9話 負け犬同盟
23年のうちに出したかった。けど、間に合わなかった。残念!
僕はその人のことをお師匠と呼んでいた。だからここでも此処でもただお師匠と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が僕に取って自然だからである。僕はその人の記憶を呼び起こすごとに。すぐ「お師匠」と云いたくなる。筆を執っても心持は同じである。余所々々しい頭文字などはとても使う気にならない。
Memory1
13年前 イタリア ローマ
僕がお師匠と出会ったのはイタリアである。その時僕はまだまだ幼い子供であった。
当時、僕は父と二人でローマの街を歩いていた。
その時は父が三段のジェラートを買ってくれたのを覚えてる。僕はジェラートが好物で、よほど嬉しかったのか、前を見ずにはしゃいでいた。父はゆっくり歩くように言うが、聞く耳を持たなかった。そして、目の前に現れたあの人にぶつかってしまった。
「すっ、すいません!」
慌てて謝る父。何度も何度も頭をペコペコと下げる。今思えば、イタリアだし、どんな因縁を吹っかけれるか分かったもんじゃない。謝らないことが正解ではないかと思う。
「じぇらーと」
そんなこと理解できず、僕はただ口に指を当てて、泣きそうになっていた。そんな僕の頭を撫でるながら、あの人はしゃがんで目線を合わせてくれた。
「・・・悪りぃな。ワシのズボンがジェラート食っちまった。今度ァ五段を買うといい」
そう言って優しくお金を渡してくれた。ネイティブかと思うほどに綺麗なイタリア語だったのを今でも覚えてる。
「すいません、お金で頂いちゃって!」
父は再び頭を下げてお礼を言う。父は日本人だ。常に相手の迷惑を考えてる。
「良いんですよ。これくらいで怒る大人は居ません。それにワシは現地の人と交流を楽しむために旅をしていると言ってもかごんじゃあないからね」
「そうなんですね、良い心がけだと思います。そうだ!ここで会ったのも何かの縁ですし、それに今度お礼をさせてもらいたいので、お名前を教えて頂けませんか?私は黒崎採助。こっちは息子の亜流羽斗です」
「黒崎、、、」
名前を聞くと、その人はボソッと何かを呟いた。
「どうかしました?」
「いや、なんでもないです。ご丁寧にありがとうございます。ワシの名前ですが、影村寿雄と言います」
「やっぱり日本人の方なんですね!僕も名前の通り、父の代から日本から移住したんですよ。息子はイタリア人妻とのハーフです」
「如何にもワシは日本から来た。話の腰を折るようですが、黒崎でイタリアってことは黒崎財閥、黒崎グループの関係者?」
「そうですね。一応、現在の代表です。ここじゃあそのことを知ってる人は少ないですけど」
家柄は当時から凄いものだと理解してた。お金は日本円だろうが、アメリカドルだろうが、ヨーロッパユーロですら湯水のように手に入る。
その代償として、僕は幼少の頃から下部会社の家族を守るために経済と経営、語学と言った様々な分野の知識を叩き込まれていた。
「それは大物に出会ってしまった!このズボンも買値以上の活躍をしてさぞ嬉しいでしょうな。
「それはどうにも言葉に詰まりますな」
「いいのいいの気にしなくて、老骨の戯言だし」
「そういう物として受け取らせていただきますよ」
ありきたりな会話をしている父とその人の話を聞いて次第に違和感を持つようになる。
まるで数年来の友人のように親しくなっているのだ?それが不気味で仕方がない。
「どうしたのかな?アルバートくん」
かがみ込んで、瞳を覗き込んでくるように声をかけられる。それは人ではない異形の何か、それも数多の瞳を持つ悪鬼に話しかけられていると思えてた。だが、すぐに瞳を見るだけで違和感は消えた。
「ううん、何でもない。でも、アルバートって言うのはヤ」
「嫌なの?名前」
「うんっ」
当時の自分はまだハーフであるという概念を信じていなかった。父は日本人なのに、日本人ぽくない名前が嫌だった。それでも父や母そして、みんなアルバートと呼んでいた。
「じゃあ、アルって呼ぶね。よろしくアル」
この時、僕は初めて黒崎アルとなった。
影村寿雄は自分にとって第二の父、名付け親になって行くのはこの先の話。
Scene1
10月25日22時40分
館が不気味なほどに静かだった。
お師匠を始め、夜海、山門健、馬飼琉助の姿が見えない。天山さんも数分前に慌てているのを見たが、それっきりだ。弟子の方々もみえない。ひょっとして自分の居ないところで、何かが起こっているのか?
「お師匠どこなんだろう?」
寝る前に軽く挨拶だけと思ったが、会えないのはもうしょうがないか。明日になれば会えるだろう。今日はもう大人しく寝よう。明日は作戦決行で朝が早い。自分の役目は『先払い』と『借金』の発行によるサポートだ。前線に出る必要はない。お師匠がそう配置してくれた。
おかげで明日に対する緊張はない。
僕の部屋はお師匠と同じフロアにある。それにしてもこの館は五階建てだが、山奥にこんな大きな建造物があるのに、下の住民は誰も気づいている様子がない。誰かの能力でカモフラージュしてるのだろうか?
それか特殊な素材でも使ってるのだろうか?な訳ないか、そしたら、なんで僕が知らないんだって話だ。
階段を登る。三階につく。そこには小さな鬼が居た。
「姫鬼姫ッ!」
水鬼が寝ている姫を寝室まで運んでいたはずだ。姫の寝室は四階。もう夜は遅いのになんで此処にいるんだ?疑問が多く浮かんでくる。
「お兄ちゃんどこ、、、」
確か姫は山門健を兄(何故か)と慕っていたはず。つまり、アイツを探してるのか。にしてもなんで、このタイミングで?
「ごめんな。アイツの居場所は俺もよく分からないんだ」
「そんな、、、」
姫鬼姫は今にも泣きそうな表情を浮かべる。
本当みんな、どこで油売ってんだか、、ッ!?今ここにいないメンバーは山門健、馬飼琉助、夜海、お師匠。考えゆるパターンはいくつかある。
一番有力なのが『天山潰し』。そうなると明日を前に味方同士で潰し合いが行われていることになる。この状況を狙われたら正に漁夫の利で、陣営が崩壊する。なんとかして止めないと。とは言ってもこの子をここで放置する訳にはいかない。
「とりあえず、ここは危ないかもしれない。僕について来て」
「いやです。にげるならお兄ちゃんといっしょです」
姫を連れて行こうとするも抵抗される。子供とはいえど鬼。自分と同じくらいの怪力で抵抗される。仕方ないから、『先払い』を使って妖気を追加する。プリペイドは自分に使った際に妖気の回復と一時的な身体能力の向上を付与する能力。これによって姫鬼姫を簡単に持ち上げられた。
「良いから行きますよッ!」
「いやッ!」
姫鬼姫が叫んだ瞬間。強化したはずの身体能力が元に戻った。それどころか妖気も纏えなくなっている。
だが既に持ち上げた後、何かに掴まれない限り運べる。そのまま階段を登って四階に足をつける。
「ッ!?」
目の前に笹原さんの生首が浮かんでいた。驚きのあまり俺は腰を抜かしてしまい、姫鬼姫を落としてしまう。笹原さんとはお師匠経由で交流があった。天山緋麿の弟子で最も交流のあった人だ。それが生気の感じない生首になって現れたら誰だって恐怖する。
その首の断面からは生々しく血が垂れている。明らかな死体だ。そして死人の口が開いた。
『「みぃぃぃいつけたぁ!」』
そのまま生首は俺に向かって勢いよく突進してきた。
僕はそれを咄嗟に回避する。そのまま壁に激突して壁のシミとなった。血と肉片、脳みそ、頭蓋骨の破片、眼球、それらが床に散らばった。間違いなく誰か能力で操られていた。こんな悪辣な能力使いを僕は知らない。つまり、敵ッ!
「誰だぁぁああ!チクショぉッ!」
そこにいきなり男が現れた。それも角を生やしたプラチナヘアを肩まで伸ばした色白い男。明らかに北欧系の人種だ。
こいつが笹原さんを弄んだのか!
「何者なんだよッ!テメェはッ!」
「名乗るほどじゃあねぇんだわなぁ。特に雑魚と雑兵には一々名乗られねぇんだよ!この白鬼様はなァア!」
健と影村寿雄が荼鬼と戦ってる最中。アルも戦闘を開始した。
Scene2
白鬼って名前は聞いたことがある。
お師匠曰く、ここ数年で序列十位のメンバーになった天才。間違いなく怪物だ。
「目的は何だ?姫か?」
「それもあるんだが、俺がわざわざやる理由がない。最終的にプリンセスは誰かが捕獲する手筈だ」
「つまり、」
ごくりと唾を飲み込む。コイツは戦闘を目的としている。僕の実力じゃあ逆立ちしても敵わない。怪物。
「殺しまーすぅ」
「姫ッ!逃げろ!」
白鬼は直線上に距離を縮めて来た。その拳に迷わず妖気を纏った腕でガードするも、そのガードごとぶっ飛ばされた。
何で破壊力。今の一発で腕の骨にヒビが入った。しかもあれは妖気を纏わない純粋な腕力によるものだ。
「ぐっばあ」
吹っ飛ばされるがままに壁に激突する。こちらも反撃を模索するも、白鬼の圧倒的な初動の速さに追いつかない。両腕で顔を守るに白鬼の連続ジャブを受け止める。さっきもそうだが、奴の単純な攻撃力は妖気を込めた守りすら上から上回る威力だ。このままではいずれ限界が来る。
「ねぇ!カウンターとかねぇのかよ!一方的なのはつまんねぇんだよ!せっかくの一対一なのによ」
白鬼はそう言いながら、蹴りを横から喰らわしにきた。壁に突き刺さる足、それを壁を破壊しながら素早く僕の横腹を蹴りぬく。
床を転がり、また次の壁にぶつかる。今の蹴りで胃の中の食料が口から全て吐き出た。
「ぉろろらぅぉろろろろろろろろろろろろろろ」
初めて見る自身の吐瀉物の汚さ、口の残る気色の悪い味。何もかもが初体験だ。姫鬼姫はすでに逃げたみたい。僕もここを離脱しなくては。
「うぇ↑汚っねぇええなぁ、これくらいで吐くなよ」
「軟弱ですまないねぇ」
「目から戦う意志を感じない。何、逃げる気?。逃がさなぁいーいにきまってるだろ」
白鬼はまたしても近接格闘に持ち込む。その技術、速度、威力何をとっても付け入る隙がない。ただ一方的に殴られる。だが、意識が落ちない。
「悲鳴出せよ!オラァ!」
これは明らかに僕を痛ぶるために、手加減している。つまり打開する隙はある。『後払い』だ。これを使えば『先払い』同様の効果を手早く発動できる。ただし、一ヶ月後に使用した分の妖気が強制的に消費される。消費によって妖気が尽きることは死を表す。その為、あまり使いたくない手段だ。
「ざけんなヤァ!」
ここでプリペイド5日分でクレジットを使用する。力と妖気がみなぎる。素早い白鬼の連続攻撃の下を潜り抜け、白鬼にアッパワーカットを喰らわした。
「これだけ?反撃は」
だが効いていない。しかし、この能力はじわじわと付加される。このまま押し切る。
「まだまだッ!」
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!テンションの向上に伴い。攻撃が苛烈になる。
「おっそ」
全ての攻撃をぬらりくらりと回避される。当たれば確実にダメージを見込めるというのに。なんて恐ろしさだ。これが序列十位の実力。
「もっと、こうさぁ。手数じゃなくて当たるつもりで来なよ!情熱足りないなぁ」
「情熱はこれから燃やすもんでしょ!」
「そら、そっか。まだ闘争は始まったばかりだもんなぁ!」
そう言いながらも、僕の攻撃が当たる気配がない。ならもっと速度を上げる。クレジットをもう2日分使用。まだ取り返しのつく段階だ。
「ああ!そうだ」
現実のクレジットカード同様、この能力にも最低限の使用制限がある。これを仮にリミッターと称しよう。これを超過すると来月の支払いに足りない可能性がある。現在のリミッターは残り13日分。ここまでは使えるが、全て使うと、今月中に再び戦闘があった場合に不利になる。
動きが明らかに早くなる。これなら
「おっそ」
届かない。
「反撃して良い?全力で防げよ」
7日分のクレジットで強化された身体能力を持ってしても白鬼のその動きに対応できなかった。
壁にめり込む。白鬼の足を上げたポーズから辛うじてアイツが蹴りをしたのは分かった。
白鬼が消えた。刹那、腹部に強烈な一撃だ。壁を突き破り部屋に転がる。
「クソが!ここまで!ここまで差があるのか!」
自分でももう気付いている。白鬼は能力を使ってない。いや、僕に対して使う気が微塵もない。
「俺が能力を使ってねぇと思うだろ?その通りなんだが、俺はお前にも同じことを言いたい。戦う気あんのか?」
「ッ!?」
「能力使ってくれてるんだろうが、俺相手に命懸けてないよな?俺から言わせて貰えば、舐めるな三下。ここはもう戦場なんだよ、格下が格上に挑むのに、いつまで事なかれ主義気取ったんだ?」
白鬼の言い分は正解だ。僕はここでの戦闘を最低限のコストで済まそうと考えていた。その考えは捨てだ。今はただコイツの能力を拝んでやる事を考えよう。
「ああ、許してくれ。これがマックスだ」
クレジット13日分使用、制限限界。
現状可能限りのマックス状態。
「・・・あア、少しは楽しめそうだなァ」
素早いパンチで白鬼の顔を狙う。流石の白鬼もさっきまでの攻撃速度とは数段開始早いこの攻撃には反応が遅れた、しかし、それでも片手で捌いて見せる。そのままカウンターのパンチを繰り出してくるが、妖気でガードする。
「効かねぇ!」
「確かにさっきよりは動けるか。なら、加速するぞ」
白鬼は視界から消えた。もはや目では追えない速度だ。妖気レーダーを展開する。おおよその動きは分かるがそれでも反射神経が追いつかない。
「なら、こっちも加速するだけだ」
白鬼は僕を確実に殺すために動いてきている。ならば、ここは僕も走って攻撃を誘い出す。
素早く部屋のドアや壁を破壊しながらフロアを駆け巡る。すぐ後ろには常に奴のありえないほどにデカい気配を感じながら、もうこのまま逃げてもいいかとも思う。いや、ここまでされたら、一矢は報いたい。
白鬼は目の前に回り込んできた。僕と奴には圧倒的スピード格差がある。
「鈍いなァ!もっと早く走れねぇのか!こんなんじゃアサルトライフルで蜂の巣だぜ」
「基準がそれじゃねぇんだわさ!」
白鬼目掛けて、拳を振り下ろす。もちろん、それを当たってくれるほどの優しさは奴にはない。だが、このまま妖気を纏った拳はフロアの床をぶち抜いた。
白鬼は落ちながら、邪悪な笑みを浮かべる。それ上から見下す形になる。
「ケヒィッ!いいね!もっと見せてよその力ッ!」
目的を再設定する。ここで奴の能力を目撃する。勝てないのは既に理解している。だったらせめて情報を手に入れてみせる。倒すのは僕である必要はない。
僕も白鬼に続いて三階に降りる。白鬼は早速、徒手空拳の形に持ち込む、鬼の上位格のフィジカルにかろうじて喰らいつき、攻撃を捌き続ける。
こちらからの反撃の隙を窺うがそれが一向に見えてこない。むしろ白鬼はあえて捌きやすい攻撃を仕掛けているのではと錯覚する、いや、実際にそうしているのだろう。20日分の妖気を使った強化すら物ともしないこの強さに心底絶望する。
「おいおい!これがマックスなんだろ!もう初めの頃の負け犬根性に戻ってるぜ!もっともっと熱くなれよ!なぁッ!」
「るせぇなァ!」
「ッ!?」
僕は白鬼の攻撃を初めて掴んだ。そのまま奴の顔面に蹴りを喰らわせる。白鬼はそれを受けて多少よろけるが、ダメージが入っている様子はない。
「サービスだ。サービスぅ」
「知ってるさ、そんなことは」
コイツがそんな大ぶりの攻撃をわざわざ回避しない理由が見当たらない。つくづく面倒な怪物だよ全く。
「そろそろ能力を見せてくれたっていいんじゃあないか?」
「駄目だね、値しない」
「なら、そこまで至って見せるだけだな」
拳を構える。お互いに深くは踏み込むことをせずに距離を測る。正直、これすらサービスだろう。白鬼からすれば、この距離を一気に縮めることに何のデメリットはない。仮に僕からの攻撃を受けても、さっきみたいにダメージが入ることはないだろう。
「カモン、カモンッ!」
白鬼は手を仰いで煽ってくる。これは僕からしたらいいチャンスだ。一気に攻めさせてもらう。
Scene3
戦いが終わったらお師匠と一緒にタヒチにでも行こう。温かい日差しを浴びて、ゆっくり過ごすんだ。そしたらいつもの日常に戻る。秘書の運んできた資料に目を通して、ハンコを押す。面倒だけど、高校にも戻って、大学にも進学しよう。そして戦いから距離を取るんだ。
「何、白目むいて現実逃避してんだよぉ!」
床に力尽き転がる僕を白鬼は軽く蹴り飛ばす。ここで全力で来られれば今頃壁のシミだ。
結果から言えば、全力を出しても手も足も出なかった。
僕に対して能力なんて使う事もせず。
「ぐはぁ!」
「分かってんだろ!お前じゃあ俺と勝負にならないんだってッ!それに俺以下の高鬼にも到底敵うはずねぇんだよ!何しに来た!戦場によぉ」
白鬼は胸ぐらを掴み。僕の顔面を何度も殴った。殺すつもりはないただ痛ぶるための攻撃。意識が落ちてくれない。もう楽になりたい。
「お前は自分が弱いって理解してるくせに!戦場にノコノコと出て来てんじゃあねぇよ!信じる者は救われるとか、水兵リーベー僕の船とか、そんなくだらねぇモン大事にしてるだろ!ここぁ戦場ッ!強者と狂者の遊園地!テーマパークなんだよ!ガキがジェットコースターを楽しむ様に!俺たちが殺戮を楽しむ!そういうところなんだよ!ここはよぉ!」
白鬼の絶叫の様な説教が耳毛を震わす。打撲と骨折。もうそれに対する痛みはない。無の極地に至る。
「なんか反論してみろぉ!起きろ!ウェイクアップ!アルバート黒崎ィイ!」
「ッ!俺は黒崎アルだ!」
お師匠が名付けてくれたその名前だけは絶対に否定させない。させてたまるか!僕は力を振り絞り起きあがろうと体を持ち上げる。
「それだけかよ、反論は。つまんな」
白鬼はしらけた様子で僕の頭を蹴り飛ばし意識を刈り取った。僕はその場に倒れ伏した。
Memory2
影村寿雄は先生になった。あの後、父と意気投合し、僕に勉強を教えてくれるようになる。まるで実際に生きていたかのように、近代の歴史を語り、その国に住んでいたかのように流暢に様々な言語を扱う。
「今日は日本語のお勉強だよアル」
日本語の教科書を手に持った先生はもう片方の手で持った教鞭で机を叩く。
「教育的虐待では?」
「ごめん、やってみたかっただけ」
この人はすぐにふざける。しかし、教え方は上手いので勉強の成果が記憶にくっきり残る。今思えば、これも能力の一端だったのだろう。その頃ではまだ気付きようがない。
「日本語ってどうしてこんなに難しいの?直接的じゃない表現が多いだけど、、、」
「うーん。言葉は性格の色。それぞれに色があるの。その色を見極められないと、言葉の本当の意味は分からない。その色が日本はただ多いんだ。だから、難しく感じるのかもね」
「へえ」
「ワシは昔、色を見ようとしてこなかった。世界には自分の色しかないと思ってた。だから過ちを犯した」
「過ちって?」
「君にはちと刺激的だね。大きくなったら教えるよ」
先生の過ちとは一体?大人になった今でもまだ教えてもらってない。いや、あの時のは口から出まかせで本当は言いたくないのかもしれない。
「はぁーい」
「アルはいい子だね」
そんな日常を過ごし二年。父が癌で亡くなった。財閥の管理は母が取り代わり、一五になったとき僕に譲られることになった。それまでの間、僕と先生は旅に出た。
その旅の最中、僕は妖気法を教えられた。そして、僕にとって先生はお師匠に。その能力の全てを知った。その上で確信した。お師匠は最強の妖気法使いである事を。
Scene3
10月25日23時30分
目が覚めると壁にもたれ掛かってた。掠れた目ではっきりとは見えない。だが、さっきとは景色が大きく違うことには気付いた。館が燃えている。
「ようやく目が覚めましたね。黒崎アル」
「あん、たは確か」
うっすらとは言え、見覚えのある鬼の存在に気付く。確か、数時間前に会議の場に居た
「はい、水鬼です。私も白鬼に手痛くやられてしまいました」
「ッ!?」
そこで気付く、水鬼の右腕が欠損しているのだ。現実で初めて見るそういう大怪我は自身の恐怖心を加速させる。山門健の際には腕を切断したことは知っていても、見た訳じゃあない。彼女が初めてだ。
「何があった、、?」
「この館の地下は通路があります。私はそれを使って来たのですが、そこで白鬼と交戦しました。勝てないのは理解していたのですが、まさかあれ程まで差があるとは」
彼女は高鬼序列第九位、それに対して白鬼は第八位。たった一位の差でも大きく差があるのか。その鬼の陣営の層の厚さには驚愕するしかない。
「あなたの方は白鬼の分身に敗れたようですね」
「ッ!?分身」
「ええ、白鬼は能力を使って自分の二分の一の実力を持った分身を生み出すことができます。分身を二体作った場合はさらに実力は劣化します。まぁ、おそらく一体しか作ってないと思われるので、それにあなたは襲われた」
そんな残酷なことはあって良いのだろうか?僕は奴に対して可能な限りの全力を出し切った。それでも届かなかった。
「まだ戦いは終わっていません。一度負けたからと言って脱落するわけじゃないです」
やはり戦闘はすでに始まっているのか。こうなれば殲滅されるのも時間の問題。僕の思うに白鬼はこの陣営最強の夜海よりも数段強い。山門健と彼女のペアが揃って勝てるかどうか、満身創痍は避けられないな。
「敵の最低戦力にすら勝てませんぜ。僕は」
そして気絶によってクレジットの効果が消えた僕は武装した小鬼にすら勝てるかどうか。
「あなたの能力はサポートとして有力です。後何枚持ってます?例のカードは」
例のカードとはプリペイドの事か?しかし、あれはもう全部お師匠に渡してしまった。
「残念だが、手持ちはもうない。お師匠から返してもらうしかな」
「作れないのですか?」
「残念ながら」
今の妖気残量では不可能。仮に作れても、この戦場で使うとなると、来月の返済に影響する。要するに作れば死ぬ。
「理解しました。アテが外れましたね」
顔には出していないが明らかに落胆を見せている。だが、勝手に期待されて、勝手に失望されても困るだけだ。
「まぁ、妥協します。私も同じくすでに戦力外ですし」
そう言って失った右腕に目線を落とす。確かにこの戦場では欠損は大きなハンデになる。
「どうするつもりだ?負け犬二人だ」
「姫鬼姫をこの場から救出します。幸いにも、白鬼は茜月夜海が戦闘中、黒鬼は影村寿雄が対応しています」
「待て!お師匠が戦ってるのか!」
「ええ。今より数分前に山門健が、白鬼の攻撃で再起不能。直後に影村寿雄はこの館に突入しました。この館に触れると誰がどこにいるかが分かりますので、戦況が分かります。ですが、双方とも時間の問題でしょう。ここは姫鬼姫を連れ出すことだけを考えてください」
「待て待て、情報量が多すぎる!」
この館の性質も気になるが、山門健が再起不能?お師匠が戦闘してる?最後に戦闘してる姿なんて十年近く見てないんだぞ。
「ここでアナタにゆっくり考え事をしている時間はありません。早めに頭の中を整理してください」
分かってる。今は陣営を生かすことを考えた方がいい。お師匠も私情では動かない。だから、僕がすべきなことは敗者としての立ち回り。
「整理した。作戦は?この負け犬同盟の」
「気に入らない名前ですね」
「事実だろ?」
「認めます。これから私たちは館の外に出たであろう姫鬼姫を探し出すことです。他の鬼よりも早く。幸いにも現状の私よりも強い鬼は皆この館に居ます」
「それは良かった。なら、ささっと行こう」
夜はまだ明けない。
それまでは完全に勝負はつかないのだ。
白鬼がひたすらに暴れる回ですね。まだまだ戦いは続きます。なんか、過去描写でどこまで描くか迷いすぎたり、タイトルで迷ったりしました。
解説
アルのレベルは英雄級下位相当です。クレジット20日分仕様でようやく中位から上位の間くらいですかね?それに対して白鬼分身は英雄級上位から怪物の間ぐらいです。水鬼の発言に反対の二分の一と言いましたが、それはあくまで能力が使えないからです。
次回はあのペアの番です。
次回 10話 マールボロ
多分タイトル変わらない。
10月25日23時15分
燃える火の手から天山緋麿以外を解放した。致し方ないこのまま見殺しにするのは自分の良心が許せなかった。
『夜海は偉いなぁ、優しいなぁ』
ノイズになるその声を振り払う。
「今はただ、私は私の為すべきことを」
あの荼鬼には相性も悪く、敗北を喫したが、他の鬼であれば問題ない。現状の目的はこの場からの生存と、少しでも多くの敵戦力を削ぐこと。奇襲を仕掛けられたのなら、紅鬼がいない可能性のが高いのだ。
「夜海ちゃん勘違いしてると思うけど、ワシをここで拘束してても意味がないぜ、ガハハハ!!ワシの能力は切断系。この糸は腕力で千切るという行為に対しての耐性は高いようだが、切断するという行為に対しては弱い」
「やってみます?切った瞬間からまた縛ります」
「そしたら、夜海ちゃんが下着まで使い切ってすっぽんぽんになるまで切り続けるだけや。チキンレースはワシのが有利やな」
「試します?こんな能力を作った時点で私が殿方に裸を見られることを恐れているとでも?」
『夜海は綺麗だな。その肌は絶対に傷つけちゃあダメだよ。価値が崩れるから』
裸なら子供の頃に散々あの男に見られた。今更見られても何とも思わない。
「なら、三二一で行こか。三二一やで。スリー・ツー・ワン」
天山のおじさまの能力の発動と同時に、大きな揺れが起こった。何か得体の知れないヤバいものが突撃してきたようなそのレベルの揺れだ。咄嗟のことで反応できなかった。天山のおじさまは糸を切断すると同時に、窓から飛び出し背中の翼で滑空し逃亡を図る。
「しまっ」
袖の糸を伸ばしても間に合わなかった。天山緋麿に逃げられた。
「ッ?!?」
怒りに任せて汚い言葉を出すことはないが、手は出た。拳を壁に叩きつける。木製の壁だ簡単に破壊できる。
「お手手大丈夫?お姉ちゃん」
背後から声が聞こえた。幼子の声だ。この館にいる幼子は一人だけ。
「ッ!?姫鬼姫どうしてここにいるの?」
いやそんな事は考えてる場合じゃない。この子は今回の同盟における要。まだ妖気による煙の無力化も使えないはずだ。ここから逃さなくては。
「お兄ちゃん探してて」
顔を俯かせながら、目的を答える。ここでの兄とは山門健のこと。彼なら外だ。でも、おそらくこの被害を出した鬼に既にやられてる。
「分かりました。あなたを外へ連れ出します」
現状はそっちのが安全だろう。服のほとんどを糸に変え姫鬼姫を繭状に包んだ。これなら大抵の物理攻撃は通さない。
「ちょっと揺れますよ」
流石に、戦闘時以外に下着姿は恥ずかしいが、背に腹は変えられない。繭を持ち上げ、そのまま窓から投げる。あの繭なら落下の衝撃すら入らないだろう。
「偉いねぇ。戦場から幼子を逃すなん、て」
事が終わった直後、再び背後から声がした。男の声だ。そこにはプラチナヘアの鬼が立っている。明らかな強者。
「あなたは?」
「淑女とは思えねぇな。婚姻前の女が男の前に裸晒すなんてよぉ。せめて恥ずかしがるぐらいしてくれりゃあ、可愛げあるのにな」
「名前を尋ねてるんです。会話もまともにできない人と認識していいんですか?」
「そりゃあ困る。俺の名前はアルノルド・ローキンソン」
鬼が本名を名乗るのは一部の例外を除き、特別な意味を持つ。
「そちらの名前を名乗るですね。鬼さん」
鬼が本名を名乗るのは一部の例外を除き、特別な意味を持つ。
「いいじゃあないか。仲良くしたんだよ。君とは」
「遠慮しておきます。こう見えても貞操観念はしっかりしてるので」
「まぁいいや。本気でやりたいから着て来ていいよ。服」
「私が逃げる事は考えないのですね」
「逃げたらプリンセスを取りに行くのことを、そっちが理解出ると思ってるからね」
コレは負けられないですね。




