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黒の公子と悪の魔法陣  作者: 安芸
第一章 わからないことだらけの異世界事情
9/9

8 慰められて、絆されて

 頼むから、違うと言ってほしい。

 切にそう願っても、次の瞬間に期待はあっさりと裏切られる。

 彗が恐る恐る訊ねたのに対し、ルチアは表情一つ変えずに平然と答えた。


「ああ、そうだ。国名であるエグザミィを名乗ったのだ、わかるだろう」


 あまりに衝撃的すぎて絶句した彗に代わり、横に佇むアレイストが口を開く。


「わからないのかもよ。だってほら、いまにも窒息しそうな顔してるもの」

「そうなのか? まさか、我が国のことをなにも知らないのではあるまいな?」


 ルチアが返答を求めて彗を見つめる。

 彼女は黙っていた。答えようがなかったのだ。この世界については、ほぼなにも知らないに等しい。シュナイダーは、どういうわけか、喋りたがらなかったのだ。物心つく前は色々話してくれたらしいが、彗や勘解由が幼少期になり記憶力が向上し始めた頃には、シュナイダーは自分の生まれた世界について話そうとしなくなった。


 なにを訊いても、はぐらかされる。答えてくれても、ぼかされる。

 おそらく都合の悪いことがあるのだろうな、とは感じていた。シュナイダーは隠し事をするには向いていない性格なので、嘘をつこうとすると眼が泳ぎ口調もたどたどしくなり、すぐわかるのだ。

 これまで幾度となく彗と勘解由で探りを入れ、この世界についての情報を少しでも引き出そうと尽力してきた。

 その中で幾つか知り得たこともある。だが、裏付けがない。

 だからルチアに対して、現状では明確に答えられなかった。


 ただ、一点はっきりと言えることがある。

 シュナイダーは『いずれは元の世界に帰らなければいけない』らしく、そのときは家族も一緒に行くという大前提があったため、コミュニケーションがとれるように、と言葉と文字は物心つく前から教え込まれてきた。

 しかしこの件については、ルチアにもう伝えてある。

 あとはいま彗が話せることはない。

 彼女が険しい顔で口を噤んでいると、ルチアはそれを無言の肯定と判断したらしく、重々しい表情で溜め息を吐いた。


「叔父上が実の娘になにも話していないとはな……」

「そう意外でもないけどね」


 アレイストがつまらなそうに言う。


「僕なら話さないな。せっかく別の世界で幸せ家族しているのに、元の世界のことを話す必要なんてないでしょ」

「必要はあるだろう。叔父上だって、遠からず呼び戻されることは承知のはずだ」

「話して、嫌がられたら?」


 ルチアがグッと言葉に詰まる。

 アレイストは飄々とした口調で続ける。


「常識が異なり、法律が違って、未知の生物がいて、どんな危険に脅かされるかわからないんだよ。おまけにシュナは自分の身上も伏せていたみたいだし。スイはどう? こんなこと打ち明けられて、この世界に来たいと思う?」


 急に水を向けられた彗だったが、答えには迷わなかった。


「……思わない。できることなら、来たくなかったよ。でも」


 家族がバラバラになることは考えられなかった。

 だから、覚悟はしていた。いつか地球から離れる日が来るのだと。

 とはいえ、その日が来なければいい――とも考えていた。

 地球で、日本で、ささやかなりとも普通の生活で幸せだったから。

 その幸せが一瞬で打ち砕かれたことを、今更ながら思い知る。

 もう二度と、学校に通うことも、友達と会うこともできない。遠く、あまりにも遠く、かけ離れた異世界に来てしまったのだから。


 日常が失われたことがひどく悲しくて、眼から涙が溢れた。彗は俯いて、手で顔を隠した。

 アレイストが「泣かないで、スイ」と慰めの言葉をかけてくる。


「僕がいるよ」


 アレイストは膝を折って地面に屈み、強引に下を向く彗の視界に割り込む。


「僕が、スイのためになんでもしてあげる」


 彼のその声は、これまでと少し違っていた。からかうでもなく、面白がるふうでもない。不器用な労わりを感じさせる、優しい声だ。

 彗は片腕だけ下ろして、アレイストの眼を見て訊いた。


「なんで……?」


 すると彼は不思議そうに首を傾げた。


「うーん……なんでだろうね。僕にもよくわからないや。ただ、どうしてかな。君の涙を見ても、最初に会ったときほど面白くない。嬉しくないんだ。それより、泣き止んで、僕を名前で呼んで。また頭を撫でてほしい。そうしてくれたら、約束通り、この世界で過ごす時間が君にとって有意義なものになるように、僕は力を尽くすよ」

「……よくわからないのに、なんでもするなんて軽々しく言っちゃだめだと思う」

「でも他にどうすれば君の涙を止められるのか、僕にはわからないよ」


 アレイストは本当に困り果てているようだった。器用に膝を抱え込んだ姿勢で彗を見上げる様子は、小さな子供みたいだ。

 彗は手の甲で目元を擦り、涙を拭うと、手を伸ばして彼の頭を撫でた。すると彼は気持ちよさそうに金色の眼を細めて、されるがまま、おとなしい。

 彼女は知っていた。触れられることを望むのは、寂しいからだと。


「アレイスト」


 名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「もう一度呼んでよ」

「アレイスト」

「なあに?」


 甘えた表情を浮かべる彼の頭から彗が手を退かすと、アレイストは途端に悲しそうな顔をした。

 だが彼女が手を差し伸べると、彼は躊躇い、ややあっておずおずとその手を取って、引かれるまま立ち上がる。

 彗はアレイストと手を繋いだまま、ニコリと笑って言った。


「慰めてくれてありがとう。その気持ちが嬉しかったよ」

「……笑った……」

「え?」

「すごい。スイが僕に笑いかけてくれた」


 アレイストは感極まったようにそう呟いて、次の瞬間、彗を抱きしめた。


 新刊 恋するきっかけは秘密の王子様 今月末発売します。

 一人でも多くの読者の皆様にお手に取っていただければ嬉しいです。

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