第一戦 凍る剣と鎧 1
スタートの場所は、例の如く決まっていない。約三十秒ほど入場より猶予があるためその間に接近するなり遠ざかるなりすればいいと言うことである。
「少なくとも過半数は勝ちたい……」
前も見えていないような様子で紫野は呟いた。気負いすぎても、大していい結果は出ないのだが、大丈夫だろうか。
「負けた方が後々勝ちやすくなりそうだけどさ、やっぱ勝たなきゃかな?」
「後のない試合と心理的に余裕のある試合。どちらが勝ちやすいか分かるだろう?」
「そりゃまあ……でもそれであんまり緊張しててもしょうがないだろ。言うとおり、今はまだ余裕がある方だしね」
紫野の顔色は未だに堅い。俺には緊張の解し方なんて分からない。取り敢えず頭でも撫でておくか。
「───!?!?!?」
動揺した様子で、ばっ、と俺を見る。普段やらないようなことだが、同年代の女子の中でも一際小さい紫野の頭の位置って何となく丁度良い位置にあるんだよ。手入れもあんまりしないようなイメージがあるが、髪は綺麗だし、実を言うと少し撫でてみたかったのだ。
「よし」
「よ、良くない。何だ今のは」
「緊張してたろ」
「ハッ、私が緊張? するわけ無いだろ?」
……気に入らないけど、調子が戻ってきたような。そんな紫野だった。
「調子が出てきたな、そのくらいが丁度良いと思うぞ?」
「……そうだな。私は少しテンションが低かったようだ。別に緊張してたからとかじゃなくてな? 緊張してたからとかじゃなくてだぞ?」
「気にするなよ、俺と紫野の仲じゃねぇか」
「緊張はしてなかったからな?」
そこは気にするところじゃないと思います。まあ、ともかく。
入場だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
外の空気は夏を感じるような熱気が到来していたというのに、この訓練場の空気は、冬を感じさせる景色と相まって───と言うか温度も景色も冬だ。寒っ。
屋外訓練場だが、どうやら外の熱気は無関係。この場には冷気が充満していた。
「どうも、6組の三崎風花です」
「同じく、倉崎楓です」
相手も入場したようだ。倉崎を庇うかのように前を歩く三崎。少し寒いのか長袖のジャージを着ていながらも腕をさすっている。
「0組、結城止水」
「1組、紫野茉美だ」
お互い、名乗る。まあ、どっちも知っているだろうが、向こうが名乗ったのだから名乗らないのは礼儀知らずみたいで嫌だし。紫野は名乗らないつもりだったみたいなので背中を叩いて促したら、ちゃんと名乗った。紫野ならこう言うのは真っ先に食いつきそうだが、何故名乗りで詰まったのやら。
「生憎、名乗らなかったのではなくカッコいい名乗りを考えていただけだぞ?」
らしい。口に出していない疑問に答えてくれるとは、俺の思考は読まれやすいのかも知れない。
それから、ザクザクと雪と氷の混ざった地面を踏みしめて心なしかキラキラした笑顔を浮かべる紫野。
「これは、思っていたより……楽しいな」
楽しそうだし、緊張も雨散霧消してるあたり実にいいのだが、これは大丈夫だろうか。
遊んでない?
「なんだその目は。大丈夫だ、遊びで歩き回っているのではないからな」
「そうか」
「本気で雪を楽しんでいるのだよ!」
「そうかよ!」
駄目じゃん遊んでるじゃん。
その様子を見る向こうの二人の会話が聞こえる。
「試合前に遊んでる……?」
「舐められてるのかな……?」
冷めた目で主に紫野を見ていた。いや、うん。
でも、もうそろそろ時間だというのに歩き回って鼻歌歌いつつ雪遊びしようとしているように見える紫野を見れば少し憤るのも分かる。油断し過ぎじゃないのか、って。
「心配するな」
「分かってる」
俺は葉刃一枚も付いていない剣を引き抜き、右手で握り締める。素手だとやっぱり寒い。練気を練り上げる速度もほんの少し鈍いような気がしてくる。
『準備はいいだろうか!!』
全訓練場同時にその声が放送される。故に返事は無いが、紫野以外は臨戦態勢の構えを取る。紫野だけは足を止めて地面に手を着けて「つめたーい」と言っていた。完全に相手を見ていない。
相手二人が災難だったな、と憐れみの目線を向けてくる。あー、はい。そっすね。
『試合!!』
訪れた静寂が、集中の高まりを感じさせる。相変わらず紫野は阿呆みたいに雪を弄っているように見えたが、笑みが消えて目がマジになっているのが俺には分かった。
だから、合図があるよりも先に俺は三崎風花に向かって走り出していた。
『始め!!』
合図と同時に三崎は氷の、剣と言うには切れ味の悪そうな平たい四角錐を手と重なるように作り出した。手首から伸びる氷の双剣で俺が振り下ろした剣を受け止める。
「君に対しての対策はしてある!!」
───何か嫌な予感がした。俺は大きく飛び下がろうと足に力を込めるが右の足首から先が氷に飲まれていた。
「このままサンドバックにでもするのか?」
「生憎、抵抗できない相手を殴る趣味はないの、狙いはあっちね」
三崎の視線の先には紫野が。
「ま、所詮戦いの経験もない素人なら降参させるのも容易いでしょ?」
「それはどうだろうな」
葉刃を飛ばして足の下を砕く事で、地面と足を切り離す。そのまま右足で三崎の顔に向かってハイキックを放つ。
三崎は交差した剣で受け止める。今剣が手首とは関係ない挙動で回転したように見えた。恐らくは軸がそのあたりにあるだけでかなり自在に動くのだろう。
「ってこの程度で俺に対する対策ってちょっと舐めすぎてないか? 二人掛かりで来ればいいのにさ」
ちらと紫野を見ればひたすら錬成した物を使って倉崎と撃ち合いをしていた。鎖、銃、剣、槍……どっかの宝物庫の宝具と似たような攻撃方法だが、剣や槍といった近接武器は爆薬とセットにして発射しているのを見ると全く別物だった。まだ薄いが、それでも煙が凄いのが分かる。
「なんだあの速射……」
「よそ見している隙があるのか?」
縦横斜めと連続で剣を振るうが、全て交差した氷の剣で受け止められる。
「何だか、本気じゃないみたいだから」
「バレてたか」
剣の振りが鈍いのを感じ取ったのか、三崎は渋い顔をして前に出る。踏み込んできたのだ。
そもそも、攻撃の手が緩いのは何も手を抜いてるからじゃなく──。
「そら後ろだ」
「!?」
言葉と同時に目線もやると、三崎は氷の鎧を背後に展開。葉刃は先程見たのだから、それを警戒するのは半ば当然のことである。
まあ、そんなものは全部紫野の元へと飛ばしてあるのだが。制御も全て。
「幻闘流剣技《岩砕散刃》」
振り下ろしに《竜断》、返すように水平に竜断で拡大したままの剣を振るう《蛇貫》、振り上げの《鮫咬》。実際剣の拡大には殆ど意味がないが、視覚的な衝撃と先程までよりも一段と近い上に強い三撃を受け、三崎の氷の剣は弾かれて大きく仰け反る。
「砕く気だったんだけどな」
「そんな柔なものじゃないからね」
前に出る瞬間に意識を背後に持っていった、そうして作り出した隙を狙ったというのに三撃とも的確に弾かれてしまった。
多少の揺さぶり程度では決定的な隙にはなり得ないと言うことだろう。思っていたよりも強い。
──けどもまだ、三崎は態勢を崩しかけの状態である。
「くっ!」
振り下ろし、水平切り、振り上げ──と流れを意識した剣撃を繰り返す。蹴りを交えて、ひたすら態勢を立て直す隙を与えないつもりの連撃。
だが、三崎風花は能力者だ。それもとても強い。
「ここは雪の上、凍らぬものは在りもしない」
後ろに転がりながら、三崎はそう口にした。能力の詠唱だ──と言うことは。
左手を地面について仰向けに倒れた三崎は突如として右手を伸ばしてくる。その手の延長線上は、とても危険な筈だ。俺は追撃を諦めて大きく右へと回避行動をとる。
「──かかった」
「うわっ!!?」
左手から氷が生み出される。それは俺が避けた先まで生えるように作られた。
咄嗟に出した盾ごと、両足と左半身が氷に飲まれてしまった。
「……ははっ。真っ当な斬り合いで勝てたら良かったんだけど、無理だったからね。仕方無い」
仕掛けた攻撃が成功したというのに、三崎は気分が悪そうにしている。言葉の通り、氷の剣だけで勝ちたかったということだろうが。
「はぁ、結局。無能力者だからって舐められてるんだな、こんな時まで」
「舐めてなんて居なかったさ。実際、こうなると思ってた」
「最初から全力じゃなかった以上、な」
それこそ初手の足を凍らせる所だって氷を追加したらすぐ終わっていたのではないか。
こだわり? そう言うのは要らない。戦闘において、必要なのは初手から全力を投じる容赦の無さ。
その容赦に助けられておいて何言ってるんだと思うが、無性に腹が立つ。
「何、その状態になると私にも手を出せないだけ。降参も場外に押し出すのも、私では無理だとそれだけの話。結構厄介なの」
そう言って三崎は紫野の方へと歩く。
「ま、要望通り二人掛かりの全力で叩きのめしてあげるからね。紫野さんを片付けたら」
俺は、三崎が走っていくのを、ただ眺めているしか出来なかった。




