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赤字領地に飛ばされた会計官、公開照合で汚職網を断ったら契約の婚約が再定義されました  作者: 夜摩 高嶺
第三章「契約線の監査」

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第32話「出頭路」

 出頭窓口を開けた朝、最初の一刻は誰も来なかった。

 掲示板の前を通る足音だけが続く。

 来ないことも、情報だ。

 条件が厳しすぎるか、恐れが勝っている。


 私は条件掲示の文言を一行だけ変える。

 「供述先出し」を「供述概要先出し」に修正。

 入口を一段低くする。



 午前第二刻、最初の出頭者が現れた。

 王都商会宿舎の書記補、イレナ。

 手が震えている。


「私は強硬案に反対でした」


 彼女は封筒を差し出す。

 中に、宿舎内議事写し。

 強硬派名簿、収束派名簿、分岐日付。

 そして一行。

 「契約局照会を盾に領内主導権を巻き戻す」。


 私は黙って受領票を切る。

 話を急がない。

 急ぐと、必要な一言が抜ける。



 昼、別室聴取。

 イレナは小さな声で続ける。


「私は見出し草稿の転写を命じられました。順序連動の語置換も、会議で決まった」


「命令者は」


「名簿の印位置を見れば分かります」


 私は名簿を開く。

 印位置の癖。

 古式払い線。

 契約局系の書式。


 線が濃くなる。

 ただ、まだ人名で断定しない。

 断定は最後の卓でやる。



 午後、第二出頭者。

 収束派の中堅監査補佐、デンツ。


「これ以上は持たない。強硬派は証票を焼く準備をしている」


 彼が出したのは倉庫入退庫票。

 旧街区南倉の夜間搬入が急増。

 名目は「古紙整理」。

 時刻は深夜。


 私は即座にカイへ報告する。


「証票焼却の可能性。今夜の保全が必要です」


 カイは迷わない。


「南倉を封鎖。立会は監督委員二名を付ける」


「令状は」


「監査妨害疑義で即時発行する」


 領主印が落ちる音が、今日は刃に聞こえた。



 夕刻、南倉保全。

 扉を開けると、油と紙の匂いが混ざる。

 奥に炉がある。

 炉脇の箱へ、未焼却の証票束。


 私は手袋で束を取り、票番号を確認する。

 R-17関連、R-23関連、契約局照会控え。

 焼かれれば終わる束だ。


 ミレナが息を詰める。


「間に合いました」


「はい。ぎりぎりです」


 私は炉の灰を採取袋へ入れる。

 焼却未遂の痕も証拠になる。



 夜、合同監査団へ緊急提出。

 出頭供述、名簿、南倉保全票、灰採取。

 セレナが資料を見て言う。


「分裂は確定。強硬派は証拠隠滅段階へ移行した」


 王都側補佐官が反発する。


「出頭者は自己保身だ。信用できない」


 私は南倉票を示す。


「供述がなくても成立します。夜間搬入記録と未焼却束、灰採取で裏付け可能です」


 補佐官は黙る。

 供述は入口。

 最後に効くのは、やはり物証だ。


 提出後、セレナが私だけを呼び止める。


「出頭者の保護を維持できるか」


「維持します。供述経路を分離し、閲覧権限を絞ります」


「良い。分裂局面で一番壊れやすいのは、証拠より人だ」


 私は短く頷く。

 この言葉は、監査官の忠告というより警告に近かった。

 王都で私は、証拠保全ばかり見て人の保全を後回しにした。

 同じ順序ミスは繰り返さない。



 深夜、会計庫で私は受領票を綴じる。

 出頭者二名。

 保護条件適用。

 証票原本確保。


 綴じ終えた瞬間、指が止まる。

 私が王都で欲しかったのは、こういう窓口だったのかもしれない。

 言い分を出せる窓口。

 証拠を残せる窓口。


 過去は戻らない。

 でも今の運用は作れる。

 作れるなら、作る。


 記録簿へ書く。

 第十一刻四分、出頭路運用、初日成功。


 次は最終弁論前の整理だ。

 証拠は揃い始めた。

 揃い始めた時ほど、順番を間違えない。

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