せめて攻略キャラの好感度を友好まで上げたい所存
慌てふためいて、ごめんねとただ言うことしかできない私に、アカバネくんは溢れ出る涙をごしごしと拭って首を振った。
「きみ、のせいじゃないよ。ぼくこそごめんね。ちょっとびっくりしたから」
「びっくり?私がいきなり声をかけたから?」
「じゃなくて、声をかけてくれたことにおどろいたんだ。ぼくに声をかけてくれた人は、ひさしぶりだから」
「…え」
何それ。意味が分からない。だって、アカバネくんの家には何人も使用人がいた筈だ。多忙の父親や、今は無関心の義母がアカバネくんに声をかけなくたって、使用人の一人ぐらいは話しかけるものなんじゃないだろうか。でないと、食事とかお風呂の時、色々と不便だと思うんだけど。
「ちょっと前はね、お母さんがいたんだ。あまり家にいなかったし、そんなに話かけてもくれなかったけど、それでも、今みたいに全然ないなんてことなかった」
「お母さん…」
「うん。ぼくのお母さんね、すごくきれいなんだよ。でも…ぼく、何かしちゃったのかな。ちょっと前に、お父さんのとこにいなさいって言って、お母さん、どこか行っちゃったんだ。すぐに迎えにきてくれるって思ってたのに、全然こないし、ぼく、ぼくがわるいこだから、お母さんはっ」
「そんなことない!あなたは悪い子なんかじゃないよ」
突然母親と引き離されて、新しい家では誰にも構ってもらえなくて、その全部が周りの大人の勝手な都合なのに、それは自分のせいなのかもしれないと嘆くアカバネくんが悪い子な訳がない。いやそもそも、仮に悪い子だとしても一体どれほどひどいことをしたら、アカバネくんのような境遇に置かれるというんだろう。とてもじゃないけど思い浮かばない。
「会ったばかりなのに、ぼくがわるくないってどうして分かるの!?うそつき!うそつきはわるいこだって、お母さんが言ってた。…っ、ぼくも?ぼくも、うそつきだからお母さんおこったの?やだよ、ごめんなさい、お母さんごめんなさい。もううそつかないから、ゆるして。あの家はやだ、やだよぉ」
だけど、私の言葉は完璧に逆効果だったらしい。アカバネくんは、キッと私を睨みつけると、何かに気付いたように呟いて、泣き叫び始めた。さっきのような静かな泣き方じゃない。わんわんと大声で、いやだ、お母さん許してと何度も何度も繰り返すのだ。
失敗した。先入観から、アカバネくんは母親に良い感情を持っていないと思い込んでいた。確かに、高校生の彼はそうなのかもしれない。でも、今のアカバネくんは5歳で、母親とはつい最近まで一緒にいたのだ。今いる家の状況が最悪なこともあって、現状から救ってくれるのは母親のみと思っても仕方がない。つまり、5歳のアカバネくんにとっては、母親は恋い慕う対象であり救世主でもあるのだ。
彼が、母親に捨てられた=自分は悪い子だと思い込んでるなら、それを否定する私は、間接的に母親を否定したのと同じだ。アカバネくんが悪い子じゃないなら、どうして母親は自分を迎えに来ないのか、が説明できないのだから。
とすると、現段階で、アカバネくんの私に対する心象はあまり良くないだろう。私が何をしたって拒否される恐れがある。けどだからって、このまま母親を待ち続ける彼を放置なんてできない。そんなの、彼が地獄に投じられるのを黙って見ているに等しい。
それなら、私に出来るのは、何度拒絶されたって諦めないこと、ただそれだけだ。
いつの間にか、意味のある言葉は発さず、うわああんと叫び続けていたアカバネくんの手をぎゅっと握る。微かにぴくりと動いたけど、振り払われなかったことに安堵して私は口を開いた。
「ごめんね。何も知らないのに、悪い子じゃないって言ってごめん。だけどね、それでもやっぱり、私には、あなたが悪い子には見えないよ」
「ならどうして!お母さん、は、むかえに、っこ、こないの」
「お母さんも色々あるのかもしれないよ。だからね、一緒に待ってようか」
「…え?」
「だって一人で待つのはさみしいよ。二人なら待ってる間一緒におしゃべりできるし、さみしくないと思うんだ」
アカバネくんの母親が迎えに来ることはないと私は知っているけど、彼が待つというならば、付き合おう。もしかしたら、杏の起こしたバタフライ効果によって、母親が迎えに来る世界に変わってるかもしれない。例え世界が変わってなくて迎えが来なくても、少なくともアカバネくんが孤独に待つことは防げる。その間に少しでも仲良くなればいいけど、もし彼がそれを拒んだって、ずっと傍にいれば何かあった時に変化に気付ける確率も上がる。
ただし、アカバネくんが一人で待つことを選択した挙句、私を避けて家に閉じこもってしまうことになれば、私は彼の様子が一切分からないし、助けることだって出来なくなるわけだけど。
「ダメ、かな?やっぱり、一人で待ってた方がいい?」
さすがにそれだけは勘弁してほしいと願いながら、彼を見つめる。アカバネくんは暫くじっと私を見返した後、いっしょにまつ、と小さく答えてくれた。