第98話『革の日記』
気をきかせたジュリアさんが部屋を出ていったあと、ひとりになったわたしは椅子を引いて座った。手が疲れないように机の上で日記を開いて、ページをめくる。
3枚目をめくると、1年前に見た懐かしい字が飛びこんできた。以前、文字から森のなかで王と出会ったことや、神子となり、やがて結婚したことを知った。そこまではお城の日記で読んだんだ。そして、今回の日記はちょうど10年前からはじまっている。レーコさんが姿を消したその後の日記だった。
『わたしは森のなかを走っていた。幼い娘を引き連れて』
レーコさんの息づかいが耳元で聞こえてくる。まるで身近にその様子を見ているかのように明確に想像できる。
ベルホルンの森をレーコさんとその娘が駆けていった。しかし、娘は足がもつれてこけてしまう。レーコさんは娘を支えようとしたのだけど。
『娘の手は遠く離れてしまった。もう一度、手を掴もうと、筋がぴりっとするまで伸ばしたけれど、娘の手は消えてしまった。そう、何を言うでもなく、瞬く間に姿形は消えてしまったのだ』
レーコさんの娘はニーナさんのはずなのに、消えてしまったという。何度も悔いるように「消えた」と続く。紙に残ったよれた部分は涙の跡なのかもしれない。指で触れると、わたしの胸も苦しくさせた。
『しばらくして、娘と離れたわたしをジュリアは起こしてくれた。しっかりしてくださいと言って。そして、最もな説教を食らった。娘にもわたしのような力があるとしたら、またふたたび森へ戻るはずだ。それまでは娘はきっと安全だからと』
森を出てからは、レーコさんがフィンボルンやゲオルカで見たものや、カルウィックの廃墟で子供と出会ったことまで事細かに書かれていた。死ぬまで喪服を身につけることや名前を変える決意もつづられている。
『わたしはその子とともに娘の帰りを待つ。そして、娘が戻ったとき、わたしは復讐をはじめる』
「復讐」
思わず、指でなぞった言葉にわたしはすべてを悟った。レーコさんがわたしにとってどんな存在なのか。それを改めて考えたとき、ひかえめに扉が開かれた。ジュリアさんが現れる。誰かに気持ちを打ち明けたかった。
「ジュリアさん、わたし……」
「すべて、知ってしまわれたのですね」
彼女は結論の逃げ道を塞ぐように後ろ手で扉を閉じた。




