5話 選択の行く末
冒頭は赤鬼偏以降でも大事な話になっています。
前回があまり戦闘シーンが無かったですが、しばらくない事をご了承してください。
あれは突然の出来事だった。
夜中、森の方から何やら騒がしいと音が響ていた。だから、私は高齢の祖父を家に残し母と一緒に家の外に出た。
外には音に気付いて出てきた他の村人が私達の前に集まってきた。それは私の祖父はこの村の村長だからだろう。一人の老人が私の方に何事かと尋ねに来た。
「小百合ちゃん。村長から何か聞いているかい?
何故、母でなく私に尋ねるかと聞かれると、母は他所から嫁いできた人なので村のお年寄りにはあまり好かれていないのだ。それに父は私の年齢が二桁になる前に病で倒れてしまった。それも、よそ者の母のせいだとか、よく理解できない噂のせいでより風当たりが強い。
「いえ、祖父からは何も聞いておりません」
「そうかい。何か不気味だねこの音は、、、、、、、」
次の瞬間、私と話していた老人の喉元に弓矢が突き刺さった。
「あっ、がぁ」
そのまま、老人は地面に倒れて絶命してしまった。
「きゃあーーーーーーー!」
私は大きな悲鳴を上げてしまった。
それに合わせるように状況を理解していなかった他の村人もパニック状態になった。そして、次々と弓矢が村人たちを射止めていく。その中には火の点いた弓矢もありそれが住居に刺さり大きな火災起こった。
私は急いで母と家に戻り祖父を連れ裏口から出ることにした。
「お爺ちゃん急いで逃げよ!」
「小百合、一体何が起きているんだ」
外に出ていない祖父は何が起きているのか理解出来ていていない様子だが、今は説明している時間は無いようだ。外では、家の燃える音や村人の悲鳴が大きくなっている。
「そんな事良いから急いで!逃げなきゃ」
私は祖父の事を背負い逃げることにした。
以外に重いその体だが今はこれが一番早くこの場から逃げることが出来る。
「小百合や。あの刀を取ってくれ」
祖父は私の背中の上から壁の方を指した。そこにはうちに代々伝わる家宝としている日本刀が掛けられている。黒色の鞘で所々に銀色の装飾が施されている。
「今は命の方が優先でしょ!あんなのは放っておいてよ」
「駄目じゃ。アレは、アレだけはワシの命もよりも重い」
普段の冷静で優しい祖父からは考えられない発言であった。
「私が運びます。御義父様、それで良いですね」
そう言って母が壁に掛けれられた刀を手に取り、私と共に裏口から出た。
裏口からは家が所有している山に続いている。山の中には隠れ小屋がありそこに身を隠す予定だった。
目の前に鬼が現れるまでは。
「よぉ、ご老人とお嬢様方、どちらに向かわれるつもりで?ここはもう人生の終点だぜ」
やけに小柄な体格の細い二本の角を生やした鬼は、残酷な笑みを浮かべながらそう言った。
「小百合は、御義父様を連れて山へ。私が出来るだけ時間を用意します」
母はそう言うと刀身を鞘から抜いた。
刀身は祖父が毎日丁寧に研いでいる為、雲の隙間から微量の月光すら反射する程に美しい鋼であった。
「ほう。アンタやる気か?気に入った!俺の名を教えよう。俺は青鬼だ、本名は教えることは禁じられているのでな。済まない」
青鬼を名乗った鬼は腕に小瓶から何か液体のような物を垂らした。
「で、アンタの名前は?」
「あんなに名も知らない人を殺したんです。私の名前も聞かずに殺しなさい」
次に母に名を訊ねたが母はそれを拒んだ。
それ聞いた、青鬼は残念そうな顔をしながら、溜息を吐いた。
「しょうがねぇな。来いよ」
「ここは良いから早く行きなさい」
「はい!」
私は背中の祖父の位置を軽く修正して走って隣を抜けた。その次の瞬間に背後に大きな爆発音が響いた。とっさに振り返るとそこには母の形をした者は無く地面には握っていた刀が落ちていた。
「残念だったな。次はアンタ達の番だ。抵抗するか?」
大きな爆炎を背後にした青鬼は私には悪魔に見えた。そして、この出来事全てが悪夢に思えた。
私も死を覚悟した、その時。
「なら、ワシが代わりに抵抗しよう」
白いスーツを着た男が青鬼と私たちの間に立ち塞いだ。
「貴様は!」
青鬼はその男の顔を見て目を大きき見開いた。
「名乗ろう、ワシの名前は影村寿雄だ」
これが今から半年前の出来事だ。
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まさか、おっさんが泳げないとは思いもしなかった。おかげ様で俺もすごいびしょ濡れなんだけど。
そうぶつぶつと考えながら俺は上半身裸になり着ていた服を絞っていた。おっさんも一緒に落ちたはずなのに何故かもう服が乾いているように見える。眼の錯覚であろうか。
「君、ここで何してんの?」
おっさんこと影村寿雄が俺に疑問を投げかけてきた。
「それはこっちの台詞です。今まで何してたんですか?メール一つもくれずに」
こっちはおっさんに一年近く待たされている。
こっちの質問に答えてもらう方が先であろう。
「ええっと。ノーコメントで」
は?相変わらず俺の事、舐めてんのこのおっさん。
十代の貴重な一年を全てバイトでつぶさせた癖に。責任取ってよね。
「いや。マジで俺ずっと連絡待ってたんですけど。一年近く」
「いや、諸事情で携帯電話を一から全く新しいモノに変えた時に君の連絡先忘れて、連絡できなかった。てへぺろ」
可愛くないからぶん殴った。
「痛い!よぉ~。なにすんのいきなり」
「そんなことはどうでもいいですが。こいつが何で俺がこの船に乗っていたことを知っているかの理由は分かりますか?」
俺は寝かしてある顔面を貫かれた荼鬼の死体を指で刺しながら訊ねた。
因みに琉助は荼鬼の死体から少し離れたところに寝かしてある。もう一つおまけに言うなら、あのマッチョメンとかは大広間で他の乗客と救助待ちしている。
「えっとね。ワシたちの陣営にスパイが居るらしくて、一年前にワシが君に接近していることがバレていて、鬼たちはずっと君の動向を監視していたみたい。それで君が本州に向かうことで危険と判断した鬼たちが彼を差し向けたという訳だ」
それ本気で言ってんの。
その情報はどんなことがあっても伝えるべきだろ!俺のプライベートは守ってくれよ。
「そのスパイはもちろん捕らえたんですよね?ね、ネ」
「えっと現在調査中。でも陣営人数少ないはずだから分かりやすいはずなのにね」
俺はもう一度ぶん殴った。
なんか開き直ている気がするし。ムカつく。
「しょうがないでしょ!だって、ソイツ凄い正体隠すのがうまいだもの」
いやそこは頑張ってくれよ。てか、人の個人情報漏れてんだからそっちも謝れよ。
「ちなみに君の住所と連絡先その他諸々はワシらから抜かれる前に既にネットに拡散されているから。その点はワシらは悪くないともうよ」
そうだった。そいや俺の個人情報は琉助がネットの掲示板に乗せていたんだった。その事をすっかり忘れていた。
俺は琉助の事は許すつもりだから、このことは良しとしよう。
「連絡がなかった理由については分かりました。ですが、戻って来るのが遅れた理由はなんですか?マークされている俺に近づけば俺が危険とそういう理由ですか?」
あるいは鬼たちとの戦いが長引いてとかがセオリーだよな。
でも、荼鬼を瞬殺しているんだしいくら人数差があっても苦戦は無いだろう。
「うん、うん、それ。そういう事。うん。そ、そうそう君の身の為を考えてだよ。決して君の存在を今さっきまで忘れていたとかそういう事じゃあないからね。信じてくれ」
明らかに俺のこと忘れていやがったな。
とりま、も一発ぶん殴った。今度は妖気を込めて強めに。
「ひ、ひどいじゃないか。しかも妖気付きとか人が人にする行いではないよ!」
そうい割にはそんなにはダメージは入っていない様子でなんか腹立つ。どうせ妖気纏っているんだろ。そういうところ、人に嫌われますよ。
「生憎様、おっさんは人間辞めているんでしょ?手だけだけど」
「君、見ない内に言うようになったね。ワシゃ悲しいよ」
そう言ってワザとらしく右手で瞳を擦ってみせた。
だが、それを機におっさんは瞳を真剣なものに変えた。
「さっ、雑談はこれくらいにしておいて。君はこれからどうするつもりだい?多分だが、君たちが北海道に戻ったとしても鬼たちは危害を加えることがないだろう。ただし、本州の地に一歩でも踏み込んだ直後から君も戦争に加わることになる。ワシとしては未熟だが君の力を頼りたい。さぁ、一年前に尋ねた君の答えを聞こうか」
俺が鬼と戦う理由。
俺は考え続けたが未だにそれは見つかっていない。
「俺はどうしたらいいですか?戦う理由もまだわかりません」
俺は見つけていなかったんではない。この一年、それから逃げていた。だから、その答えを聞く為に琉助を巻き込む形でこの船に乗った。
「ワシがこの課題を与えたのは、君が自分自身でその答えを考えて欲しいと思ってな。例え、社会が君を子供でいることを許さなくても、それでも君はもう子供ではいられない。自分の答えを自分で決めなくてはいけない。もう一度言おう、君はもう大人なんだよ」
その瞳は俺を決して離さない。
蛇に睨まれた蛙のように俺の心は動けず考える事しか出来なかった。
「俺は、両親を鬼に殺されました。でも、それは理由になっていないんです」
これが俺の答えを濁らす最大の要因。
最も正当な理由が使えないのだ。
「何故だ?」
短く疑問を俺に投げ掛けてくる。
「俺は屑なんですよ。正直に言って、覚えていないんです、両親が死んだことも。記録はあっても『記憶』がないです。それだけでなく、あの船で起きた事のほとんどを覚えていないんです。それなのにそれを理由にする事は許せないんです」
頭を俯かせながら俺は、おっさんにようやく聞こえるぐらいの音量でそう言った。
「なるほど。また君は理由を他人に求めていないか?何故、自分がしたいから、それをしたいと言えないんだ?言っただろう。理由を考えろと。考えて、考え抜いた結果、理由が見当たらなかった時、君がそれをしたいと思えたならそれが理由になるんだ」
したいか、したくないかと聞かれれば後者だ。
でも、俺の心のどこかに戦う理由が眠っている気がする。
「俺は、僕は戦いたくないです。理由もまだ決められません。でも、戦わせてください。お願いします」
俺は深々と頭を下げて頼んだ。
覚悟を決める。これが今の俺に出来る最大限のことだ。
「覚悟は受け取った。ワシだって戦いたくは無いが、こうして戦っている。理由はこれがワシの『運命』だからな。そして、自分でそれを受け入れた。君もじっくりと考えると良い。ワシのような『奴隷』にならいようにな」
「分かりました」
長い言葉で表すようなことではないと思ったから、俺は短くそう返した。
「君の覚悟は分かったが、彼はどうなんだ?」
おっさんは次に横で眠っている琉助の方を示した。
アイツには妖気法の事も鬼の事も教えずに巻き込んでしまった。
「彼が噂のリュースケ・ウマガイだろ?以前も話したけど彼には妖気法を扱う才能は無いよ。そして、この戦いに加われば確実に命を落とすだろう」
そんな外国風な言い方するなよ。
それはさておき、本人の意識がないのにそれに答えるのは不可能であろう。俺はアイツの心の奥底まで全て知っている訳ではないので勝手に答えられない。
「彼には鬼の事も何も教えずに連れてきました。だから、琉助が加わらないと言ってもそれを尊重するつもりです」
「分かったよ」
これに関しては仕方もない。だが、琉助は自分で何か掴んでいる気がする。
そのまま。琉助は船が港に着くまで目覚めなかった。
「もうすぐ港に着くよ。準備は良いね」
「これって、琉助も降ろしたら、鬼たちに敵認定されるんですかね?」
これ大事よ。
もしそうなら、琉助を北海道に帰すわけにもいかなくなる。
「多分、彼は巻き込まれた一般人として報告が行くと思うから問題は無いよ」
報告って言った?一体誰が報告するというのだ。船の中での出来事を知っているのは俺と荼鬼位なもんだし、荼鬼に至ってはおっさんが殺したはずだ。
「とりま、あっちでは連絡して人数分の旅館確保しておいてもらってるから、後で料金払っておくんだよ」
高くないと良いんだが。
てか、このおっさんの収入源が気になる。
それから約三分後に港に到着した。
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琉助を背負いながら船から降りると、黄色い作業着を着て綺麗な黒髪を後ろで結んだ、優しいそうな顔の男性が出迎えてくれた。
「君が山門健君だね。僕は笹原文和って言うんだ。影村さんから色々聞いているよ。これからよろしくね」
なんだろう。久しぶり物凄い常識人に出会った気がする。
明らかな歳下の俺にも物腰柔らかく、丁寧に挨拶してくれた。こちらも、返さなければ無礼というモノ。
「よ、よ、よろしゅく、おねぇがいしましゅ」
重くそ噛んだ。ヤダもう〜恥ずかしいわ〜。
「はは、そんなに緊張しなくても良いよ。僕はただのおっさんだから。ね、影村さんや師匠みたいに偉い人ではないから」
おっさんってそんなに偉いん?威厳もクソも無い気がするが。まぁ、日本に三人しか居ない妖気法使いなのは確かだと思うから、きっと偉いのだろう。
「すいません。こちらからもよろしくお願いします」
「ワシの時と態度違くない?」
そんなわけない。おっさんの方は最初はちゃんと敬っていたが、会話の中でその必要がない事が分かった。笹原さんもその後の印象で変わるかもしれない。
「ふぇっ」
せっかくなので鼻で笑っておこう。
「酷い!君をそんな風に育てたつもりはないぞ」
「一年間も育児放棄した人に言われたくない」
「過ぎたことをぐちぐち言う人は女性に好かれないよ」
「それを言い訳に過去の事を反省しなくてもいいと思っている人は他の人から好かれませんよ」
おっさんが自分の事を正当化しようとしたので、即座に俺が切り返した。何も反論の出なそうないおっさんは、いきなり大きな咳払いを立てた。
「ゴホン、ゴホン、ゴッホン。ところでだけど笹原ちゃん。予約した旅館ってどこだっけ?」
「おい話を逸らすな」
吹けていない下手な口笛で白々しい態度のおっさんの肩を掴もうとした瞬間、逆に俺が笹原さんに肩を掴まれた。
「まぁまぁ落ち着いて健君。影村さんだって悪気があってそんなことをした訳じゃないんだから。そこは大目に見てあげなよ。、、、、これくらいで一々怒ってたら持たないよ、心が」
成程、この人もこの人なりに苦労しているんだな。ほんのりと笑顔の裏に闇が見えた気がする。
「改めてよろしくお願いします」
この人とは今後とも仲良くしていきたい。
「よろしくね。でだけど僕が予約している旅館なんだけど、中々良さそな場所がこの辺りにはなかったんですけれど、車を三と半時間ぐらい走らした所に見つけたのでそこを予約しておきました。四人で良いんですよね?」
「ああそうだ。だが、カモフラージュの為に一日しか居ないが三日分で予約にしておいてくれ、なんだその顔、金は全部ワシが出すから。そんな顔しないでくれ」
無駄金を払うと聞いて、俺が露骨に嫌そうな顔をしているのに気付いたおっさんが太っ腹なことを言ってくれた。
これはちょろい女なら即落ち二コマまである。
「影村さん、僕の分は良いですよ。彼にも悪いですし」
「良いの良いの。そんな端金、別に問題ないさ」
うん?彼に悪いって言った?
「彼ってのは笹原さん、誰の事ですか?」
「彼は、影村さんのお弟子さんだよ。凄いお金持ちで影村さんと仲が凄く良いんだ。確か、健君と同い年だったはずだね」
大丈夫それ。洗脳して金貰っていない
てかさぁー。
「テメェの金じゃねぇのかよ。途端にカッコ悪いじゃねぇか」
「いいかい。ちょっと多めのお小遣いみたいなものだから、いや年金、そう年金だ。ワシは日本では書類上は死亡扱いだから貰えないんだよね。その代わり的な感じ」
いや、この流れ的にはこれぜってぇそのお弟子さんに立替させるヤツだろ。
妖気法使いのお弟子さんってみんな苦労しているんだな。この件に関しては俺はあまり関係ないから、これ以上はおっさんに追及する気はない。
「まぁ、俺が払わなくても良いんなら、それで良いです。ささっと行きましょう」
「そうだね。長居は返って危険だかね」
そう言うと俺達は車まで移動を開始した。
「運転はワシがするよ。笹原ちゃんも疲れているでしょ」
「分かりました。お願いします」
へぇー、おっさんって運転できるんだ。以外だな。
車の運転?待ってよ。
俺は黒塗りの大型車の運転席に乗り込もうとするおっさんを呼び止めた。
「おっさんって書類上は死んでいるんですよねんですよね?」
「そうだけど。それがどうしたの?」
この会話には不思議な点は無い。先程、おっさんがその事を言及されたからだ。
だから、俺の問いに対して、「コイツ何言ってんだ」みたいな疑問を浮かべている。
そこで、俺は別の質問を投下した。
「死んでいる判定の人が運転免許持っているんですか?」
それを聞いた瞬間、おっさんの動きが完全にピタリと止まった。
そのまま、振り向かずに言い返してきた。
「ほら、運転は免許じゃなくてテクニックだから。ね」
それは絶対に駄目だ。
完全にアウトです。
「Changeで」
「ほ、ほら、笹原ちゃんも疲れていると思うし」
動揺しながらも反論を述べてくる。
「Change」
俺は汚物を見るような瞳で火星張りに冷たくそう言い放った。
「だ、」
「Change」
「ちょっ、、」
「Change!」
「待っ、、、」
「Change!!!!]
つい感情的になって大きな声で怒鳴ってしまった。
それにはおっさんも怯んでしまって、そのまま天井に頭をぶつけてやっとこちらを振り向いた。
「分かったよ。ごめん、笹原ちゃん。やっぱり運転頼んでいい?」
押し負けたおっさんが、笹原さんに申し訳なさそうに運転の交代をお願いした。これに関しても俺は一切悪くない。
「ははっ、やっぱり、そう思うよね。僕なんかそう強く言えないからね。やっぱり若い子って良いな。思ったことをそうはっきり言えるのって」
妖気法使いの中でのバリバリの縦社会を感じてかなり恐怖を感じた。
その後は、笹原さんの『ちゃんとした』『安全』な運転で旅館まで向かった。
そのころ俺はこの短時間でおっさんが一気に威厳を失くしたと考えていた。
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とある旅館の一室。
陽は完全に沈み月光の光が部屋の障子の隙間から薄っすらと秋風と共に入ってきていた。
「紗弓ッ!」
俺ははっきりと意識を取り戻し、短い時間ではあったものの共に行動していた少女の名前を叫び飛び起きた。
網膜に焼き付くのは荼鬼と名乗った恐怖による蹂躙と自分の愚かな行動の結果であった。
あの後何が起きたかも気になるが今気になるのは、
「ここはどこだ?」
自分の所在地だ。
見るからに料金の高そうな旅館の和室であった。更に言えば自分も浴衣のような少し肌寒い紺色の布を纏っている。
隣を見ると少し離れた位置にもう一枚別の布団が敷かれている。
ここから分かる事は、俺は気絶している間にこの旅館に運びまれたという事。順当に考えるなら健の犯行だと思われるが、外の景色を見る感じ船の目的地の港町から大分遠くにあることが分かる。ここまでの距離を俺を怪しまれずに運ぶには協力者が必要なはずだ。
「その協力者は一体だれか?」
いつの間にか船の事を遠ざけるかのように俺はこの状況の推理に浸っていた。それはきっとあの船の結末を知りたくないからであろう。
俺は顎に手を置きながら熟考した。
「可能性が一番高いのは、例の不審者か?だが、それはご都合すぎる」
そんな単純な脚本は評論家が読んだら酷評するだろうよ。
とりあえず、部屋を出て健を探すか。部屋の引き戸を開けて廊下に出た。
廊下は木材の温かい色と丁度いい光量の灯りが心地よい。
廊下をずっと進んでいると大広間のような場所に出た。そこには、見覚えのある顔が居た。とりあえず、評論家からはバッシング不可避だ。
「おおー。やっと目覚めたんだね、馬飼琉助君だね。おはようよりもこんばんわの方が正しいかな」
旅館の雰囲気を崩すような洋風なソファーに腰掛ける白装束みたいな浴衣を着る人物が話しかけてきた。
「いや、まずは初めましてが最初です。そして、海外風で呼ばないでください」
その風貌は俺の想像していたモノよりも謎が覆っていた。
一見、ただのおっさんにも見えるが、この男はそれを狙っているように感じる。総じて胡散臭い。
「いいじゃん。そっちの方が語呂が良いじゃんか。本人が嫌がっているなら変えるけど」
「そうして下さい」
俺は引いた眼でそう言った。
「わかったよ。あっ、そうそう、ワシの名前を言うのを忘れていた。ワシの名前は影村寿雄という。肩書は健君から聞いているかい?」
「聞いてないです。何だかんだで話を逸らされたので、教えてもらって良いんですか?」
アイツの場合は許可不許可の問題だろうし、本人に聞けばそこは問題にならないだろう。
「聞きたいか?それを聞いた瞬間、君は元の世界に戻る事の出来ない。そして、身の毛のよだつ様な死の恐怖の疼きを感じることになるだろう」
あえて低い声で言う事で言葉の重みを増しているが、聞いた事のある台詞でもあったが、それを言うことで一般人である俺に世界観の違いを示しているのであろう。
「あの荼鬼にも関係することでもあるのか?それは」
「荼鬼以上の脅威だ。君が目撃したのは氷山の一角どころか頂点の先っぽだけだ」
そうか。そこまで言われたら俺の答えは一つだけだ。
「オーケイだ、教えろ。俺は健の隣で死ぬと決めている」
俺に残されたのは健に対する贖罪だけだから。
「いい返事だ。ワシはこの日本に多分三人しか居ない妖気法使いだ」
「妖気法、使い?」
マジで聞いた事のない単語だ。
「説明は後で健君に聞くんだな」
そう言うと影村は立ち上がって、廊下へと去って行った。
最後に聞きたいことが有った。とても聞きたくない事だが。
「おい待て。最後に聞きたい事がッ!」
俺は手を伸ばして、大きな声で影村を呼び止める。
しかし、伸ばした手はそのまま空中に静止した。影村の発言で。
「君の心配しているであろう彼女はもうこの世には居ないよ」
振り返る事もせずに淡々とそう告げて、そのまま去って行った。
俺はそのまま膝を床に着いた。
「・・・・・・・俺が悪いのか」
いつも俺の選択は間違ってばかりだ。あの時も荼鬼を放置して探索に行けば彼女は助かったかもしれない。もしかすると、この選択も間違っていたのかもしれない。
今の俺に出来る事はただこの選択の行く末を『傍観』するだけなのだろうか?
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とある洞穴の入り口にて
長身の男が電話を手にしていた。
「ああ、分かった。山門健とは私が『戦おう』」
電話の相手からは山門健の現在位置などが伝えられた。
この場は他の『鬼』は居ない。『彼ら』の隠れ家として使っている場所とはまた別の天然の洞窟を簡易的に改装したモノで、彼と彼の相棒しかこの場所を知らない。
「それで、いつ頃彼は来るんだ?」
次に山門健がこっちへと来るのかを訊ねた。
「そうか、明日の夜にはか。分かった。こちらはもう切らせてもおう」
そう言って電話を切った。次に男は上司より渡された指令書を手に取った。そこには例の集落の襲撃の追加要請が記されている。本来、彼の身分では受け取る事すら出来ないが、受け取るはずの者が既に死んでいるので、彼が本部にバレない様にそれを受け取ったのである。
そして、男はそれを握り潰した。
その瞬間、書類が発火して跡形もなく灰になった。
「一年ぶりだな。会えるのが待ち遠しいぞ『戦友』よ」
男は仲間から『赤鬼』と呼ばれている。
琉助はこれからドンドン病んでいきます。皆さんも温かく彼を見守ってあげましょう。
解説
笹原文和について彼は、以前に影村寿雄が使用してた物質を小さくして保存するキューブを妖気法で生み出しています。本作随一の常識人なのでこれからの活躍に期待してください。(遠い眼)