第76話『デート』
翌朝になっても、サディアスは部屋から出てこなかった。食事もとらないで、こもりきり。クラウスさんと一緒の部屋で大丈夫だろうかと心配していたけど、喧嘩の声はしなかったから、たぶん大丈夫だったはずだ。
階段を降りてきたクラウスさんの笑顔も平和そのものだった。あいさつを交わして早々に、気になっていた疑問をたずねてみることした。
「あの、サディアスは?」
「気になりますか?」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
確かに気になるけど、クラウスさんはたまにいじわるだ。にこにこと嫌気のない笑い方をしながら、口調はからかっているようなんだもの。
「ずっと、熱心に本を読んでいましたよ」
「どうせ、暗いなかでもろうそくの明かりで本を読んでいたんでしょう?」
サディアスがこそこそと本を読んでいる様子は、すぐに想像できた。
「その通りです」
「やっぱり」
徹夜したってことは昼まで寝ているつもりなのかもしれない。本当に不健康なんだから。お城から出ても変わらないのだ。
サディアスの話題が過ぎると、クラウスさんがわたしの手をとった。男らしい筋肉質な手をダイレクトに感じると、もう手汗どころじゃない。震える。
「それでは参りましょうか」
「は、はい」
声も上ずってしまう。手が触れているだけで胸が高鳴るわたし。こんなので、今日1日、無事に(精神的な意味で)帰ってこれるだろうか。手を引かれながら、少しだけ不安になった。
ふたりで宿屋を出てから、市場へ向かう。にぎわった人ごみをクラウスさんの手が導いてくれる。
周りの人からは兄弟ぐらいしか思われていないだろう。せめて、スカートやワンピースで着飾れたら、多少は恋人同士に見えたかもしれないのに。文句は言えないけど、少し残念だった。
市場には色とりどりの果物が並んでいた。つやのある青い野菜がたくさん積み上がっていたり、何に使うのかわからない、バスケットに入った粉末の山。スパイスなのかもしれない。
食べ物だけじゃなく、衣類とかアクセサリーとかも並んでいて、わたしには輝いて見える。あまりにも見すぎていたら、クラウスさんが「あなたに贈ります」と言って買ってくれた。
「そんなつもりじゃ」
「どうか、もらってください」
小振りな石を繋げたブレスレット。陽に向けてかざすと、きらきらと石が輝く。男装をしていても邪魔にはならないし、わたしはすぐに身につけた。
「ありがとうございます」
「いいえ。よくお似合いです」
そんなひとことがくすぐったく感じて、笑ってしまった。




