結託
戦争に巻き込まれた日本。戦火から妹と逃げ続ける日々。
そして廃ビルでの銃撃。
俺は女の子に一連の出来事を話した。
「そういう訳で、何が何やらわからないずここにいるんだよ」
「……ない……そう……現実……」
先程までの気が強そうな顔はどこへやら、体育座りのまま顔面蒼白、見開いた目を下に何やらブツブツ呟いている。
「ここは何て場所……えーっと、国なんだ?」
ちょっと首を伸ばし訊いてみた。
電気が走ったように体を震わせ、軽く飛び退く女の子。
「こ!……これはっ……現実じゃない!!」
震える声で叫んだ。
俺を見る彼女の姿、それは女風呂に珍入してきた酔っ払いオヤジといったもので、俺の自己紹介方法は失敗と悟った。
何か気の強そうな奴だと思ったのにガッカリだ。
しかしこのやりとりは困る。
やっとこの世界で俺を認識できる人間と出会えたんだ、何とか知り合いになりてーんだが。
「そんな怖がるなよ、俺は実体の無い、そこらにある小石も持てない無力な存在なんだからよ」
無害さを強調してみた。
初対面の相手はこれで警戒を緩める、とかネットで見た事ある。
「お、お前…まも……か?」
必死に怯えを抑えた目をこちらに向け、聞き取りづらい声を出す女の子。
それに俺は耳に手を当て、こう尋ねた。
「ん? 何? 聞こえない」
穴に引っ込むチンアナゴみたいな速さで女の子が目を逸らす。
「お、お前、魔物……なのか? まさかな……そんな馬鹿げたものが……存在する……はずがない」
絞り出すような声で、女の子が言った。
「魔物? ってドラキュラとかのモンスター系だよな。うーんちょっと違うな。幽霊だよ、幽霊」
「ゆ、ゆうれい?」
「そう、幽霊、お化け、ゴースト、ファントムだよ」
恐る恐るこちらに向けた目には、意味がわからないといった色が浮かんでいる。
「幽霊ってのは、人が死んで魂になった状態をいうんだけど。もしかしてそれの事をこっちでは魔物っていうのか?」
ちょっと間を置いて、女の子の眉間に皺が寄った。
「に、人間は死んで魔物になどならない……魔物になるのは動物だけといわれている」
ええ? 何それ。
俺、動物だったのか?
そういやこんなに死にまくっている戦場で、俺以外の幽霊を見てないしな。
しかし、頭いてー、こんな異世界で完全ぼっち状態じゃん、俺。
って、また怯えた目でそっぽ向かれた。
参ったな、このままじゃ逃げられちまう。
追いかけたら悲鳴上げられるだろうな。
んー、どうしようか……
そうだ、コイツ戦いの仕方とか自分で指揮とるとか騒いでたな、この情報に食いついてくるかもしんねー。
「ところで槍ばっかの軍で太っちょ大将見たがあんたの陣営か? 騎馬隊出撃させてたぜ」
「その話、本当か!」
こちらが驚くような勢いで立ち上がる女の子。
「あ、ああ……」
何だ、このツラ
俺を見下ろす女の子の顔つきが変わっていた。
先程の怯えた顔ではない、縄張りに踏み込んできた相手を睨みつける猛獣のような目。
アヒル口にかみ締めた歯が覗く。
傍らに置いてあった兜を被った女の子は白馬に駆け寄ると、機敏な動作でまたがった。
「おい、どうしたんだよ」
駆け出した白馬に並んだ俺は女の子に声を掛けた。
「機だ!」
気迫のこもった形相で彼女は叫んだ。
それは、指名手配犯を見つけた刑事が相方に「本部へ連絡だ!」というシーンを連想させた。
女の子を乗せた白馬は、奇岩地帯を通り抜け、負傷した者に肩を貸してあるく盾兵部隊の間を走り抜けた。
そして大小の太い杭が並ぶ陣地らしきところへ入って行った。
女の子が乗る白馬の斜め後ろを飛行する俺は、陣地内を見渡した。
座り込んでいた兵達がのろのろ立ち上がり、頭に手をかざし女の子に敬礼する。
負傷し、手当てを受けている兵までも敬礼をしている。
もしかしてこいつは将軍の娘とか?
俺の疑問は正面に見えてきた、赤い布で出来た六角形のテントに入ることで解決した。
「これはお帰りなさいませ、姫君」
テント内中央に長方形のテーブルがあり、そこに両手を置いて座る、見たところ60歳程の男がいた。
真っ白の七三分けの頭、細長い顔で頬はたるんでいる、鷲鼻の下にこれまた真っ白のチョビ髭、深い彫りの奥にある眼光は鋭い。
クローム色の立派な鎧を着て、戦場の見取り図の前に座っていることからこの戦いの指揮官と思えた。
「レイモン! ルーグの騎馬隊が出た、相手は一気に攻勢に出るぞ!」
「その情報、先程届きました。第一渓谷と第二渓谷まで全部隊後退、そこにて騎馬隊を抑えつつ撤退させるよう命令済みです。なので、勝手に陣を離れず兵達を見守って頂きたい。姫君」
「撤退……またそれか。騎馬隊にかき回され撤退したのは何度目か?」
レイモンとかいうおっさんを睨む女の子、いや、姫君。
「バカのひとつ覚えみたいな負け戦をまたするか! 前にも言ったろう、敵がここぞという攻勢に出たときこそこちらが勝利する機だ、と! 今こそ私の戦術を……」
「姫君」
こちらもぞっとするような低い声でレイモンが姫君の声をさえぎる。
「姫君の考える戦さごっこと、実際の戦いを一緒にしないで頂かれますか? 実際はそう単純ではありません。姫君は腰を据え、ただ動かず黙っておられるのが一番かと……」
「……この!!」
またも猛獣のような目になる姫君。
レイモンの隣に素早く移動した俺は、それを制止するよう人差し指を立てた。
「?!」
怒り半分、戸惑い半分の顔つきで固まる姫君。
俺は人差し指をレイモンの側頭部に刺し込んだ。
ちょっとした寒さと、ほのかな暖かさが混じる感触が指へ伝わる。秋空の木漏れ陽みたいだ。
「姫の相手はしておれん」
俺はレイモンの思考を声に出した。姫君の顔が唖然となる。
「お、お前……何を」
姫君が一歩後ろへ下がったことでレイモンの思考が「?」となる。
「やれやれ、姫の情緒不安定には困ったものだ。早く横になればいいが」と俺。
「どうやらお疲れのようですな、もう休まれては? 姫君」とレイモン。
唖然とした姫君の顔が徐々に落ち着いてくる。
「……それでは少々休む、レイモン」
「よしよし、早く横になれ、姫」と俺。
「後はお任せを、姫君」とレイモン。
俺とレイモンの言葉に無言のままテントを出る姫君。
指を引き抜こうとした俺の頭に、レイモンの思考が流れ込む。
「ふう……、敵がここぞという攻勢に出たときこそ、こちらが勝利する機だ、とはよく言ったものだ。……王が生きておられれば、姫が男であれば……」
その後は灰色が渦巻くような、言葉にならない思考が続く。
俺は指を引き抜き、テントの外へ出た。
正面に姫君が立っている。
「ガキ扱いだな、お前。ま、ガキだけど」
そんな俺の言葉を無視してちょいちょいと人差し指を動かし、こちらに背を向け歩き出す姫君。
犬でも呼ぶようなその態度に、一瞬ムッときたが体を飛行させ、隣に並ぶ。
「お前、人の心を読めるのか?」
「まあな、相手に触らなきゃ読めねーけど」
姫君が立ち止まり、搾り出すような声でこう言った。
「頼む……、手を貸してくれないか」
「は?」
「わ、私はこの戦いに勝ちたい。お前が手を貸してくれれば勝てる自信がある」
離れているとはいえ、周囲にいる兵達は姫君を少なからず意識している。
独り言のように言葉を吐き出しているのはその為か、と理解した。
それと同時に、こいつの言っている意味が俺にはわかりかねた。
俺の力といえば、人の心を読める事、戦場を空から俯瞰で眺める事、この二つ位だろ。まさか敵の太っちょ大将に俺を憑りつかせ、殺すとか考えてんじゃねーだろな。
それに、何よりも……
「俺はこの世界を何も知らねーし。あんたらも、向こうも、何で戦っているかも知らない。そんな状況で誰かに手を貸すなんて、今の俺には出来ねーよ」
こちらを見ていた姫君の顔には、軽いショックの色が浮かんでいた。
「そ、そうだな……お前の言うことは……もっともだ」
そう言うなり、背を向け走り出す姫君。
俺は驚くと同時にその後を追った。
何故なら今にも泣き出しそうな顔で走り出したからだ。
並木に繋がれた、ぶっとい足にずんぐりとした馬達の脇を走る姫君、俺は飛行しながら彼女の横に並んだ。
「おい、何逃げ出してんだよ」
「うるさい! 追いかけてくるな!」
馬しかいないのを知ってか、大声で言い返す姫君。
「さっきのは理由も知らねーでお前に手を貸せない、って意味で言ったんだよ! その位わかんだろ、普通。それなのに急に逃げ出しやがって」
「違う! 逃げ出してるんじゃない!」
「じゃあ、何で走り出したんだよ!」
姫君が、走る速度を緩めた。
「私の部隊を出撃させる為だ」
そう言うと右手を上げ、前を指さした。
そこには先程のずんぐりとした馬達と違う、西部劇や時代劇で見るスラリとした馬が、見た所二、三十頭程並んで繋がれていた。
「私の父は、今交戦しているルーグとの和平交渉で暗殺された」
「ルーグ?」
「ルーグ公国、我が国と何十年も前から戦っている、忌々しい国だ」
「ふうん」
「それを機に、ルーグは我が国に侵攻、その勢い衰える事無い。後継者である私はまだ15歳、軍はレイモンの指揮下だ、奴の許可無しで軍は動かせない。動かせるのは私直属の部隊のみだ」
「それがあれか」
俺は繋がれた馬群を顎で指した。
恐ろしく気合の入った顔で頷く姫君。
「この部隊で敵将バーナードを討つ」
「……速攻で槍部隊にフルボッコされて全滅だな」
「ふるぼ……こ?」
俺の言葉に、鳩が豆鉄砲くらった顔になる。
だがすぐに気迫のこもった顔に戻った。
「だろうな、だがお前が協力してくれれば絶対成功出来る」
俺を上目遣いで睨んできた。
何て顔しやがんだ。
俺より年下の女のクセに。この状態じゃ怖いものなんてないからだが、生身だったらぜってー目を逸らしちまうな……くそっ!
「話せよ、どういう作戦だ?」
根負け、なのかわからんが、どこか負けた気がした俺は姫君の話に乗る事にした。
暗殺なんかする相手に負け続けてる国のようだし、ちょいと俺が手を貸しても悪くないだろ、と自分に言い聞かせて。
「きょ、協力してくれるか!」
姫君の顔がはち切れんばかりに輝く。
ホントに表情がコロコロ変わるな。
泣いた赤い目で嬉しそうな顔するなんてガキみてえ。
そう思いつつ、心の中にくすぐったいような、心地よい妙な感覚を俺は覚えた。
「これっきりだぞ」
そんな感覚を隠し、そっけない顔で言う俺。
「ま、まずはだな!」
しゃがみ込み、手に取った木の棒で姫君が地面に何かを描き始めた。
つづく




