第100話『雨あられ』
ジュリアさんのひとことで沈黙が落ちた。何も言えないでいると、次第に屋根を打つ激しい音が降ってきた。廃墟の天井の隙間から、水滴がしたたり落ちてくる。
「雨……」
外にいるサディアスが気になってくる。あの男は雨に濡れたって1つ目的を見つけたら、それをやりとげるまで動かない。体が弱いくせに無理をするんだから、ほうってはおけない。
部屋を出る前にこれだけは伝えておきたかった。
「ジュリアさん、わたし、このことをサディアスに言います。『お前が姫なんて世も末だな』って、何でもないことのように鼻で笑ってくれるはずだから」
廃墟を出ると、予想した以上に泥をはね飛ばすくらいの雨が降っていた。これはしばらく、やみそうにないなと予想する。
雨が降っているのに墓地にいるんだろう。早くサディアスを問いつめて、『わたし、本当はお姫様なの』発言で驚かせてやりたい。そんな気持ちで、薄暗く怪しい感じがする墓地に向かった。
すると、ぐっしょりと濡れた重たそうな赤い頭を見つけた。わたしが近づいてもしゃがんだままだ。石碑に向かって動かないでいる。本当に困った男。真っ赤な後頭部に「風邪ひくよ?」と声をかける。
「ああ、かもな」
へたしたら無視されるかもと思ったから、まともに答えが返ってくることに安心する。
「体が弱いくせに」
「そうだな」
素直にうなずくサディアスに気味の悪さを感じる。反論されないことが気まずくて何か話題を探した。
「で、何やってるの?」
「思い出していた」
「思い出す?」
「ああ」
カルウィックの思い出ということは、ここに来たことがあるのだろうか。確か、森の外に出たことがないと言っていたはずだ。そこは矛盾している。
「かつて、俺はここで暮らしていた。父はカルウィックの農夫で母は村長のひとり娘。俺はその間に生まれ、幸せだったらしい。しかし、今の今まで思い出せなかった。あの日、あの女に会ってからの記憶しかなかった」
「あの女?」
「お前も知っているだろう、またの名を……」
じわじわと何かが迫って、わかりそうな気がする。次を言おうと、サディアスの唇が開く。わたしもそれに合わせて口を開いていた。
「ルル」
「ルルさん」
雨音がうるさかったとしても、ふたりの声は重なって、1つの名前を呼んだ。レーコさんの日記に書かれた、死ぬまで喪服を身につけることや名前を変える決意。そして、このカルウィックで出会った子供というのは――サディアスだった。




