第3話
脱出を決行する日まで、ルーは隣国に逃れるための軍資金、平民用の旅装束などを地下通路に準備しておいた。周りが王太子であるにも関わらず、自分に無関心だったことをこの時ばかりは感謝する。
ピアが入っている地下牢の鍵を開ける方法だが、それは問題ない。何しろ脱出通路は地下牢の下に通っているのだ。ピアがいる牢の床下には脱出できるように細工をしてある。腐りかけた木の床は修繕されることがなかったので、簡単だった。この平和に慣れた国はいろいろと杜撰なのだ。
そしていよいよ決行日がきた。脱出するのは夜だ。夜の闇に紛れてルーは地下の脱出通路を進み、ピアがいる牢の下まで移動する。呼びかけると、ピアは信じられないといった様に答えてくれた。すぐに床が開くように細工をしてあった木の床からルーが顔を出すと、ピアの大粒の涙がルーの顔にあたる。
その後は、城の裏手の森につながっている脱出通路を駆け抜け、隣国を目指したのだが……。
「最初はルーを巻き込めないと断ったのですが……」
ピアは恥ずかしそうにルーの顔を見る。必死なルーの熱意に負けたことと自分を助けようとしてくれた想いが嬉しくて、一緒に脱出したのだとピアはポツリと語った。
「それでこそ男だ! お前は子供のくせに見どころがある」
ジンは豪快に笑うと、ルーのサラサラな金髪をぐりぐりと撫でまわす。
「この領域に入る少し前に追いつかれそうになりました。やはり子供の足では隣国に辿り着くのは無理だったようです。助けていただきありがとうございました」
ルーは立ち上がると、ジンとシルヴィアナに一礼をする。ピアも立ち上がるとカーテシーをした。
「それで、これからどうするつもりなのですか?」
シルヴィアナの問いかけに一瞬迷った後、ルーは決心したように力強く頷く。
「自国に革命を起こします!」
ルーの唐突な宣言に三人は呆然とし、場が静まりかえる。
「革命って……おまえは王太子だろう?」
沈黙を破ったのはジンだった。
「この国は腐敗しています。国王である父をはじめ貴族は国民から税金を搾り取り、贅沢三昧。国民は日々の暮らしがやっとで疲弊しています。中には生活が立たない者もいる。国を立て直す必要があるのです。ですが、俺はまだ子供で父である国王は健在。いずれ国王になる日まで待つでは遅いのです!」
「では、初代国王のように俺に願うがいい。国を立て直してくれとな」
何となくではあるが、ルーもピアもジンの正体に気付いてはいた。ジンこそが魔神だと……。
「それはダメだ! 貴方に願うには代償が必要なのだろう? 初代国王の時代、願いと引き換えに貴方は神女を望んだ。ピアを渡すわけにはいかない!」
ジンとシルヴィアナは一瞬ポカンとした後、一斉に吹き出した。
「伝説はどう伝わっているんだろうな? シルヴィ」
「笑ってはルーに失礼だわ。おいおい真実を教えてあげましょう、ジン」
失礼といいつつ、二人はまだ笑っている。ルーはむうと眉根を顰めた。
「とにかく、助けていただいたことには感謝します。後は自分たちで何とかします。行こう、ピア」
「まあ、待て。せっかち王子。五年だ」
「は!?」
ジンの言葉の意味が分からず、間抜けな言葉が出てしまうルーだ。
「五年間、ここでお前たちを鍛えてやる。二人だけで革命が起こせる知恵と力を与えてやろう」
「どういうことですか?」
今度はシルヴィアナが言葉を紡ぐ。
「人間には本来秘められた魔力があるのです。長い間、平和が続き魔力の使い方を忘れてしまったようですが」
シルヴィアナはピアの額の『ティアの印』に触れる。今も黒いままのその印……。
「これは魔力が顕現する証なのですよ。なぜ魔女になったなど勝手な思い違いをしたのでしょう」
悲し気に紫水晶の瞳が揺れる。
「ですが、私が浄化の儀式をした水は黒く変わったのです。数代前の魔女認定された神女の時代には大飢饉がありました」
「大飢饉は偶々(たまたま)起こったのだろう。水の色が変色するのは魔力が顕現したからだ。全く人間というのは昔から勝手な生き物だな」
ジンは青みがかった黒髪を苛立たしげにポリポリと掻く。
「私は魔女ではないのですか?」
「違います。貴女は神女です。おそらく歴代のどの神女よりも力が強い」
愛おし気にシルヴィアナがピアのふわっとしたストロベリーブロンドの髪を梳く。
「良かった……」
ピアの瞳から大粒の涙が零れた。シルヴィアナがピアを抱き寄せると、安堵したのかピアはシルヴィアナの背に手を回し、縋りつく。
「よし! 明日からビシビシ鍛えるからな。おまえらは鍛えがいがありそうだ」
「五年もですか? それでは間に合わない!」
ジンの提案はルーには不満だったようだ。ジンは鼻を鳴らすと、ルーの頭を小突く。
「何の力も持たない子供が今すぐ革命を起こせると思うか? おまえも頭では分かっているはずだ」
「それは……」
ジンの言うとおりだ。国相手に革命を起こすには強大な戦力が必要である。ルーもピアも非力な十歳の子供だ。人脈もなければ、戦力を借りる駆け引きすら知らない。
国が気がかりではあるが、ジンの言うとおり力が必要だ。革命を起こすだけの知恵も。
「……魔神に教えを請う代償は?」
疑わしいといった目でルーはジンを見やる。ジンは少し思案した後、にやりと笑う。
「シルヴィの家事手伝いをしろ」
◇◇◇
カタラーナ王宮内の謁見室では、先ほどから国王が不機嫌な表情で、玉座の肘掛けを指でコツコツと叩いていた。次々と入ってくる報告が芳しくないせいだ。
「最後に禁断の領域へ捜索に入った小隊も戻らず、おそらく生存していないものと思われます」
「もうよい!」
国王は玉座から立ち上がると、次の報告書を読み上げようとする宰相を手で制する。
「王太子ルーシェルと神女ピアージュは禁断の領域で亡くなったと伝えよ! 次の王太子は長男のラマンリーズとする!」
宰相のメイフィールドはため息を吐くと「神女はいかがいたしますか?」と国王に問いかける。
「次の神女が現れるまで先代を再び神女として立てよ!」
翌日、王太子と神女の訃報が国民に告げられた。
明日は7時に2話更新します。




