第27話「契約局の封」
幕2決着の翌朝、机の上の封筒はまだ未開封だった。
王都契約局の正式印。
逃げ場のない封。
私は深呼吸を一つ入れ、封を切る。
文面は短い。
『契約婚約条項の適用確認審査を実施する。王都合同監査団へ付議』
会計不正と私的契約。
二つの線が、ここで一つの卓へ乗る。
喉の奥が少しひりつく。
王都はいつも、ここで人を折りに来る。
*
午前、王都合同監査団が到着。
団長はセレナ・ドロウ。
契約局出身、無表情、質問が速い。
「領内主導権移管の正当性と、契約婚約当事者の利益相反を同時に監査する」
最初の一言で、論点を二重に縛ってきた。
逃げ道を作らない構えだ。
私は頷き、資料束を差し出す。
「公開照合の全履歴、共同判定ログ、契約条項写しを提出します」
セレナは資料を受け取り、即座に問う。
「契約条項第七条、優先的協議権。これは領主室への特権アクセスでは?」
核心を最初に突く。
私は答える。
「はい、アクセス権はあります。行使履歴は全件記録済みです」
*
昼、監査室で一次聴取。
セレナは会計不正線ではなく、契約線から先に掘る。
「契約当事者が監督対象と同席する場面がある。自制で足りるのか」
私は契約行使履歴簿を開く。
同席回数、議題、第三者立会の有無。
自制ではなく、手順で縛る。
「同席時は監督委員立会を必須化しています。単独協議はゼロです」
「ゼロの証明は」
私は会議室入退室簿を重ねる。
時刻一致。
ゼロは言葉でなく記録で示す。
*
午後、会計庫でミレナが低く言う。
「団長、最初から“私情を起点”にしてます」
「はい。そこが崩れると、会計線も崩せるからです」
私は契約局通達の余白を見る。
文末に古式払い線。
脅し文と同系。
偶然ではない。
「会計線は守るだけでは足りません。契約線も照合対象へ上げます」
ミレナが息を呑む。
「契約まで公開するんですか」
「全部はしません。行使履歴だけ公開します」
私情の中身は守る。
私情の運用は守らない。
*
夕刻、カイへ提案。
「契約行使履歴を公開板へ追加したいです」
カイは一拍置く。
「嫌われるぞ」
「はい。ですが隠すと監査団の論点が固定されます」
彼は短く頷き、命じる。
「追加しろ。項目は最小限だ。条文名、行使時刻、立会者」
「内容本文は」
「伏せる。私事を餌にする気はない」
その線引きは、私が言うより先に彼が言った。
胸の奥の緊張が、少しだけほどける。
*
夜、公開板に新欄を貼る。
「契約行使履歴」。
初行は空欄。
人がざわつく。
当然だ。
契約の文字は、数字より速く噂になる。
私は空欄のまま掲示する。
明日から埋まる欄だと示すために。
後列で若い御者が、隣へ小声で言う。
「契約って、結局えこひいきの紙だろ」
私は振り向かず、板の下へ注意書きを足した。
「行使内容本文は非公開、行使有無と立会のみ公開」。
私事を見世物にしない線を、先に引く。
線を引かない公開は、ただの晒しになる。
帰り際、板の下に紙片が差し込まれていた。
『契約を出した時点でお前の負けだ』
葡萄香。
古式払い線。
私は紙片を証拠袋へ入れ、記録簿へ書く。
第九刻十二分、契約線脅迫文、二件目。
書き終えた指先に、わずかな汗が残る。
契約の話になると、身体の反応が数字より先に出る。
それでも記録欄へ落とす。
落とせば、怖さも運用に組み込める。
幕3は始まった。
今度の戦場は、数字だけでは足りない。




