親友がパッと見チートヒロインに見える訴訟
「もう、一体どうしたっていうの?折角、数日ぶりの朔くんとの再会だったのに」
庭園を出て、母屋側の道の木陰で立ち止まった私は、杏の腕を放して向き合った。杏は、不思議そうな表情を浮かべながらも、何となく私の行動の理由に察しがついているのか、どこか浮ついて見える。
「いいじゃない。どうせこれから先何度だって会えるんだから。ねぇ、『朔くんの唯一』さん?」
「…え?」
「とぼけたって無駄よ。まさかもう朔くんと相思相愛だとは想像もしてなかったわ。さすが強くてニューゲーム。この前は情報をほぼ使えないって言ってたけど、もう使う必要もない状態にしてたとはね。それにしても教えてくれても良かったんじゃない?そりゃあ無事念願叶ったわけだから、その余韻に一人浸りたいって気持ちは分かるけどさ」
でもやっぱり水臭いわよ、とそう続けようとした私は、そこで初めて杏が口を開けてぽかんとしているのに気付いた。
「なに?どうしたの?」
「ほんと、に?」
「は?何が?」
「私が、朔くんの唯一って」
「何を今更。こちとら散々、朔くんの惚気話を聞かされたんだから」
半分は私から聞いたことだけど、まあそれは置いておこう。惚気だったことに変わりはないし。ということで、さっき朔くんに聞いたことをかいつまんで話して、ついでに、ただ一人助けたいと思える相手だってよ、良かったねとからかっておいた。そこまで効果があると思ってやったことじゃなかったけど、意外や意外、それを聞いた杏は面白いくらい一気に顔を赤くさせた。
「あ、杏?」
そのあまりの赤面ぶりに、今度はこっちがぽかん状態だ。ていうか、耳まで真っ赤…。
「う、うそ…うれしい」
だけど杏は、驚く私に少しも気付いた様子もなく、ぽつりと呟いて笑んだ。それは、心底嬉しそうな笑みだった。
幸せすぎて頭がふわふわした杏から、何とか事情を聞き出せたのはそれから大分経った後。もうすぐ稽古が始まると、朔くんが呼びに来る直前のことだった。
まあそれだって、私からの問いに杏が返した碌に要領を得ない答え諸々を繋ぎ合わせてぼんやりと分かった程度だけど、多分そこまで間違っていないと思う。
で、だ。それによると、確かに、杏は大会以前に朔くんと会っていたし、朔くん本人から手助けするとも言われていたらしい。だから、杏が朔くんの唯一であることはやっぱり間違いない(朔くん自身が認めていたから間違いも何もないんだけど)。ただ、朔くん本人からしっかりとそう言われたわけじゃなかったし、また、杏も「唯一」となる程に助けたいと思われてるとは考えもしなかったんだとか。
つまり、私の親友は策を弄せずとも無意識に想い人を落としていた、ということになる。何てチートな。
いや、それにしても、それが分かってから溢れ出る笑みの可愛らしさったらないね!にやにや笑いに近い
だろうに、普通に満面の笑みを浮かべる(しかもどこか恥じらいがある)天使にしか見えない。汚いなさすが美少女きたない。
実際、迎えに来た朔くんは見惚れてぽぉっとなってたし。杏が照れてもじもじしてたのもあって余計、同じ空間にいるのがこっ恥ずかしくなるレベルに甘さ全開だった。けっ。リア充爆発しろ。
因みに、私と朔くんの母親達は、この小さな恋のメロディに暫し驚いていたけど、すぐにそれは微笑ましそうな眼差しに変わっていた。和洋と異なれど、美少年と美少女の恋の始まりは、そりゃあ眼福ものだもんなぁ。
だから、杏は全然気づいてなかったけど、この瞬間に、私と朔くんの婚約の話はほぼ完璧に潰えていた。少なくとも母親達の中では。まだその話は出てもないし、元のゲームでだって酒の席の冗談交じりでの婚約だったけど、やっぱり、双方の家ではかなり前から(それこそお互いが誕生した頃からかもしれない)漠然と、私たちが一緒になるという考えはあったみたいだ。
「あらあら。薫ちゃんがお嫁に来てくれると思っていたけど、分からないものねぇ」
「そうね。それにしても、朔くんったらいつの間に杏ちゃんと仲良くなってたのかしら」
「え?あの子のこと、ご存知なの?」
「ええ。この前、薫が倒れた時に一緒に付いててくれてね。あ、もしかして、あの大会にも朔くんを見に来てたのかもしれないわね」
すぐ傍で交わされる言葉は、如実にそれを示していた。しかも、こっちが行動を起こす前に、上手いこと勝手に話が進んでいるみたいだ。
「あらまあそうなの。薫ちゃん、その時何か聞いた?」
「ええと、大好きな男の子がいるってことは。それがさくさんだとは知らなかったけど。でも、あんずちゃんがうれしそうだから私もうれしいです」
「そう。あんなに可愛い子に好かれるなんて、朔ったら隅に置けないわね」
中身変態ですけどね。なんて内心独りごちつつ、それを表に出さず、にこにこ笑う。視界の端では、今だに、杏と朔くんによる初恋劇場~見つめ合う2人~が繰り広げられていた。