焦る依田と分かってない結城
四戦目。その相手は双子の姉弟だった。傷を開く能力を持つ姉と治す弟──姉には加えて己の血を操る能力が備わっていた。
「下調べして思ったが……真面目に相手していたら面倒だったのだ。だから怨むなよ?」
双子ということである程度の円滑な連携に姉の能力の危険性があり、まともに相手をすると大変だと事前に調べがついていたが。そんな相手を前にして紫野はつまらなそうに呟いた。
紫野は、ポケットに突っ込んでいた手を引き抜き、その手に握っていた物を俺に投げてきた。
拳銃だ。受け取り右手にしっかりと眼前に持ち上げて握り込む。ざっと照準を双子の弟に向けながら左手を振るい剣を腕輪から弾き出すと宙を飛ぶ剣を左手で掴み取る。
それから拳銃の攻撃はしないとばかりに、だらりと右手を下げて俺は前へと走り出す。当然のように《暗翔》を用いることで目を見張るような速さで動ける。
「任せたぞ」
紫野の呟きは多分俺以外には聞こえてはいない。
前へ出た俺に真っ先に反応したのは双子の姉だった。注意が俺に完全に向く──計算通りだ。双子の姉の気が紫野から完全に外れた一瞬で、紫野は急速錬金で狙撃銃を生み出し双子の姉を撃ち抜いてみせた。
「───ねぇちゃん!?」
「注意を逸らすなよ、そんなんじゃ死ぬぞ」
双子の弟に急接近した俺は銃口が額に接触するほどの距離で引き金を引く。
銃が握る手に衝撃が伝わり思い切り双子の弟が吹き飛んで倒れた。
「っと、お終い」
「やけにあっさり終わったね」
珍しいことに、依田が俺達二人を出待ちしていた。
「今のは何だったんだい?」
「ちょっとした薬だ、即座に全身が麻痺して強い眠気に襲われるという、な。もう三勝したからな、わざわざ技巧を見せる必要もない」
答える必要があるか? と言おうとしたがその前に紫野が言ってしまった。
「へぇ、言って良いのかい? もしかしたら当たるかもしれないのに」
「どうせ、言っても言わなくても対処してくる。ならば言ってしまってもいいだろう?」
「そうかい。まあ、その通りさ」
紫野がつまらなさそうに言うと、依田も当然のように肯定した。
「依田の能力じゃ殆どの飛び道具効かないしな」
俺は追従するように言いながら思い出す。
葉野の最後の攻撃を。あれはまさしく依田の能力だった。もしかしたら、と俺は口に出した。
「そういえば葉野に会ったことはあるっけ?」
「ああ……彼女ならこの間道場に来たね。彼女自身の要求通り手解きしたよ?」
その事は知らなかった。ということは独断で行動したのか。あの道場は特段調べることは難しくないし、流派については既に知っていたし、そこから行ったんだろうな。
まあ、そういうことなら話が早い。
「そっか、なら今後も頼める? 分かってるとは思うけどさ……俺は教えるのが下手でさ」
「知ってるさ。でも何故、わざわざ、私がやらなきゃいけないのかな?」
「それは……」
当然のように依田が言い返してきて、口ごもる。確かに、葉野を鍛えることに関して、依田個人に利点はない。
数秒思考を滞らせている内に、依田はふっと笑う。
「……冗談だ。別に良いよ、私はいつも見れるとは言えないけど、道場に来てくれればきっと父さんは居るだろうからね。というかそもそも彼女自身、今後も道場に来てくれるらしいって父さんも喜んでいたさ」
「……そうか」
依田がひねくれた態度ではあるものの了承を得られた。俺としては、葉野が強くなれるのであれば悪くない。
「で、だ。香織はここまで何勝した?」
「残念ながら全勝さ、だから下手すれば当たるかもしれないね」
「それはとても残念だな」
紫野は薄く笑いを浮かべながらそう言う。
「ああ、とても残念だ」
依田も、同じように笑う。
ふと端末から通知が来て、俺は端末を操作する。どうやらもう最終日の相手が決まったようだ。
「は………ははっ、そう来るんだ」
「どうした結城? 端末を見……そうか、対戦相手が決まったのか」
相手。そう、相手が決まった。依田が、俺の端末をのぞき込んで感嘆の声を上げる。
「なるほど、『王貴優成』か」
『王貴優成』と『秦野胡桃』。次の相手はこの二人だった。
王貴優成。邪神教本の一件以降見ることも噂を聞くことすらなかったが、忘れもしない。高校に入学してすぐ決闘をすることになった、頭のおかしなあいつのことは、寧ろ忘れることが難しいだろう。
「誰だか知らんが助手二号、おまえは知っているのか?」
聞かれ、俺は答える。端的に表現するなら、そう。
「やべぇ奴」
「おまえが言うか」
「それはどういう意味?」
「ははっ、さあな」
紫野は誤魔化すように笑うと止まっていた足を動かし、先に行ってしまう。
「どういう意味かわかるか?」
依田に聞く。すると、彼女は常らしからぬ茫然とした様子で一言
「なるほど」
「何が???」
そう返してやっと我に返った感じの依田は誤魔化すように慌てて
「あ、いや。つまりそれは、こう、そういうことさ?」
よく分からないことを口走っていた。
「……んで? 結局何の用だったの?」
「顔を見に来ただけ、じゃあね」
手を振って歩き去る依田。依田にしては妙な理由で会いに来たことにほんの少しだけ違和感を覚えつつ、俺は手を振り返した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なるほど」
そう口から漏れたのは、私の理解が追い付かなかったから。あの二人を見て、危機感を覚えたから。
あのバカは、分かっていないのだろう。夕張識杏があの事に気がついた──思い出したことに。
いや、そもそも、理解していないのか。何故自分が識杏に惹かれ続けているのか。
だいたい、このバカは思っていたよりも距離の近い異性が多すぎる気がする。まあこの間遊園地行ったときにそこそこ話したから茉美については大丈夫だと思うが───。
なんて深く考えていたら何か聞かれていたようで慌てて誤魔化した、が。
やっぱり、この状況まずいんじゃないかな。
「はぁ……」
焦燥感を覚えて額を片手で抑える。これはまずい。
あの二人にはくっついて貰わないと──。
それに対する障害は確かに無いに等しいが、だからといっても焦ってしまう。
「少しは私の苦労を分かってほしいものだよ」
呟いて、それは無理だなと虚しくなった。理性的な部分が、それは身勝手だと静かに訴えてきたからだ。
事実その通りで、気を揉んでいるのは私一人。私だけなのだ。
分かっているが、焦ってしまう。それは仕方ないだろう?




