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泥濘に咲く毒花

メルセールの海は、死体と汚物を隠すには広すぎる。

早朝の濁った光の中、私はボートの上で、昨日見た「首吊り死体」の揺れ方を思い出しながらターンを決める。

「――主は、我らに豊かな糧を与え給う。たとえそれが、胃の腑を焼く毒であっても」

鼻歌に混ぜて、皮肉な聖句を吐き捨てた。

蜂蜜色の髪が風に舞い、白いワンピースの裾が、波打ち際で腐敗した魚の鱗のようにきらめく。

その時、空から降ってきた鳥のフンが、私の肩に無慈悲な白を落とした。

「……なるほど。天上の神は、地上の踊り子にすら納税を強いるわけか。随分とケチな支配者だこと」

私は笑みを崩さず、指先でその汚れをなぞる。

心底、この世界は反吐が出るほど美しい。

「アンジュ、またそんな冷めた面して。あんたの踊りは綺麗だが、目は死んだ魚のままだぜ」

桟橋から漁師が声をかけてくる。私は優雅に一礼し、エッジの効いた声を投げ返した。

「あら、褒め言葉として受け取っておくわ。新鮮な魚はすぐに腐るけれど、死んだ魚はあとは骨になるだけ。ここの住人たちよりは、ずっと誠実な状態でしょう?」

男が顔を引きつらせるのを見て、私は満足げに目を細めた。

聖女を辞めて四年。祈りの代わりに毒を吐き、慈愛の代わりに諦念を撒く。

それが、この泥溜めのような港町で生き残るための、私なりの「聖域」だった。


だか、その静寂は、金属が擦れる嫌な音と共に破られた。

私のボートの係留ロープを、無造作に踏みつける軍靴がある。

見上げれば、そこには「死」が立っていた。

黒い重装鎧を纏い、感情を研ぎ澄まされた刃のように削ぎ落とした男。エドモン・ド・ヴァランタン。

王の影であり、反逆者の四肢を断つことを生業とする、冷酷な堅物。

「アンジェリカ・ヴィ・ド・ラ・サール。その醜悪な隠れ家での休暇は終わりだ」

エドモンの声は、凍土のように硬く、低い。

彼は私の返事を待たず、懐から重々しい鉄の枷を取り出した。

「……王命か、それともただの誘拐? どちらにせよ、朝の挨拶としては最低の部類ね、エドモン」

私はボートの上で、踊るような足取りで彼に近づく。

四年の歳月は、私の正体を隠すには十分だと思っていたが、王の猟犬の鼻はそれ以上に敏感だったらしい。

「貴女を連れ戻す。生きていれば、形はどうでもいいというのが陛下の仰せだ」

「相変わらず、あの豚のような王様は所有欲が強いのね。私が聖母の振りをしていた頃、私の足に接吻していた連中が、今度は鉄鎖を用意するなんて。滑稽すぎて、涙の代わりに笑いが出てくるわ」

私がそう言った瞬間、エドモンの手が、電光石火の速さで私の首を掴んだ。

凄まじい握力。気管が潰れ、視界が火花を散らす。

「言葉を選べ、女。貴女が聖女であろうとなかろうと、私の前で王を侮辱すれば、その舌を根元から引き抜くことに躊躇はしない」

「……っ、ふ、ふふ……。素晴らしいわ、その……血も涙もない、模範的な忠誠心……」

私は苦痛に顔を歪めながらも、挑発的な笑みを浮かべた。

垂れ目がちな大きな瞳で、彼の冷徹な鋼の瞳を見つめ返す。

「でも、いいの? 私を殺せば、死にゆく王国の『奇跡』も、永久に失われる……。あんたは、自分の主君を絶望に突き落とす、ただの無能な屠殺人に成り下がるけれど」

エドモンの目が、わずかに細められた。殺意が、濃密な重圧となって私を押し潰す。

だが、彼は首を絞める力を緩めることなく、私を桟橋へと乱暴に引きずり上げた。

「奇跡が必要なのは、弱者だけだ。私はただ、貴女という『装置』を運搬する。……抵抗するなら、膝から下を斬り落としても構わん。踊り子には戻れなくなるが、祭壇に座らせておくだけなら足は不要だろう?」

「……最高にロマンチックなプロポーズね。震えが止まらないわ」

地面に放り出された私は、泥に汚れたワンピースの裾を払いながら立ち上がる。

首には、真っ赤な指の跡。

ここにはもう、四年前の温情も、救いもない。

あるのは、逃れられない運命と、この冷酷な男がもたらす「死よりも過酷な再生」への道だけ。

「いいわ、連れて行きなさい、エドモン。その代わり、道中しっかり私を監視することね。隙を見せたら、あんたのその誇り高い心臓に、私の毒をたっぷり流し込んであげるから」

私は蜂蜜色の髪を指で整え、天使のような微笑を浮かべた。

メルセール港の朝が、赤黒い絶望の色に染まっていく。


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