第115話『塔の部屋』
手荒な真似はしないようにと訴えたのに、騎士のひとりがジュリアさんの腹部を殴った。たぶん、ジュリアさんが抵抗をやめないからだろう。サディアスならまだしも、女の人相手にして殴るなんてやり過ぎだと思う。
ジュリアさんはその場でぐったり倒れてしまった。
「ジュリアさん!」
この国の騎士は罪人に死が当たり前だと思っている。だから、彼女を失いそうで恐いのだ。
でも、そんな思いにかられたとき、「うるさい、わめくな、フォル」と声がした。サディアスのほうを見ても、彼はうつむいていて顔色をうかがうことはできそうにない。
だけど、はっきりと声は耳を伝わり、胸の奥にまで届いてわたしの心を落ち着かせてくれた。
――そう、わめいても仕方ない。こういうときこそ冷静にならなければならないんだ。きっと、ジュリアさんは大丈夫だ。言い聞かせる。
「連れていけ」
非情なのか、職務に忠実なのか、たんたんとガストンさんは命令した。結局、抵抗をやめたサディアスやジュリアさんはそのまま連れていかれてしまった。
わたしはガストンさんと残されて冷や汗をかいた。もちろん、ガストンさんの容姿から考えても抵抗なんてする気は起きなかったし、命は惜しかった。
逃げられないようにするためなのか、強い力で手首を引っ張られる。これって暴力だよねと思いながらも何も言えなかった。ガストンさん恐いし、黙ってついていくことに決めた。
わたしたちが向かったのはお城にある塔(北東、南東、北西、南西の位置にある塔)のうち、北東の場所だった。
塔のてっぺんまで歩くというハードな運動の後には、分厚い扉が待っていた。どうやらゴールはここらしい。外側から鍵がかけられるようになっていて、まさに幽閉のための部屋って感じだ。
ガストンさんは扉を開けて、わたしに入るようにとうながしてくる。手首を掴んでいた手が離された。今さら抵抗をする気も起きないので、部屋の中に足を踏み入れる。仕切りがなく広々としていた部屋には、ベッドや文机、テーブルセットに本棚まであった。
窓には鉄格子がはめられていて、外も満足に見えない。精神的にはきゅうくつな場所だ。
扉には小窓が開いていて、のぞきこむと常駐の見張りの後ろ姿が見える。鍵をかけるはずなのに、厳重に警備されている。逃げられるわけないのに大げさなものだ。
気にかかるのはそのくらいで、あとは大人しくしていれば良いとのことだった。ガストンさんは扉を閉めると、警備の兵士と何かを話してから後にした。
ひとりになったわたしはとりあえずテーブルから椅子を引き出して座った。塔の部屋は物音や人声からも切り離されていて静かだ。静かな中で落ち着いてみると、疑問が頭に浮かんだ。
――何で、待ち伏せをされていたんだろう? わたしたちが荷馬車を使うことをあらかじめ知っていた? どうやって知ることができたの?
そこまで考えたとき、わたしは思い出してしまった。馬車のなかでサディアスがこぼしていたことを。
「そんな……」
荷馬車を使うことを知っていたのはわたしとサディアスとジュリアさん。あとはルルさんと……クラウスさんしかいなかった。
考えたくはないのにどうしてもクラウスさんの顔が浮かんでしまう。笑顔の裏側にはわたしの知らない何かがあったのか。本人に会わない限り、答えは出そうになかった。




