第36話「摘発確定」
摘発確定の翌朝、領主館前には普段より短い列ができた。
陳情ではなく、確認の列だ。
「これから何が変わるのか」を聞きに来る列。
勝った日ほど説明が要る。
説明を怠ると、勝利はすぐ噂に負ける。
*
午前、処分公示会議。
強硬派中核は職務停止、関係口座凍結、審査権限剥奪。
収束派の協力者には限定保護と供述義務継続。
私は処分票へ押印しながら、手順欄を確認する。
処分理由、証拠番号、異議窓口。
罰だけで終わらせない。
異議の出口を残す。
兵站長が低く言う。
「厳しいな」
「はい。ですが理由を全件公開します」
「そこまで要るか」
「要ります。理由がない厳罰は、次の反動になります」
*
昼、公開板へ摘発確定を掲示。
人々の反応は割れた。
安堵の顔。
不安の顔。
怒りを抑えた顔。
工房主が言う。
「これで炭は安定するか」
「単価外れ値は是正します。即日ではなく三日移行で」
「なぜ三日」
「急な切替は逆に欠配を出すからです」
勝った勢いで急ぐと、現場が折れる。
その失敗は幕1で学んだ。
*
午後、契約局から正式通知。
「契約条項の暫定維持」。
無効でも更新でもなく、維持。
先延ばしの文言だ。
私は通知を畳み、しばらく黙る。
公的決着がついた日に、私的決着は保留される。
王都らしい。
でも今回は、保留を受け身で飲まない。
封筒の端が指へ触れ、最初の解任通知の紙縁を思い出す。
王都の紙はいつも、切る時だけ正確だ。
私は封筒を机へ置き、呼吸を数える。
一つ、怒りを落とす。
二つ、焦りを落とす。
三つ、提案文の見出しを決める。
ミレナが問う。
「どうしますか」
「再定義案を出します。契約局へ逆提案です」
「また逆提案」
「はい。待つだけだと、また誰かの文面で決まるので」
彼女は小さく笑う。
「待つより書く、ですね」
「書いて残す方が、あとで訂正できます」
待ったまま失うより、書いて直す方がまだましだ。
この領地で覚えた実感だった。
*
夕刻、カイへ提案。
「契約再定義案を共同提出したいです」
カイは短く返す。
「内容は」
「優先的協議権を“片務”から“相互責務”へ。履歴公開義務を恒久条項化」
彼は一度だけ目を細める。
「私情を制度へ上げる気か」
「私情を制度外へ置くと、また武器にされます」
カイは頷き、命じる。
「案を作れ。明日、共同名義で出す」
胸の奥で、硬かった塊が少し動く。
終わりではなく、更新の準備が始まる。
退室しかけたところで、カイが呼び止める。
「ルチア」
「はい」
「共同名義は飾りじゃない。責任も半分持つ」
私は振り返り、短く返す。
「承知しています。半分ずつ持つ方が、長く持つので」
彼はそれ以上言わず、書類へ視線を戻した。
その背中が、以前より近く見える。
*
夜、会計庫で摘発後三日移行表を作る。
口座凍結、便再編、単価是正、監督引継。
勝った後の実務は、いつも地味だ。
地味な作業を外すと、勝ちが残らない。
記録簿へ書く。
第十刻二十七分、摘発後移行計画、第一版。
外は冷える。
でも鍋の湯気は昨日より厚い。
その厚みを落とさないことが、いまの最優先だった。




