第28話「二つの監査線」
契約行使履歴を貼った翌朝、公開板前の足が止まった。
数字欄より先に、新欄へ視線が集まる。
噂は速い。
検証は遅い。
だから今日は、遅い方を先に進める。
*
午前、合同監査団との実査。
セレナは会計線と契約線を交互に投げてくる。
「R-23の裁量理由は誰が起案した」
「旧審査室補佐官です。起案票番号はこちら」
「同日の契約行使は」
「第七条照会のみ。監督委員立会あり」
私は交互の質問に、交互の台帳で返す。
片方だけ追うと、もう片方で足を取られる。
両線同時運用が、今日の主戦場だった。
*
昼、監査団補佐官が新しい指摘を出す。
「契約行使履歴の時刻と、公開照合準備会議の時刻が重なっている」
利益相反の疑義を作るための、鋭い突きだ。
私は会議室入退室簿を確認する。
重なって見える。
ただし片方は書記の代理記載時刻。
実時刻ではない。
私は代理記載規程を引き、補記欄を示す。
「こちらは代理記載です。実時刻は三分後」
補佐官は眉を寄せる。
「三分の差で何が変わる」
「同席可否が変わります。規程上は重複禁止です」
細い差だ。
だが細い差でしか守れない線がある。
*
午後、現場波及の確認。
配給所で列が再び伸びていた。
理由は掲示欄が増え、読み込み待ちが発生したため。
女将が苦笑する。
「透明すぎて、読むのに時間がかかるよ」
私は即座に板構成を変更する。
要約欄と詳細欄を分離。
要約は三行、詳細は横掲示へ移動。
工房主が言う。
「それなら読める。仕事前に立ち止まらずに済む」
透明性と可読性は同じではない。
見せ方を誤ると、善意でも遅延を作る。
*
夕刻、グレゴルが現れる。
「契約線まで公開した。これであなたの私事はずっと晒される」
「晒しているのは履歴だけです」
「人は履歴から妄想する」
「妄想される余地より、隠蔽される余地を減らします」
グレゴルは肩をすくめる。
「強いですね」
私は首を振る。
「強くはないです。順番を守っているだけです」
強いふりはできる。
でも監査は、ふりで長く持たない。
*
夜、カイとの短い打合せ。
「明日の争点は」
「代理記載時刻です。三分差を“改竄”に見せる可能性があります」
カイは即断する。
「全代理記載を再照合して公開しろ。疑われる前に出す」
「量が多いです」
「多いなら三班で割れ。近衛書記を二名出す」
私は一瞬黙る。
近衛書記の投入は、領主室の手札を切る合図だ。
「そこまでしますか」
「ここで遅れる方が高くつく」
私は頷き、班分け表を書く。
会計庫、兵站庫、近衛書記。
三班同時。
*
深夜、再照合の山が机を埋める。
手が痺れ、目が乾く。
それでも頁をめくる。
途中で一件、代理記載の補記欠落を見つけた。
小さな穴。
放置すれば明日の矢になる。
私は補記追完票を作成し、時刻を明記する。
そして記録欄へ書く。
第十刻三十六分、補記欠落一件、追完済み、公開対象。
小さい穴を先に塞ぐ。
幕3は、そういう戦いだ。
灯を落とす前、私は机端の契約局通達をもう一度折り直す。
紙角が指に触れ、薄く痛む。
痛みのある紙は忘れにくい。
忘れにくい方が、次の判断を遅くできる。
速さだけで勝てる局面は、もう終わっていた。




