第37話「再編表」
再編初日、会計庫の壁一面に新しい表が貼られた。
「領政再編表」。
部署別、便別、責任者別。
赤線は暫定、青線は恒久。
私は青線を増やしたい。
増やすには、赤線を焦って消さないことだ。
*
午前、口座凍結の余波が出る。
旧ルートで回っていた小口支払いが一時停止。
配給所の副材便が遅れる。
女将が眉を寄せる。
「勝ったのに遅れるのかい」
「勝ったから遅れる部分もあります。ルートを切り替えるので」
「いつ戻る」
「二日で戻します。戻しきれなければ公開して理由を出します」
女将は短く頷く。
苛立ちは残る。
でも時刻を言うと、怒りは少し待機できる。
私はその場で副材便の代替ルート票を書く。
北門経由を一便減らし、西門臨時窓を三日だけ開ける。
臨時窓は負担が大きい。
それでも短期で詰まりを解くには必要だった。
ベルンが票を見て言う。
「西門を開けるなら、人が足りない」
「近衛書記を半刻だけ回します」
「半刻で足りるか」
「足りなければ明日増やします。まず半刻で実測します」
仮説で全投入しない。
小さく回して、数字で増減を決める。
*
昼、工房側で燃料契約の再締結。
旧契約は裁量条項が広すぎた。
新契約は数量連動と上限係数を明記。
工房主が契約書を見て笑う。
「前より読みにくいが、前より怖くない」
「怖くない契約を目指しています」
言いながら、私は自分の婚約契約を思い出す。
読みにくく、怖いまま放置してきた紙。
次はあれを直す番だ。
*
午後、黒字転換見通しの試算会議。
兵站長、工房代表、配給所代表、監督委員。
私は三か月試算を示す。
漏出率低下、単価是正、再配送削減。
条件付きで月次黒字化の可能性が出る。
兵站長が腕を組む。
「条件が多い」
「はい。だから条件ごとに担当を切ります」
私は担当表を配る。
誰が、いつ、何を満たすか。
曖昧な見通しは、責任が宙に浮く。
配給所代表が手を挙げる。
「黒字化の数字はいい。でも現場の疲弊はどこへ入る」
私は新しい列を足す。
「人員疲労指標」。
超過勤務時刻、連続夜勤数、休暇消化率。
「黒字化の条件に入れます。疲弊を無視した黒字は、次月の赤字になります」
代表は頷き、担当欄へ印を置いた。
*
夕刻、カイと契約再定義案の詰め。
案の柱は三つ。
相互協議責務。
行使履歴恒久公開。
利益相反時の第三者仲裁。
カイが言う。
「第三者仲裁を入れるなら、私の拒否権は弱まる」
「はい」
「それでも入れるか」
「入れます。拒否権が強すぎる契約は、どちらかを壊します」
彼はしばらく黙り、最後に頷いた。
「共同名義で出す」
その一言で、胸の奥が静かに熱くなる。
情緒の言葉は要らない。
共同名義という実務語だけで十分だった。
*
夜、共同提出文を仕上げる。
契約局宛。
件名「契約婚約条項再定義申請」。
署名欄に、私とカイの名前が並ぶ。
私は筆を置く前に一度だけ手を止める。
手は震えていない。
以前より、確かに落ち着いている。
記録簿へ書く。
第九刻五十四分、再定義申請書、共同署名完了。
明日は最後の話だ。
数字で始まった物語を、数字で閉じる。
そして数字の外側に残る意志を、ひとつだけ確認する。




