第23話『心の拠り所』
わたしは椅子に向かってすとんと落ちる。何にも言えなかった。サディアスが流れるようにしゃべっていたから、わたしは聞くだけになっていた。
「俺たちベルホルンの人間と神子には絶対的な違いがある。
お前が舞い降りた場所は確か、森だな。
ベルホルンの人間は普通、あの森に入ると、獣の姿になる。
だが、神子となる者は人のかたちを保ったままだ。
なぜそのような作用を起こすのか、まだ答えは出ていないが、神子に魔力は通用しないのかもしれない」
サディアスの言ったことはわたしのなかでも体験済みだった。クラウスさんとニーナさんは獣の姿になったけど、わたしは何にも変わらなかった。それは神子だから人間の姿でいられたってこと?
「もう1つが神子は言葉に不自由しない。習う必要もなく俺たちの言葉を話す。それは神子としての能力が潜在的に眠っていて、こちらへ来ることで覚醒するのだろう」
確かにわたしはここに来てから聞き取れなかった言葉はない。今だって、サディアスが言った言葉の意味がわかる。悔しいけど、2つとも、わたしに当てはまっていた。納得するしかないのかもしれない。
「やっぱり、わたしは神子なの?」
「ああ」
「もとの世界に戻れないの?」
「……ああ」
サディアスでも同じ結果なんだ。変えようのないことなんだと思ったら、肩の力が抜けた。そうしたら、心の糸もゆるんできた。涙があふれた。
悲しいのか、悔しいのかわからない。指で拭ってもどんどんあふれて、落ちた。サディアスの目の前でなんか、「泣きたく……ないのに」。
「泣きたくなくても人は泣く」
「あんたも……泣くの?」
「俺は泣かない」
「ウソ」
涙を流さない人間なんていない。サディアスだってきっと泣く。お父さんやお母さんを失ったとき、大切な人に会えなくなったとき、涙が感情になってこぼれ落ちる。そういうものでしょう? でも、サディアスは泣かないと断言する。
「今は泣こうがわめこうが俺には関係ない。だが、神子になるからには涙など流すな。お前より不幸な子どもや大人たちが、神子にすがってくる。お前はそいつらの心の拠り所になるんだ」
「心の、拠り所」
神子の仕事の1つは心の拠り所になること。
「明日から同じ時間に来い」
「えっ?」
それって、わたしにいろんなことを教えてくれるってことなの? ちゃんとたずねたいのにサディアスは背中を向けて、ろうそくごと奥の部屋に行ってしまう。
「待って!」
椅子から腰を上げたときにはサディアスはもういなくて、薄暗い部屋にひとりきりになっていた。ろうそくを持ってちゃったら真っ暗じゃない。
だけど、今はちょうど良かった。ひとりなら大声で泣いてもいいし、どんなひどい顔をしてもわからないから。わたしはしばらく薄暗い部屋で感情を流していた。




