9話 ブレメネス・ギバル
タイトルは意味が今のところ無いので気にしないで下さい。ネットで調べても出てきませんよ~。
私が適当に作った言葉なので。
そして、今回は短めです。
意識が戻った。
「うあぁ!」
大きな叫び声と共に俺は飛び起きた。そこは村の宿の一部屋だろうか。畳の上に敷かれていた布団の上に俺は寝かされていたのか。今さっきまで見ていたモノは何だ?とても夢とは思えない。
眼に焼き付くのは目の前で上半身を吹き飛ばされたお母さん。全身をハチの巣にされて射殺されたお父さん。鼻に残るは、血生臭い臓物の香り。独特な火薬の香り。
どれも人に恐怖心を煽るのには十分だった。だが、今の夢はとてもリアルに感じる。実際に体験した様な。
俺が先程見ていた夢について思い出していると、横から声を掛けられた。
「おはよう。健君」
俺が声の方を向くと影村寿雄がそのに正座してた。
「おっさん。俺はどれぐらい寝ていたんですか?」
俺の意識が戻る前の最後の記憶は琉助を助けに河まで行った事だ。それから赤鬼に会って意識が途絶えた。あの時の時刻が夕暮れだった。だが、今の時刻は外の景色から夜であるという事が一目で分かる。一見そんなに時間の経過が感じられないが最悪の場合は一日以上も眠っていた可能性がある。
「琉助君が運んできてから一時間程かな」
案外時間は経過していないのね。
「俺が意識を失った後はどうなったんですか?この一時間で」
時間の経過が短いとはいえ、何かが起こるには十分な時間だ。
「特には。でも明日の朝に小百合ちゃんの追悼式をするから、是非参加してくれって。秋山さんが言っていたよ」
俺はとんだ役立たずだ。妖気法を手に入れたって言うのに、船の頃から何も成長していない。
ッ?何で船での事を覚えているんだ。待て、さっきの夢の中の内容が俺の記憶だ。何故かそう理解できる。
じゃあ何でいきなり俺は記憶を取り戻したんだ。赤鬼に出会ったからか?てことは、何かの術に掛けられて記憶を封じられていたという事。それが出来そうな人物は、、、、、
俺があと一歩で答えに辿り着きそうなタイミングでおっさんが、何か思い出したかの様に話を再開した。
「そうそう。言い忘れていたけど。君はこのままでは二、三日で死ぬよ。確実に」
驚きのあまり、思考が一瞬停止した。
「ッ!どういう事だ。おっさん!」
大きな声でおっさんに詰め寄る。おっさんは両手を上に上げて萎縮した。
「まぁまぁ落ち着いて」
「これが落ち着いて居られるかよ!俺が死ぬとしてその理由をささっと言えよ!」
あまりにも能天気な言葉に俺は怒りを込めた大声を上げた。
俺は圧を掛ける様に更に詰め寄る。正直、さっきまで考えていた事を忘れるぐらいに頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「このままではと言っただろ?人の話は最後までちゃんと聞こうよ」
それでも、おっさんは俺の声に怖気着く事無く、声のトーンを一切変えずに続けた。
「ワシが君のあの船での記憶を奪っていた。本来なら適切な手段の後に記憶を返す必要があったのだが、この能力には一つ欠点があるんだよ。この能力は記憶に深く関わる事象に触れるとその度合いに応じて奪った記憶が強引に返還してしまうんだ。だが、完全ではない。その不完全な返還は脳に深厚な負荷をかけてしまい、そのまま脳を破壊してしまうんだ」
その言葉で俺の中で全てが繋がった。何故、おっさんが俺を選んだのか。初めから俺をこの場に連れてくる様に誘導していたんだ。
それを理解した瞬間、身体は動き出していた。
「テメェ人様の記憶を勝手に奪っておいて、何他人事の様に言っているんだ!」
俺はおっさんの顔面に今までに無いほどの本気の拳をぶつけようとした。だが、おっさんはその一撃を右手の小指で止めた。
「ッ!」
「そうやって直ぐに暴力に手を出すのは良くないよ。それにこんな拳ではワシの足の小指の爪先にも及ばないよ」
そして、そのまま右手の拳を俺の顔面の手前で寸止めする様に静止した。だが、その風圧だけで俺は眼を開く事すらままならなかった。
「君が助かる方法は唯一だ。赤鬼を殺す事それだけだ。まぁ、こうなったのはワシの責任だから、それに関しては悪かったと思うよ」
風圧が止んだと同時におっさんは言葉を続ける。
「何で赤鬼を殺す必要があるんだよ。おっさんが治せないのかよ」
普通に考えたら能力を掛けた人間ならば元に戻せるはずだ。
「はぁー、だから欠点なんだよ。一度こうなっちゃうとワシの手ではどうにもならないだよね。唯一の治し方はその原因になったモノを破壊あるいは殺害する事。そうすれば記憶は健全に元に戻るの」
おっさんの説明にはどこか違和感を感じる。それが嘘であるという事は確実だ。
だけれど、おっさんをこの場で倒して、本来の治し方をさせる事は今の俺の実力では不可能だ。明らかに力量が足りない。
「俺が赤鬼を殺せば、俺は助かるんだな?」
これは確認ではなく。約束だ。
「ああ、約束しよう。君は助かる。でも、今のままでは君は勝てないだろう。まず、君は君の記憶を乗り越えなければならないがな」
おっさんはそう言うと左手の掌をこちらに向けて来た。
「ッ!」
「それじゃあ、頑張ってね」
気が付けば、おっさんは姿を消していた。最後に何かをされた気がする。そして、そのせいで俺の中に強調された両親の死という記憶が網膜に鼻腔に張り付き、離れてくれない。
俺はすぐさまに便所に走り込みそのまま大量の嘔吐物を吐き出した。
##############
「本当に影村さんは悪魔のような人ですね」
ワシが部屋から出ると笹原君が出待ちしており話しかけて来た。
「何を言う?ワシは別に大した事はしていないよ」
「健君にあんな嘘をついて。無理矢理戦わせようとする。これが悪魔でないのなら何です?それにあそこまで追い詰める必要も僕には感じられません」
確かに先程、健君に言った事のほとんど嘘である。赤鬼を殺す必要もないし、死までのカウントダウンも無い。まぁ、ワシが記憶を戻そうと思えば戻せる。だが、それに気付いたところでワシには敵わんがな。彼はそれを理解しているうえで従うと思うがな。
「いいか、若者の教育に必要なのは明確な結果。やった努力に見合う結果なんだよ。元教育者の君なら分かるよね?普段から百点を取る人にとっての百点と、普段から平均店ギリギリの子が努力して取る百点ではその重みが違う。彼には過去を乗り越えた上で赤鬼に勝利する事でやっと使える駒になるんだ」
その為には一度どん底まで追い詰める必要がある。だから、最後に健君に掛けた技は彼の両親の死の記憶をより強烈にブレンドしたトラウマ記憶だ。それぐらいの記憶を乗り越えられない様では精神の成長にはならない。
あれにだって代償がちゃんとある。他人に植え付けた記憶はちゃんと自分も体験しなくてはならない。だが、彼とワシが違うのは、ワシは関係の無い人間の死などどうでも良いという点だ。彼の両親がどう殺されようが、ワシは傷つかない。
「僕は影村さんの考えは飲めません」
笹原君は良識人過ぎる。
これから起こる事は善人性を保っているだけでは生き残る事が出来ない。それが戦争だからだ。あの日、斉藤近十郎とその他の様々な国籍の人が船の上で惨殺された事。鬼からの宣戦布告によって、ワシ達は後戻り出来ない場所のど真ん中に居るのだ。
「ですが、私レヴェルがどう言おうと貴方は止まらない」
笹原君は諦めた口調でそう言いう。
彼とは日本に帰って来てからだから、十年以上の付き合いがある。ワシの性格をよく理解している。
「でも、貴方は自分が健君を糸で操っていると思っているかもしれないですけど、僕から見れば実際に糸で操られているのは貴方の方では?」
本当に笹原君はワシの事を良く理解しているな。
「そうかもね。でも、自分に繋がった糸は自分の手では操れない。だから、なるがままにするしかないのさ。所詮、人は運命の奴隷なのさ。ハハッ。だったら、一人でも多くの人の糸を握っていたいのさ」
ワシはどんな顔でそれ言ったのだろうか、それを見た笹原君が凄く怯えているよ。
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健が赤鬼と遭遇した直後に意識を失った。それを見た荼鬼が健に襲いかかろうとしていたが、それを即座に赤鬼が即座に止め、そのまま肩に担いで山に戻って行ったのだ。その場に取り残された俺は健を背負って村まで戻る事にした。本当は小百合さんの死体も一緒に連れて帰ってあげたがったが体重七十五キロの健を背負っている為、それは断念した。なるべく早く小百合さんの下に戻りたかった為、俺は急いで村まで戻った。そして、影村寿雄に健を預けた後に俺は走って河まで戻って来た。
だが、小百合さんの死体は何処にもなかったのだ。
「死体が無い。クソッ!」
俺は怒りに任せて直ぐ傍に会った樹に拳を叩きつけた。
その場には小百合さんのとみられる血痕だけが残っていた。
この段階で俺の中では荼鬼のクソ野郎が何らかの目的の為に回収したのだと直感で理解した。
「あの荼鬼野郎」
あの荼鬼野郎は俺と健の乗って来た船の中でゾンビを操っていた。それをどうやって生み出したのか分からないが。確実に何かの遺体を使っているのは確かだ。そのゾンビ生成に利用なんかされたら、秋山さんが可哀そうだ。
「覚悟していろよ。必ず遺体は連れて帰る」
俺はそう宣言して身体を翻し、村までの帰路についた。
今の俺では荼鬼には勝てない。準備が必要だ。前回、前々回の様に俺の身勝手な判断で動けば、健に迷惑を掛ける事になる。
沢渡紗弓と秋山小百合は死んだのも俺のそういう俺の先走った判断のせいだ。彼女らだけじゃない。母である馬飼紗悠もあの時もっと強く言えば助けられたし、弟妹の沙裕と聖夜が死んだのも俺がもう少し努力をしていれば防ぐ事が出来たかもしれない。
過去は変えられないが、過去の罪は償い受け入れる事が出来る。
「自分の犯した罪は結局のところ、自分でしか責任を取れないっか」
過去に俺が健に言ったセリフだ。
結局、あの後は、責任から逃げてここまで来てしまった。だから、もう逃げない。
「これから行うのは弔いだ。そして、贖罪の戦いだ」
俺は静な林の中で戦いの覚悟を決めた。
林の木々の葉が静かな風に揺らされていた。
##############
あれから何時間経過したのだろう。
流したはずの便器の奥から、異臭が漂っている。いやこれは俺の嘔吐物じゃないな。
「血と臓物、それに火薬だ」
俺はまた口を塞ぎながら便所に駆け込んだ。
そのまま、臭い胃液を便槽にぶちまけた。もう晩御飯は胃の中には残っていないはずなのに、吐き続けている。ヤバいさっきから吐きすぎて、身体の水分が。
「水ぅぅぅぅぅ」
俺は洗面台に壁に手を当てながら向かう。そして、倒れ込む様に洗面台に寄り掛かって、腕を伸ばす様に蛇口を捻る。
水を出して、お行儀悪く水を横からがぶ飲みする。
「ゲホゲホ」
だが、またしても吐き気が込み上げて蛇口を閉めずに便所に駆け込んだ。そのまま、吐き出した。
俺は便器に抱きつく様に何度も吐き続けた。
気が付けば、誰かの手が俺の背中に触れた。そして、それが背中をさすり始めた。
「沢山吐けよ。その度に俺がさすってやる」
この声は琉助か。
それに気付いて、胸が一杯になった。
「何があったかは全部分かるよ。・・・どうせあのおっさんだろ?こういう時はお互い様だ」
それを聞いても俺はまだ口を開けそうになかった。
途中、琉助が用意してくれていたスポーツドリンクを少し飲んだりもしたが、それでも言葉は出なかった。だがそれを受けてもなお、琉助は三十分以上背中をさすり続けてくれた。
そのおかげでようやく心に少し落ち着きが戻り、しゃべれる様になった。
「こんな無様な姿を見ても、、、まだ俺の傍に居てくれるのか?・・・何でだ?」
俺は琉助に背中に向けてながらも、そう尋ねる。
何で、こんな俺の為にしてくれるんだよ。ひょっとしてまだ一年前の事を引きづっているのか。
「当たり前だろ。親友だからな、理由なんざ必要ない」
「ッ!・・・お前」
その言葉に俺は大きく震えたそして、眼から温かい涙が零れ落ちた。
「いつかのお前が言ってたよな?本音を教えろって。今度は俺が聞いて良いか?健の本音を俺に教えてくれ。何があった?」
心に曇ったトラウマにほんのりと光が差し込んだ気がした。
気が付けばあんなに感じた吐き気が無くなっており、顔を上げる事が出来た。
「聞いてくれるのか?俺の話」
俺はゆっくりと琉助の方を向きそう尋ねた。
「ああ、勿論だ。何でも聞くぜ。だが、まずは顔拭いて来いよ。タオルはそこに置いてあるからな」
「ああ、そうだな。あと、ありがとう」
俺は久しぶりに人に心から感謝した気がする。
それから俺達は夜が明けるまで語り合った。
##############
影村寿雄は気配を完全に殺して部屋の外から二人の会話を聞いていた。
これが彼の目的であった。
「そうだな。時に信頼出来る友に、相談する事もとても大切だ」
誰にも聞こえない声でそう呟いた。そして、そのままその場から立ち去った。
彼の目的は山門健という精神的に不安定な存在に、心の拠り所を作る事であった。
これから増々辛い経験をする事になるかもしれない。そして、若い生き物の心はとても繊細だ。その為にも共に支えあう者が必要であると考えた。
笹原に相談しなかった理由は、誰が裏切り者か分からない状況で迂闊な行動をすれば、もしも敵だッ田場合に健の精神を完全に折りに掛かると考えていたからだ。
「ワシは悪魔で良い。その代わりに未来ある若者が成長出来ればな」
彼は修業時代も不器用な男だと、師匠によくからかわれていた。それでも、百四十歳になっても治らなかったので、彼は半ば諦めていた。
こうして、今回も遠回りな手段を使ってしまった。
「でも、ワシはもう少し悪魔で居させてもらうよ」
健が未だに赤鬼との行動の記憶を取り戻していないのは、その記憶を厳重に管理しているからである。
彼の能力は奪った記憶を自由に扱う事が出来るモノで、人間の大脳皮質に妖気で干渉してそれを一旦自身に移植できる。そして移植された記憶をデータとして左掌にある瞳の中で管理する。この能力を『視る眼』と呼んでいる。そして、右掌の瞳にはその場所の過去に起きた実際の事象を見る事の出来る『観る眼』の能力がある。
『視る眼』の応用としてデータとして保管した記憶の複製や合成、他者への貼り付けなどが出来る。その代わりに、それらを行うと自身の記憶をランダムに消去してしまう。と言っても些細な記憶ぐらいしか消去されない為、それほど大きなデメリットではない。
肝心の健の赤鬼との記憶だが、戻す方法は二つある一つは彼がその記憶を返還すること。もう一つは赤鬼が目の前で死ぬぐらいの大きな衝撃。それレヴェルの衝撃ならば厳重な管理の記憶も取り戻せるであろう。
それを達成すれば健の精神はかなり成長すると確信している。
「じゃあ、ワシももう人肌脱ぐとしますか」
明日には大分精神が回復した健が稽古を申し込みに来ると思い彼は先に就寝する事にした。
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完全に寝落ちした。
昨日の晩からずっと琉助と話していたが気が付けば俺達は寝てしまっていた。
何か、変な夢を見た気がする。
イマイチ内容が思い出せない。誰かと話していた様な?
「おーい、琉助起きろ」
琉助の肩を乱暴に揺らして起こしたが、全く起きない。
「お前も疲れてるもんな」
村に着いてからまだ一日しか経ってないのに、既に一週間ぐらい経過している感じがする。俺は服を着替えて徐に宿の外に外に出た。
時刻はまだ五時だ。昇ったばかりの太陽の光がとても眩しい。
「ふぅわわあぁ」
今日寝たのが朝三時ぐらいな気がするので物凄く眠たい。
大きな欠伸を身体をググっと上に伸ばした。眠たいが今から二度寝したらそのまま昼まで寝てしまう気がするので、早めに活動し始めよう。
俺は一つ気になった事があったので、秋山さんの家に向かった。
今が早朝ってのとここが東北で季節が秋と冬の中間であるという事からとても肌寒い。その事で眠気がどこかに吹き飛んでしまった。
村の畑の方に赴くと、昨日の様な活気は感じられなかった。やはり小百合さんが無くなってしまった事が影響が大きいのだろう。鬼による被害が眼に見える範囲に再び現れたのだからしょうがない。
正直、今秋山さんに会うのは心苦しい。だが、今の俺だけでは赤鬼には到底及ばないだろう。赤鬼が荼鬼レヴェルの弱さなら別。アレなら素手で倒せる。
秋山さんの家の前に着くと、秋山さんが玄関先で刀を研いでいた。
その背中には悲壮感はあまり感じない。落ち着いている様な気がする。これがいつもの秋山さんの日課なのか?それとも心を落ち着かせる為にやっているのか俺には判断付かない。
話しかけるタイミングが分からないが、そっと話しかけた。
「あのー、秋山さん。少しお時間良いですか?」
「山門様ですね?どのようなご用件で?この老いぼれに」
俺の言葉に振り返る事もせずに刀を研ぎ続けている。
少し失礼に感じたが、秋山さんのお気持ちを尊重してそこに触れないでおく。
「小百合さんの件。お悔み申し上げます」
まず初めに頭を深々と下げる。気持ちの伝わる一番の要素は些細な仕草と声の声質。
相手が見ていなくても、それらは大切だ。
「いえいえ。山門様は何も悪くないので頭をお上げください」
「お願いがあるのですが、よろしいですか?」
俺の今回の目的は秋山家の家宝の刀をお借りする事。妖気法としての武器には出来ないが、素手で赤鬼に勝てるとは考えられない。
とても大切な物であると分かっているからこそ、更に礼儀正しく。
「この刀でしたらお譲りしますよ」
秋山さん、研いでいた手を止めて、初めてこちらを振り向いた。
俺を見つめるその瞳は萎んでいる。
最初から借りるつもりでいたが、まさか俺の願いが読まれているなんて。いや、まぁ考えればそれぐらいしか理由はないけど。
「良いんですか?大切な家宝ですよね」
「この家はもう私しか残っていないんです。本来、小百合がこの刀を継承する予定だったんですがね。・・・・・だから、お譲りしますよ。私が死んだら持ち主が居なくなりますからね」
きっと目が萎んでいるのはずっと泣いていたからかもしれない。
継承者のいない刀。だからって、そんな簡単に譲って良いものなのかよ。
「それにずっと前にですね奇妙な夢を見たんですよ。この刀を必要とする若者が現れるって。まるで、貴方に渡す為にこの刀は私たちの一族が守っていたのだと思います」
俺を待っていただと?
そんな二流の脚本家が頑張ってチェーホフの銃の技法を使おうとしたみたいになってない?大丈夫。
「そんな大義名分を俺が頂いて良いんですか?俺がその、預言みたいな感じのアレの人じゃないかもしれないんですよ」
まぁ貰えるもん破基本的に頂くが。
「貴方はこれから小百合の仇を打ちに行くのでしょう?いや、というよりも貴方の身勝手な理由。今の言葉で言うと『エゴ』の為に。その結果、小百合の魂は救われるなら、その報酬の先払いと思ってくだされば、良いのです」
家宝を厄介払いの様に渡して良いのかよ。
「ならば、有難く頂きます。そして、必ず勝利してみせますよ」
俺は膝をついて騎士が主君から剣を授かる様に両腕を上に挙げた。
「では、これを受け取って下さい」
パサーッと掌に明らかに刀ではない物が置かれた。
俺が顔を上げて確認すると、何やら紙が置かれていた。
「刀の研ぎ方マニュアル?」
「刀は研がなければ切れ味が落ちてしまいますから、これを毎日行って下さいね」
ええーッ!面倒臭いが家宝だし大事に管理しなくてはね。なんか研ぎ時間が一時間程有するって書いてあるんですけど。
「では、この刀を大切にして下さいね。お願いしますよ」
今度こそ、俺の手の上に刀が置かれた。
そして、立ち上がり刀を腰に差した。
「本当にありがとうございます」
「最後に山門様は好きな色はございますか?」
うん、何だ急に。何の脈略も無いぞ。
「赤色ですね。何か昔から好きなんですよ」
これだけは理由が分からない。戦隊モノが好きだったからかな?
「分かりました。では、私はここで失礼させて頂きますね」
そう言って、秋山さんは家の中に戻って行った。
今更だけど、この刀の事おっさんにどう説明しよう。
それからおっさんに妖気法の稽古を付けてもらい一日を過ごした。
##############
俺は気が付けばこの場所に来ていた。
俺が意識を失ったあの河。
三日月の輝きが流れる河の水面に反射する事で周辺の景色と相まって幻想的な風景を作り出していた。
ここに来たのはおっさんとの稽古に疲れて、一休みしたいと思ったのか、それとも気持ちを整理したいと思ったのか。どっちだな。
俺はあの記憶の事を思い返してみたが、やはり後半の脱出した方法だけがまだ思い出せない。あの後、誰かと一緒に行動していて居た気がするのだ。多分だがまだおっさんが持っているのだろう。つまり赤鬼を殺せば、それが誰か分かるという事だ。
これから初めて誰かを殺すのか。それが決して楽しい事でないのは分かる。
俺が考えながら、ディズニープリンセス風に水面の月を覗いていると、突如大きな波紋がその月を掻き消した。
「山門健。お前も来ていたのか。ここに?」
顔を上げると河の向かい側には大男が立っていた。
その手には平べったい小石が握られている。
俺はコイツを知っている。
「赤鬼か。お前こそ、何でここに?」
赤鬼は俺の言葉を聞いて一瞬寂しそうな顔を浮かべ、小石を河に投げた。小石は水の上を一回も跳ねる事無く沈んでいく。
「見ての通り、水切りの練習だ」
「確かに練習が必要な腕前だな」
俺もその場の良い感じの小石を拾って、河に投げた。だが、俺の小石も一回も跳ねずに沈んでいった。そう俺も練習が必要なぐらい下手である。少し恥ずかしい。
それを見て、赤鬼はクスリと笑った。
「ふっ」
その事に少しムカついた俺はある提案をした。
「テメェ!今笑ったな。良いだろう、どっちが先に三回跳ねさせれるかで勝負だ!」
「望むとこだ。受けて立とう」
赤鬼はその提案を即座に受け入れて、小石を手に取って、手の上で数回放り投げた。
俺は手ごろなサイズの小石をまとめて積んで準備をする。
水切りの順番は公平にじゃんけんで決める事となった。俺はパーを出して、赤鬼はグーだった為に、俺は先行を取った。
「先行だ!おりゃ」
俺の石は水平に飛んで行ったモノの一回しか跳ねなかった。
「よし!まずは一回」
だが、それでも俺はガッツポーズで喜んだ。
「次は俺の番だな。行くぞッ!」
赤鬼の投げた小石は水面を五回跳ねて沈んでいった。
えっ!マジで。だって、最初に投げた時はあんなに下手くそだったのに。急に成長した。
「おま、ズルいぞ!今妖気法使っただろ!」
俺は指を差して、そう指摘した。
それしかありえない。
妖気法は物の性質、形態を変化させるモノ。それで手にした石に水面を跳ねやすくしたのだ。きっと。なんと卑劣な。真剣勝負だぞ。
「言っただろ。練習に来ただけだと。俺の最高記録は九回だ。確認もせずに勘違いしたのはお前の方だ。それにさっき笑ったのも、お前が俺に無謀な戦いを挑むと思ってな」
全部計算の内かよ。本当にムカつく野郎だぜ。
「もう一回だ。もう一回!今度は一回の水切りでより多く跳ねさせた方が勝ち。お前の最高記録にダヴルスコア付けて勝ってやんよ!」
俺は大声で再戦を申し込む。
そして、積んであった小石の山を蹴り崩し、その中から最良の石を選択する。
「お前に決めた。行くぜぇ!」
俺が全力で投げた小石は偶然にも同時投げられた赤鬼の小石と衝突して共に沈んでいった。
こんな事ってあんのかよ。
「てか、何、お前同時に投げてんの!こういうのはさっきの順番と同じで先行は俺でしょうが!」
「普通に申し訳ない。だが、お前も順番を指示しなかった。だからてっきりさっきの勝者の俺が先行だと」
そう軽く頭を下げて謝る赤鬼。
その姿を見ていると何だか、これまでのやり取りが馬鹿馬鹿しく感じて来た。
「くっ。ワハハハハハハハハハハ」
「ふぅん。ハハハハハハハハハハ」
俺達は互いに大きく笑った。
向かい側の相手と何だか、同じ場所に立っている様にも思えた。
「赤鬼、お前を殺す」
「望むところだ。山門健」
そして、笑い終わった後、切り替える様にそう宣言し、赤鬼もそれに返した。
俺達は真逆の立場に立っている。そして、俺が生き残るには赤鬼を殺す必要があるのだ。これが現実。
「明日の夕方、山の頂で山門健。お前を待つ」
「ああ。分かった。首洗って待ってろ」
そうして、俺達は河を境に逆方向に歩き始めた。
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翌日
俺は全身真っ赤な動きやすそうな和服を身に纏って歩いていた。
隣には紺色のコートを羽織って黒い服を着ている琉助が歩いている。彼の手には俺の刀が握られている。これは俺が一時的に俺が持たせたものだ。
「琉助。お前本当に来るのか?」
「言っただろ?荼鬼野郎は俺が倒す」
琉助は妖気法が使えないが笹原さんに何やら相談していたので策はあるのだろう。何かコートの裏側に沢山のキューブが見える。
「その点は信頼しているよ。相棒」
「お前も負けるなよ?相棒」
俺達は拳を合わせてから村の外に出た。そして、神経を統一するためにここからは無言で進んだ。
そして、例の河を越え山を登った。山道にはご丁寧に道が整備されているので体力をほぼ使わないで頂上に辿り着いた。
山自体が御椀型だから、頂上は戦闘するのには丁度良いぐらいの広さがあある。そして、その中央には赤鬼と荼鬼が立っていた。
「待たせたなら、すまないな」
「良いや。そこまでは待っていない」
赤鬼は全体的に黒い装甲で所々に青いラインが入った戦闘用のスーツを身に纏っている。スーツは赤鬼の肌にピッタリとフィットしているらしく、赤鬼の筋肉の大きさが強調されている。腕には大きな金属製の手甲を付けていて、身体のスーツとは接続されていないよう単純な武器としてのモノだろう。
隣の荼鬼は初めて会った時と同じ服装なのでこれがアイツの戦闘服なのだろう。
俺と赤鬼は睨み合う様に向き合った。そのまま、ゆっくり歩いて行き、目の前までやって来た。琉助と荼鬼はそれぞれ俺達の三歩後ろに立っている。
「じゃあ、始めるか」
「ああ。始めよう」
合図と共に俺は後ろに大きく吹き飛ばされた。
こうして、赤と赤の戦いが始まった。
今回はショートショートのストーリーが進んでいるので薄めに感じたかもしれません。私も薄いと思っています。それと、影村の思惑については後々完全に分かります。
そして、次回から戦闘回なので滅茶苦茶濃くしたいですね。