第4話
5話完結予定でしたが、思ったより長くなったため、もう1話追加します。
王太子ルーシェルと神女ピアージュの訃報が告げられた日から五年の月日が経過した。
王都の酒場の一角で安い麦酒を煽りながら、騎士の制服を着た者たちが賑やかに会話をしていた。
「今日は参ったぜ。王太子ラマンリーズ様の剣のお相手をしたんだけどよ。ラマンリーズ様はやる気がなくて、俺最後は参りましたって土下座したんだぜ」
「あの方は剣が苦手だからな」
「前王太子ルーシェル様は十歳で第一師団長のランドルフ様から一本とってたのにな」
王国騎士団の第一師団長は実質上の騎士団トップだ。ランドルフは王国一の剣の使い手で、前王太子ルーシェルの指南役だった。
そんな騎士たちのやり取りを窓際に座った男女が耳を立てて聞いているなど、彼らは思いもしないだろう。
「ルーは剣が得意だったものね。ねえ、ル……じゃなかったシエル」
白いローブを着た女がクスクスと笑う。室内でもフードは被ったままだ。シエルと呼ばれた男は人差し指を口にあてると女にしぃと言った。
「君はそんなにおしゃべりだったか? アージェ」
アージェと呼ばれた女は可愛らしく首を傾げて「ごめんなさい」と謝った。シエルはやれやれといったように肩を竦める。シエルもアージェと色違いのベージュのローブを着て、フードを目深に被っていた。
騎士の一人がシエルとアージェのテーブルまで来ると「ん?」と二人を覗き込む。
「室内なんだから、ローブは脱いだらどうだ?」
すっかり酒に酔っているようだ。やや絡み気味である。
「先ほど店に来たばかりでして……失礼しました」
シエルとアージェは立ち上がると、ローブを脱ぐ。二人の年頃は十代から二十代といったところか。シエルは明るい茶色の髪とブラウンの瞳で精悍な体つきをしている。アージェは蜂蜜色の髪に青い瞳の可愛らしい顔立ちだったが、少しばかりふくよかな体つきをしていた。
騎士はじろじろと二人を見ると、酒で充血した目をシエルに向ける。
「あんたらは恋人同士か?」
「ええ、まあ」
照れくさそうにシエルが頭を掻く。
「いいなあ。俺は先日恋人にふられたばかりなんだよ」
今度は泣き出した。見かねた同僚が騎士を連れにこちらにやってくる。
「すまないな。こいつは酒癖が悪いんだ。あんたたちも王太子殿下の結婚式見物が目当てで王都に来たのか?」
旅用のローブを見て、騎士はそう推測したようだ。
「ええ。昨日王都に着いたばかりで、ついでに王都見物をしようかと思っています」
「そうか。最近、王都の治安は悪いから気をつけてな。宿は決まっているのか?」
気のよさそうな騎士はにっと笑う。
「知り合いの家に泊めてもらうことになっていますので、大丈夫です」
「それなら安心だ。こいつが悪かったな」
謝罪の意で手を挙げると、酔って泣いている騎士を仲間たちの元に引っ張っていく。
「いい人だったわね」
「ああ。第一師団のエンブレムだ。ランドルフの教育がいいんだろう」
第一師団の騎士たちは何度も乾杯を繰り返し、仕舞には歌い出したり賑やかだった。シエルとアージェはそんな彼らを微笑ましく思いながら、注文した料理を楽しんだ。
◇◇◇
メイフィールド宰相の屋敷は、貴族の邸宅がある区域でも王宮に近い場所にある。緊急事態にすぐ駆けつけれるようにとの配慮だ。宰相の屋敷の裏口にシエルとアージェの姿がある。この裏口には地下に続く階段があり、シエルとアージェはその階段を下りていく。
階段を下りた少し先の壁を迷うことなく進む。実は隠し扉になっているのだ。入ると既に中には人がいるようで、明かりが灯っている。
「ルーシェル様。ピアージュ様。遅いので心配しましたぞ」
メイフィールドがシエルとアージェに駆け寄る。シエルとアージェは変身を解くと、元の姿に戻る。まだ大人になる手前の姿は十五歳の少年少女そのものだった。ちなみにカタラーナ王国の成人年齢は十六歳だ。
メイフィールドの眦が心配そうに下がっている。彼はまだ四十代なのだが、茶色の髪にはすでに白髪が混じっていた。
「すまないメイフィールド。酒場に第一師団の騎士がいて賑やかだったのだ。楽しくて最後まで見ていた」
「俺の部下たちをですか?」
「ランドルフも来ていたか。あまり叱るなよ。彼らにも楽しみは必要だ」
王国騎士団の第一師団長のランドルフは精悍な顔を顰める。情熱的な赤い髪とは反対に静かな湖のような水色の瞳。メイフィールドとランドルフは同じ年なのだが、そうは見えない。
「来て早々だが、本題に入るぞ」
円卓の周りに設けられた椅子にルーシェルとピアージュは座る。一度は立ち上がったメイフィールドとランドルフも着席した。
「半年前にルーシェル様がピアージュ様を伴って現れた時は驚きましたぞ」
「そうか? 俺は二人は生きていると信じていたぞ」
メイフィールドはルーシェルの文の師、ランドルフは武の師だ。周りが無関心な中、この二人だけはルーシェルを気にかけていたのだ。実の子供のように叱り、時には褒めた。ルーシェルも二人を実の父親のように慕っていたのだ。
半年前、ルーシェルは魔神ジンから教わった転移魔法を使って、王都の状況を探っていた。四年半ぶりの王都はさらに疲弊しており、ひどい有様だったのだ。国民の大半は飢え、貧民街が増えていた。
意を決してピアージュを連れ、こっそりメイフィールドを訪れたのだ。最初、メイフィールドは困惑していたが、宰相として諸外国とやり取りをしているだけあって、すぐに冷静になった。
ルーシェルは地下牢から脱出した後、禁断の領域で魔神と初代神女に助けられ、彼らからいろいろ学んだこと、これから革命を起こそうとしていることを語った。メイフィールドは取り乱すことなく、ルーシェルの話を聞いてくれたのだ。
ランドルフを訪れた時は、彼はまず「よく生きて戻った」と二人を抱きしめた。そしてメイフィールド同様、話を聞いてくれた。
メイフィールドとランドルフも国の行く末を憂いていたのだ。王太子ラマンリーズは国王同様、贅の限りを尽くし、ろくに帝王学を修めようとはしなかった。国庫が底をつかなったのは、メイフィールドの手腕だろう。魔神ジンが力を貸していたのは、彼には内緒だが。
国の重臣の大半は「もしもルーシェル王子が生きていれば……」と口にしていたという。
念の為、メイフィールドとランドルフには了承を得てから、呪術を施した。裏切りの可能性を考えてのことだ。しかし、ルーシェルは二人が裏切るとは思わなかったし、メイフィールドとランドルフもルーシェルを裏切る気は毛頭なかった。今日まで呪術が発動しなかったのが、いい証拠だ。呪術が発動すれば、二人はとうにカエルになっている。
「手筈は整えました。いつでも革命を起こせますぞ」
「俺も準備万端だ」
メイフィールドとランドルフは互いににっと笑い合う。ルーシェルもピアージュと顔を見合わせ、微笑み合った。
「革命の決行はラマンリーズ兄上の結婚披露宴だ」
四人は具体的に革命の手順を相談し合う。
外は静まりかえり、森で活動を始めたフクロウの鳴き声だけが響く。夜は静かに更けていった。
本日3話同時に投稿します。続けて最終話までお楽しみください。




