違和感だけで空間に穴をあける女
「へぇ、留学生と五月雨が怪我したのを利用して転校生を呼び寄せて何かをしようとしていた? それを察知した君が、止水に止めさせようとしたと?」
「留学生の問題だから、学校側に露見するのはまずいかなーって」
「まあ、分からなくもない。結局止水が止めずに事が起こってしまった、と」
「いや、だって、楽しそうだから止めるの勿体ないなんて言うとは思わないじゃんか」
田倉は乾いた笑いを浮かべて言い訳をする。
「君なら強引に味方にするとか」
「それ、間違って教室から呼び出すときに使っちゃったんだよね……」
「なるほど」
私達はカーシャという留学生の居る保健室を訪れていた。部屋にいる留学生は寝ているようで豪快ないびきをかいている。
「にしても、まさか君の能力で留学生を眠らせるとは、面白い使い方だね」
「そりゃどうも」
「で、この人は何?」
私は床に寝転がされた男子生徒を指差した。外見的特徴から留学生であろう。それを見て田倉は真顔で答える。
「依田さんが眠らせた人だね」
「君の指示じゃないか」
「そうだね……彼は湯沢さんを罠に嵌めた集団の一人だよ」
「湯沢……? ……あぁ、転校生だったかな」
「そう。で、何か感じない?」
「…………? 何を?」
「この部屋を起点に彼らは何かをしたはずなんだけど……残念ながら俺にはどうすることも出来ないんだよね……だから事前に阻止しようと思ってたんだけどさ」
「……田倉洋希。君は、何をどこまで知ってるんだい?」
「……この件なら粗方分かってるつもりだよ……はぁ、依田さん容赦ないね、スルーしてくれても良いじゃないか」
「生憎、知らなかった、と言うのが一番ムカつく性質でね。やっぱり君は転校生がどんな理由で、どんな手段で襲われたかをちゃんと知っているのか。来て二日程度だという転校生の事情を理解しているという点が気にはなるけど、それは聞いても教えてはくれないだろう?」
「まあね」
田倉が呆れたように肩を落とす。それから一つ息を吐き、私の目を見て言う。
「取り敢えずここの空間と隣の空間の間に穴を開けてくれるかな、依田さん。説明はやっぱり後で、それこそ止水にでも聞いてくれ、その方が良いよ。君にとってはね」
「…………仕方ない、やるさ。」
私は気付いていた違和感に向けて能力を行使した。隣の空間と田倉が表現したのは正にこの場所に重なるように異空間が存在していること。それを感知できないというのに知っていた田倉に対して私はほんの少し警戒心を強くした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
倒すことよりも通り抜けることだけを目的とした攻撃を繰り返す。
「っと! 着いた!!」
飛びかかってきたリザードランサーの槍を避けながら頭に葉刃を深々と叩き込んで、目当ての部屋のドアを開け放った。
─────────ッッ。
同時にガラスが割れたかのような大きな音が鳴り響く。
「で、説明してくれるのかい? 君は」
依田と田倉がガラスを砕いたかのようにひび割れた空間に開いた穴から出て来た。依田はほんの少し怒気をはらませた声音で田倉に聞いたが、田倉はそれよりも重要な事があるかのように俺に詰め寄ってきた。
「……止水、湯沢さんは?」
「っ、何処だか俺が知りたいよ。ここに来たんだろうって事は分かってるけど居ないし、と言うか誰この人達は……うわ汚っ」
気絶している留学生の中には失禁してる人まで居た。汚い。手で退かすのも嫌なので蹴り転がそうとして一度蹴ってから手で運ぶ方が楽なことに気付いて空間の裂け目めいた穴へと投げ転がした。
無駄に蹴ってすまん。なんて考えつつ依田と田倉に向き直る。
「その杖貸してくれ」
「これか?」
床に落ちていた杖を拾い上げようと身を屈めて杖に触れる。
「──────は」
まず目に入ったのは巨大な生き物だった。縦に十メートルはあるソイツは何と動いていた。
「ちが、あれは……」
急に見覚えのない場所に飛ばされた様だ。混乱をどうにか抑えて状況の確認を急ぐ。真っ平らな地平、赤紫の大地。
そして二足で立つ人型の巨大生物。両腕はカマキリのような腕で、頭は逆三角形で口が大きく横に裂けていて全体的に毛はなく、ほか体から足は人のそれ。そして何より前傾姿勢である。感想としては気持ちの悪い生き物だった。格好良さの欠片もない所か嫌悪感すら煽る外見。
ひとまず別のことに執心しているようで、俺のことは気付いていないらしい。
────取り敢えず、倒すか。
俺は巨大生物の背後まで全力で駆けながら正面側に葉刃を飛ばしていく。
「ゲシャァ! ゲシャァァア!!」
歓喜を感じる声音。それから何かを吐いた。煙だ。色味が黄色と汚いが、影響力のある範囲は顔の真下から前方。関係なく俺は巨大生物の踵に飛び乗った。
「……《暗翔》」
一歩で背中に足を着き。
「ゲラァ!?」
前傾姿勢の巨大生物の背中の皮を引っ張るように二歩目を踏みしめる。引っ張られて後ろに傾く巨大生物。
「──その頭の中身を───」
飛び上がる足下に巨大生物の頭がくる。そのさらに向こう側に葉刃と盾を展開。
「ぶちまけろ!!!」
来た頭を迎え撃つように踏みつける。勢い良く頭が蹴り落とされて、葉刃で保護された盾に激突。一秒に満たない拮抗の後粉々に砕け散る盾。
「グラ───」
「もう一丁だよ!! 《接衝》!!」
蹴った勢いで宙で半転してしまって焦ったが、砕けた盾で跳ね返った巨大生物の頭に拳を叩き込む。
そしてその一撃は巨大生物を先ほどの蹴りの比じゃないくらい思い切り地面に叩き付けた。
そしてその頭は爆発するように飛び散った。爆発四散である。血やら肉やらが辺りに飛び散って行くのを確認した。
「っとと、ふぅ」
当然俺も血を浴びていた。顔に着いたのだけを拭う。やっぱり臭い。
「結城君……」
「あれ? 湯沢さ……ん!?」
湯沢がいた。それは良かったが、服装が大変だった。左肩だけ辛うじて肩に掛かっていて袖は飛んでいた。それどころか右側は胸が見えない程度に乱雑に布が切られた形跡があり、スカートなどボロボロ。本人の傷はないが、そのせいで際どさが……ヤバい。
「え……きゃああ!?」
服装に気が付いたのか身を縮こまらせて背を向ける。背中には斜めにバッサリ切られたかのような跡が服から見て取れた。やっぱり傷はなく、きれいな背中だけ見えた。
……えーっと。どうしようか。
「取り敢えずこれでも……」
その背中に俺が着ていた制服の上着を掛けた。若干暑かったけど、着ていて良かった。
「…………ありがと」
湯沢は服に袖を通しながら、俺から顔を逸らしてそう言った。その顔は赤かったように見えた。
湯沢が落ち着くまで待ってから俺は聞いた。
「で、さ。これは何なの?」
「迷宮……だと思う……でもどういう……」
掻き消えた巨大生物。確かに先程まで何度も見た光景ではある。
だが、ここはひたすら何もない荒野だった。建物どころか植物一つないような、荒れ果てた場所。空は黄昏時のように赤く、学校に戻りたいのだが、こうも何もなくては脱出をするにはどうしたらいいかが皆目見当も付かない。
「どうやって戻ればいいかな」
「…………分かんない」
そう言えば、ここにくる前に手に取った杖。あれが俺を此処に呼び寄せたんだとしたら。
「あのさ、湯沢さんは此処にくる前に杖を触らなかった?」
「触ったけど……やっぱりあの杖が原因なんだ……」
「かもしれない。だとすれば田倉の目が有ればまあ、帰れるとは思うけど」
「…………ちょっと離れててもらえる?」
「あぁ……うん。分かったよ」
────それから一時間ほどして、俺達は留学生の部屋に戻れた。




