第五章 - 犬猿の後日譚③
――という話を思い出したウチは、審判台の上でふわぁとあくびをひとつ。
悠坊の思考はだいたいこんな感じだろうなぁ、なんて思いながら脳内補完を挟んでみた。ところどころ優姫ちゃんからの伝聞を絡めてみたけど、だいたい合ってんじゃねえの?
優姫ちゃんは痛めた肘を治療しながら部活動に顔を出しているらしい。ウチは今までの優姫ちゃんの考えかたが間違っているとは思わないし、かといって部活に戻らないことが正解だったとも思わない。どんな環境であれ、努力という水をあげれば花は開くんだよな。
そんなふうに柄にもないことを考えてしまうのは、きっと真直な弟分のせいなんだろう。
鬼頭真尋ちゃんや、鬼頭真澄くんとの仲も概ね良好らしい。
昨日の敵は今日の友ってやつなんだろうか。それとも、お互いに全力を出しきってぶつかった者同士で通じ合う何かが生まれたんだろうか。一緒にテスト勉強するくらいだから相当仲はいいんだろうな。いいなぁ友達と集まってテスト勉強。若いなぁ……。
って、試験勉強と無縁の学生生活を送ってたウチが言うのも変な話か。
「ふわぁぁ……スポーツの秋だなぁ……」
端から見ればウチほど『スポーツ』という単語に親和性のないビジュアルの人間もいないだろうけど、これでも元プロだったんだから許されるんじゃね? なんて考えてみる。
まあ、秋というには残暑が厳しい季節ではあるけど。今日はちょうどいい気候だな。
そんなふうにのんびり構えていたウチの耳に、騒々しい声が飛び込んでくる。
「もう治ったって言ってるでしょ、はやくラリー始めるわよ!」
「マジで無理すんなって。俺の打球けっこう重いんだから」
優姫ちゃんがラケット片手に、悠坊にシングルスの練習試合をせがんでいた。
対する悠坊はあまり乗り気ではないみたいだけど……すぐ乗せられるんだろうな。
ほんと、毎日毎日飽きないねー。
まあ、『続けることが楽しい』のなら、これも悪くないのかな。
なんだかんだウチも楽しんでるわけだし。
あれからも鍛錬の日々は続いている。優姫ちゃんは部活動が終わったあとやオフの日なんかは、こうしていつものテニスコートにやってきてウチや悠坊相手に練習をせがんでいる。
対する悠坊も、コーチのアルバイトを続けながら忙しい日々を送っている。たまにこうしてウチを呼び出しては、来たる次のチャンスに向けて特訓を積んでいる。
「ふん。あんたのボールごときで壊れるほどヤワじゃないわ」
「言いやがったな、てめえ……!」
「なによ、文句があるならテニスで決着つけようじゃない!」
「――はいはい、ウチが審判やったげるから。とっととサーブ権決めてくれー」
ウチの声を契機にして、各々がコート上に散開していく。
センターベルトを挟んだ向こうに、優姫ちゃんのしなやかな体躯が躍る。
その対面には、すっかり手に馴染んだ硬式のラケットを握る悠坊がいる。
「行くわよ、申渡ッ!」
「来やがれ、狗上ッ!」
やがて、パコンッ、と軽快な打球音が聞こえてきた。
テニスコートの中、ラケットの奏でる打球音が響く。
覆いかぶさる数々の雲を突き抜けて――どこまでも。
きっと、そう遠くない未来へと響いていくんだろう。
そんなふたりの様子を見下ろしながら。
特に深い考えもなく、こんなことを呟いてみた。
ほら。喧嘩するほどなんとやら、ってよく言うじゃん?
「犬猿の仲ってほど、悪いペアじゃねえと思うんだけどなぁ」




