【序章】犬猿のふたり
「硬式テニスには存在しない技、あんたに見せてやるよ」
人工芝の緑が映えるテニスコートの上。
対峙するのは、ひとりの男子高校生と、ひとりの女子高生。
中央に張られたネットを挟み、ラケットを手に向かい合う。
言い終わると同時、少年は持ち手を極端に短く構え始める。
ベースラインぎりぎりの位置に立って、低く腰をかがめた。
そんな少年の姿を見て、対面の少女がクスッ、と鼻で笑う。
「ふうん? なにをする気か知らないけれど、硬式で私に勝てると本気で思ってるの?」
――いいぜ、その高慢な鼻を叩き折ってやろうじゃねえか。
心の中で、少年は意気込む。
イメージはアッパーカット。
これから始まるのは、1対1のシングルスマッチ。
デュース無しのタイブレーク。サーブ権は少年から。先に7点獲ったほうの勝利。
「ふっ――」
裂帛の意気を込めて、少年は利き腕と逆の手……右手から、ふわりとボールをトスする。
刹那。
ぐいっと上半身だけを後方へ捻り、慣れ親しんだ軟式用のそれとはまったく異なる、ずっしりと重いラケットを、遠心力に任せて斜めに振り抜いた。
ゆるやかに描かれる緑色の放物線が、ネットの向こう側へと吸い込まれていく。
「……なによ、いくら硬式テニスが未経験だからって、まさかの下から(アンダー)サーブ?」
笑わせるわね――と、少女が勢いよく踏み込んだ。
その時だった。
「――曲がれッ!」
一度固まったレシーブ体勢、対して、少女の身体から逃げていく打球。
少年が声を張った、その瞬間。
相手のサービスコートに着地したボールの軌道が――ぐにゃりと勢いよく折れた。
「な――ッッッ!?」
それが優秀な選手なればこそ、固まった姿勢は、よほどのことがなければ崩れない。
だからこそ……想定外の軌道に反応が遅れる。
ビュンッ――と盛大にスイング音を立て、少女のラケットが空を切った。
驚愕の色に染まる相手の表情を一瞥し、少年は爽やかな笑みを浮かべる。
「ふう……なんとか入ったか」
同時に、安堵がその脳を満たした。
「しっかし、硬式のボールってほんと、スピンかけても形が歪まないんだな」
「な、に……い、今の、いったいなんなのよッ!?」
見開いた目を歪ませ、険しい視線をぶつける少女。
「ただのサーブだよ。お前が知らない、軟式テニスのサーブだ」
少年が見据えるのは、つい先日公表されたばかりの前代未聞の大会。
その頂上へと挑む覚悟が、瞳の中に宿っている。
だからこそ、少年は告げるのだ。
男女混合のペアを、組む提案を。
時は二〇XX年。テニス界に激震が走った。
第1回全日本青少年高天原オープン。
優勝賞金二〇〇万円を争奪するテニスの大会。出場資格は18歳以下。学生を含む。
その特異性は、二十歳にも満たない子どもに大金を与えるというものだけではない。
ミックスダブルス――男女混合の2人組でおこなわれるという、レギュレーション。
友達以上、恋人未満。お互いをパートナーとして尊重し合えるプレイヤー同士の結束力が存在しなければ、高みを目指すこと叶わない。
このような前代未聞の大会は、大会のスポンサーである高天原グループの代表取締役、高天原未知王の提案により急遽発足することとなった。
『ワシは見たいのだ――少年少女が手を取り合う、性別の垣根を超えた、熱い結束をッ!』
スポーツ産業の発展に貢献し、国内有数のブランド確立に尽力した偉人の放った鶴の一声。
それは、各種広告媒体やインターネットを通じて大々的に告知され、周知の事実となって。
絵空事のような情景は、まさに現実のものとなろうとしていたのだった。
「さあ、約束だったよな。俺とペアを組んで高天原オープンに出てくれるって」
「……考えるとは言ったけれど、組むと約束したわけじゃないわよ」
「負けといて今さらそれ言うか!? 頼むよ、一緒に天下獲ろうぜ!」
コートに響くのは少年の咆哮と、悔しさから彼を睨みつける少女の声。
真直な少年、申渡悠希。
孤高の少女、狗上優姫。
これは、ふたりの男女がともに未来を探す物語。その序章である。




