6話 東京連続殺人事件簿その五 停滞の捜査、進むとき
物凄く時間が掛かりましたが何とか書き終えました。
ですが内容はそこまで面白くないとおもいますが、伏線を張る回なので乞うご期待。
7月20日
それはいつもと同じただの殺人事件だと考えていた。現場は人気のない空き地。夏休みにここに野球をしに来た小学生たちが、その遺体を発見した事で事件は始まった。そこでパニックになった小学生たちの悲鳴を聞いた当時巡回中の交番勤務の警官が駆けつけた。それから、本部に召集が掛かり私と郷田と花咲の三人はいつもの様に現場に駆け付けた。小学生たちには保護者同伴の下、聞ける範囲の事情を聴いているらしい。
「これはひでぇな。鋭利な刃物で何度も、必要以上に徹底的にやってやがる」
「こんな御遺体は滅多に見れない。犯人はどれだけの恨みがあったっていうんだ」
男は死亡時に財布の中身が抜き取られていない点などから考えると、金銭目的じゃなくて単純な怨恨によるものの可能性のよる高い。
「それに手首を見て。死後に一本、縦に線が入れられているわ。何の意味が?」
男の死体は背部を深く刺されたあと、23回程浅く刺されて死んでいた。その後、身体を表に向けられて、手首に一筋の切込み。
「分からんが何かのマークか?」
「この傷は致命傷とは違って感情に任せたのとは違って冷静に付けた傷な気がする。でも、この傷と他の傷は付けられてからそこまで時間が経っていない。人を殺した人間が冷静になるには短すぎる」
「じゃあ、この場にもう一人別の人間が居たってこと?」
「いや、まだ分からない。可能性としては考えておいた方が良いかもしれない」
私たちはまず被害者の人間関係を調べる事となった。そうして、被害者について様々な情報が手に入った。
男はただの会社員で、上司からの信頼も厚くもうすぐ昇進も決まっていた。それに加え、職場での態度も上々で他の同僚との人間関係も上手く行っており、会社外では5年付き合っていた女性と婚約が決まっていた。まさに順風満帆の人生を歩んでいたが、ある男と出会った、いや再会した事で彼は堕ちた。
工板九坂30歳。それはある日の夜の事だった。彼は上司や同僚とある居酒屋で飲み会をしていた。それは長く続いたプロジェクトの終わりを祝った打ち上げであり、その主役として工板九坂は調子に乗ってしまったと聞いた。二次会の会場へ向かおうと店を出ると、彼の昔馴染みの知り合いである木伐帆群と偶然遭遇してしまった。
それをきっかけとし、アルコールで十分に酔った彼は木伐帆群を卑劣な文言で罵倒、その末に逆上した木伐帆群は彼の頬を殴り、そのまま店の前で押し倒し何度も彼の顔を殴ったらしい。その後は警察が介入し木伐を暴行罪で捕らえた。その後は彼は事のすべてを知った上司に見限られ、昇進は取り消し一週間の自宅謹慎を言い渡され、婚約者にも振られたらしい。アルコールが人の本性を現すと言われているが、まさかここまでの卑劣な本性を隠し持っているとは誰も想像していなかったのだろう。
それから数日後に工板九坂は何者かに殺害された。
これらの情報から私達捜査本部は木伐帆群を容疑者として、任意で事情聴取する事になった。しかし、木伐はあくまでも容疑を否定し続けた。結果、何の証拠も出てくる事は無く木伐は解放された。そして、最初の事件から一週間後の出来事だった。
7月27日
別の事件が発生した。朱会真理。都内にある大学で経営学を学んでいた女学生である。ことの発端は彼女の両親からの通報であった。夜が明けても家に帰宅する気配が無く、その後も大学にも来ていない事を心配した親が警察に相談、捜索が行われてからすぐに彼女は変わり果てた姿で発見された。首元をナイフで裂かれて殺されており、手首には縦に二本の切り傷と、パソコンで文章を入力されたコピー用紙が置かれていた。
『7月20日は始まりにすぎない。この8月10日に三本傷が現れるだろう』
木伐帆群には完璧なアリバイがあった。事件発生当時は警察で事情聴取を受けており、犯行が不可能であった。
「という事は、工板九坂の事件もこの事件も犯人が適当に選んで行えわれた犯行って事?」
「そういう事だ。俺たちはとんでもない冤罪を着せるとこだった。謝罪だけじゃあ済まされないぞ」
郷田の言う通り、我々警察は証拠もなしに動機だけで1人の人間を長時間拘束してしまった。この事実は不動のものとなった。
「でも、何か怪しくないか?犯人は何故この書置きをここに残したんだ?まるで、容疑者を一人に絞らせない為にしているんじゃあないか?」
「つまりアレか?この犯人はわざと二件目を起こして、木伐を容疑者から外したかったって事かよ?」
「仮にそれをしてこの犯人に何のメリットがあるのよ?」
「分からないが、何かの弱みを木伐に握られているとかじゃないのか?」
「でも、そんな根拠の乏しい理由じゃあ、木伐帆群を拘束できないでしょ?。必要なのはそれを紐付ける物的証拠よ」
「それは十二分に理解しているけど、ありゆる可能性全てを考慮しなきゃ、この事件は解決しないだろ」
「いや、紗由枝の言い分のが正しい。可能性だけじゃ犯人を逮捕する事は出来ない。今出来るのは犯人が同一だろうが、別々だろうがソイツを見つけ出す事だ」
念の為に朱会真理の人間関係を含めた捜査は行われた。彼女は小中高通して特に目立った問題行動は起こした事は無く、成績もそこそこ優秀で指定校推薦で現在の大学に合格したようだ。高校時代はサッカー部でマネージャーをしており同部活の副部長と交際していたが高校卒業と共に別れており、大学では同サークルの先輩である柄前泰我と交際関係にあるがその仲は至って良好であった。しかし一部の女性から恨みを買われている様だが、彼女らはみなアリバイがあり犯人にはなり得ないと判断された。念のために柄前泰我には事情聴取したが、その時間は別の女性とホテルに宿泊していたという完全最低なアリバイがあった。先の女性たちは柄前泰我が朱会真理と交際する前に同時に交際して者だったらしいが、彼女と交際する際に彼が誠意として振ったらしい。まぁ、浮気していたが。
その後の調査を進めていくが工板九坂との接点は一切なく、二つの事件の関係性は不明である。仕事を終え家に帰る前に近所のコンビニエンスストアで煙草をカートンで購入したが、三日後には半分無くなっていた。
8月10日
予告通り、被害者が出てしまった。私達は犯人を捕まえる事が出来なかった。発見されたのはタクシーの中。停車しているタクシーに乗り込もうとした女性はその様子に違和感を感じた。いくらドアをノックしても中の中年ドライバーからは一向に返事が来ない。気になった女性は運転席の方のドアを開けた。鍵は掛かっていなかった。そして、ドアが開くと同時に男性はそのまま滑るように外に倒れた。男性は首をロープで絞められ、窒息死させられておりその手首には縦に三本の傷が付けられていた。
「畜生ッ!俺たちがグズグズしているばかりにこうしてまたッ」
「落ち着けよ哲彦。今冷静さを欠いたら犯人の思う壺だ。一旦冷静に状況を確認するんだ。今回最も注目するべき点は殺害に用いられたロープ。長さ太さともに一般的な物だが、こんな品を態々買う奴は限られてくる。ここ一か月の購入者を片っ端から当たれば、何か手掛かりが掴めるかもしれない」
「そうだが、たかがロープと言えど、膨大な件数になるだろ?それに数年前に購入した可能性もある。やる価値はあるかもだが、確実じゃあない」
「でも、やるしかないだろ?」
「そうね。他にも何か手掛かりになりそうな物はいつも通り何一つ残されていないもの」
花咲の言う通り先の二件は証拠となる物が一切現場に残されておらず、現場は防犯カメラからの完全な死角になっており、周辺のカメラには被害者の映像はあっても、犯人の映像は一切残されていなかった。一切だ。こんな事はあり得るのだろうか?いや、実際にあり得ている事が恐ろしい。
今回もいつも通りに被害者の人間関係を調査するが、無差別的犯行ならばこれも無意味であろう。
支座鷹成は高校卒業後から都内のタクシー会社にドライバーとして入社。それから約40年以上、客の足として運転していた。両親は共に既に他界しており、家族は妻と娘が三人。三人とも既に結婚しており、それぞれ子供が居る。親戚に弟夫婦と姉夫婦とその子供たちが居るが、ここ数年間会っていない。会社内では後輩との関係も良好で、人から恨みを買われるような事は無かった。一昨年の末に母校の高校の同窓会があったらしいが、そこでも特に人から恨みを買うような事は無く、ただ古い友情を確かめ合ったらしい。
やはり犯人の無差別的選定で殺されたと考えるのが正しいのであろうか?だとしたら犯人の目的は何なんだ?それを考えながら、今日も煙草の空箱を一つゴミ箱に捨てた。
ロープの方も調査したが犯人に繋がる物は出てこず、無意味に終わってしまった。
既に三人の被害者を出しているのに、犯人を特定する事が出来ていない。報道などでは警察叩きが過激になっており、一部の心無い言葉で何人かの刑事が病んでいる状況である。正に『停滞』。捜査に進展がないままにカレンダーの日付はめくれて行く。
8月21日
またしても犯人を捕らえる前に犠牲者を出してしまった。
事件の発覚は夕方に学校帰りの男子高校生たちが路地で偶然発見した。被害者は買い物帰りの主婦でエコバッグの中には今晩の晩御飯になるはずだった食材たちが詰め込まれていた。死因は頭部をハンマーなどの鈍器で殴打されたことであり、頭蓋骨に大きな陥没が見られた。手首には縦に一本そして隣にⅤの文字が刻まれていた。今までの傾向から考えるに犯人は自身の犯行の証拠としてローマ数字によるナンバリングを行っていた事が分かる。
「後頭部を一撃で仕留めてやがる。この犯人段々と殺人が慣れてきてやがる」
郷田の言う通りだ、この薄暗い道とはいえど被害者は犯人に気付く間もなく殺されている。相手に一切自分の存在を悟らせない様に背後から近づくなどの芸当は犯人が殺人に慣れてきた証拠である。このまま野放しにしてしまうと、より殺人の効率が上がって被害者が今以上に増加する可能性がある。
「前回ので予告が無かったから、これからも予告なしに行われる可能性が高そうね」
花咲に至ってはどこか他人事の様な口ぶりである。一般の人に今の台詞が聞かれたらクレーム物だろう。だが、彼女の様に解決を諦めかけている刑事は多い。その中には解決自体を完全に諦め自然と止まるの望んでいる者もいる。私はまだこの事件の解決を諦めきれていない。事件の捜査を続けて行けば必ず犯人に辿り着けるはずだ。
そう思いながらも胸ポケットから煙草を一本取り出して、それを吸った。
「被害がこれ以上拡大する前に犯人を捕まえたいな。そんで、ささっとこの胸糞悪い事件を解決したいぜ。お前もそう思うだろ?」
郷田もまだ解決を諦めていない。コイツは昔からそうだった物事を諦めた事がないのだ。決して妥協しない。
「そうだな」
私は短く返事を返して、再び煙草を吸った。
被害者の名前は梅原幸江。彼女の夫はただのサラリーマンで給料は平均的であり裕福な家庭ではないが子供が三人おり、長男が今年私立大学に入学、長女は高校受験の滑り止めで合格した私立高校で二年生、次男は今年の冬に高校受験が控えている。その為、主婦だが昼の間は近所のスーパーマーケットでパートとして働いており、その給料を家計の足しにしている。職場の他のパートやアルバイトの人からは、良い人程度の認識で同僚以上の関係には至っていない様子。それで、これと言った怨恨の類は確認できなかった。更に調査を続けると梅原幸江は大学に通う前まで、九州の福岡に住んでいたらしく、彼女の同郷の友人に聞き込みをしたら、学生時代はカースト的には上に位置しており、いじめの様な事をしていたグループの一人であったらしい。彼女がその件にどこまで噛んでいたかは分からなかったが少なくとも被害者である同郷の友人は彼女の事を恨んでいないと言っていたし、アリバイもあった。
事件が増える度に被害者たちに関する捜査資料は増えていく。その隣置いた灰皿には既に三本分の煙草の吸殻が捨てられていた。
9月12日
二週間以上新しい事件が起こらず。犯行が止んだと思い、東京全体が安心し始めた矢先、通報があった。それによると被害者の手首にはⅤの文字が刻まれていた。この事は情報公開していなかった。もしも模倣犯が現れ事件の擦り付けが行われれば増々捜査は混乱してしまうと考えたからだ。だが、前回の事件の際に第一発見者であった高校生のうちの一人が、SNSのショート動画投稿アプリにて被害者の共通事項は『手首に刻まれたローマ数字』であると公開してしまった。その動画はすぐに炎上、削除させたが、内容はネット上に拡散されてしまった。その頃辺りから世間ではこの一連の事件を『東京連続殺人事件』と呼称するようになった。
今回の被害者は飯塚刀蔵。これを一連の事件と仮定すると彼は今までの被害者の中で最高齢である。殺害方法は腹部をナイフで刺されており、そのまま出血死している。彼は五年前から重度の認知症を患っており、家族に老人ホームに入れられた。だが度々、施設からの逃亡し家に帰ろうとする行動を起こすが、家の場所を覚えておらず、その度に職員たちが必死に探し出して連れ戻したが今回も同様に施設からの逃亡を行い、職員が捜索すると遺体となって発見された。
「ひでぇよな。この爺さんはただ家族に会いたかっただけなのに。無惨にも殺すなんて」
郷田は被害者の遺体を見て、同情の言葉を漏らした。その言葉が心に響いている者はここに何人居るのだろうか?多くの者は犯行が再開された事に絶望している者の方が多いのではないのか?
この事件は確かにひどいし胸糞も悪い。しかも、これが本当に一連のと同じ犯人なのかすら分からない。もしかしたら、この老人の家族が遺産目当てに殺し、犯行を装ったという可能性もあり得る。その場合ならば更に闇深いものと化す。
「殺人は常に無常だ。犯人が被害者に対して慈悲を持ち合わせる事は無い。だから私たちが出来るのは犯人に償わせる事で被害者の魂に安らぎを与えるだけだ。弔うのも憐れむのも泣くのも私たちの仕事じゃない」
郷田の言葉に対して冷たい言葉で返してしまった気がする。
この言葉に対する返しは誰からも発せられなかった。ただ言葉が空回りして虚空に消え去る。
私は煙草を吸った。
その後に調査で被害者の周りの人物の多くがアリバイを証明できた。その事からこの事件を五件目として仮定した状態で捜査する事になった。
既に最初の事件から二ヶ月以上経過している。被害者たちの魂に安らぎを与える事は出来るのか?私にはこの事件の行く末が見えなくなってきた。せめて、希望の光がほんの少しあれば、それに向かって歩けるというものなのに。
9月24日
通報があった。通報したのは両家の親たちだ。一組は高校二年生の娘のもう一組はその娘と交際していた男子高校生の親たちだ。
二人は祝日を利用したお出かけいわゆるデートに向かったきり日が沈んでも夜が明けても太陽が真上に上っても家に帰ってくる気配がなかった。学校側から家に所在の確認の電話がきて学校にも行っていないらしい。流石の両家も相談して我々に通報してきた。正直に言ってもう少し早い段階で通報して欲しかった。未成年の親としてはあまりにも無責任すぎる。どのみちこの最悪な発見は免れなかったが。
二組の母親に話を聞いていると、後藤が部屋に入ってきて、以下の事を私に耳打ちで伝えた。
「雲母丹保、弾到江樹の両名が遺体で発見されました。昨日の夜に何者か殺害されたようです。そして、雲母丹保の手首にローマ数字の6の文字が」
しかしながら、母親は子供の為となると力を発揮するようで、後藤の耳打ちを一言一句聞き逃す事は無かった。そのせいでその場に泣き崩れてしまった。
知らせを聞いた私は二人にも連絡して、急いで現場へと向かった。ホテルの立ち並ぶ区の裏路地で両名は発見された。彼らの姿を最後に捕らえたのはホテル近くのコンビニエンスとアでゴムを購入している姿だった。死亡推定時刻からするに彼らは店を出て三分もしないうちに殺害された事が判明した。
雲母丹保の方は脚の腿を刃物で切り付けられて、首を力強く絞められた事で殺された。
弾到江樹の方は右手の甲にナイフを刺された傷と、胸をナイフで刺された事で殺されていた。両名の手は互いに恋人繋ぎしているが、そこに力は感じられない。犯人が殺害後に握らせた可能性が高い。それをした理由は不明。
両名は学校内でも有名なバカップルだったらしい。二人は付き合う前から他の異性からモテていて朱に三日のペースで告白されていたらしい。それから半年して二人は共通の知り合いを通して出会い、互いに惹かれ合い、どちらが告白したかは分からないが付き合い始めたらしい。誰も認める公認カップルになっていたらしい。まぁ、怨恨の類は多少はあると思うが、ソイツらのアリバイは容易に証明されるだろう。
前回の事件はまだ五件目であると正式発表していなかった。それはまだ確定ではなかったという事と、もし次の事件が6の文字ならば確定出来るからだ。
今回も正式発表は伏せる予定だったが、学校内ですでに噂が広がってしまい、そのままSNSに流出してしまった。
そして、時は進み10月2日に時計の針は進む。
三つの7の文字が捜査を混乱の渦に落とした。
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10月2日 午後7時 東京某所
街灯の明かりがその道を照らしていた。それ以外は欠けた月の明かりの光が辺りを照らす。しかし、一度雲が月に掛かると、周辺のその明るさは一気に失われる。
だが、ここだけは違った。警察が現場検証する為に、たくさんの光源で照らしていたのだ。ここでは一人の少年が凶悪な殺人犯の魔の手に掛かってしまったのだ。
「これって、盗聴器ですかね?壊れているようですけど」
刑事である後藤は道路脇の側溝で何かを見つけたようだ。それをつまみ上げると先輩刑事である吉田の下へ運ぶ。吉田は血溜まりの地面を見つめていた。その姿は何かを考えているというよりも、それしか出来る事が無いと言わんばかりである。
「一応、音声が残っているかもしれないから、鑑識に」
吉田は淡白な支持を出して再び、被害者の少年の倒れていた血溜まりに視線を戻す。遺体は既に運ばれており、これから死体安置所には置かれるのだろう。少年の身内を調べたが既に全員亡くなっている。この事実がこの少年の過酷な人生を象徴しているかのようであった。
「分かりました」
後藤はその指示を受け、すぐに行動に移した。
その後を入れ替わる様に郷田が吉田の下に現れる。
「俺ももしもの時に備えて、ボイスレコーダー買っておこうかな。最近は財布に入れられるぐらい小さいやつあると思うし」
郷田は地面をずっと見つめる吉田にそう話しかけるが、その答え辛い言葉には、沈黙が返された。
「別にお前が気に病むような事じゃあないだろ?山門健が殺されたのは。責められるべき存在は犯人だ」
今度は先程とは違い優しい口調で語り掛ける。
「私達がしっかり監視していれば、この様な事にはならなかったッ。被害者を見す見す増やす様な明確なミスを私達は犯したんだッ。無意味な捜査を行わなければッ、この犠牲は防げたかも知れないッ」
「こういう言い方はしちゃあいけないが、山門健が殺されなくても別の人間が被害に遭う可能性のが高いッ。なんせ犯人は一連の事件を無差別に引き起こしているんだからなッ」
「この事件が一連のだと分かる要素はないだろッ。今日だけでも7のナンヴァリングが三件も起きているんだぞッ三件もッ。もはやどれが模倣かも分からないッ。いっその事全部模倣かもなッ」
「そうかもな。でもその程度の事でお前が諦めるのか?」
「その程度の事?既に7件以上もの間、犯人を捕らえる事が出来ずに、その上事件の区別すらついていないんだぞッ。これのどこがその程度の事だッ」
「でも、それが理由でお前はこの事件の解決を諦めるのか?あの吉田倉佐が。いや俺達刑事ってのは、それを理由に諦めてしまって良いのかよッ」
郷田は真っ直ぐとただ真っ直ぐに吉田を見つめる。
それは吉田という人物の正義感を理解しているからできる行為であり、この卑怯な台詞がそれを呼び起こせると信じているからできる発言である。
だが、吉田はそれの答えようとせずにポケットから煙草の箱を取り出し、その内二本を口に咥えた。そして郷田に背を向けライターで火を点けた。郷田には吉田がどう考えて、その行動を取ったのかが理解できた。だから、強引に肩を掴みこちら向け直させた。
「そんなもんもう吸うんじゃあねぇッ!」
「ッ!?」
郷田は何を思ったのか、煙草の火の点いた場所を口で噛み付き、それをはぎ取り地面に吐き捨てた。当然、口の中は軽い火傷を負ったが、その程度の事は気にしては居なかった。
「後でセクハラとかでいくらでも訴えても良い!だが、今は目の前の事件に集中しろよ」
「お前調子に乗るなよ」
今度は逆に吉田が郷田の手を強引に振りほどいて、別の煙草を取り出そうと箱を手に取ったが、それをすぐさま郷田が奪い取り踏みつけた。
「何すんだァ「黙れいい加減そんなきったねぇ副流煙で現実を遮んのを止めやがれッ!」
郷田は吉田の頭を掴み、眼を離せない様に固定した。もちろん吉田は抵抗するがさっきよりも強い力でそれを押さえつける。
「離せッ!哲彦ォーーーーッ!」
その叫び声に現場の視線は全てこちらに集中した。だが、二人はそんな事には気付く事すらない。
「いい加減、真っ直ぐに何も通していないクリアな眼で、瞳で現実と向き合いやがれッ。お前が煙草を吸う時は決まって、嫌な現実から眼を背けようとする時だ」
「何言ってを、いるんだ」
「俺とお前の付き合いは20年位ある。それぐらいの事は理解している。でもな、俺の『好きだった』吉田倉佐っていう女はそんな軟弱じゃなかったッ」
郷田のその発言に周辺のすべての警官の動きが停止した。
「は、はぁあッ!」
その一言で吉田の顔は一瞬で赤く染まった。それもそのはず、彼女は異性からの告白など人生において一度もされた事のない、むしろ恋愛沙汰には無縁の人生を歩んできたのだからな。
「勘違いすんな。過去形だ。俺の中の一番も二番もそれ以降もお前の入る余地はない。でも、でもなァッ!お前の事は今でも友人として好きだし、仲間として信頼している」
郷田の言葉には重みがあった。熱意があった。
それに込められた思いを理解出来ない人間など居るのだろうか?
「お前は常に冷静で冷徹な『鬼の処女』だろッ!お前や俺達の心がここで負けちまったらこの事件は永久に解決しないんだよッ。だからッいい加減目を覚ませッ」
郷田の熱意が声となって自分の耳毛と鼓膜を震わす。コイツとは長い付き合いになる。だが、ここまで面と向かって本音をぶつけられたのは警察学校時代以来だった。向かい合う私と郷田の肩に誰かが手を掛けた。そこには誰もいない。気のせいかもしれないが、その手は花咲の気がした。バトンを届けに来てくれた。そんな気がした。
バトンを託された選手はどんな障害物があっても前に走らなけばならない。自分がアンカーでなくても、次にバトンを託しゴールのラインを切る為に。『友との約束を果たす為に』
「ありがとう。戻って来た」
二人のお陰でやっと頭の中が落ち着いた。
「正真正銘、これを最後にして犯人をひっ捕らえるぞ」
「それでこそ『鬼の処女』だ。お前が沈んでたらこっちも気が引き締まらない」
「先輩ィッ!大変ですッ!」
私たちが決意を固めていると、後藤が焦ったようすでこちらに向かってきた。
「どうした?」
「山門健が息を吹き返しましたッ!」
「「はっ?」」
これが引き金になって事件が大きく前進する。そんな予感がした。
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時刻は夜。東京某所
身元不明の男が自宅マンションのリビングで窓から外の行きかう人々を見下しながら、電話していた。
「計画は順調に進行している。影村寿雄の弟子は補足したし、山門健は予想外の展開のおかげで排除で来た。後はお前の弟の仇を取ってやれば良いのか?『裂喰の魂・荼鬼』」
『いや、俺がそっちに向かう。10月の6日にはそっちに到着予定だ』
「滋賀だろ?そこからここまでそんなに時間が掛かるのか?」
『茜月夜海の参戦でこっちの戦線が一つ後退した。あの女郎蜘蛛は相当厄介だ。影村寿雄と天山緋麿の両名は高鬼の力を総動員すれば容易に叩き潰せる。あの女はアメリカ式の妖気法を学んでいるから、集団戦闘に特化した能力をしているんだよ。もうじきアメリカ戦線から帰還する上位連中が戻ってくる。そしたら、俺もそっちに行ける』
アメリカ戦線組の上位連中と言うのは高鬼でも中鬼でもない小鬼たちの事。別に強者が上に向かう訳でもない。それを言えば俺自身が高鬼の実力を有しながら中鬼の座にいる。奴らが上を目指さないのはシンプルな理由だ。戦闘以外には興味が無い。倫理観や道徳に唾を吐く最低最悪な野郎共だ。昨年の客船襲撃時も参加した奴らは基本そういう奴らだ。
『そうだ。俺以外ももう一人そっちに行きたいって名乗りを上げてる奴がいるんだよ』
「誰だソイツは?こんなつまらん場所に来る物好きは?」
『俺だぁア。『愛染』』
電話の向こうの声が変わった。おぞましいがどこか落ち着きのある声。
「貴様はッ!?」
『そう驚くな。な~にぃイただの『赤鬼』だよ』
赤鬼種の純血種。唐暮勿牙。
誰もがその名を聞いてビビりちらす。今から10年以上前に奴は、三代前の鬼王を自分と肩がぶつかったというだけでその腕を肩から引きちぎり、その腕を使って鬼王を殴り殺した。先代の山吹鬼に追放されたが、中東の戦争で好き勝手に中東軍の兵士を虐殺していたとこを発見され、軍によって特殊な監獄に軟禁された。そんな奴がどうして表に出ているんだ。
『行っても良いよな?今なら何人殺しても殺人鬼のせいに出来るんだろ?なぁア、何ならその殺人鬼もぶっ殺して俺が成り代わってやるよ』
「貴様が何故解放されたは知らないが、ここは日本の中心だ。軍に所属していない貴様が無意味に民間人に手を出す事は大問題になる」
『良い子ぶんなよ。ハッピぃイーになれねぜぇエ。煙草も酒も薬もそうだが、道を踏み外さなきゃ最高のハッピぃイーは手に入れられない。まぁ、さっき言ったのは冗談だよ。俺はある人物を殺す為に行く。ついでにお前の手伝いもするそれだけだ』
唐暮の声はどこか楽し気な様子だ。それほどの獲物がこの街に居るのか?
「誰を殺すつもりだ?」
『山門健。ソイツは『生きている』。紅鬼の野郎が殺して奴の刀を奪ってくれば俺は完全に解放されるってな。いつもならその手の誘いは興味が無いが、鈍ったこの腕のリハビリに丁度良いと思った。それだけだ』
拍子抜けだな。
だがどうしてだ?俺はまだ山門健が殺された事を報告していないのに、荼鬼(兄)にだって今伝えたから、知るわけがない。それに生きているっていうのはどういう表現だ?
「俺の獲物は横取りするなよ」
まぁ俺には関係ない。奴が殺戮を起こそうというなら、俺と荼鬼(兄)で殺せばいい。俺たちの能力と実力があればそれは可能だ。
『ああ、約束だぁア。俺はその件はドンタッチだ』
次回はやっと話がもう一ステージ進みます。なるはやで出したい。




