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19にちめ メリーさんと。






 「……っ!」


 白い服を着た人間が視界の端に映るたびにそちらに注意を向け、落胆する。そしてまた、ひたすらにバイクを走らせ続ける。俺はそれを、もう数え切れないほどに繰り返していた。


 昨夜の電話からもう何時間だろうか。

 同じ姿勢をとり続けたせいで体の節々が嫌な軋みをあげ、埃が積もり積み上がるように疲労が堆積している。

 それも当然っちゃ当然で、なにしろバイクを止めるのはガソリン入れる時だけ。それ以外の時間はただ、ひたすらにメリーを目指しているのだから。


 空を見上げると、太陽が顔を覗かせている。

 久しぶりに体に浴びる太陽の光は、気持ちがいいというよりはむしろむず痒い。炙られるような熱が肌の表面で疼いて、掻きむしりたくなる。

 ……そろそろ休まなければならない。バイクなんてものはずっと乗り続けてられるような乗り物じゃないし、それでなくとも俺は寝ていない。疲れのせいかなんか知らんが、視界の端なんかは歪み始めている。いい感じに頭の中身もサイケになってきて、さっきは風に舞ってるビニール袋をメリーに見間違えた。


 もちろん、俺がここで無理して走り続けるくらいなら、少し休んではっきりした頭でメリーのところまで走った方がマシなことくらいはわかっているのだ。

 それなのにどうしても休む気にならなかったのは、具体的にどうしてかと聞かれてもわからない。ただ単純にそのきっかけがなかっただけという気もするし、メリーのつらさをほんの数十分の一味わってみたかったってことなのかもしれないし、あとは案外、一度止まったら走り出せないような気がしただけなのかもしれない。

 けれどもただ一つ、確実にはっきりとしていることは、俺がメリーに早く会いたくてバイクを走らせているということだけだった。







◇◇◇







 そんなことを考えながら走っていた時期が俺にもありました。


 けれども時間を経て少しだけ賢くなった俺は、違うことを考えていた。

 無理なもんは無理です。人生諦めが肝心。

 バイクはカクンカクンと蛇行し、今にも倒れそうになっていた。事故らないのは人通りも車通りもほとんどない山道だからというだけの話で、これで交通量の多いところに出ればすぐさま“不運ハードラック”と“ダンス”っちまうことは間違いない。


 いやほら、俺も頑張った。俺的には超頑張った。これまでで一番。

 でもほら、やっぱり体力の限界ってやつは厳然とあるわけで。

 俺、人間だし。怪異でも魚介類でもないし。

 休む。マジでそろそろ休む。

 熱血とか努力とかそういうのはもういいんで。ほんと限界だから。

 とりあえず今はお布団ください。


 そんなことを頭の片隅で考えながらほとんど眠ったような意識で俺はバイクを駆り、止まるきっかけがないので走り続けていた。

 ……次。あの電柱過ぎたら休む。絶対。

 いったい何回そう思っただろうか。なんかもう視界が微妙にぼやけてどの電柱を選んだのかすら定かじゃない状態なので、結局止まれない。というよりも下手にブレーキかけたらそれだけで転倒しそうな気がする。


 もしかしてこれはアレじゃないかな。死ぬまで走り続けて俺自身が新たな都市伝説になっちゃうやつじゃないかな……。やだ、何それ超かっこいい。

 そんなあるまじきオチを幻視しながら俺は走り続け、白いワンピースを着て麦わら帽子を被った少女のすぐ側を通りすぎ、いつになったらメリーにたどり着くのかと自問自答し、そもそも格好つけずに現在地くらいは聞いとくべきだったと後悔し、数十秒してからぼーっとした頭でそういやメリーってどんな格好だっけと思い返し……


「……──ッ!」


 急ブレーキをかける。

 ギキキキィィーーッ、と金属音のような音をたて、無理矢理バイクを路肩に寄せて停止させる。転げかけながらバイクを降り、俺はフルフェイスヘルメットを乱暴に取り去って後ろを振り向いた。


「……いない、か」


 が、しかし。さっき見たはずの少女は既に、視界に存在しない。

 ……通り過ぎてしまったのだろうか? あ、いや、それ以前に幻覚かもしれん。

 自分の頭が大丈夫か疑いながら俺はバイクに向き直ろうとし──


「……振り返らないでください」

「……っ!?」


 とん、と。

 背中に、小さな重みと熱が加わった。

 振り返りそうになったところをギリギリで踏みとどまる。


「振り返っちゃダメか?」

「……メリーさんという都市伝説は、標的が振り返った時点で成立してしまいます。……少しだけでいいのです。もう少しだけ、この時間を終わらせないでください。ほんの少しの間だけ、私をメリーさんではなくメリーさん見習いでいさせてください」

「……そうか」


 背中合わせに、互いの体温だけを感じ取る。

 夏の陽気の中でも、メリーの体温はそれとはっきりとわかるほどに暖かい。いや、熱いと言ってもいいほどだ。そのまま数分、沈黙が続く。俺がなんて言っていいのかわからなかったように、メリーもまた、なんて言っていいのかわからなかったのだろう。


「……あのよ」

「……あのっ」


 二人同時に何かを言いかけ、さらに気まずさが増す。


「えっと、お先にどうぞ」

「……おう」


 先を譲るメリーの声に従って、俺はその気まずさを誤魔化すような、からかうような口調でメリーに話しかける。


「なんだよメリー。ちゃんと歩けてんじゃねーか。その様子なら、俺が来るまでもなかったか? ……というか今更だが、よく出くわせたな俺たち」

「……アキラさん、忘れてしまったのですか?」

「何がだ?」

「私には千里眼があります。……アキラさんが私の方に向かってきていることなんて、簡単に筒抜けのお見通しなのですよ?」

「……あー」


 俺は恥ずかしさで顔を多いそうになった。

 そうだよな、忘れてたわ。……じゃあ、ってことはアレか。俺が『野暮用』とか格好つけてそのすぐ後、間髪入れずに出発したこともバレてんのか。……すげえ恥ずかしい。


 恥ずかしさに黙りこんだ俺に、メリーがぽつりと言う。


「……あなたの、せいなのです」


 メリーの声は静かだったが、それでも昨日のようなおぞましさは無く、水のようにさらさらと涼やかで、メリーの声が聞こえている場所だけはこのうだるような暑さがおさまっているような気がする。

 俺はそれが心地よくて、だからそのまま少女の言葉を聞いていた。


「あなたの、せいなのですよ。……あなたのせいで私は、また歩き出してしまいました。もう歩くつもりなんてなかったのに、歩き出したくなんてなかったのに。それでも、歩き出してしまいました」

「……」

「だって、あなたが来てくれて。ぐうたらなアキラさんが、それでも私のために来てくれて。……私が歩き出さないわけには、いかないじゃないですか……!」


 俺は小さく息を吐き出した。


「ぐうたらってのは完全に余計だけどな。ま、そうか」


 結局こいつは、自分の力で歩き出せたわけだ。俺が何かをするまでもなく。

 それでいい。それでこそ、メリーだ。


 そんなことを思っていると、戸惑うような声が聞こえた。


「どうして……」


 背中にかかる小さな重みが、揺れる。


「どうして、来てくれたのですか……? ……結局のところ私は、メリーさん見習いなのです。私があなたの後ろに立ってなにをするかなんて、私自身にもわからないのに。……なのにどうして、あなたはこんなところまで来てくれたのですか……?」


 俺はその言葉を聞いて、思わずへたりこみそうになった。

 なんだよ、その質問は。


「……んなもん」


 ちょっと考えりゃわかる。

 いや、考えなくたってわかるだろ。

 ……俺は自分勝手なやつで、何かに夢中になることもできない中途半端な奴だが。自分じゃ何も頑張れない、呆れたやつだが。それでも、そんな俺でも──


「誰より頑張ってる女の子のことくらい、手伝いたくなるのは当然だろ」

「……それ、は」

「お前だよ。それ以外に誰かいるかってんだ。……お前、頑張ったんだろ。毎日毎日、朝から晩まで何にも頼らず、一人きりで歩いて来たんだろ。……だったら、いいだろ。たった何百キロか、俺がお前のとこまで来ちまっても」


 ふぅー、と息を吐き出す。

 こっぱずしい本心をそのまま吐き出すのも楽じゃない。……これだからメリーは困ったやつなんだ。中途半端な俺に、中途半端以外のなにものでもない俺に、思ったこと全部をこんなにもはっきりと言わせやがって。

 メリーからは反応がない。……まーた空気を読み違えたかとそんなことを考えていると、背後からは何かをこらえるような気配がした。


「〜〜〜〜っ」


 俺が訝しむのも束の間。

 メリーのこらえていたものは決壊し、ついには泣き声になった。

 うあああ、と子供のように声をあげて泣くメリー。……いや、違うか。実際こいつは、子供みたいなもんなのだ。それで、それなのに、とんでもない道のりを歩いて来たのだ。


「頑張ったな。……頑張ったな、メリー」


 蝉の声がうるさい中で、メリーの泣き声は雨みたいだった。




◇◇◇




 十分ほど経って、ようやく泣き声がやみ、時折、ぐすっ、ぐすっ、と鼻をすする音が聞こえる。その音もだんだんとなくなり、ついには蝉の大合唱だけが響き出す。


 うーむ……気まずい。

 さっきあれほど恥ずかしいことを言ってしまったから気まずい上に、メリーの泣き声を聞いてしまってさらに気まずい。どうやってこの場を逃れたものかと悩んでいると、不意に背中にかかっていた体重が消えた。

 と、同時に番号のプッシュ音がして、俺のスマートフォンが鳴り響く。

 着信はもちろん、いつもの番号からだ。

 ポケットから取り出して、とん、と受信アイコンを押す。


「……もしもし」


 振り向くと、麦わら帽と白いワンピースの女の子がいた。

 彼女は少し麦わら帽子と髪をかきあげて、スマートフォンを小さな耳にあてる。

 そして、泣いた後の少しだけつっかえた声で言った。


「今、あなたの目の前にいます。私は──」


 少女のその表情を見て、心臓の鼓動が速くなる。

 ……おいおい。コイツ、最後の最後で殺しに来やがった。

 だってその女の子は、涙のあとを擦りながら、けれども真夏の強い陽射しの下で、向日葵のように笑ってたんだ。……そりゃもう俺としては、ちゃちなプライドなんて放り捨てて見惚れてしまうのが当然なわけで。

 きっとイチコロになるってのは、こんな気分なんだろうな。


「メリーさん、です」


 少女が名乗る。午後の木漏れ日のような柔らかい声で、少しだけ恥ずかしげに頬を朱に染めながら、その瞳でまっすぐに俺を見つめて。

 俺はなんだかその少女を、無性に抱きしめたいと思った。














この後めちゃくちゃ膝枕した。

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