど、例外というものはある。
この袋叩きをしている生徒達のボス、黒堂センパイは親が理事長と懇意にしていて……いや、懇意というより理事長は『しもべ』扱いみたいなそんな関係らしい。
とにかく令和では考えられないような事件を起こしては学園内部で揉み消している、らしい。
これも多分その一環だ。
「くそ……なんでこんなことに……」
「その臭ぇ口、一生開かないようにしてやんよ!!」
この現場を覗いている俺がすべきことは一つだ。
「よし、気付かれないように離れよう」
君子危うきに近寄らず。何もみてない、関わらない。男子生徒は心配だが、すぐに離れたほうがいい。
この学園で一番相手にしてはいけない人物だ。
しかし前方に気を取られていた俺は足の置き場を間違えた。
——ボキッ。
「誰だ!!」
ヤバい! やらかした! 小枝を踏んでしまった!
なんという古典的なトラップ。
黒堂センパイ達がこちらに近づいてくる。
俺は素早く身を隠して、その場から離れる。まだ顔は見られていない。
「待てゴラァ!!」
「ひぃ」
向こうも追いかけてくる。
俺は必死で隠れる場所を探して、手近な屋外トイレに駆け込んだ。
誰にも使われていない、放置された狭いトイレから錆び臭がする。
「そこに逃げ込んだぞ!!」
もう逃げ場がない。
俺は隠れる場所を探して、無駄だと悟りつつも個室トイレのドアを握った。
ガタガタガタガタ。
建て付けが悪いのか、俺の手が震えているのか、わからないが開かない。
『開かずのトイレっていうらしいぜ。武道館の脇にあるトイレには開かない個室が一つがあって、それを開くと——』
ふと、ケンタとの世間話を思い出した。
学園の七不思議だったか、そんなやつだ。
『別の世界に繋がってるって話だぜ』
別の世界……異世界ってやつか。そこにでも駆け込みたい気分だ。異世界に逃げ込みたくなるって気持ちが初めて理解できた。
背後からの足音がすぐ手前まで聞こえる。時間がない。
異世界!? 俺が知ってるヤツだとハリーポッターの9と4分の3番線みたいに特殊な開け方があるとかか!?
支離滅裂になって、俺はなんとか開かないかとドアノブを引っ張り上下左右に揺らす。
上上下下左右、ノブを左にひねって右にひねる。
————ガチャリ。
「よし、開いた!」
それが功を奏したのかは知らんが俺は中に逃げ込んだ。閉じこもったところで一時しのぎでほとんど意味がない行為だとしても。
転がるようにトイレに入った俺はそこで2回転ほどローリングして固い階段を転げ落ちた。
「いってー!!」
何が起こったのか。
思ってもいない吹っ飛び方をして、すぐに起き上がれない。
手を握ると、土の感触がした。
「……裏に出たのか?」
トイレのドアの中は外だった。
なんだ、中途半端に取り壊されてたりしたのか?
とにかく逃げないとと思い、立ち上がって振り返る。
「————っ!?」
そこには、信じられない光景が広がっていた。
トイレなど跡形もなく。
周囲は森林で、トイレのあった場所には、毛布やら果物やらで祭壇のごとく飾り付けられた石柱があり。
その中央の通路の先には、ブラックホールのように暗い渦の壁。その周囲を虹色の光の輪が回っている。
森の中に見たこともない建造物がある。
「天国、とかじゃないよな」
もうわからなすぎて苦笑いしかできない。
どさっと背後から何かが落ちる音がした。
「マサタカさま?」
知らない女性の声が響く。
振り向くと、金髪で耳の長いキレイな女性が心底おどろいた様子でこちらを見ている。
地面には木材で編んだカゴが落ちており、果物が散乱していた。
「あなたは……マサタカさま、ではないのですか……?」




