表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
test  作者: test
4/69

第一章 - 犬猿の邂逅(A-1)

『テニスはひとりじゃできないって習わなかったの?』

『あなたは上手だけど、良いプレーヤーじゃないわね』

『狗上は部の調和を乱している。自覚したほうがいい』

『厳しい練習を否定はしないけど、限度があるでしょ』

『なにムキになってんのよ、たかが部活のことなのに』


 頭の中に残る不快な記憶が、ひとりでに語りかけてくる。


「――うるさい……ッ!」


 ギリ、と奥歯を噛み締めて、ラケットバッグを背負い直す。


 退部してから1ヶ月が経とうというのに、あたしの足は自然とコートに向かっていた。


 身体が勝手にラケットを振りたがる。ちいさな頃からの癖。それが抜けるはずもない。

 テニスは生涯スポーツと言われている。子どもから高齢者まで老若男女楽しめる競技。

 ゆえに、公営のテニスコートは休日の予約が常に埋まっている状態。

 基本的に抽選順。


 その倍率は数十倍に及ぶこともあり、例に漏れずあたしが使えるコートは存在しない。


 ――まあ、そんなことを考える前に、打ち合える相手もいないのだけれど。


 まだ朝早いというのに、土曜日のスポーツセンター周辺にはボールを弾く軽快な音と、それに呼応する歓声や拍手が響いていた。


 楽しそうに身体を動かす人々を後目に、あたしは外れにある壁打ち場へと向かう。緑色の壁面にネットの高さを想定した線分が引かれていて、擬似的にラリーを交わすことができる。


 壁打ちはフォームが崩れるので練習には適していない……という考えは深く浸透していて、事実あたしもそう思うのだけれど、相手がいないのでは仕方がない。


 さいわい、壁打ち場にはあたし以外の姿はなかった。背負ったラケットバッグを背後のフェンスに立てかけて、その中から愛用の一本を取り出す。使い込んだ相棒のグリップはすっかり剥がれかけていて、(ガット)も緩んでしまっている。


 そろそろ張り替えないといけないかな……という気持ちが湧いたところで、今更なにを考えているんだと雑念を振り払った。


 ボールをふたつ手にとって、ベースラインに立つ。

 ポン、ポン……といつものルーティン。球をバウンドさせて、それを真上にトス。

 ふわりと浮かんだボールが重力に負けて、あたしの顔めがけて落下。

 同時に、腕を振りかぶり、足首に力を入れ、背筋をしならせて――。


「――んッッッ!」


 パコンッ! と小気味よい音を立てて、サーブを射出する。

 それが、壁面に走る線分のわずか上を通過して、反射する。


 ――ファーストサーブ、成功。


 テニスにおいてゲームをスタートさせる役割を持つサーブは、1プレイあたり2本打つ機会が与えられる。一打目はファーストサーブ、二打目はセカンドサーブ。2本失敗するとフォルトという判定が取られて、相手側に得点が入る。


 つまり1本目は攻めの姿勢、2本目は慎重さと正確性が重要だ。特に、速さと力強さの詰まったファーストサーブを決めることで、相手のレシーブを崩したり、次のプレーを致命傷につなげたりと、優位的に立ち回れる。


 存在しない敵を思い浮かべながら、跳ね返ってくるボールを打ち返す。

 パコンッ! パコンッ! とラケットの真芯で球を捉える。二の腕に確かな手応え。


 心地良い。


 やがてあたしの放ったボールは、架空のネットの下へと吸い込まれる。

 ラリー終了。


「……もう一本」


 この心地よさを、もっと味わっていたい。


 もう一本。

 もう一本。

 さらに、もう一本。

 ボールを打っている間は無心になれる。

 頭蓋の中に沈殿する雑念が溶けていく。

 あたしは繰り返し、サーブを打っては帰ってくるボールを打ち続けた。


 どれくらいの時間が経っただろう。


 ちょっと休憩しようかな……とボールを回収して、背後のバッグへと向かう。

 ラケットをフェンスに立てかけ、財布を取り出し、自販機へと向かおうとしたところで。

 突然、声をかけられた。


「――なあ、あんた! ちょっといいかッ!?」


「ふあぁっ!?」

 び、びっくりした……。

 思わず手の中の一切合切を取り落としてしまう。カラン、と音を立てて転がるラケット。間抜けな音を響かせるボール。地面の上でぱかりと開いた二つ折りの財布から、数枚の硬貨がチャリンとこぼれ落ちる。

 そんなあたしのもとに、声のした方角からパタパタと小走りの足音が近づいてくる。


「……っと、ごめんな、驚かせてしまって」


 男の人。

 よく通る声だな、と思った。


 その場にしゃがんで、転がっていったボールを拾い上げてくれる。

 ふわりと風が吹いて、さわ……とあたしの髪がなびく。

 空気の動きに合わせて、そっと視線を上げた。


 そこに立っていたのは、上下ジャージ姿の男の子。

 あたしと同年代くらいに見える。


 身長はそれほど高くない。あたしと同じくらい。

 顔は……まあ整っているほうかな。

 

 しかしそれ以上に、あたしはその瞳に吸い寄せられた。

 意志の強さが表に表れたような、印象深い双眸。


「はい、これ。ほかになにか落とし物は?」

「ええ、特にないけど……ありがと」

「いきなり声かけて、ごめんな」


 目の前に差し出されたボールを反射的に受け取る。

 他に人影のない壁打ち場に、よく通る声が響いた。

 あたしが言葉を発する前に、ずい、と一歩詰め寄られる。

 なに? なにが起こってるの?


「あんたの壁打ちを、さっきからそこで見てた」


 同年代の男性に、真正面から見つめられる。こんな経験がかつてあっただろうか。


「サーブもストロークも、まったく無駄のないフォーム。次に飛んでくる位置を正確に把握する眼の良さ。左右に振られてもブレない安定した弾道。それがあの壁打ちから見て取れた!」


 浴びせかけられた声の意味を、じっくり咀嚼する。

 褒められている……のよね?


「それは……どうも」


 うつむき加減に、ポツリと答える。賞賛されて悪い気はしないから。


「で、改めて言わせてほしいんだけど――」


 神妙な表情ながら、はっきりとした声音で、目の前の男はこんなことを口にした。


「俺は、あんたが欲しいんだ!」


 一瞬、時間が停止した――そんな錯覚を覚える。

 呼吸も止まったような気がした……というか、たぶん止まっていた。

 かけられた言葉が、耳から脳へ到達する。そして反射的に口をついたのは。


「なっ――なによ、あんたッ!?」

「おぶぅッッッ!?」


 自衛本能が勝手に右腕を振り上げ……おもいっきり頰に平手を張る。

 いきなりなにを言い出すのよ、この男ッ!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ