銀杖鎖の腕輪
何故かついてきた藍逆だが、実のところ運動神経は良いわけではない。この間準備運動と言って何故か集団で集まったあのときにそのことは理解できている。その上彼女の武器は霧の剣。戦力になるかと言うと非常に怪しい。
「隙間からささっと刺さったりは!!」
藍逆が剣を振ると霧が動いた。しかし、鎧をすり抜けるように通り過ぎる。
「しないよね! 知ってた!!」
『変な能力だな? まあ、超能力はこの鎧には通じないってお父様が自慢していたからな!! 当たるわけ無いし!』
鎧の声は若干高めだ。中身は女だろうか。
「結城君頼んだ!!」
「……、って諦め早くないか?」
「私戦闘向きじゃないからね!!」
『来ないのか?』
「まー、待てってば。こっちにも心の準備って言うのがな」
『そうだな。そう言うのもあるよな!! ぁ"っっ!!?』
俺は喋りながら攻撃する気を見せた鎧に近付きその兜に右手の剣を振り下ろす。音も衝撃も、思っていたよりは大きく響いている。
『な、何、今瞬間移動を』
「油断と隙しかないんだから分からないように近付くくらいどうという事もないっての」
恐らくは兜に視界をふさがれているだろう。その状態で上手く気付かれないように近づく動きを、俺は幻闘流で学んでいた。
「よっと?」
『あ、当たるかバカーっ!』
剣が鎧をすり抜けた。慌てた様子で叫ぶ鎧から緊張感が解け掛ける。
『こうなりゃずっとこのままで居てやる!!』
「暴れまくって目を惹くんじゃないのか? そんなんで平気か?」
『あ、そっか。いだぁっ!?』
「…………」
俺はどうやら元に戻ったらしい鎧に二連打をしっかり当てる。この間抜けな鎧、放置していいんじゃないか?
『ううぅー!! 怒った!!』
「っ!?」
そう言うと鎧は跳び、大きく下がって、溜めるような構えを取った鎧が隙間から空気を吸い込んだ。一緒に何か別の物を吸い込んだような
『あぁぁぁぁ!!! 痛い痛い痛いぃぃいっっ!!』
吸い込みましたね。溜める姿勢のまま右に左にガタガタと揺れる。
藍逆を見ると小さくピースして苦笑いしていた。あんまりしてやったりと言う感じがないようだが、それは俺も同じだ。
『痛い止めてお願いします……』
「引き下がってくれたら良いよ?」
藍逆が笑いながらそう言った。そう言った手元に流れるように霧が漂う。ぼんやり赤くなっているように見えるのは、気のせいではない。
彼女は呪術師だ。詳細には違うかもしれないが少なくとも呪いというものに詳しく通じている。
『ひ、引き下がら』
「へーぇ」
彼女は、呪術師だ。懐から人型に切られた紙を取り出して霧に浮かべる。紙の人型は赤く染まる。
赤く染まった人型の腕に相当する部分を人差し指と親指で弄びながら彼女は言った。
「ねえ、呪いって知ってる?」
まるで何事も無かったかのように振り返って藍逆は言った。
「さっきの神官の人、追う?」
「取り敢えず先生探そうか」
この人に逆らう時は今後気を付けよう。恐らくマジでやる。
俺はさり気なく10歩分も間を取った。
「な、そんなビビらなくても良いじゃない!?」
「いやいやビビってないし!? 怖くも何ともないから!? いい加減なこと言わないでくれるか!?」
「そう?」
すすっ。
「よし行こう先生探しに!!」
勿論全力疾走だ。よーいどん!!
「あ、ちょっと待ってー!!」
そう言って俺は生徒棟に向かって全力疾走した。
「ってそっちは違くない!?」
「……そう思うんならそうだろうな!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
神官風の男は納詫高校生徒棟の屋上で黒の鎧が無様に逃げる様を見ていた。
「やはり箱入り娘。覚悟が足りん」
そう言って神官風の男は床に横たえていた目の贄の少女を担ぎ上げた。
「そも、ここで命散るまで時間稼ぎをしてもらおうとした。私が間違っていたわけだ」
「そうだな」
「現地調達した手駒も対して役には立たなかったが、一応まだ成した策が生きている……ここが潮時か」
「そうだな、ちょうど黄昏時だ」
「……お前は誰だ!?」
神官風の男は漸く、先程から相槌を打っていた男に気付く。深く思案に耽っていたせいで、気付くのに遅れた。他にここにいる人が居るなど考えはしなかったのもある。
ここは黒鎧が真っ先に襲った棟の屋上だったのだから、その油断も分からなくはないだろう。
さて、問われた男は右手に刀と左手にアサルトライフルを持っていた。
「それはうちの高校の生徒だろう? 返してもらおうか」
「貴様、7組の担任か」
「いや、0組だが」
右手の刀を一度見て0組担任の男はやっぱり要らないなと腰に差さった鞘に納刀する。
「他のクラスの担任はとりあえず避難させるとかでなんとも事件対処する事が頭から抜けていたから俺が来たわけだ」
そも、知らないところで死にましたと言うことがあってはならないのだから全力で避難の方向で一致するのは当然だ。
「重職が誰も学校に居ないタイミングを狙ったのは上手いと言えるが、あいつら、俺からしても動くのに邪魔だったからな、それにあの腑抜け共に来られても困る」
「成る程、下っ端が独断でここに来た、と言うわけか」
「そうだな、ここに来たのは俺の独断だ。だが、それが? この高校の施設を多少壊すしかできなかったお前たちに」
神官風の男が動く。氷柱が尚喋り続ける0組担任の男に向けて四方八方から撃ったのだ。高等技術ではあるが、彼らの魔法はなにも自分の身の回りからしか撃てないものではないと言うことだ。
出来るだけで一定の技量を証明出来てしまうわけだ。当然0組担任の男もその事実は知っている。
眉すら動かさずに右手首を長袖の袖を捲り、晒す。腕輪だ。
「……" 銀杖鎖の腕輪 "」
銀色の鎖が重なり合った形の腕輪だった。しかし腕輪は0組担任がそう呟いた瞬間に膨れ上がり、当人の体をすり抜けて周り全方位をぐるぐるとせわしなく動き続ける銀の鎖の円環となる。
それが触れた魔法を削り砕いた。一つ残らず。
「小道具か」
「小煩い女の同僚の錬成物だ」
「その程度で私を」
「今ちょうど良いタイミングなんだ。"黄昏の祝砲"」
銃を神官風の男に向けて引き金を引く。瞬間銃の側面がバカバカと開く。まるで砲門みたいなそれは違わず銃口であった。
「分かった、この小娘は手放そう」
神官風の男は目の贄を手放した。
「………俺は別にそいつを手放して欲しいわけでもないんだよな。ただ」
引き金を引いた。
「手柄が欲しいんだ」
全101の銃口から放たれたのは光線。黄昏時の陽光に似た輝きの101条の光だ。
「それはそれは野心の有ることで───」
目の前を埋め尽くす黄昏の光の裏側で、笑い声とともに神官風の男は消えた。
「………しくじったか。転移魔法とは」
光が収まった後に赤熱し使い物にならなくなってしまった銃を投げ捨てた0組担任は未だ倒れた少女の様子を確かめる。脈はある。息もある。普通に生きている。
「逃がしたとは言え、7組の生徒を誘拐から救えたのだから問題はないだろうな」
そう言いながら立ち上がると、屋上の出入り口を見る。ドタバタと慌てて駆け上がる音がしたからだ。
彼からすればもはや見なくても誰が来たか分かるが。
「金槻先生無事ですか!?」
「綾田先生ですか。無事ですよ、ええ。先生の武器が役に立ちました」
「それはどうも!! ってその子は!?」
相変わらず声が大きいな、と思いながら表情を変えずに0組担任──金槻 零司は答える。
「……誘拐されかけていた女生徒です」
「誘拐!? 何のために?」
無能かこの女は、と金槻は思った。そも、ここは日本の異世界に対応するための軍の次世代を担う高校でありそんなものに襲撃を掛けてくる地点でどこのどいつか、分かりやすいものだろうに。と。
一応異世界の国々とは殆ど融和の形を取れているのだから。
「はぁ」
「溜め息!? 今バカにしましたね!? したでしょ!?」
「いえ、それで良くもこの高校で教師になれたものだと感心したのですよ」
「そう? 誉めてくれるんだ?」
いや、誉めていない。決して誉めてなどいない、が金槻にとっては煩くならなきゃどうでも良かった。
「そうですね、ついでにこの女生徒を運んでくれると嬉しいですね」
「………うわ、すっごい大きいな」
……なに言っているんだ。この女教師。
綾田は恐る恐る仰向けに寝ている夕張の背中の下に手を差し込み上体を起こさせながら、一点を凝視していた。
………胸を。
「私も、負けてないし」
「何言って……行きますよ」
「私も負けてないし!!」
「意識不明の人抱えながら叫ばないでください」
「ごめんなさい……」




