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プロローグ:京の密命と弟子の旅立ち

はじめまして! 本日より新連載をスタートします。

まずは物語の始まりとなるプロローグをお楽しみください。

 平安の京、夜の静寂しじまを切り裂くように、安倍晴明の私邸していには張り詰めた空気が満ちていた。  


庭の池に映る月は微かに歪み、風もないのに水面が波立っている。


それは、はるか奥州の地で胎動を始めた「受肉せし厄災」が、都の霊的境界を侵食し始めている不吉な予兆であった。


 邸の広間には、晴明が招集した高弟(こうていたちが居並んでいた。


彼らは皆、朝廷の命を支える実力者たちであったが、その表情は一様に強張っている。師・賀茂忠行かものただゆきより下された急報。


 それは、宇宙の深淵より飛来した「形なき生命」が悪鬼や妖怪の肉体を乗っ取り、大地を喰らい尽くそうとしているという戦慄の事態である。


「……誰か、私に代わり奥州へ赴く者はおらぬか」

晴明の声が静かに、しかし重く響く。


しかし、広間には沈黙が落ちた。


一人の弟子が声を震わせながら言った。


「奥州へ? 正気ですか、晴明様。あそこは今、妖どもの巣窟と化していると聞いております」  

すぐさま別の弟子が言葉を重ねる。


「そうです。都の結界を維持することこそ我らの責務。そこを空けてまで、辺境の厄災に手を貸す必要がどこに……」  


同調するように、周囲の弟子たちも頷いた。


「相手はただの妖ではない。時を歪め、未来を喰らう異形のモノだ。一度関われば、己の魂さえも引きずり込まれる。私には、そのような博打ばくちは打てませぬ」


恐怖と保身の言葉が飛び交い、実力者たちの視線は一様に床へと落とされた。


 彼らにとって都の安寧は守るべき秩序だが、奥州の混沌は避けるべき死地に過ぎなかった。


その重苦しい沈黙を破ったのは、座の一角で静かに目を閉じていた男だった。


「――私が、参ります」


藤原忠岑ふじわらのただみねが、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、迷いの欠片もなかった。


「忠岑よ、行ってくれるか……!?」


 稀代きたいの陰陽師である晴明の声が、僅かに震えた。それほどまでに奥州の厄災は、都の守護者たる晴明にとっても未知の絶望に近いものであった。


「……命、謹んでお受けいたします。我が血を以て、奥州の楔となりましょう」


忠岑の揺るぎない決意を確認すると、晴明は傍らに置かれた布包みを手にした。


「よかろう。京を離れられぬ私に代わり、二つの器をお前に託す」


差し出されたのは、銘なき一振りの霊刀。


「これは受肉せしモノの核を断つための牙である」


そしてもう一つ、懐から取り出されたのは、月の光を凝縮したかのような瑞々しい水晶玉であった。


「これは『星を覗く眼』。肉眼に惑わされるな。この玉越しに視える光景こそが、数瞬先の『未来』である。忠岑よ、お前の能力(未来視)を、この水晶で研ぎ澄ませ」


忠岑がその水晶を受け取った瞬間――。


てのひらに稲妻が走ったような激痛が走り、彼は思わず「っ……!」とうめいて水晶を落とした。


カタリ、と硬質な音を立てて床に転がる水晶玉。


 忠岑は震える右手を必死に押さえ、おそるおそる指を開いた。


掌の中央。皮膚を焼き切るような焼灼感とともに、皮膚の内側から墨を流し込んだかのように複雑な幾筋もの線――「呪印」が浮かび上がっている。


 自分の掌を支配するように広がるその紋様を見た瞬間、忠岑の脳内に、見たこともない荒野で誰かが泣き叫び、白い衣を纏う巫女の姿が過ぎる……。


その鮮烈すぎる未来の断片が、忠岑の精神を激しく揺さぶっていた。


広間が騒然とする。他の弟子たちが狼狽し、忠岑の周囲に駆け寄ってきた。


「……っ、忠岑! 大丈夫か!」


「おい、今の光は何だ! 何が起きた!?」


晴明が静かに歩み寄り、忠岑を見下ろす。


「……忠岑よ。何が見えたか?」


「……いえ、何でもございません。ただ、少し眩暈めまいがしただけのこと。……お見苦しいところをお見せしました。私は大丈夫です」


 忠岑は震えるこぶしを握り締め、努めて平然を装うように師の問いに応えた。


 だが、忠岑の心臓は早鐘のように鳴り響いていた。


――今の光景は何だ!? あれは、ただの幻視か? それとも、晴明様が仰っていた数瞬先の『未来』なのか……!?


それは後に戦国時代の子孫たちへと引き継がれ、一千年後の子孫へと繋がっていく、逃れられぬ宿命の産声である。


忠岑は霊刀を帯に差し、水晶を懐へ押し込んだ。


「晴明様……明朝に奥州へ、参ります。」 彼はそう言い残し、やしきを後にした。


その姿を見送る晴明は、弟子の背中が闇に溶け込むまで、祈るように見つめていた。


「忠岑よ、忘れるな。お前の手にあるその紋様は、数多あまたの時代を越えて必ずや、同じ宿命を背負った者の掌に再び現れる。その時こそ――」


 晴明は言葉を切り、遠く闇の彼方を見つめたその眼差しは、千年の時を隔てた先にある「結末」を確かに見通しているようでもあり、あるいは何もかもが霧に包まれているかのように揺らめいてもいた。


夜風が邸の庭を吹き抜け、竹林がざわめく。


 藤原忠岑という異能の男が京を後にした。物語の歯車が静かに、しかし確実に回り始めた。


プロローグをお読みいただきありがとうございました!

本日、このあと【第一話】も同時に投稿いたします。

現代を舞台に、賑やかな退治屋たちが大暴れする本編が始まりますので、ぜひ続けて読んでみてください!

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