運動音痴の女の子
「朝から結構騒がしいな……」
目覚めて諸々の身支度をして校舎へと向かうために保健棟を出た。
左手の包帯も右足の包帯もしっかりと締める。右足に関しては足首が中心で傷ついていたが、動きに支障はなかった程度には治っている。朝、気紛れかやってきた跡見が追加で治療を施したと言うのが大きいと思う。
既に部活動とか始まっているからだろう。俺は興味なかったから、どんな部活があるのかも知らないし入る気もないけど。
「あの……」
「ん?」
声を掛けられた。その方向を見ると知らない女子が居た。女子生徒はやや長い前髪が、俯いたせいことによって目元を隠していた。
「………結城止水、さんですか?」
「そうだけど。何?」
朝早い時間帯、部活動に勤しむ生徒を除けば殆ど人通りなど無い。話しかけてきた女子生徒は棒状の武器──槍を背に隠すようにしながら、言いづらそうに俯いている。
実のところ武器は見えなかったが、手をずっと背後に隠し、当人の背筋は伸びている事と、足の間から槍の穂先が見えたような気がしただけで判断した。
「っ!?」
剣を首狙って横に振る。女子生徒は突然攻撃してきた俺に驚きながら持っていた槍をくるりと回しながらガードした。長い棒の先に小さく刃が付いている槍だったが、強度は高かった。
「突然何を……っ!?」
「……あれ? 違った? 武器持ってたしなんか恨みでも買ったのかと思ったんだけど」
剣に込める力を抜かないまま言った。最城は割とイケメンだったし、最後ブン殴っちゃったし、そう言うのもあるのかも知れない。
「恨っ……!? 違いますよ!! 私はそんなつもりで来たんじゃ無いです!! ある意味この状況は願ったり、ですけど!!」
女子生徒は剣を押し返そうと力を込めるが押し返せないようだった。膂力の差だろう。俺は容赦なく剣の先の葉刃で中程の辺りから槍を破壊した。
俺は追撃をする事も出来たが、一歩下がった。
「じゃあ何のつもりで槍なんて持ってきたんだ?」
「それは……あの、昨日の試合見てました。凄かったです、超能力を使わずに体術だけであんなに7組の人に迫れるなんて……結城さん実は能力隠してたりしてませんよね? 水とか出してましたし」
「ありが……って、そこ疑ってるんだったら、それは能力じゃないよ。あれはれっきとした種も仕掛けも理屈もある一種の武術だよ」
素直に礼を言おうと思ったが、最後に疑われたのでそれだけは明言させて貰う。確かに能力だと言い張るのは良いかも知れないが、応用も融通も限り無く効かない頭の固い技の数々。これ能力ですなんて言い張って、得にはならない。
それに、俺は能力を詐称するために努力した訳じゃないし。そんなつまらない目的のためだったら既に心折れて止めていただろう。
「やっぱりそうなんですか!? もしかして噂に聞く『夢華流』とか!?」
「違うけど」
夢華流。どっかで見た。中身までは知らないが、幻闘流と同じく疑似魔法を修められる流派だったような。
「と、とにかく、あんな戦い方が出来るんだと感動しました!! 稽古を付けてください!!」
「……?」
KEIKO……ケイコ……けいこ…………稽古??
何故俺?
女子生徒はじっと、真っ直ぐな目を俺に向けてきている。槍が折れて涙目……とかじゃ全くないな。
「いい、けど。俺で良いのか?」
「ありがとうございますっっ!!!」
槍を手放して俺の両手を掴んでブンブン振って喜ぶ女子生徒。……俺で良いのかなぁ、もっと良い師匠になりそうな人間を知っているだけあって、どうも素直に受け入れられかった。
「と言うか、名前は?」
「葉野、明流です!! よろしくお願いします!!」
──空からドガンと振ってきて地面に突き刺さった槍を引き抜きながらそう言った。早速やる気だ。
が、そもそもここはただの保健棟の目の前で、そして。
「こ、こらぁー! 何してるんですか!!」
「あ、えっと!! あれ!?」
保健棟には昨日の先生が寝泊まりしていたので、当然居る。さっきの騒音で来てしまったのだろう。俺は葉野が先生の気を引いているうちにさっさと逃げた。
「卑怯者ー!!」
「はいはい言い訳は良いから行きますよー!!」
……後で謝ろう。これ完全に俺悪くないけどさ。
痛くないかというと。決してそんな事はない。まだ痛い。
「かと言って動かないと鈍る気がするしな」
昼休み、建物の陰で剣を無造作に振り回す。と言っても、無意識にある程度決まった動きをしてしまってはいる。固まってしまった動きの癖だ。これは特に支障がないので直す気はないし、直すと言っても何をするべきかも分からない。
現実的な話剣筋を覚える事なんて不可能だし、見切れるのだって俺は能力がそれを可能にしているだけだ。剣筋を覚えて対処できる化け物が居たら見てみたいくらいだ。
「み、つけたぁ!!」
「?? ……あ、朝の」
「稽古付けてくれるって約束だったじゃないですか!!」
葉野が俺を探していたのだろう、息を切らしていた。彼女は叫んだ。
「つけるとは言ったけど俺じゃそもそも訓練場は借りられない。知り合いに渡りを付けるまで待ってくれ、あいつは教えるのが上手いから、あいつに教わると良いよ」
「関係ありません、ここでやりましょう」
「いや、怒られるだろ。こんな所で暴れたら」
大体俺は確かに幻闘流の道場では上の方だったが、教えるのは得意じゃない。覚えた事にアレンジを加えてしまって基本の型なんて体が忘れてる。
「こっちから行きます」
だいたいどのくらいの体力があるか、どのくらい動けるのか、能力はどのくらいの強さか。それらがよく分からないのに何かを教えられるとは俺にはとても思えなかった。
「召喚、グングニル」
槍が葉野の手に収まるように振ってきた。細身の槍だ。それを両手で持つと───
「投擲!!」
────地面に突き刺した。
「はわっ!? あれ、引っ掛かった……?」
………。
俺は歩いて近付くと、葉野は深く突き刺さってしまった槍を諦めて上体を起こして
「召喚トライデ──」
「いや、させないから」
振ってきた槍を手に収まる前に、魔弾を使って弾き飛ばす………おおう、滅多に使わないが、使っただけで目眩がしたぞこれ……。
カランと弾き飛ばされて、槍は地面に落ちる。グングニルと呼ばれた槍は空へと飛んでいくのが見えた。
剣を葉野へ突きつける。
「…………はい終わり」
「はわわ……」
「はわわ、じゃないから。……そうか、マジか……今のは演技、な訳じゃないよな?」
剣を目の前に突きつけたせいで、怯えられてしまった。こくこくと葉野は何度も頷く。髪がばっさばっさなってちょっと鬱陶しくないか心配になる。
「マジか……持久走三キロ。何分?」
「………26分」
「五十メートルは?」
「……ほぼ十秒」
「ボール投げ」
「7メートル……」
因みに葉野は、太っているわけでも過度に痩せている訳でもない。見ても至って健康体、いや、俺がぱっと見の感想を言っても高が知れているか。
つまりだ、つまるところ。
葉野明流は運動音痴、と言うことだ。え、これ、矯正するの?
「……分かった、ありがとう」
依田を呼ぼう。俺一人じゃ絶対に無理だ。
「取り敢えず、基礎体力付けよっか。うん」
俺は取り繕うようにそう言って葉野の手を掴んで立ち上がらせる。
「ありがとうございます……」
「取り敢えず走ろう。ここいら一周。歩くのでも、まあ良いよ」
「歩いていいの?」
「最初は走るんだよ?」
「分かってますよ?」
と言うわけで、走ってきます。




