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答え

「生き返る権利って、つまり俺は生き返れるってことか……?」

 俺は再び沈黙を破った。

「ええ、読んで字のごとく、あなたが望めば生き返らせてあげましょう」

 神様は普段、俺に接するときのような言葉づかいでなく、全員に向けて話すときの敬語で言った。俺の横で立っているマリエルは、未だうつむいている。

「それってあれだよな? 現世に降りたときに言ってた、神様が認めれば生き返らせてくれるってやつ」

「そう。今日がちょうど期限ギリギリの、あなたの死後二週間目」

「じゃあ、俺は神様に認められたってことなのか?」

「先の撃退劇は生き返らせるに値するものだと判断しました」

 神様は淡々と俺の質問に答えていく。

「では、選択してもらうに当たって前回の説明に補足します」

 神様はそう前置いて、敬語のまま話し出す。

「生き返った際、あなたの天国での記憶はすべて消えます」

「記憶を消されるのか?」

「いえ、記憶を消すというわけではありません。前回、時間を巻き戻し、過去を少しいじることで死ななかったことにする、と説明しましたね」

「そうだったな」

 たしか遺体にそのまま魂を戻すと衛生的にも社会的にも問題があるんだったか。

「それの副作用です。時間を戻すということは、あなたが死後ここで経験したことは、あのとき死んでいなければ経験することがありません。すなわちあなたが天国に来たという事実自体があなたにはなくなるのです」

「それじゃあ、俺がここでいろんなことをしたことは全部なかったことになるのか……?」

 つまりたった二週間という短い期間ではあったが、戦国の雄たちとテニスをしたり、タイガースファンのおっさんたちと野球をしたりしたことがなかったことになるのだろうか。マリエルとの生活も。

「そうではありません。天国と現世の時間は同じように流れていますが、連動はしていません。あなたの記憶はなくなりますが、あなたが天国に来て地獄軍を撃退したという事実は天国の時間軸ではあるし、当事者たちは記憶しているのです。もしあなたが何かの拍子でまた天国にやってきても思い出すことはないし、あなたを困惑させてしまうので、そのことを話すのはタブーとなりますが」

 単純に要約すると、俺は体験も記憶もしてないことになるが、天国の当事者たちとしては俺がそこにいたという事実はある、ということだろうか。わかりづらい。しかしこの解釈が当たっているとすると、つまり俺は天国で起こったことをすべて忘れ、マリエルは俺のことを覚えたまま天国で一人、暮らすことになるということだ。マリエルは寂しい思いをするのだろうか。

 俺はつい最近『もし生き返る権利をもらっても、天国に残るだろう』と考えていた。もちろんどうせ神様に認められることはないなどと適当に考えていたわけではない。真剣に、迷わず天国に残ると思っていた。しかしいざ選択を迫られると、簡単に答えは出なかった。思い出すのは仏壇に置いてあった自分の遺影と、母さんの日記と、能見弓子さんの顔。野球部のことも少しだけ。全員に悲しい思いをさせてしまった。俺が死ななければこんな思いはせずにすんだ。だが、天国を離れたくないという気持ちもある。恵まれた生活を手放したくないわけではなく、天国のみんなとの、マリエルとの思い出を失いたくないのだ。

「難しい選択だとは思いますが、すぐに決めてください。期限までもう三十分もないのです。あなたがどのような選択をしても、私は文句を言いません。決めるのはあなたです」

 神様は言い終えると、一呼吸おいて続ける。

「と、ここまでは神様としての、公平な立場としての言葉よ」

 敬語ではなくなった。

「ここからは、マリエルを愛し、マリエルのことを思う者としての言葉。だから少し厳しい言い方になるけど、恨まないでね」

 神様は優しげな口調で前置き、今度は強い口調で続ける。

「選びなさい。天国に残って今まで通りに楽しい生活を送るか、マリエルを置いて生き返り、自分はのうのうと余生をすごすか」

 神様の言葉に公平性はなかった。明らかに俺が天国に残るよう圧力をかけている。しかしそうしたくなるのも仕方ないと思えてしまう。マリエルのことを思うからこそ、俺には天国に残ってほしいのだ。当然、最終的な決定権は俺にある。神様の『文句は言いません』という言葉に嘘はないはずだ。たとえ俺が生き返る選択をしても、神様はそれを拒んだりはしないだろう。結局は俺がどうしたいのかだ。

 俺がどうしたいのか。それはこの選択にかかわる全員が不幸にならないことだ。マリエルも神様も、現世にいる親父や母さん、そして野球部のみんなも。もちろん弓子さんも。もし俺が生き返りを選んだら、マリエルは悲しんでくれるだろうか。俺の独りよがりなのかもしれないが、きっと悲しむだろう。なら天国に残ればどうだろうか。新たに悲しむ人はいないはずだ。母さんも親父も野球部のみんなも弓子さんも、もうとっくに悲しんでいる。そしてみんな前を向こうとし始めている。しかし俺が死ななかったことになるなら、その悲しみもなかったことになる。母さんはいつも通りにのんびりと家事をしながらすごし、親父もまともに働けなくなる瞬間はなく、弓子さんも毎日、踏切に通い詰める必要がなくなる。野球部は俺が死んでいた方がいいチームになりそうだが、それでもキャプテンやチームメイトたちは俺のことを思ってくれていた。どちらも悲しませない方法はない。選べるのは二つに一つだ。

 もう一度考え直そう。心を冷たくして。天秤にかけて。どちらが大切なのか。

 大切な方。そんなこと、決められるわけがない。どちらも大切に決まっている。家族は当然、大切だ。弓子さんだってあんなに思いつめているのに、無下にはできない。野球部のチームメイトだって、俺にとっては大切な仲間たちだ。マリエルも短い間しか一緒にいないが、もう家族みたいなものだ。そんな人たちを天秤にかけたって、どちらかに傾くわけがない。もういっそこのまま期限が来てしまえば、迷わずに済むのだろうか。そうすれば、勝手に選択肢は一つに絞られる。そうすれば、簡単に答えが出る。

「何を考えているのかわからないけど、期限まで黙っているのはダメよ」

 神様は口に出していないはずの俺の思考に待ったをかける。心が読まれているかのような完璧なタイミングで。そして続ける。

「私だってこんな選択を迫る必要はなかった。あなたに残ってほしいだけなら、あと三十分しゃべらなければあなたは選択の余地すらなくなる。それでもあなたにこの権利を与えたのは、私に、生き物に魂を与える者としての責任があるから。魂を与えた者がこれからつかむはずの未来に責任があるから。もちろん誰でも生き返らせるわけにはいかない。でもあなたは若い。生きていれば、これからたくさんの幸せを手に入れる資格がある。そんなあなたがせっかく条件を満たしたのだから、私があなたの人生を制限することはできないわ。だから私はあなたがどんな選択をしてもそれを否定しない。だから、あなたも自分の意思で選びなさい」

「わかってる。自分で決めるよ」

 とは言ったものの、自分の意思。それはさっき散々考えた。大切なものを天秤にかけ、それでも決まらなかった。これを人は優柔不断などとは言わないだろう。人間として至極まっとうな葛藤のはずだ。どうすればいい。俺の気持ちは。

「帰っちゃいなよ。現世に」

 うつむいていたマリエルが、顔を上げ、笑顔で言った。

「私はほら、新井のこと嫌いだし、新井は変態だし、だから、どっか行ってくれた方がせいせいするからさ」

 マリエルの声は涙がかかっていた。それでも健気に笑顔を作っている。嘘をついているのは明らかだ。この前『嘘をつくのが下手』と言われたが、マリエルも下手くそである。

 だが、マリエルのそんな嘘は俺をさらに迷わせる。マリエルはきっと、本心では俺に残ってほしいと思ってくれているはずだ。それでも生き返りを勧めてくるのは、俺が悩んでいたからだ。心なんて読めなくても、俺が現世での大事なものと天国での大事なものを天秤にかけ、葛藤しているのは簡単にわかるのだろう。だからマリエルは俺が選択しやすいようにと、身を引こうとしているのだ。そんな優しいマリエルを一人で置いていきたくない。でもだからと言って天国に残れば、マリエルにうしろめたさが残るだろうし、何より現世の人たちを悲しませたままだという事実は変わらない。思考は完全に堂々巡りだ。

「家族っていうのはさ、人間にとって何よりも大切のものだって、神様に聞いたことがあるんだ。私は血のつながった家族がいたことはないけど、神様がお母さんみたいなものだから、気持ちはちょっとだけわかるよ。私も神様のこと、本当に大好きだから」

 だから、そういうのが俺を困らせるんだ。そういう優しい言葉を言われたら、どうしていいかもっとわからなくなる。

「それに『親孝行してない』って言ってたでしょ? だったらなおさら生きなきゃ。生きてお母さんやお父さんに色んなことしてあげなきゃ。それが子供の役目でしょ?」

 マリエルは次々と俺を説得する言葉を投げかけるが、そのたびに迷いが大きくなるだけだった。

 マリエルは『家族は何よりも大事だ』と言った。それは当然だ。だから俺にとって母さんや親父は大切な存在だ。親孝行したいという気持ちも、たしかに今はある。しかしマリエルもとても大切な存在だ。でも家族ではない。ではマリエルはなんだろうか。さっき家族みたいなものと表現したが、それも少し違う気がする。友達だろうか。野球部の仲間たちはある種、友達と表現してもいいだろうが、マリエルはそれでもない。俺にとってマリエルは二週間、一緒に暮らした人。だがただそれだけの人でもない。もっと単純に考えよう。俺にとってマリエルとは。

「マリエル!」

 思考はまだ答えを出していなかったが、俺は突発的にマリエルの名前を呼んだ。そして思考の完結を待たずに続ける。

「俺はマリエルのことが好きだ! だから、ごめん!」

「へ?」

 俺は何を口走っているのだろう。しかし考えてみれば納得がいった。本能が答えを出していた。簡単なことだったのだ。マリエルは俺の好きな人である。好きな人とは家族ではなく、いずれ家族になりたい人である。だから大切なのだ。人生初の愛の告白が突発的に出るとは、我ながら驚きである。では同じく突発的に出た『ごめん』という言葉はなんだったのだろう。本当にとっさに言った言葉だからたいした意味はないのかもしれないが、少しだけ考えてみる。するとすぐにわかった。俺は神様に顔を向け、そして俺の出した答えを告げる。

「神様、俺を生き返らせてくれ」

「そう。わかったわ」

 神様はそれ以上、何も言わずに押し黙ってしまった。

「そうだよね、うん。正解だよ。それで正解」

 マリエルは涙にぬれた声で何度も言う。俺に向かってというより、自分に言い聞かせるように。その姿を見ると、俺の出した答えが本当に正解だったのか不安になってくる。今ならまだ選択を変えられるだろう。今すぐ変えて、マリエルが笑顔になるならそうしたいと思えてしまう。それでも俺は生き返りを選択した。なぜならマリエルは、俺が好きな人だからだ。そして家族は一番大切な存在だからだ。自分の家族も幸せにできないやつに、いつか家族になりたいと思った人を幸せにすることなんてできないと思ったからだ。正解ではないかもしれないが、これは俺が考え、俺の意思で出した答えだ。

「マリエル、本当にごめん。俺は生き返らせてもう。家族と幸せに暮らそうと思う。返事はしなくていいから。十年も百年もたって、俺がくそじじいになっても待ち続けなくていいから。許してほしい、マリエルを置いていなくなることを」

「私は大丈夫だよ。何十年だって何百年だって、新井がおじいちゃんになっても、たとえ現世で新井に好きな人ができたって待ち続けるから。だからあんまり早くここに来たら許さないからね。絶対、長生きしなきゃダメだからね」

 マリエルは精一杯の笑顔を作る。その笑顔を見ると、胸が痛くなる。きっと本心ではないのだろう。正確には半分本気で半分嘘。家族とともに生きてほしいという反面、できれば離れたくないと思っている。俺だって本当はマリエルと離れたくない。

「そういえば、名前で呼んでほしかったんだっけ。隼人」

 マリエルは恥ずかしそうに、それでもはっきりと俺の名前を呼んだ。

「そこは『お兄ちゃん』だろ」

 俺はおどけて言う。しかし声には涙が混じっていた。俺も涙が出ていることにやっと気づいた。

「いいでしょ。隼人は隼人だよ」

「話しているところ悪いけど、そろそろ出発するわよ」

 神様はそう言って俺の正面に立ち、頭に右手をかざしてきた。そして俺にしか聞こえないような小さな声で話し始める。

「マリエルは正解と言ったけれど、私はそう言い切れないわ。幸せな人生を送れるかは、生き返った後のあなた次第。この未来は私にもどうなるかわからない。親孝行にしたって今はしたいと思っていても、生き返った瞬間にはここでの記憶がないのだから、その考えもなくなっている」

「承知の上だよ。それも込みでしばらく家族といたいんだ」

「それならいいわ。それに親孝行したいという感情は、生き続けて、いつか大人になったときに自然と芽生えてくるものだから心配する必要もない。あのお母さんとお父さんならなおのこと」

 神様は最後に今まで俺に見せたことがないほど美しい顔で微笑みかけた。

「それでは、マリエルとの最後のお別れを」

 神様は俺の頭に手を乗せたまま、マリエルに体を向けた。最後のお別れじゃねえよ、とつっこもうと思ったが、なるほど確かにお別れを言うこと自体は最後か。ここで別れて、次に会ったときからはもうお別れを言う必要はない。

 俺もマリエルに体を向けた。

「じゃあな、マリエル。いや、またなの方がいいか。いつかまた」

「うん。またね、隼人」

 それからお互いに言葉が出なかった。お互いに涙を両頬に流し、困ったような笑顔で見つめるだけだった。

「それでは新井隼人、あなたを生き返らせましょう。あなたが幸せな人生を送れることを祈っています」

 神様が右腕に少しだけ力を入れると、俺の周りを光が覆い始めた。そして直後に激しい睡魔が襲ってきた。そのタイミングで、正面のマリエルの口が小さく動く。

「隼人、私ね」

 マリエルの言葉はまばゆい光に包まれて、聞き取ることができなかった。



 夏の暑い夕日が辺りを照らし、一面が真っ赤に染まる時間帯。

 燃えるような温度になっているだろうアスファルトの上を、俺は重いエナメルバッグを肩にかけて全力で走っていた。

 俺には彼女がいる。天使のように笑い、天使のような声で俺の名前を呼ぶ、天使のような女の子だ。

「あ、隼人!」

 待ち合わせ場所のY字路で、彼女は俺に手を振った。俺は彼女の姿を確認して、アクセルを上げる。彼女の前でブレーキをかけ、俺は息を整えながら彼女を呼んだ。

「悪い、弓子。遅くなった」

 彼女の名前は、能見弓子。

 一か月前に下校ルートの踏切で、電車にひかれそうになっていた彼女を俺が助けたのがきっかけで知り合った。それからお互いに近くの男子校、女子校に通っていたり家が近かったりと何かと縁があり、何度かデートをするうちに付き合うことになったのだ。傍から見れば清楚なお嬢様とその下僕にしか見えないだろうが。

「大丈夫、大丈夫。私も吹奏楽部で少し遅くなってたし、そんなに待たなかったから」

 弓子は足元の大きな黒い箱を両手で持ち上げる。ホルンが入っているらしい。俺と弓子は横一列になって歩き始める。

「ほんとごめんな。なんか最近チームメイトの当たりが強くてさ。なんでだろ?」

 理由は明白である。彼女ができたからだ。『彼女いるやつなんて全員、死んじまえ!』とか言って泣きながら壁を殴りだすあいつらをなだめるのは本当に疲れる。お前らが『彼女いるってどんな感じなんだ?』って聞いてくるから話してやっただけだろ。

「新キャプテンさんは大変だね」

 弓子は上品に笑った。夏の大会は息をするように一回戦でコールド負けしたので、三年生の引退とともに前キャプテンから俺がキャプテンに指名された。敗退の瞬間に三年生たちが晩ご飯の話をしている横で俺だけが泣いていたのは異様な光景だった。当たりが強いことに関してはキャプテンとかあんま関係ないんだけどな。

「ま、俺がキャプテンになったからには常勝チームを作り上げてやるぜ。まずは来月秋の都大会からだな」

 来月か。予想以上に期間が短いな。まず監督をもっとやる気のある人に変えてほしい。

「頑張ってね。応援してるよ。あ、それと秋の大会といえば、うちの学校の吹奏楽部で隼人の野球部の応援に行くっていう話、先生から許可でたよ!」

「マジか! こりゃみっともない試合はできないな」

 なんとしてもかっこいい姿を見せたいところである。

「うん。スタンドで応援してるから、ゆ、弓子を甲子園に連れてってね!」

 弓子はちょっと恥ずかしそうに朝倉南のマネをした。言われた俺もちょっと恥ずかしい。

「ま、期待しとけよ! 新井キャプテンが甲子園に旋風を巻き起こしてやるから!」

 俺は恥ずかしさを紛らわすために大口をたたいた。それを聞くと、弓子は顔を赤くしたまま笑った。

「あ、そうそう、話は変わるけど、最近話題になってるおとぎ話、知ってる?」

 俺と弓子が出会った踏切の前で、弓子はまだ顔を赤く染めたまま恥ずかしさを振り払うように別の話をふる。

「天使の女の子と人間の男の子の天国でのラブストーリーなんだけど、その終わり方が切なくてね」

「なんだその中二くさいの」

 設定にいきなり現実味がなさすぎる。なんだ天使って。終わり方が切ないってことはあれか。主人公死亡エンドとかか。

「ああ、興味なさそうだね、隼人。やっぱり」

「そうだな。その話を題材にしたゲームでも出たら興味を持てるかもしれんが」

「あはは、隼人らしいね」

 俺と弓子は顔を見合わせて笑いながら踏切を渡り切った。

「あれ、なんだろ? これ」

 すると弓子は突然、俺から離れ、ホルンの箱を横に置いて踏切のわきでしゃがみこんだ。俺もその場で立ち止まり、弓子が拾ったものを確認する。

「羽?」

 弓子が拾ったのは一枚の小さな羽だった。先が透けそうなほど白く軽そうな羽である。

「鳩じゃね?」

「いやいや、こんな白い羽の鳩はマジシャンくらいしか持ってないと思うよ。こんなところに来ないだろうし」

 弓子は顔だけ振り向いてツッコミを入れた。だったらなんだ? 白鳥? いや、ここら辺じゃマジシャンの鳩よりいないだろう。

「誰の羽かわからないけど、綺麗だから洗って髪飾りにでもしようかな」

 そう言うと弓子は立ち上がり、右手で羽を持って頭にかざした。

「どうかな?」

「お、おう。悪くないと思うぞ」

 正直めちゃくちゃ似合っている。が、素直に褒めることは恥ずかしくてできなかった。こういうところが俺がイケメンではない所為なのだろう。弓子はおかしそうに小さく笑った。

「それじゃ、帰ろうか」

 弓子は羽をスクールバッグのポケットに差し、ホルンの箱を持ってまた歩き出した。

「な、何がおかしいんだよ!」

 俺は駆け足で弓子を追いかける。追いつくとスピードを合わせた。

「別に。かわいいなあって」

「かわ……て、お前、それは男に対する褒め言葉じゃないぞ! おい、聞いてんのか!」

 俺と弓子は他愛ない会話をしながら歩いていく。この道をまっすぐ進んで家に帰れば、きっと母さんがご飯を作って待っている。巨人ファンの親父は少し遅れて帰ってきて、ナイターを見ながら俺と論争を始めるのだろう。翌日になれば野球部の朝練のあと、チームメイトにのろけ話を披露しなくてはならない。そして午後の練習も終われば、またこうして弓子と一緒に帰るのだ。毎日が忙しく、満たされている。神様や天使が本当にいるかはわからないが、感謝したい気分である。

 俺は今、本当に幸せだ。

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