第32話「出頭路」
出頭窓口を開けた朝、最初の一刻は誰も来なかった。
掲示板の前を通る足音だけが続く。
来ないことも、情報だ。
条件が厳しすぎるか、恐れが勝っている。
私は条件掲示の文言を一行だけ変える。
「供述先出し」を「供述概要先出し」に修正。
入口を一段低くする。
*
午前第二刻、最初の出頭者が現れた。
王都商会宿舎の書記補、イレナ。
手が震えている。
「私は強硬案に反対でした」
彼女は封筒を差し出す。
中に、宿舎内議事写し。
強硬派名簿、収束派名簿、分岐日付。
そして一行。
「契約局照会を盾に領内主導権を巻き戻す」。
私は黙って受領票を切る。
話を急がない。
急ぐと、必要な一言が抜ける。
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昼、別室聴取。
イレナは小さな声で続ける。
「私は見出し草稿の転写を命じられました。順序連動の語置換も、会議で決まった」
「命令者は」
「名簿の印位置を見れば分かります」
私は名簿を開く。
印位置の癖。
古式払い線。
契約局系の書式。
線が濃くなる。
ただ、まだ人名で断定しない。
断定は最後の卓でやる。
*
午後、第二出頭者。
収束派の中堅監査補佐、デンツ。
「これ以上は持たない。強硬派は証票を焼く準備をしている」
彼が出したのは倉庫入退庫票。
旧街区南倉の夜間搬入が急増。
名目は「古紙整理」。
時刻は深夜。
私は即座にカイへ報告する。
「証票焼却の可能性。今夜の保全が必要です」
カイは迷わない。
「南倉を封鎖。立会は監督委員二名を付ける」
「令状は」
「監査妨害疑義で即時発行する」
領主印が落ちる音が、今日は刃に聞こえた。
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夕刻、南倉保全。
扉を開けると、油と紙の匂いが混ざる。
奥に炉がある。
炉脇の箱へ、未焼却の証票束。
私は手袋で束を取り、票番号を確認する。
R-17関連、R-23関連、契約局照会控え。
焼かれれば終わる束だ。
ミレナが息を詰める。
「間に合いました」
「はい。ぎりぎりです」
私は炉の灰を採取袋へ入れる。
焼却未遂の痕も証拠になる。
*
夜、合同監査団へ緊急提出。
出頭供述、名簿、南倉保全票、灰採取。
セレナが資料を見て言う。
「分裂は確定。強硬派は証拠隠滅段階へ移行した」
王都側補佐官が反発する。
「出頭者は自己保身だ。信用できない」
私は南倉票を示す。
「供述がなくても成立します。夜間搬入記録と未焼却束、灰採取で裏付け可能です」
補佐官は黙る。
供述は入口。
最後に効くのは、やはり物証だ。
提出後、セレナが私だけを呼び止める。
「出頭者の保護を維持できるか」
「維持します。供述経路を分離し、閲覧権限を絞ります」
「良い。分裂局面で一番壊れやすいのは、証拠より人だ」
私は短く頷く。
この言葉は、監査官の忠告というより警告に近かった。
王都で私は、証拠保全ばかり見て人の保全を後回しにした。
同じ順序ミスは繰り返さない。
*
深夜、会計庫で私は受領票を綴じる。
出頭者二名。
保護条件適用。
証票原本確保。
綴じ終えた瞬間、指が止まる。
私が王都で欲しかったのは、こういう窓口だったのかもしれない。
言い分を出せる窓口。
証拠を残せる窓口。
過去は戻らない。
でも今の運用は作れる。
作れるなら、作る。
記録簿へ書く。
第十一刻四分、出頭路運用、初日成功。
次は最終弁論前の整理だ。
証拠は揃い始めた。
揃い始めた時ほど、順番を間違えない。




