納得は静かに従わせる
ーーーー
人は殴られれば従う。
だが、それは恐怖だ。
人は納得しても従う。
そして時に、
そちらの方がずっと深い。
正しさを納得に変える言葉は、
暴力より静かに人を縛る。
ーーーー
開発途中の小規模な町
郊外
簡素な柵に囲まれた小さな広場には
錆びが散見されるワーゲンビートル、
それを整備するおじさん。
賢そうなジャーマンシェパードが寝ている。
柵沿いにポツンと有るベンチ。
横にパオとZ2が止まる。
ハスキーが車から降りる。
と次いで単車に縛着してある雑嚢から
転がる様に降りるカカポ。
ベンチの横に空になった
カフェオレのボトル缶の灰皿を設置。
ハスキー、カカポ
「「おモクターイム!!」」
その瞬間、ガバッと起き上がるシェパード。
ポカンとするハスキーに硬直するカカポ。
尻尾を立てて
ジッとこっちを見るシェパード。
ハッとするカカポが両羽を使い
ボクサーみたいに拳?を突き出しながら
「な、なんだよ!やるのか〜!」
ハスキーはシェパードの真剣な眼差しに
昔の仲間達の面影を感じて
ちょっと尻尾が動く。
「ブロンディ、待てっ!」
言葉に反応して即座にお座りして
声の方向を向くシェパード。
ワーゲンを整備してたおじさんがやってきた
同時に銀髪と赤髪も近付く。
赤髪「おーい、どうした?」
カカポ「あ、この犬がおモクタイム……」
ブロンディがまたバッと身構える!?
あまりの切り替えの速さに「ピャ!」と硬直するカカポ。
「ブロンディ!」
スパッとお座りするブロンディ。
「へえ、めちゃ賢いじゃん」
「命令を聞くだけじゃ賢くわない」
「?でも何に反応したの?」
「多分タイムと大麻と聞き間違えたかな?
まだ残ってるんだな」
「なんだ〜?お前も好きなのか〜?」
ニヤニヤしながら近付くカカポ。
しかしハスキーは珍しく真面目な口調で
「……やめとけ、
コイツ、多分【捕まえる側】だ」
「勘が良い子だね」と
ニコニコとおじさんがハスキーを撫でる。
「あ、あふん……」
ハスキーがおじさんのなでなでにトロけて
お腹を出して横になる。
「何やってるんだお前?」
「はぁはぁ、ヤバい。
おじさん……スーパーテクニシャン」
ーーーー
「お手!……伏せ!……」
微動だにしないブロンディ。
口を尖らせる赤髪……
「大麻!」
ガバッと身構えるブロンディ。
「アッハ!ウケる!」
「お嬢さん、
ブロンディで遊ばないでくれるかな?」
笑顔のおじさんだが心を見透かす様な目と
ブロンディからの静かな殺気に
赤髪はつい
「うっ!わ、悪かったよ……」
「いえーい!怒られた〜!」
「君達もタバコは身体に良くないよ」
同じ目で言われると硬直気味にカカポ
「は、はい……」
尻尾が股下に垂れるハスキー。
ビートルの整備に戻って行くおじさん。
赤髪と目が合う……
「……な?」
ーーーー
近所の子供達が
いつの間にかおじさんを囲んでいる。
ワーゲンの向こうから
小さな声が飛ぶ。
「ねーおじちゃーん」
「んー?」
振り向いたおじさんに、
子供がレンチを二本掲げた。
「どっち使うの?」
おじさんは工具箱を見て、
すぐには答えない。
代わりに子供へ問い返す。
「そのネジに合う【線】はどっちだ?」
「せん?」
「形を見てみろ、太さを見てみろ
手に取って比べてみろ
描く前に、ちゃんと対象を見ろ」
子供たちは
「うーん」と唸りながら見比べる。
一人が一本を差し出した。
「……こっち?」
おじさんは笑って頷く。
「ここに合わせてみろ」
「うん!……あれ?入らないよ?」
「惜しかったな、もう一つ大きいやつだった
間違ってもいい自分で引いた線なら、
次はもっとマシに描ける」
赤髪
「はは、教えてやりゃ早いだろ」
おじさん、
工具を回しながら鼻で笑う。
「人の下書きなぞっても、
上手くはならないよ考えない奴は、
一生誰かの描いた構図で生きる」
「急に重っ!」
「人生ってのは、だいたい構図で決まるんだよ」
銀髪だけ、わずかに目を細める。
ーーーー
黒塗りの車が二台が路地から
広場の入口に滑り込んできた。
ドアが開く。
揃いのスーツ。
無機質な目。
同じ型で抜かれたような六人。
さっきまで騒いでいた子供たちが、
ぴたりと黙った。
先頭の男が歩み出る。
営業用のスマイルを貼りつけたまま、一礼。
「失礼。
こちらの土地について、
立ち退きのご相談に参りました」
おじさんはビートルのボンネットを閉じた。
「へぇ」
「行政手続きは完了しております。
速やかな移転をお願いしたく……」
「断ったら?」
男の笑みがわずかに薄れる。
「……近隣一帯の再開発に支障が出ます」
「だから?」
「支障が出れば、
こちらとしても
【相応の対応】を取らざるを得ません」
空気が冷えた。
赤髪の指が、
反射的に腰のホルスターへ伸びる。
だがその手首を、おじさんが掴んだ。
「やめとけ」
「は?……でも」
おじさんは前を向いたまま言う。
「脅されたから撃つのか?」
赤髪が言葉に詰まる。
「……」
「楽だよな、それ」
穏やかな声だった。
怒気もない。
だからこそ重かった。
「怖いから撃つ
ムカつくから殴る、そういうのを――」
おじさんは赤髪の腰の銃を軽く叩く。
「考えるのをやめた奴の線って言うんだ」
赤髪の手が止まる。
「抜くなら考えろ」
「その一発が、
誰の絵になるかをな」
静かにホルスターから赤髪の手が離れた。
おじさんは一歩前へ出る。
視線が、先頭の男の靴へ落ちる。
擦り減った革靴。
だが丁寧に磨かれている。
袖口から覗く手には、古い裂傷痕。
おじさんが小さく笑った。
「……その靴」
男の眉が動く。
「大事に履いてるな」
「……何ですか」
「新品買える立場になっても、
昔の癖は抜けないか」
男の顔から笑みが消えた。
おじさんは一歩近づく。
「その顔……前は【下描き側】だったな」
沈黙。
「怒鳴られて、削られて、塗り潰されて
やっと【描く側】に回ったつもりか?」
男の喉が鳴る。
「……何が言いたい」
おじさんの笑みは変わらない。
だが目だけが冷たい。
少し前の赤髪達へ向けた
心を見透かす様な射抜く様な視線。
「その立ち位置……
本当にお前が選んだ構図か?」
男の呼吸が止まる。
「這い上がったつもりで
今度は上から言われた通りに
誰かを塗り潰してるだけじゃないのか?」
おじさんの問い掛けに取り立て屋は
「違……」
おじさんはさらに畳みかける様に
「額縁が変わっただけだ
描かれる側から、少し端に寄っただけだろ」
男の指先が震える。
周囲のスーツたちも、
わずかに視線を揺らした。
「考えたことあるか?」
おじさん地上げ屋をゆっくりと
端から一瞥しながら
「その絵を描いてるのは誰だ?
お前、誰の筆で描かれてる?
キャンバスの外にいる奴の顔、
見たことあるか?」
沈黙。
……重い沈黙だった。
先頭の男が、一歩下がり。
「……ほ、本件は、一旦持ち帰ります」
誰も異論を挟まない。
男たちはそのまま踵を返し、
黒塗りの車へ戻っていく。
エンジン音が遠ざかる。
静寂。
数秒後、
赤髪が呆然と呟いた。
「……すげぇな
銃無しで追い返しちゃったよ」
おじさんは笑顔で
左の太ももをズボンを捲り見せる。
一般的な生活では残らない抉れた傷跡……
明らかな【銃槍】があった。
「僕も【昔は誰かが描いた下書き】だったさ」
銀髪は何も無かった様にビートルへ向かう
おじさんの背中を見たまま言う。
「……ああいうのが一番危険だ」
「何が?」
「人を救う顔で……」
銀髪の目が細くなる。
「【人を支配できる】」
おじさんは何事もなかったように、
シェパードの頭を撫でた。
「歪んだ構図は嫌いだから、直したくなる。
……人も町も……」




