第86話『大事な人』
宿屋を出たところでマージさんから小さな袋を手渡された。あたたかいそれは外側から見てもちょっとわからない。何だろうと思って、紐をゆるめて中を見ると、そこには平たいお菓子が入っていた。顔を近づけてみると、甘い紅茶の香りがする。
「あのお茶を気に入ってくれたみたいだから、お菓子に練りこんでみたんだ」
「ありがとう、大事に食べます」
「それと、サディアス。あんたは頼りない。もうちょっと体力をつけないとダメだ。そんなんじゃ、大事な人を守れないよ」
何だか、説教されているサディアスは貴重だ。いつもわたしに説教してくる立場だから。
それよりも、大事な人がいることを否定しなかった。サディアスにも大事な人がいるんだと思ったら、胸がちくっと痛んだ気がした。すぐに手を当ててみるけど、痛みは一瞬だけで何ともない。きっと、気のせいなのかも。
「でも、あんたは不器用なりにも大事な人を想ってるんだね。それだけは誉めてやれる。フォル……ミヤコのこと、頼んだよ」
「頼んだよ」と言われたサディアスはうなずいただけで、重く受け取っていないみたいだ。心のなかではどう思っているのか、わからない。
だけど、サディアスが約束を破ったことは1度もない。確かに一言多いけど、頼まれたことはちゃんとやる。だから、わたしのことも頼まれてくれるはずだ。
お別れを言うのは悲しいけど、わたしはさようならをした。また遊びに来ますとマージさんと約束をして、宿屋をゆっくりと離れていく。今回ばかりはサディアスもわたしの歩調に合わせてくれる。
しばらく歩いて後ろを振り返ると、手を振るマージさんが見えて、わたしはまたさようならと叫んだ。それから、あまりに名残惜しくて何度も振り向くと、隣から「いい加減にしろ」と怒られる始末だった。
「ちょっとくらい良いじゃない」
「この通りは長い。後ろを振り返れば、おかみがまだ見える。ここから曲がるぞ」
「えー」
嫌がるわたしを無視して、サディアスは適当な路地に入った。狭い路地に入ってしまえば、マージさんを見ることはできない。だけど、ひとりで取り残されるのは嫌で、わたしも狭い路地に踏み入れることにした。




