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水鏡五国志 [第一部 星雲之巻]  作者: 子志
章之壱 泉と軍隊
5/76

見知らぬ地へ

 傘なんて持っていない私は、降りしきる雨の中をずぶぬれになりながら歩いた。通行人の目を気にしようにも、誰も通らない道だ。潔く濡れて歩くのは、いっそ心地いい。

 暗い空を見上げた私の耳に、奇妙な音が届いた。金属が擦れるような、高く澄んだ音。

「何?」

 耳を澄ますと、確かに聞こえる。

 シャン、シャン、と響く音は、次第に大きくなるようだった。辺りを見回すが、そんな音を立てるようなものは見当たらない。首を傾げた私は、何気なく足下を見て、絶句した。

 水たまりに映っているのが、私じゃない。

 そこにはずぶ濡れになった私の姿も雨を落とす暗い空も無く、青青とした空があった。いや、空じゃなくて水かもしれない。敢えて言うなら、まるで水中から見上げた空のような……

「え?」

 呆然とそれを見ていた私は、それがぐっと近づく感覚に慌てた。次の瞬間、鈍い衝撃と共に全身を水に包まれる。驚いて反射的に開いた口から、がぼりと水を飲み込んでしまった。

 何、何が起こったわけ?

 軽い恐慌状態に陥りながら、がむしゃらに手足を振り回す。どっちが上でどっちが下かもわからない。底の見えない、深い水。

 ――我が愛し子よ。

 不意に、声が聞こえた。同時にふっと息苦しさが薄れる。

 ――そなたの夢見たものを今一度目指すがよい。

 わけもわからないまま、声は聞こえなくなった。どういう事だと叫びたくなったが、水中では出来る筈もない。それでも何とか幾分落ち着いて周りを見ると、光が目に入った。きらきらとさざ波を通して見えるのは、確かに陽光。水面だ。

 私はとにかくその光を目指して水を掻いた。



「ぷはっ!」

 何とか岸に這い上がって忙しなく呼吸する。息を落ち着けながら辺りを見渡した私は、危うくまた息を止めそうになった。

 森だ。

 まごう事なき森だ。

 どうやら私は目の前の泉から這い出したらしい。

「どうなってんの、一体」

 夜だった筈なのに、頭上に広がるのは嫌味なほど真っ青な空。現代では考えられないほど澄んだ空気と青青とした森は魅力的だが、状況を考えるといっそ不気味さに拍車を掛ける。

 がさり、と音がして振り向くと、見たことも無い服装をした人間が二人視界に入った。削った石片を繋いだような簡素な鎧に、手には弓矢と剣。

 何、この状況。

 そいつらが何か叫ぶ。言葉は理解出来なかったが、内容は残念ながらわかってしまった気がする。

 何しろ相手は武器を携えている。そして明らかに戦支度ときた。

 曲者だー!とか叫んだに決まってる!

 私は即座に立ち上がると全力で逃げた。こんなわけのわからない状況で捕まったら本気で命の危険に晒されかねない。

 案の定、そいつらは追いかけてきた。口々に何か叫んでいるが、私の知っている言語ではないらしく内容はさっぱりだ。何を言っているのかわからないところが更に不安を煽る。

 そんな切羽詰まった気分に駆り立てられて走っていた私は、ふと斜め前をふわふわと何かが漂っているのに気づいた。発光しているのか陽光を反射しているのかは定かでないが、淡く光って見えるピンポン球くらいの丸い半透明の物体。それは私が意識を向けるのを見計らったかのようにふわっと近づくと、私の耳元に寄り添った。ふっと風が耳に吹き込む。

 その途端。

「待て、怪しい奴!」

(へき)の斥候に違いない。捕えろ!」

 前言撤回。

 世の中、わからない方が良いこともある。

 滅茶苦茶捕まえる気満々なんですけど。しかも何、私敵と思われてんの!?

 言葉がわかって更に必死さを加える私の側から、例の球体が離れる。風に乗るようにふわふわ漂っていった。

「助けてはくれないわけ!」

 相手は生物かどうかすら未知数だが、そう叫ばずにはいられなかった。どうやら言葉がわかるようにはしてくれたらしいが、この状況をどうにかしてくれる気は無いようだ。

「一体何がどうなって……っ!?」

 私、今日は厄日なのかも知れない。

 球体に気を取られていた私は、焦りもあってか木の根に躓いて派手に転んだ。すぐさま兵士らしき二人に追いつかれる。

 私の人生、これまでってことですか?

「この小娘!」

「う……っ」

 兵士の一人に思い切り背中を踏まれ、呻く。顔の横に刃が突きつけられた。

「何だこいつ、妙な格好をしているぞ」

「見たことの無い衣服だな……殺さずに連れていくか」

 二人が私を見下ろして何やら相談する。私はというと、踏まれた背中の痛みと刃の冷たさに耐えるのが精一杯だった。

 結論を出した二人が私を引き起こし、刃を首元に擬して歩き出す。

 どうやら私は捕虜になったようだ。当面命は助かったようだが、まだいつどうなるかわからない。ふるりと肩を震わせてから、私はふと我に返った。

 怖い?

 私は死ぬのが怖いのかな?

 両親が亡くなってからこっち、特に目標も無く、親しい人間も作らずに生きてきた私は自分に未練なんて無いと思っていた。いつかは死ぬんだ、いつ死んだって同じ事。私はただ生きてるだけだから、生に執着なんて無い。況してや今日、あんな散々な目に遭って。もうどうなったっていい。

 それが、私の考えだった。

 だけど今私の頭は、必死に生き残る方法を探している。意外にも私は生きたいらしい。

 まぁ誰だってこんなわけもわからない状況で問答無用に、なんて死に方したくはないだろうけれど。


 連れて来られたのは、簡素なテントが立ち並ぶ平地だった。多分、ここが現在の駐屯地なのだろう。或いは休み或いは雑談している兵士達から好奇の視線が集まる。

 私は見せ物じゃないんだけど。

「隊長!」

 一つのテントの前で私を連れてきた兵士が声を上げる。不審者を捕らえた、というような報告をすると、返事があってテントから人が出てきた。壮年のがっしりした男だ。

「それが碧の斥候か?変わった衣服だな」

「はっ、怪しいと思い生かして連れて参りました」

 兵士が背筋を伸ばす。男はまじまじと私を見つめた。いや変わった衣服って、普通に長袖シャツにジーンズなんですけど。だいぶラフではあるけど変ではない……筈。でも周囲を見渡せば、明らかに自分が浮いているのがわかる。

 ここ、どこですか?

「ふむ…将軍に報告しておこう。お前達は警戒を続けよ」

 私の疑問を余所に、話は進む。

「はっ」

 兵士達が礼をして、私を男に引き渡す。男は部下らしき兵士に命じて私を縛らせ、背を押して歩かせた。

「斥候と言っても女……しかもまだ子どもではないか」

 男の呟きを聞きながら、私はそっと辺りを見渡した。

 それなりの緊張感はあるようだから、敵は近くにいるのかも知れない。勿論軍隊のことなどわからないが、逃げるなら戦闘の混乱に乗じればうまくいくかも知れないと考える。いや、でも戦いが始まったら私の命も危なくなるかな?

都洋(とよう)だ。(ぼう)将軍にお会いしたい」

 奥の一際大きな幕の張られた場所で、男は見張りの兵士に声を掛けた。兵士が一礼して中へと入っていく。

 暫くして、入れと声がした。男が私の縄を引いて幕内に入る。

「都洋。どうした。小娘を連れてきたときいたが」

 第一印象。偉そうなおっさん。

 中にいた男に、私はそう評価を下す。都洋と呼ばれた男は手を組み、軽く膝を折って礼をした。

「部下が近辺で捕らえました。碧の斥候かと思われますが、何しろ妙な格好をしておりますので、ご報告を」

 都洋の報告を、机に広げた紙を見下ろしたまま聞いて、男はふんと鼻を鳴らした。

「都洋。碧の軍がすぐそこにまで迫っておる。そのような些少な事にかかずらっておる暇は……」

 そこで初めてこちらを見た男は、私を目にして言葉を止めた。今更だがこの男の鎧は豪華だ。襟の高い衣服の上に、金銀をあしらった金属製の鎧をつけている。将軍と呼ばれていた通り、地位が高いのだろう。残念ながら胴回りがメタボで、豪奢な鎧も哀れな有様になっているが。

「ほう……確かに見かけない格好だ」

 そう言いながら、何故か服装はそこそこに私の顔をじっと見てくる。何なんだよ、と言いたかったが、そこは理性を総動員して抑えた。今はとにかく命有っての物種だ。

 冷静に、冷静に。

 自分に言い聞かせている時ににやりと笑われてぞわっと鳥肌が立つ。嫌な視線だ。

「良かろう、今は構う暇が無い。儂の幕舎に繋いでおけ」

「……はっ」

 繋ぐって……私は珍獣じゃないんだけど。っていうか気色悪い目で見るな。

 都洋は私を連れて幕から出、移動する途中で私を見てため息を吐いた。

「全く……冒将軍も悪い癖をお持ちだ」

「は?」

 思わず聞き返してしまって慌てるが、都洋は気にした様子も無く私を眺める。

「お前、碧の斥候なのか?」

「何の……ふぁんのほろ……ん?」

 危うく日本語で答え掛けて訂正するが、今度はうまく発音出来ない。あの謎の球体のお陰で彼らの言葉は理解出来るが、喋るのはまた別問題だ。都洋が眉を寄せる。

「言葉がわからないのか?野人か」

 正確にはわかってはいるが、喋れないのでは意志疎通は不可能だし、とりあえず頷いておく。

 しかし野人って何だ野人って。原住民的な何かか。

「という事は斥候ではない……?いや、疑いが晴れるわけではないが……冒将軍に知らせたのは早まったか」

 ぶつぶつと独り言を言い始めた都洋に首を傾げる私の耳に、慌ただしい半鐘の音が聞こえた。

「隊長!碧軍です!騎馬隊がすぐそこまで!」

 兵士が叫ぶ。都洋は舌打ちした。

「おのれ碧め……おい、この娘を幕舎に放り込んでおけ!」

 兵士に私を押しつけて、都洋は走っていった。すぐに喧噪が場を包む。私は兵士に文字通り幕舎に放り込まれた。

「った~……」

 地面に倒れ込んだ拍子に打った肩を庇いながら身を起こして、私は耳を澄ます。耳に入るのは既に戦場の物音だった。剣戟の音に、喚声。馬の嘶く声。

「……夢なら醒めてください」

 切にそう願う。一体何が起こったって言うんだ。夢か現実か、確かめる一般的な方法は腕を縛られているので実践出来ない。

 というか。

 今さっき私、「痛い」って言ったような。

「冗談でしょ」

 本当に変な場所に来てしまったようだ。

 とりあえず少しでも状況を把握しようと、幕舎の中を見回す。折りたたみ式の寝台と、行李が幾つか。

 ふと目にした物に思いつくところがあって、私はそれらの行李ににじり寄った。行李もあのメタボのものなのだろう、鎧と同様様々な装飾が施されていて、一見して高級そうだ。それらの後ろの壁に、布で包まれた細長い物が立てかけてある。

 この状況だ。十中八九、武器に違いない。

 捕虜を武器のある場所に放り込むとはよほど間抜けなのか、或いは私が女だから油断したのか。とにかく私は足を使ってその包みを倒し、後ろ手で苦労しながら留め紐を解いた。果たして、中から出てきたのは短めの矛と弓だ。私は手で背後を探りながら慎重に矛の刃に手首の縄を押し当てた。力を込めると肌にも触れてしまったらしくぴりっとした痛みが走るが、この際構ってはいられない。

 何とか手首の戒めを断ち切って、私はほっと息を吐いた。少し血が滲んでいるが、大したことはない。自由になった手で縄を全て解くと、私は行李の中を漁った。

 逃げるにせよ何にせよ、このままの格好ではまずい。この土地の衣服の中では日本のシャツは目立ち過ぎるし、出来れば女に見えない方がいい。なにしろここは軍隊の中だ。女にとって決して安全な場所ではないことは本能でわかる。

 それに何だか、今は女でいたくない気分だった。

 メタボの服はどれも当然ながら胴周りが半端なくだぼついていたけれど、幸いここの衣服は胴周りに帯を巻いて留める形式らしく、サイズはそこまで問題にならないようだ。とはいえやはりぶかぶか過ぎるのは布が余りすぎて困る。一通り荷物を漁った私は一枚だけ体に巻きつけるタイプの衣服を見つけてそれを着ることにした。これならサイズは完全に無関係だ。とりあえず衣服と一緒に入っていた布を巻きつけて胸を平たくしてから、ジーンズは穿いたままその服を纏った私は、しかし戦場の中にとびこんでいくわけにもいかず幕舎の中に座り込んだ。

「とにかく少しは喋れるようになっとかないと……ふぁた、私、は……」

 幕舎の中で一人言葉の発音を練習する捕虜。

 なかなかに変な光景には違いないが、私にとっては死活問題だ。

 これもあの球体のお陰なのか、暫くぶつぶつやっているとすぐに口が慣れ、何とか普通に喋れるようになった。

 これって凄い事なんじゃないだろうか。こんな感じだったら英語の勉強とかしなくて済むのに。

 うっかりそんな事を考えて、少し気が沈む。私、また英語の勉強をしなきゃならない世界に帰れるんだろうか。帰ったところで依然居場所が無いことには変わりないのかもしれないけれど、二度と戻れないと思えば少し名残惜しいのも事実。

 私の脳裏に、ふと中津の顔が浮かんだ。

 あいつは、悲しむのだろうか。私が消えたことを。それとも、怒るだろうか?

 そんな感傷に浸っている間に戦況は大きく動いていたらしい。様々な音がすぐ近くに来た。

「逃げるな!踏ん張らんか!」

 あれってあのメタボの声じゃなかろうか。負けてるのか?

 暢気に考えていた私は知らなかった。実はこの時私を捕らえた軍は大潰走を始めていたのだ。

「将軍、ここは保ちません!退却を!」

「くそっ、覇姫め……!」

 退却を叫ぶ声が幕舎の側を通り過ぎていく。

 ……私、ひょっとして取り残される?

「逃げるぞ、追え!」

 多分敵側の兵士と思われる勢いの良い声が聞こえる。

「深追いするな!心泉までの失地を取り返せば今は良い!」

 少し遠くからそんな声が響き、鐘が鳴る。傍観者に徹していた私は、いきなり引き開けられた幕舎の入り口にびくりと肩を揺らした。

「おい、誰かいるぞ」

 入ってきたのはやはり簡略な鎧を着けた兵士だった。

 但し、多分敵方のだ。鎧の色が違う。私を捕らえた連中は黒っぽい鎧を着ていたが、こいつらのは青緑に近い。

「兵士ではなさそうだぞ」

「捕虜か?」

「まだ少年のようだが」

 口々に言いながら近づいてくる。状況が好転したのか、同じ扱いを受けるのか。見極めが付かず、私は黙って座っていた。一人の兵士が目の前にしゃがんで顔を覗き込む。

「見ろ、こいつ、なかなか小奇麗な顔をしているぞ」

 はい?

 慣れない言語を聞き違えたのかと思って脳内で反芻しようとした私は、前髪を掻き上げた手に思考を中断された。

 えぇと?

「こんな美人、なかなかお目にかかれるもんじゃないな」

 そんな言葉の後に、短い沈黙が落ちる。外が未だ戦場の喧噪に満ちているのに、妙な感じだ。というかこいつら、こんなとこで油売ってていいのか。

「……今のうちだ」

 沈黙の間に兵士達の中でアイコンタクトが行われたらしい。

 どんな意思の疎通があったのか汲み取れずに眉を寄せた私は、いきなり目の前の兵士に押し倒された。

「は!?ちょ……何すんだ!」

 え、男の格好したつもりなのにまさか意味が無かったと?抵抗しようにも鎧を着けた相手が複数ではさすがに歯が立たない。

 待て、今は戦の最中でしょうが。何考えてんのこいつら!?

「放せよ!何のつもりだ!」

 しかし私の叫びも虚しく男の手が肩から胸元へ下りようとする。

「おい、それ男だろ?」

「いや、女みたいな顔だし、これだけ上玉なら……」

 一人の兵士の問いかけに別の一人が言った言葉に、私の思考は一瞬停止した。男だと思って尚且つこんなことしてるわけ!?いや、こういう状況下ではそういう事もあり得るのかもしれないけど……!

「ふざけんな!放せ!!」

 かなりの音量で叫んだつもりだが、何しろ外は戦場だ。誰も気になんてしてない。

「はなっ……んー!」

「大人しくしろ」

 とはいえさすがにうるさく感じたのか兵士の一人に口を塞がれ、ついでに足も別の兵士に押さえられる。

 冗談じゃない!

 兵士の手が襟元を引き裂き、私が何とか逃れようと体に力を篭めた時。

「何をしている」

 さっと幕舎に外の光が射し込んで、硬質な声が聞こえた。兵士達が振り返り、慌てた様子で私から離れる。

「は、覇姫(はき)様……」

「大司馬……」

 兵士が離れた事で見えた入り口には、鎧に身を包んだ女が立っていた。

 居るじゃん、美人!

 その女は青灰色の髪を後ろで一つに束ねて流した、正に男装の麗人だった。目が切れ長できつい感じではあるが、間違いなく美人だ。こんないい女が居るのに私に手を出そうってこいつらの神経を疑う。

 覇姫と呼ばれたその女は、兵士達の動揺ぶりを見るにかなり地位が高いんだろう。鎧も華美ではないがそれなりに上質らしく、素材も石ではなく金属と革だ。

「何をしているのかと訊いている」

 繰り返された問いに、兵士達は目を泳がせた。

 それにしても、私は随分情けない場面を見られたんじゃなかろうか。軽く凹みながらも、そんな格好をいつまでも晒していたくはないので何とか起き上がる。せっかく着替えたのにまた次の衣服を探さなければならなくなりそうだ。まあ襟が裂かれただけで、女とばれるところまで行っていないのが不幸中の幸いだろうか。

 そんな私を一瞥した女は、答えられない兵士達にすっと目を細めた。

「我が軍は略奪、暴行の類を許した覚えは無い」

「も、申し訳ございませ……」

 兵士達が震える声で詫びる。

 女はそれに鋭い目を向けながら入り口から数歩中に入った。その後ろから、それまで入り口の死角にいて見えなかった人物が続く。それを見て、兵士達が分かりやすく震えた。

 琥珀色の髪と瞳をした男だ。青い着物のような服を着ているが、帯の代わりにベルトのようなもので腰回りを留め、足元はズボンを穿いているようだ。戦場にも関わらず鎧をつけていない事を置いても、その男は異様だった。理由はすぐに判明する。男の首元と手首に、革製の枷のような物が付いているのだ。鎖が繋がっていないので実際に拘束しているのではなさそうだが、好き好んで身に着ける物じゃない事は確かだ。

 男は黙ったまま女の後ろに控えるように立った。

「戦勝に免じてこの場は見逃してやる。次は無いと思え。いいな!」

「は、はい!」

 女の叱責に追われるようにして兵士達が逃げていく。取り残された私は、どうしたものかと座ったまま女を見上げた。

 目が合うと、女はゆっくりと私に歩み寄って目の前に片膝をつく。そんな仕草がやたらと絵になる女だ。年の頃は私より少し上くらいか。多分二十歳前だろう。雰囲気は随分大人びているが。

「捕虜か。或いは冒溢(ぼういつ)(しょう)か」

 冒溢、という人名と聞き慣れない単語に数瞬理解が遅れる。その意味を脳が分析し終わった瞬間、私は思わず叫んだ。

「気色悪い事言うな!俺は男だ!」

 いや本当は女だけど!

 それにしたってあんなメタボの妾なんて冗談じゃない!っていうかそんな事さらっと言わないでください!しかも淡々と!

 内心の叫びを必死に抑える私に少し首を傾げて見せた女は、そうか、とだけ言って私を見つめた。

「となると捕虜か?生国はどこだ?」

「……日本」

 ダメもとで言ってみる。どっちみちこの世界にある国の名前なんて私にはわからない。

「にほん?聞かぬ名だな。どこかの辺境の(ゆう)か?」

 邑って何でしょう。しかし説明するのもややこしいので、都洋の時と同じくとりあえず頷いておいた。女は少し考えるように顎に手を当て、目を眇める。

「しかしそのような邑は聞かないが……それに何故一人でこのような場所に……?よもや妖の類ではあるまいな」

 そう言って後ろの男に目を向けた女に、私は全力で首を振った。妖?妖怪とかいるのか、ここは?

「……人間だ」

 女の疑問に、何故か青い着物の男が答える。見分ける能力でもあるのだろうか。女は頷くと、私に目を戻した。

「ここへは何をしに来た?」

 いや、目的なんて無いんですけど。強いて言うなら……

「……流れ着いた」

 そう答えるしか無いじゃない!まさか全く違う世界から来ましたとは言えない。初対面でそんな事を言えば十中八九頭がおかしいと思われてしまう。苦し紛れの答えだったが、一応女は納得したようだった。

「流れ……?海に落ちたのか?確かにここは海岸からさほど遠くないが……地の加護の無い海をよく生きて渡れたものだ。よほど水に好かれているのか」

 そう言って剣の柄に巻いてあった布を裂く。手を取られて一瞬肩を揺らした私を気にした風もなく、彼女はその布で私の手の傷を手当てしてくれた。それから立ち上がり、私を見下ろす。

「ここは(こん)と我が国との国境に位置する。戦の絶えぬ場所だ。長居せぬ方がよい」

 言われなくてもそんな物騒な土地はごめんだが、どこへ行けばいいのかもわからない。私の困惑を汲み取ったのか、女は言った。

「言い遅れた。私は碧の春覇(しゅんは)紀春覇(きしゅんは)だ。我が軍はこれから碧の国都へ還る。ついて来るか」

 都なら少なくとも国境地帯よりは安全だろう。願ってもない話だ。私は頷いた。

「俺は神凪灯宵」

 飽くまで男として通すつもりだ。どちらにも通用するような名前で助かった。といっても、ここでの名前の感覚は私達とは一致しないだろうけど。

「かんなぎひよい?……独特な名だな。どこまでが姓だ」

 やっぱり。聞いている限りここの人間達の名前は日本人の感覚とは違う。私は説明を加えた。

「神凪が姓で灯宵が名前。長くて面倒だろうから灯宵でいい」

「わかった」

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