第15話「二層レーン」
寒波が一段深まった朝、兵站から緊急通知が来る。
北砦補修材の便を優先するため、民需便を後ろへ回したい。
通知文の末尾に、見慣れた一文がある。
「軍事優先のため一時的措置」。
正論だ。
そして正論は、使い方を誤ると生活を潰す。
私は配給所と工房の受領予測を引く。
民需便を六刻遅らせると、夕食配給が崩れる。
工房炉も二基止まる。
*
午前、調整会議。
兵站長が先に言い切る。
「砦が落ちれば全部終わる。今日は軍事優先だ」
私は頷く。
否定しない。
「優先自体は妥当です。ただし一層運用では民需が死にます」
私は新しい図を卓へ置く。
二層レーン。
軍事便と民需便を完全分離し、門前処理を別窓化する案だ。
「人手が足りん」
「旧街区便の再審査を後日へ回し、門番を一名転用します」
兵站長は顔をしかめる。
「旧街区が騒ぐぞ」
「騒がせます。今日止まるのは鍋です」
言いながら、私は自分の声の硬さに気づく。
責める口調に寄り過ぎる。
王都の失敗は、こういう硬さから始まった。
私は一度息を整え、言い直す。
「兵站の判断を否定したいわけではありません。優先を実装する方法を変えたいだけです」
兵站長はしばらく黙り、最後に短く言った。
「……図を見せろ」
*
昼、二層レーンを試行する。
北門に青札(軍事)と緑札(民需)を掲示。
導線を縄で分け、受付机も二つ置く。
最初は混乱した。
御者が札を持ち替えようとして、ベルンに止められる。
民需側の列が一度詰まり、女将が声を荒げる。
「緑札の窓、遅いよ!」
私は机へ走り、受領欄の順序を入れ替える。
品目記載を後ろへ回し、先に数量と到着時刻。
登録速度が上がる。
女将が眉を吊り上げたまま言う。
「それ、最初からやりな」
「次から最初にします」
叱責の方が、今日はありがたい。
現場の怒りは改善点を具体にする。
*
夕刻、結果を集計。
砦便は遅延ゼロ。
民需便の平均遅延は二刻から一刻未満へ。
欠配は発生せず。
工房主が炉前で手を擦る。
「軍のせいで止まる日かと思ったが、今日は持った」
私は頷き、黒板へ数値を書いた。
同時に、課題欄へも書く。
窓口初動の詰まり、御者札持替対策不足。
成功だけ貼ると、次に転ぶ。
*
夜、カイへ報告。
彼は結果表を見て言う。
「二層を本則に上げるか」
「段階的に。寒波期のみ常時二層、平時は一層へ戻します」
「理由は」
「常時二層は人員疲弊が出ます」
カイは机を指で叩き、近衛隊長へ命じた。
「寒波期の門番を一名増やせ。会計庫から奪うな、近衛から出す」
私は思わず顔を上げる。
人員を奪い合わない決断は、想像より重い。
「ありがとうございます」
「礼は早い。明日、差戻し監査が来る」
差戻し監査。
王都側の次手だ。
私は資料袋を握り直す。
*
深夜、会計庫で翌日の想定問答を作る。
差戻し理由の候補は三つ。
記載順序の不一致、例外運用の拡張、旧街区便の後日処理。
どれも突かれれば痛い。
痛いが、否定ではなく逆利用できる。
範囲拡張の入口になる。
紙に向かう手が、ふと止まる。
婚約契約の一文が頭をよぎる。
私生活が公務へ追い付いてくる足音。
私は首を振って赤鉛筆を置き直す。
まずは明日の差戻しだ。
感情の勘定は、まだ締められない。




