前編
※全話通して、ほぼほぼ普通の恋愛はないです。
イメージキーワード:異類婚姻譚/運命の番/竜人/人間/シリアス/
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短編版からほんの若干だけ加筆修正しております。大筋に変更はありません。
現在空き時間にちまちまと連作の五つ目のお話を執筆している為、先んじて、前四作を纏める事にいたしました。前四作は多少ですが加筆修正を終えた順に、投稿してまいります。
各章ごとにお話が基本的には独立しております。お話ごとにシリアスとほのぼのを反復横跳びする傾向にあります。
「どうして、どうしてこんな事をするんだ、アンジェリーヌ……!」
その声を聴いたすべての人間の胸が痛くなるような悲痛な声をあげ、胸を押さえて崩れ落ちたのは、この国の王太子アロイージオ。
黒い髪に青い瞳をした彼は見目麗しく、まるで一流の芸術家が作り上げた絵画や彫刻のような容姿をした男であった。
彼の頭上には二本の角が生え、腰からは立派な鱗におおわれた尾が伸びている。普段は魔法でしまわれている背中の翼は、胸を押さえている彼の痛みに呼応するかのように現れて、小刻みに震えていた。
彼は竜人族の国である竜国の王太子であった。
誰もが口を押さえたりしながら、呆然とアロイージオと……その真正面に立っている、美しい白髪の令嬢を見つめていた。
まるで誰も踏みしめていない、新雪のような真っ白の髪。子ウサギを思い起こす、赤い瞳。
アロイージオと並ぶと、どこからどう見ても揃いで作られたかのような令嬢の名は、アンジェリーヌ。隣国より、アロイージオの番として迎え入れられた、未来の王太子妃であった。
隣国――といっても、極めて厳しい山と谷を越えた先にある国だ――は竜人族の国ではなく、人間の国であり、当然アンジェリーヌも人間である。
これは、ごく稀な事例だった。
竜人を始めとした、「運命の番」なる存在を感知出来る種族の番は、大半が同族である。
しかしごく稀に、他種族が番に選ばれる事がある。ただし、この場合でも、多くは、「番」の概念を持つ種族だ。
そこからさらに少ない割合で、稀に、「番」の概念を持たない人間が番である者がいる。
王太子アロイージオはそうした、ごく稀な事例に当てはまった竜人だったのである。
胸を何度も掻きむしり、必死に何かを取り戻そうとする動きをするアロイージオ。貴い身分でありながら、大勢の前で無様に膝をついている彼を、アンジェリーヌは見下ろしていた。
アンジェリーヌが、アロイージオを見る瞳には、少しの愛情もなかった。それどころか、苦しんでうずくまるアロイージオを心配そうに見ているわけでもない。
どこか失望と怒りを感じる目で、彼女は男を見下ろしていた。そして、彼から問われた内容に答えた。
「どうして、ですか? はぁ……そのような言葉を漏らすという事は、貴方は、わたくしの言葉を、少しも聞き入れていなかったという事ですわね」
アンジェリーヌはとげとげしい声色で、そう吐き捨てた。捨てる、という言葉を使うほどに、冷たかった。
憐憫もない、むしろ攻撃的な声だ。
その声に、アロイージオはまるで身を雷で貫かれたような痛みを感じた。それでも、必死に、アンジェリーヌを見る。
どれだけ苦しくとも、どれだけ痛くとも、彼の、この世界でただ一人の運命の番から、目が離せなかった。
「貴方はわたくしを愚弄した。貴方がわたくしを番だといって祖国より攫ってこの方、貴方に冷遇された事でわたくしの扱いはきわめてひどいものでしたわ。竜国に来てからの数か月間、わたくしは生き地獄を味わった」
参列者の幾人かの顔色が、悪くなる。
恐らく、アンジェリーヌが口にした『生き地獄』を行った者の、関係者かもしれない。あるいは、見て見ぬふりをした者たちか。
王太子も、顔色は悪い。
アンジェリーヌの言葉通り、半ば攫うようにして彼女を己の国に連れてきたというのに、長らく彼は彼女を放置した。
番に対してどう対応すれば分からなかった――彼は後にそう語ったそうだが、とうに成竜となっていた彼には許されない行為だった。というか、良い年齢の大人が、幼い男児のような理由でアンジェリーヌを放置していたなどとは誰も考えなかった。
主人たる王太子の判断――放置――は、アンジェリーヌを疎んでいるからだ。そう考えた使用人は当然多く、結果として、その幼い男児がするような行動のせいで、アンジェリーヌは長い間、王宮で働くすべての竜人たちから見下されて過ごしていたのだ。
「そ、それは、すまなかったと、! 君に手を出したものたちは、全て処刑した!」
少し前、複数の貴族や貴族家が罰せられた。殆どが、処刑の扱いだ。
罪状は未来の王太子妃であるアンジェリーヌを害した、というものであった事を、この場にいる参列者は全員、知っている。
正式にはまだ王族ではなかったとはいえ、実質的にはもう王族の一人として数えられていたアンジェリーヌに手を出したのだからと、王太子が指揮を執って処刑が実行されたのだった。
貴族だけでなく、貴族家も罰せられている。これはかなり大きな、竜国内の勢力図を大きく変えるような出来事であった。
アロイージオの訴えを、アンジェリーヌは冷たく返す。
「全てではありませんわ。処刑されたのは、実行犯と、幾人かの貴族だけ。トカゲの尻尾きりの如く、先の方にいる人だけが罰せられただけではありませんか」
「だが、だが――それでも――番の繋がりを、断ち切るなど!」
血を吐きそうな声で、アロイージオは叫んだ。
◆ ◆ ◆
ここは、番の儀の場。
番たちが永遠を誓う場で、今まさに、二人は永遠を共に歩む夫婦となるはずであった。
この儀式を通し、寿命の長さが違うアロイージオとアンジェリーヌは、アロイージオと同じだけの長さを生きれる事になる筈だった。
番の儀は竜人にとって、とても神聖、かつ、重要な出来事だった。
王太子の番の儀という事もあり、王族と、有力貴族の殆どが参列していた。
その儀式の最中、突如としてアンジェリーヌは番の関係性を断ち切った――らしい。アロイージオの反応と言葉からすると、そうらしい。
ただ、見ている者たちは、この時点でも、何が起きたか分かっていない者が多かった。
儀式に使われる、神が打ったといわれる短刀を、突如アンジェリーヌが手に取り、ふるったのだ。
その瞬間、アロイージオが大きな声で苦しみ始めたのが、冒頭の出来事である。
(あれ、まあ。番の絆って、断ち切れるのねえ……)
と、参列者の一人として参加していたセレーヌは、ぼんやりと思った。
セレーヌはアンジェリーヌと、似た立場の人間である。
セレーヌの生まれは、アンジェリーヌの祖国の隣国であった。
険しい山と谷の向こう側。土地の多くが、あまり豊かではない人間の国だ。
その国の、貧乏な男爵位の家で、セレーヌは生まれた。貴族の肩書はあったが、本当に肩書だけ。暮らしは平民と同等で、実質的にはただの農家だった。
セレーヌの上には既に複数人の兄姉がいた。労働力という意味合いでも、子供はもう十分だった。
時代と時期が違えば、口減らしで殺されていただろう。そんな、貧乏な家だった。
しかし運が良い事に、セレーヌが生まれてから数年間、彼女の祖国は豊作が続いていた。おかげで殺される事はなくセレーヌは育てられた。セレーヌの下にも弟妹が出来たりしていた。
そうは言っても、扱いは良くはない。
食べ物も洋服も、与えられる物は全て、余り物であった。
あの国で、裕福でない子沢山の家で、目立たない子供の扱いはそんなものだった。
運が良ければ、将来はどこかに売られるように結婚するんだろうな、と思っていたセレーヌの目の前に、ある日突然角と羽と尻尾の生えた男が降り立った。
それが、セレーヌの事を「番」と言ってはばからない、婚約者のガイオとの出会いだった。
ガイオはセレーヌを、半ば無理やり竜国に連れ去った。
そしてそれ以降、セレーヌはこの国で暮らしている。
◆ ◆ ◆
「番番という割に、竜人族はわたくしたちの気持ちなど慮らない。勝手に決めつけた愛を押し付けられる一生を過ごすくらいならば、番の関係を断ち切るに決まっています!」
アンジェリーヌがそう叫ぶと、参列者の数人が立ち上がった。立ち上がった者には、共通点があった。
全て女性で、全て人間だというのが容姿から分かる。
年齢は令嬢という年頃の人から、既に成人した、それなりの年齢の女性まで幅広い。
彼女たちの横に座っていた男たちが「あ」と声を上げるが、引き留める間もなく、女性たちはアンジェリーヌのそばに移動した。
男たちは立ち上がったが、近づく事が出来ず、壁に阻まれるようになりながら、必死に、歩いて行ってしまった女性たちに手を伸ばしていた。
――番の儀は何者にも邪魔されぬように、当事者が認めた者以外が、儀式の場に入れないようになっている。
だから参列者は、儀式の場を囲うように、少し離れた位置に座しているのだ。
本来であれば女性たちもその場に近づく事は出来ない筈だが、恐らく、儀式の当事者であるアンジェリーヌが認めた事によって、入れたのだろう。
アンジェリーヌは、一人目の女性に、短刀を渡した。
女性の夫だろう竜人が叫ぶ。
「まってくれ!」
「いいえ待ちません。貴方は待って欲しい、家族と話をさせて欲しいという私に、待ってはくれませんでしたから」
短刀が振り降ろされる。男の悲鳴。
「やめろ、一体何が不満だったというのだ!?」
「そういう所が嫌なんです。私の気持ちなんて、聞いてもくれない!」
短刀が振り降ろされる。男の悲鳴。
「まって、やだ、ねえなんで!」
「これ以上、我儘小僧のおもりなんて御免よ!」
短刀が振り降ろされる。男の悲鳴。
「頼む、やめてくれ。お願いだ」
「貴方は、そう言った彼を、許さなかったでしょう?」
短刀が振り降ろされる。男の悲鳴。
(わあ)
実に様々な、男と女の愛憎劇であった。
今まで、竜人族という圧倒的な力を持った男たちを前に、涙も苦しみも呑み込まねばならなかった女たちが、番の関係を断ち切るという形で、男たちに次々とやり返していく。
王太子だけでなく、幾人もの高位貴族の男たちが、倒れていく。
まだ家を継いでいない若者もいれば、幼い子供もいれば、既に子を持つ父親もいる。
周囲の、彼らの近しい者たちは、儀式の場には近づけない故に、倒れた男たちを介抱するしかない。
(わぁ……)
目の前で起きている出来事が、セレーヌにはまるで他人事のように目に映った。
とてつもない事だ。けれどだからといって、セレーヌ自身の人生には微塵も関係ない事だった。そうして、ただ椅子に深くまで腰かけたまま、ぼんやりと儀式の場での出来事を見つめていたのだった。
儀式の場に集まっている女たちが番の絆を断ち切った所で、アンジェリーヌは女性陣を見渡して、眉根を寄せた。
まるで何かがおかしい、と言わんばかりの顔だった。
それから、参列者の山を見渡して、ある女の名を呼んだ。
「セレーヌ? どこですの?」
アンジェリーヌの声は、男たちのうめき声や悲鳴が満ちている番の儀の場に、よく響いた。
まさか呼ばれると思っていなかったので、セレーヌは驚いた。
声も出ず、ただ目を丸くして、アンジェリーヌのいる方を見つめていた。
隣に座していた婚約者のガイオと、ガイオの向こうに座っているガイオの両親である伯爵夫妻がすごい目でセレーヌを見た。
その目には責める色合いはなく、今まさに並んだ悲劇の屍に、ガイオが加わってしまうのかという恐怖があった。そうした恐怖を覚えるのは、当然の事だろう。
何せ今の今まで、運命の番から直接的に縁を断ち切られている竜人の男たちが、何人もいるのだ。その男たちに、ガイオが加わるのかもしれないと考えたのならば、実の両親である伯爵夫妻が恐怖を覚えない筈がない。
――そして。その当事者たるガイオはというと、隣にいるセレーヌの手を握ろうとして、けれどその手は宙を浮いたまま、セレーヌに触れる事はなかった。
伯爵夫妻からの視線も、ガイオの躊躇いが見える態度にも気が付きながら、セレーヌはあえてそちらを見なかった。
アンジェリーヌに名を呼ばれたのは、間違いなく、セレーヌ本人だった。
セレーヌは猫のような目を細めて、それから、立ち上がった。そしてその場で、アンジェリーヌに答えた。
「ここにおりますわ、アンジェリーヌ様」
「ああ、そちらにいたのね。早く貴女もおいでなさい」
アンジェリーヌの言葉に、セレーヌは首を傾げた。
「なぜでしょう?」
「この短刀は、神力を保っていられる間しか、番の絆を断ち切る事は出来ないの。早くしないと、番の絆を断ち切れなくなるわ」
「そうですか。私には不要なものですので、もうしまっていただいて構いませんよ」
沈黙が、儀式の場に落ちる。
誰もが、先程から続く番たちの愛憎劇の、新たな登場人物としてセレーヌを見ていた。
それはアンジェリーヌや、その周りにいる運命の番との縁を断ち切った女性たちも同じであった。
「何を言っているの……?」
「私にはその短刀は不要です。私はガイオ様との関係を終わらせるつもりはありませんから」
その言葉に、アンジェリーヌではなく、その周囲にいた女性たちがいきり立った。
まるで舞台の決められたセリフを間違えた役者を責め立てるかのように、セレーヌを責め立てた。
「なぜ!?」
「貴女も無理やりさらわれて、この国に来たはずだわ!」
「もしかして、家族を人質にでも取られているの?!」
「こんな奇跡、二度とないかもしれないのよ!?」
「貴女、以前言っていたではありませんの、番を感じる事が出来ないから、婚約者の行動がたまに理解出来ない、と!」
信じられない。
あり得ない。
裏切るのか。
そんな風に叫ぶ女性たちに、
(この方たち、そんなに番の事を、恨んでいたんだ)
と、セレーヌは愕然とした。
この場にいる人間の女性とは、セレーヌは顔見知りだ。
『竜人族の番に選ばれた人間』という条件に当てはまる者だけが集まるコミュニティーが、ある。
人間たちの出身国はバラバラだが、竜人ばかりのこの国に定住している人間という意味合いでは、同じ立場の者にしか理解できない悩みや苦しみがある。
ガイオに連れられて竜国に来て以降、伯爵家の人々を除けば、一番顔を合わせていた人たちの一部だ。
赤の他人ではない分、責められると心苦しい。
セレーヌは困って、眉尻を下げながら答えた。
「そうは言われましても……私、ガイオ様との関係を、不服に思った事などありませんから。番の関係を切ろうなんて、思った事もありませんし」
それは、一人の令嬢の、触れてはならない部分を逆なでしたらしい。
「こんな自己中な化け物を愛したっていうの!?」
一人の令嬢の甲高い叫びに、セレーヌはムッとした。
そしてアンジェリーヌから視線を逸らし、その令嬢を睨みつけた。
「化け物って誰の事を言ってますか? 貴女の婚約者の事ですか? そうでしたら貴女方の関係性なんて知りませんから、何も言えませんけど、まさか、まさか、ガイオ様の事ですか? 失礼極まりないので、訂正してください! そもそも自己中かどうかなんて、種族じゃなくて個人の問題ですよね。ガイオ様は自己中な人ではありませんよ。たまに空気が読めなくて、から回るだけで!」
立っている事でやや斜め下に位置しているガイオは、前半で「セレーヌ……!」と感動したような声をあげて、後半では「あっ……」と思い当たる節を思い出したのか、気まずそうに、縮こまった。
セレーヌに言い返された事は意外だったようだが、それで怒りが冷える事はなかったらしく、令嬢は更に言い返そうと動く。
「おやめなさい」
それを、アンジェリーヌは言葉一つで押さえた。
よくとおる声は、自然と従ってしまう不思議な効果があった。
令嬢は力を込め過ぎた手を震わせながらも、黙る。
アンジェリーヌの赤い瞳が、セレーヌを見つめた。
「アン、アンジェリーヌ……」
アンジェリーヌからそう遠くない場所で倒れている王太子は、胸を押さえ、床を這うような形になりながらもなお、アンジェリーヌを求めていた。しかし、完全に無視されていた。
今アンジェリーヌの世界には、セレーヌしかいない。そんな感覚すら生まれる空間が、生まれていた。
「セレーヌ。本当に、番の絆を断ち切らず、よろしいの?」
「はい。問題ありません」
セレーヌはしっかりと頷いた。
それから、なんとも言えない顔で、斜め下を見た。
「……アンジェリーヌ様が、王太子殿下との関係を断ち切りたいと思うのは、当然の事と思います」
堂々と王族批判をしてしまったが、誰も、セレーヌを責める声は出さなかった。
いや、出せなかったのだ。
出せるはずがなかった。
最も批判すべき立場である、王宮にいる人ほど、セレーヌの言動を批判する事は出来なかった。
「だって、王太子殿下も周りの人々も、アンジェリーヌ様の苦しみを何か月も気付かず、あるいは、見て見ぬふりをしたのですから」
セレーヌの言葉に、アンジェリーヌは目を伏せる。
繊細な雪の結晶のようなまつ毛が震えた。
「……そうね。貴女が告発するまで、誰も、わたくしの事を気にかけはしなかった」
――数か月前、酷い状況にあったアンジェリーヌに気が付いて、彼女の置かれている状況の証拠を集めてアロイージオに直接訴えたのは、他でもないセレーヌであった。
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それまで、アンジェリーヌは他の人間の国から竜国に嫁いだ人間たちに対しても、表向き、「番に愛されている女性」を装っていた。
それは祖国でも高位な貴族の娘として生まれた彼女の矜持がそうさせたのかもしれないし、単純に、同じ人間でもあの場にいた女性陣の事を信じていなかったからかもしれない。
だから最初は、セレーヌもアンジェリーヌが置かれている状況に気が付かなかった。
ただ、たまたま、セレーヌは気が付いてしまったのだ。
普段は王宮にも出入りしない彼女が、偶然王宮に出入りしたある日。アンジェリーヌの扱いに違和感を覚えた。
ずっと王宮にいる人々にとっては当たり前になっていた空気。
けれど外から見ると、違和感を覚えざるを得ない空気。
「婚約者様は……」
「人間って本当に脆くて困りますわ……」
(……なんか、やな空気……)
大切にされている筈の未来の王太子妃。それに向けるには、どうにも冷たく、嫌味にあふれた言葉。
たった一日。王宮で感じた違和感を、セレーヌは放置できなかった。
その後、セレーヌはガイオに頼んで何度か王宮を出入りした。ガイオは「運命の番が人間の女性だった竜人」という事で王太子から度々王宮に呼び出されており、彼と共にセレーヌがやってくるのは特に違和感がなかった。
そうしてセレーヌは、アンジェリーヌが王宮にて周囲から蔑まれている事。ひどい扱いを受けている事を調べて、それを王太子に訴えた。
セレーヌのような、特に鍛えている訳でもない令嬢が王宮での出来事を調べられたのは、ひとえに、人間の女性が見下されていたからだ。
力もなくて、弱くて、何もできない。
アンジェリーヌよりさらに小柄で弱弱しく見えたセレーヌに気を払う竜人は殆どいなかったのだ。
その後の、さらに仔細に及ぶ証拠集めは、流石に王太子やその周りの者たちで行われた。
けれど王太子たちを動かすきっかけとなったのは、セレーヌが集めた証拠だ。
セレーヌが動かなければ、アンジェリーヌは今でも酷い扱いを受けていたかもしれない。
(……だから多分、アンジェリーヌ様は、私には優しかった)
王太子たちは、気付きのきっかけとなったセレーヌにはあまり強くは出れなかった。
彼女に高圧的な態度など取れば、アンジェリーヌから冷たい目で見られる為だ。
アンジェリーヌから、王宮に呼び出され、二人きりでお茶会をした事も何度もあった。
……とはいえ、セレーヌとアンジェリーヌが共に過ごした時間は数えられる程度のもの。
親友というような言葉が使えるほどの関係ではなく、アンジェリーヌがこのような行動をするとは、思いもしなかったし、相談も受けていなかった。
でも、人間として、彼女の気持ちは想像ができたのだ。
少なくとも竜人たちよりかは、理解出来ていると、セレーヌは思った。
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「アンジェリーヌ様が、王太子殿下を愛せないのも、仕方がないと、私、思います。他に、同じように思っている人がいても、仕方ないと思います。私達人間は、番が、分からないから」
「けれど、貴女は番の絆を断ち切る事は選ばないのね」
「……はい。他の人は知りません。嫌われて当然な何かを、相手にしたのかもしれないです。……でも、ガイオ様は、いつだって私に誠実でした」
まったく文化の違う国にやってきたのだ。
大変な事が多かった。
それでも色々な差を乗り越えてここまでこれたのは、セレーヌが努力を続けられたのは、――ガイオが、いたからだ。
「ガイオ様は、いつだって、私の言葉を聞こうとしてくださいました。私が今まで出来なかった事が出来て喜んだら、一緒に喜んでくれて。私が失敗して落ち込んだら、私が元気になるまで、寄り添ってくれました。痛いも、嫌も、嬉しいも、苦手も。そんな風に側にいてくださるガイオ様がいたから、私は、この国で頑張ろうと思って、生きて来れたのです」
初めて会った時もそうだった。
古くて擦り切れていて穴の空いた、サイズの合わない服を着ていたセレーヌの前に現れた彼は、高そうなズボンが汚れるのもいとわず、両膝をついた。
そして、痩せていたセレーヌに「触れてよいだろうか」と一声をかけてきた。
頷いたセレーヌに、まるで割れ物に触れるかのように静かに、彼はセレーヌを抱きしめた。
セレーヌだって、運命は分からない。
竜人達が感じるという番の絆も、ただの今まで、一度も感じた事はない。
それでも、あの、抱きしめてくれた日からずっと、セレーヌにとって帰る場所は「ガイオの隣」だ。
「――ですから、わざわざ誘っていただいて申し訳ありませんが、私にはその短刀は不要です」
「そう。貴女は、番を愛しているのね」
「はい」
セレーヌは頷いた。
「……わかりました」
アンジェリーヌは微笑んだ。優しい微笑みだった。
それを見て、セレーヌは察した。
――これで終わりだ、と。
「アンジェリーヌ様。短い間でしたが、色々と楽しいお話が出来て、嬉しかったです」
セレーヌは、そっとその場で、ひざを折り、頭を下げた。この国に来てから習った、令嬢らしい礼だ。
ここがきっと、彼女とのお別れの場だ。
彼女と会う事は、二度とないだろう。そんな予感がした。
「……セレーヌ。貴女のお陰で、わたくしは一時ではあるけれど、痛みから解放されました。貴女の慈悲と勇気に満ちた行動に、感謝を」
アンジェリーヌも同じように思ったのだろう。
そうセレーヌに告げて、そっと、彼女の祖国のやり方で、感謝を表す礼をしてくれた。
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番の場の結界がなくなった。王太子や、人間の番たちに縁を切られた竜人の男たちが運ばれていく。
同じように、王太子を害したアンジェリーヌは、近衛兵たちによって連れて行かれた。
番の儀の場から立ち去る時、男性陣と女性陣の姿は、真逆だった。
自力で歩けるものは一人もいない男性陣。泣きながら、今もなお自分の運命の番に向かって手を伸ばしている者ばかりだ。
一方で女性陣は、背筋を正し、堂々と自分で歩いて立ち去っている。
彼らが立ち去るのをずっと見つめ続け。そしてアンジェリーヌの姿が一切見えなくなった後、セレーヌはそっと視線をずらした。
自分に割り当てられた椅子に腰かけて、ガイオが、不安げな顔で、目を揺らしながら彼女を見つめていた。
「セレーヌ……」
体はセレーヌよりずっと大きい癖に、変な所で自信が足りない婚約者は、震える声でセレーヌの名を呼んだ。
セレーヌに向かって伸ばされた手は、半端な所でとまってしまう。
(いつも、こうね)
ガイオはいつだって、種族の違い故に(彼からすれば)脆いセレーヌに気遣って、許可がないと触ってこない。
そういうちょっと臆病な、けれどいつまでもセレーヌを大切に思ってくれているのだろう彼の挙動が、セレーヌは好きだった。
「抱きしめて下さいませ、ガイオ様」
そう許可を出せば、ガイオは、それでもおそるおそるという風に、セレーヌの体に腕を回して、そっと彼女を抱きしめた。




