鍵
しばらく歩いていて、床に何か落ちているのを見つけた。小さな鍵だ。
「……これ、何?」
この鍵、拾うまで若干光を放っていた気がする。金色の金属だけで出来た鍵を湯沢に見せる。
「それは、どこかの鍵」
「この……迷宮の?」
「光ってたのがその証拠」
声音からげんなりしている様子が感じられ、元気がない。迷宮とやらに巻き込まれればそれも当然だが、大丈夫だろうか。
「じゃあ、五月雨の居たはずの部屋を見てくるか。鍵がかかってる部屋って知ってるのはあの部屋だけだし」
「近くの部屋から探すべきじゃない? 部屋は沢山あるし……」
「……そうだね」
一番近くの部屋の扉を開ける。元が保健棟であるため、等間隔に部屋があるのだ。一つの階に幾つも。
「……開くね」
「こっちも開いた」
暫く開けて中を見て回りつつ保健棟の出入り口に向かう。鍵のかかった扉が無いことと魔獣の出現も殆どないことに湯沢は首を傾げていた。
「不完全な迷宮化、ということ……?」
「不完全?」
「私は専門家じゃないからちゃんとは分かってないけど、ここは日本でアメリカじゃないからモンスターが弱かったり、あんまり出ないのかな、と……だからって油断しちゃいけないけどさ」
言いながら空けた部屋から出て来た犬型魔獣の口に刀を突き込んで切り上げて顎を下から蹴り飛ばす。トドメとにひっくり返った腹にクナイを投げ刺す。
「出入り口に戻ってきたけど……」
「当然のように、閉まってたね」
ガチャガチャと力を込めて揺らしても鍵が閉まっていて動かない。
「ピッキングとかって出来る?」
「……っ…………無理……」
一気に顔色を悪い方へと変えて一言だけ呟くように返事した。変なことでも思い出したんだろうか。
「じゃあこじ開けるのも無理か」
「じょうけんをみたせれば、かってに、開く」
「そういうものなんだ」
迷宮がどういうものか、少し分かってきた気がする。そういえば、電話とかは通じるのだろうかと端末を見てみれば圏外表示。
なるほど、そういうものか。
「……大丈夫? 湯沢さん」
「…………今は気にしないで。迷宮を攻略する事を優先して」
出入り口から引き返して開かなかった五月雨の保健室にまで来た。途中片っ端から開けていて開かなかった部屋は一つだけだった。五月雨と戦ったカーシャという留学生の保健室であり、手持ちの鍵では開かなかった。それから湯沢の顔色が一層悪くなったように思える。
湯沢が気分が優れていない事がずっと気にはなっていたが、そう言うときもある、という風に楽観的にはとうとう思えなくなっていたが、本人が口先で気にするなと言うのだから、俺は気にしない。
「さて、開けるか」
鍵を出す。保健室の扉の鍵穴に鍵を挿して回す。カチャリ、と気味のいい音が鳴り鍵が開いた。俺は湯沢に目配せをする。
「開けるぞ」
湯沢は頷き、体を強ばらせる。扉に掛ける手に力を一層強く込めて思い切り開け放った。
中にいたのは二本の足で立った人型の爬虫類だった。扉を開けた大きな音で閉じていたであろう目を大きく見開き、吼えた。
「────ッ!!!」
「下がれ結城!!」
縦に開いた瞳孔が俺を射抜く。蜥蜴の印象を強く与えてくるソイツは槍を持っていた。身を屈めて四足へと切り替えたソイツが銃弾のようなのような勢いで飛び込んでくる。
「ッらぁ!!!」
俺は逆手に剣を持ち突き込まれた槍を外へと逸らす。そして反転するようにソイツの胴を蹴り飛ばす。
ソイツは蹴られた瞬間に思い切り足を着き、会心の蹴りだったにも関わらず殆ど体が流れたりすることなく槍を突き上げてきた。
盾を展開しながら後ろに跳躍。盾が受けた衝撃を左手に受けて想定より大きく後ろに飛ぶ。
「《職業変更》サムライ」
入れ替わるように湯沢が俺とソイツの間に飛び出した。
「リザードランサーの相手のしかた、見せてあげる」
リザードランサー……あの蜥蜴型の魔獣のことだろう。奴が再び突きを湯沢の顔めがけて放つ。
「《刀神同調》」
その時、俺は彼女の刀が煌めくのを見た。
首だけ傾けて槍を最小限の動きで避けると抜き放たれていた刀で槍を振り払う。そして納刀のパチリという音とともに、リザードランサーの双腕が床にポトリと落ちた。
それを見て、理解できずキョトンとしているリザードランサーに向けて彼女は
「《解除》」
再び抜刀してその首を切り落とした。リザードランサーの首も体も床に溶けていき、彼女はそれを見届けて大きく息を吐いた。
「《職業変更》ニンジャ。どう?」
「どう、って。凄いな、と」
槍を見切って一撃で腕を落とした動体視力とその刀に。
「そう? ありがとう」
すると湯沢は嬉しそうにそう言った。そして、先程開けた部屋の中を改めて見る。他の部屋と変わらない様子の部屋だが微妙にベッドが光っていた。
「やっぱり鍵……!!」
彼女が駆け寄って拾うと、それはやはり鍵だった。そしてそれを確認してすぐに走って何処かへといってしまった。
「あ、ちょっと!!」
俺はもう一度しっかり部屋を見る。五月雨のいた名残が存在していないかを確かめるためだったけれど、そんなものは存在していなかった。ただ、壁から蜥蜴の頭が出てきているのが目に入ったので部屋を出て扉を閉める。鍵穴に鍵を挿して捻り、しっかりと戸締まりも確認。
「さてと、湯沢さんを追いかけるか」
鍵を持って走ってった、と言うことは出入り口か───留学生の部屋だろう。
「って……さっきまで出てこなかったでしょ……!?」
廊下の壁や床からボコボコと犬やら鳥やらさっきのリザードランサーみたいな大きな人型蜥蜴やらが湧いて出てきている。
こんなタイミングで分断するように現れるか。不自然な事かは迷宮をよく知らないからよく分からない、よくあることなのかもしれない。けれど何だか嫌な予感がする。
「邪魔のつもりか何なのか知らないけど……押し通るよ」
出来るだけ急いだ方が良さそうだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何も邪魔するもののない廊下を、ニンジャというクラスにより補正の掛かった足で全速力で駆けていく。
カーシャが巻き込まれているかもしれない。他の留学生ならともかく、彼女は別だ。友達だから。
──私は五年ほど前から迷宮に迷い込むようになった。迷宮に呼ばれているかのように頻繁に迷宮が出来上がる場所に居合わせ、巻き込まれた。
数々の迷宮に数多の一般人を巻き込んで、私は迷宮に迷い込む。その様子を見て巷で噂されていた。
──迷宮に呪われた子供、と。
私と一緒に迷宮に巻き込まれた人は、私が《職業》持ちと知れば喜び、噂の子だと知れば絶望のあまり私に心ない言葉を投げつけてきた。
──お前がいるせいで!!
それは私が迷宮に巻き込まれる度に大量に死者が生まれている事で生まれた偏見、のはず。そう思わなくては目の前で迷宮の猛威に命を落とす人達を見て平静を保てるものか。
私のせいじゃない。そう思わなくては、私は死んでいただろうか。
「カーシャ!!!」
鍵を開け、勢いよく扉を開けた。
「よお? ミアス?」
「元気そうで何より」
「残念だけどカーシャには会えないよ?」
「そしてミアス、君はここで死ぬんだ」
耳に飛び込んできたのは耳障りな英語の数々。4人の留学生がそこにいた。カーシャは居ない、そのことに私は安堵した。
迷宮を多数攻略したことで多くの恨みを買っている。身近な人間が私の命を狙うことは何ら不思議じゃない。親族や親しい人が私の巻き込まれた迷宮で死んだという人が、留学生に居たのかもしれない。
元より仲は良くなかった。
にしても……そっかぁ、巻き込んでなかったかぁ。
「……どうして私を」
「どうして? 決まっている!! お前を殺せば多額の報奨金が出るんだってさ!!」
「恨まれているっていうのはやっぱり辛いよな、正に絶体絶命って感じじゃないか!!」
「でも仕方ないよな、呪われてるんだから!!」
「精々俺達の役に立ってくれよ?」
…………恨みじゃないんだ。そんな気はしていたけれど。
「《職業変更》サムライ《フィアーソード》」
次の瞬間、留学生四人はあっさりと泡を吹いて倒れた。
「結城君はこの程度の恐怖では動きすら鈍らなかったけど、やっぱりこんなものね」
私は倒れた留学生の一人、集団の真ん中に立っていた男がが持っていた杖を見る。人為的な迷宮を作り出した、ような素振りだったので恐らくはそのための道具がこの杖だろうか。
私はその杖を、拾い上げた。




