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赤字領地に飛ばされた会計官、公開照合で汚職網を断ったら契約の婚約が再定義されました  作者: 夜摩 高嶺
第二章「逆照合の反撃」

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第25話「公開照合前夜」

 失脚審査の翌日、会計庫は静かな混乱だった。

 棚は整っているのに、人の歩幅だけが速い。

 皆、次の一手を待っている。


 私は黒板へ大きく書く。

 「公開照合本番準備」。

 幕2の終点へ向けた実務が始まる。



 午前、監督委員会の初会合。

 委員は五名。

 会計庫、兵站庫、評議会、配給所、工房。


 私は提案する。


「照合対象を三群に分けます。融通枠、便運用、特別裁量」


 評議会委員が問う。


「なぜ三群だ」


「一括照合だと、争点が拡散して誰も責任を取れないからです」


 兵站長が渋い顔で頷く。

 彼も、責任の拡散が一番厄介だと知っている。



 昼、公開照合の手順リハーサル。

 証拠提示順、反論時間、再照合時間。

 時計を見ながら一連を回す。


 ミレナが止める。


「反論時間が足りません。相手が長文で引き延ばしたら崩れます」


「制限を入れます」


 私は規程追補案を即書きする。

 反論三分、再反論二分、証拠提示は番号指定。

 言葉の長さで押し切らせない設計。


 かつての私は、長文で圧されて沈んだ。

 同じ沈み方は繰り返さない。



 午後、王都側から非公式打診が来る。

 「公開照合を延期し、非公開協議へ切り替えないか」。

 理由は「秩序維持」。


 グレゴルがその文面を持ってくる。


「延期すれば傷は浅く済む。あなたにも得がある」


「どんな得ですか」


「失敗の記録が残りにくい」


 私は紙を畳み、机へ置く。


「残りにくい記録は、残すべき失敗まで消します」


 グレゴルは肩をすくめる。


「理想で領地は回らない」


「理想ではなく会計です。記録がない運用は再建不能です」


 彼は何も言わず去る。

 扉が閉まる音が、今日はやけに軽かった。

 追い詰められている側の軽さだ。



 夕刻、カイと最終協議。


「延期打診が来ました」


「断る」


「はい。公開照合を予定どおり実施します」


 カイは机上の地図を畳み、短く命じる。


「会場の席順を変える。王都側を出口から遠ざけろ」


 私は一瞬黙る。

 逃げ道を切る配置だ。


「反発が出ます」


「出させる。席順に文句を言う者は、証拠より出口を見ている」


 領主の乱暴さは、時々正確だ。

 私は席順表を修正し、監督委員へ送る。



 夜、私は一人で照合台帳を開く。

 R-17、R-23、仮勘定末尾、価格外れ値。

 数字の線は揃っている。

 問題は、揃った線を人前で折られずに通すこと。


 台帳の横で、私は短い読み上げ練習をする。

 長く説明しない。

 番号、時刻、差分、結論。

 四拍で切る。

 王都で敗れた日の私は、正しさを長文で守ろうとして沈んだ。

 明日は違う。

 短く、逃がさず、次頁へ進む。


 手が止まり、婚約契約の条項写しへ目が行く。

 私的利害論点は、明日も投げられる。

 怖い。

 怖いが、怖さを隠す必要はない。

 隠すと判断が速くなりすぎる。


 私は記録欄へ書く。

 第八刻五十七分、公開照合前夜、本人緊張あり。


 机を叩く音がして、顔を上げる。

 カイが扉にもたれ、短く言う。


「まだ帰らないのか」


「読み順の最終確認です」


「十分だ。寝ろ」


「寝ると明日の失言が増えます」


 カイは少しだけ眉を上げた。


「起きていても増える時は増える。失言より、黙る時間を作れ」


 私は苦く笑う。

 会計官にとって黙るのは、いつも難しい。


「……三呼吸、入れます」


「それでいい」


 彼は去り際に一言だけ残す。


「明日、君一人で立たせない」


 扉が閉まった後、私は三呼吸を数える。

 一つ、手の震えが少し落ちる。

 二つ、喉の渇きが薄くなる。

 三つ、頁順が頭の中で真っ直ぐ並ぶ。


 記録にしてしまえば、感情も運用対象になる。

 明日は、記録で押し切る日だ。

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