第53話『逃亡』
神殿の窓を越えて夜の外気に触れたら、くしゃみが出た。やっぱり、夜風が通り抜けると肌寒い。ネグリジェの上に何か羽織れるものを持ってくるべきだった。
今さら後悔をしていたら、サディアスが自分の上着を脱いで、それをわたしの頭にめがけて投げつけてくる。
「ちょっと、何するのよ!」
「早く着ろ。それで顔を隠せ」
いっつも偉そうで本当に面白くない。だけど、ネグリジェは風通しが良すぎるのだ。仕方ないんだといちいち言い聞かせながら、フードつきの上着をちゃんと頭からかぶった。
足元も外を歩くようにはできていない、薄いスリッパみたいな靴だ。だから、走るのも大変で何度も転びそうになってしまう。
「早くしろ」
心ないサディアスから急かされたら、またしても、明かりのない庭で足がつまずいた。
「きゃっ」
本当に最悪だ。前にいたサディアスの背中にしがみついてしまう。これは不可抗力だから、どうにもならない。
しがみついているとわかるけど、サディアスの背中は意外と硬い。わたしが体重をかけてもその場に止まっていられる。悔しいけど、男らしい。
「いつまでそうしているつもりだ?」
「あ、う、ごめん」
正面からだと全然平気なのに、振り向きざまににらまれるとちょっと恐い。眼鏡がないことも影響しているのだろう。サディアスからはまたあきれたように、ため息を吐かれてしまった。
「手を貸せ」
「し、仕方ないなあ」
なんて苦し紛れに言う。結局はサディアスの冷たい手に引かれて神殿の裏側を走ることになった。
入り口とは反対方向に走って、どこへ向かうというのだろう。
「ここだ」
命令口調で指示された場所は花畑だった。赤い花がたくさん咲いている。彼はべりっと地面をはいでいく。これって、作り物だったんだ。
地面をはいだ場所には蓋があった。隠されていたのがわかる。その蓋をとると、降りれるようにはしごが下まで垂らされていた。
「この先に何があるの?」
「城の外に出られる。そこから、ある人物と落ち合う手筈になっている」
「ある人物……それって」
たずねている暇はなかった。わたしたちを追ってきたのか、たくさんの靴音が聞こえてくる。このままじっとしていれば、捕まってしまうのは目に見えている。
「先に行け。もたもたするな」
もたもたするとサディアスに蹴り飛ばされかねない勢いだ。うながされて、わたしははしごに手と足をかけた。下を確かめる余裕はない。早くはしごを降りなくてはならない。本気で蹴り落とされる前に。
ぱらぱらと頭上から砂が落ちてくる。サディアスのブーツから落ちているのだろうけど、いちいち怒ってはいられない。無我夢中になってはしごを降りた。




