悪魔ではないから恐怖は抱かない
王子のご命令通り、私は英雄の顔を拝みに行く。『戦闘という名の遊びに誘い、実力を見てもいい』とも言われたが、これは余裕があったらねでなく、見てこいよの意味である。少なくとも私たち暗部はそう見て取る。
命令イコール望みだからね。王族の望みは何が何でも叶えないと。私が仲間たちから罵られ、最悪不出来だからと処分されちゃう。全く恐いものだ。勿論悪魔の数倍は劣るが。
『やんちゃがすぎないようにな』と付け加えられた言葉も、英雄を負傷しないようになのか、されないようになのか判別はつかない。王子はどちらの意味か読み取らせてくれなかったので、私は多少の危険があっても遊びに誘いに行かなければならなくなった。
「はー、頑張るとするかー」
英雄は彼をいち早く取り立て、後ろ盾になった辺境拍が所有する王都の屋敷に滞在している。英雄が上げた武功を王は無視しないで、利用することを選び叙勲する運びになったのだ。それで国の端から苦労して王都に出向き、屋敷で待機しているのである。
待機といっても、貴族の社交に連れまわされてお披露目に伝手作りと忙しいようである。私は夜会に向かう馬車を見て、どうしようかと唸る。
ここで顔だけでも拝めたらよかったが、馬車の中と外はシャットアウトされている。時間をかけるものではないので夜会に乗り込むか一考するが、下調べも準備もなくガチガチに固められた警備には挑みたくはない。騒ぎにならない、また実力を把握できる一対一の環境が望ましいこともある。
「屋敷にするかな」
辺境の関係上、王都の屋敷を利用することは滅多にないことから元々警備は手薄で、滞在にあたって増やしたようだが、それでも他と比べると手薄である。
馬車を襲ってもいいが、英雄といえども護衛や使用人もいる。屋敷で一人になったところで遊びに誘うとしよう。
屋敷に帰宅し寝静まったのを見定めて、私は屋敷の敷地内に侵入する。暗部の一員となった十歳の頃から四年が経つも、身長はそこまで大きくなっていない。そんな一回りも小さい体であるが、それを十分に発揮する運動能力は優れている。
警備の目をかいくぐりながら、屋敷に入り込むまでは簡単そうだと楽観していた。英雄はどこにいるかな、と予想を立てていた二階の辺りを見上げる。窓から飛び降りてきた者を直ぐに発見できたのは幸運だった。
「っ!」
ロングソードらしき形を見た私はその場を飛び退いて回避する。屋敷内から私を見つけた上、逆に急襲するとは実力もその自信もありそうだ。高所から飛び降りた代償として地面に着地してできた隙に、得物のダガ―を投擲する。
このときすでに相手が英雄だと判断していた私は、急所を外しロングソードで対応可能な範囲を狙っていた。
「ぬるい」
だから打ち払われるのは想定内。足の痺れをものともせず距離を詰められるのも、ロングソードを振りかざし、投げつけられるのはちょっと想定外かなあ!?
こりゃ不味い。ロングソード以外にも武器をもっているかんじだ。避けるのは簡単だが、次の攻撃にも避けられるようにしておかないと死ぬ。英雄は手加減する必要はないので、殺す気満々である。
「ひは」
悪魔以外に感じたことがなかった死の知らせ。それでも相手は英雄で、悪魔ではないから恐怖は抱かない。
心揺さぶられることなく体はもう動いている。背中から地面に倒れこんでロングソードを回避し、次の片刃が湾曲した形の短剣には靴に仕込んだ鉄板で弾く。
「足癖が悪いね」
「いいって言ってよ」
私は柔軟性を活かし、相手との距離を作りつつ立ち上がる。
英雄は余裕そうに泰然と佇んでいるので、私は二本目のダガ―を抜き接近戦で挑もうとする振りをした。本当の目的は投擲し地面に落ちているダガ―の回収で、円を描いて英雄に向かうようにした中で拾い上げ、明後日の方向に走り、同じ距離を空けておく。英雄はそれをがっかりした様子で静観していた。もしかして戦闘狂だったりする?
「フランディナの暗殺者ではないね。殺すつもりもないようだし、どこの誰で何の用かな?」
隣国の名を出し、英雄はやわらかく微笑んでくる。優し気な雰囲気を持つ男だが、場にあっていない。その優しさはここでは正反対の印象になり、私は腹黒そうだと思った。
「……」
命の危機に気が高ぶって喋ってしまった反省を生かし、私は黙り込む。
英雄は納得できないだろうが、用は済んだ。あとはとっとと逃げるに限る。さっきは私の戦闘スタイルを把握していなかったからどうにかさばけたが、二度目は難しい。悪魔ほどの強さであるようだし、もう何もしないからついてこないでね?
ローブを翻して駆けだす私を、もちろん英雄は見逃してくれなかった。追いかけてくるのを内心ひえーっと叫びながら、落ちていたロングソードを足先で叩き起こし、柄をつかみとって英雄に投げつける。ダガ―と使い勝手が異なるが、でかい的のどこかに当てればいいのなら楽勝だ。くるくると回転していったロングソードがどうなったかは見届けず、私は障害物を利用してつかみどころなくとにかく逃げ出す。
「俺はクライヴ! クライヴ・ミル・ディネイファスだ! 君の名前は!」
もう屋敷とおさらばするぞ、という段階での大声。馬鹿みたいに名前を名乗り、私にも名乗るように言ってくるのに動揺して、そうさせるのが目的かと勘繰ったが、英雄はまさに馬鹿であったらしい。
私はフードで隠れているはずなのに、英雄の目が合う感覚を味わった。言うか馬鹿、の意味合いをこめて舌を出し、これも距離と暗闇で見えないと後から思い至る。私の気持ちだけがほんの少し晴れただけで終わったはずなのに、最後に見た英雄が笑っている姿が頭に過った。
王子は満足そうに私の報告を聞いた。特に何も言われなかったことで、私はむっしゃむっしゃとパスタを堪能する。ミートソースの味付けで、お肉がごろごろと混ざっている。他にも机の上は肉料理で埋め尽くされていた。大の大人もびっくりの量を、次々に空の皿にしていく。
城下町にある酒場で、私は酒を飲まずとも一品の量の多さを気に入ってよく足を運んでいた。私は小さいのによく動くからか、エネルギーを多く必要とする体なのである。その見事な食いっぷりには、酒場の名物とされるぐらいだ。
今日の私はいつも以上の食いっぷりだった。食ってなきゃやってられない。悪魔ほどの手合いがもう一人いるなんて勘弁してほしい。
やけ食いとあって、既に頼んだ分では足りなかった。今のうちに何か頼んでおこうかとメニューを思い浮かべていると、「こんにちは」と男の声に身の毛がよだつ殺気。顔を見るまでもなく相手が誰か分かり、私は手に持っていたフォークで机に置かれた手の甲を刺そうとする。男はそれに反応してみせて、私の手ごとフォークを掴みとる。
「その身のこなし。夜にやってきた子だよね」
英雄は親しい者に見せるような笑みを浮かべる。私が誰か分かっておいて、そんな態度であるから私は警戒心しか覚えない。
「……離して」
「俺に料理をとられると思ったのかな? ああ、お兄さん、料理ありがとうございます。これ、僕のおごり。これで機嫌を直してくれると嬉しいなあ。なんなら全部おごろうか?」
お兄さんこと店員さんは納得した様子で、料理を置いていく。フォークで人の手を貫こうとしている部分は見えないようにしていたらしい。
事前に料理を頼んでおいて殺気で本性を暴き、人の目を持ち出して宥めにかかる。英雄の思い通りになるのは癪だが、私は大人しく追加された料理を食べる。それを英雄は楽しそうにじっと見てくるので、つままれた猫になった気持ちで黙々と食べ続けた。
「…………よく私だと分かったね」
食べるものがなくなって、私からようやく口を開く。食べるのを邪魔しては悪いと思っていたのか知らないが、英雄は饒舌になる。
「ローブを着ていたとはいえ、体型は大雑把に把握していたからね。それだけだと確信できなかったけど、可愛らしい声でそうだろうなって」
「うわあ」
英雄はむやみやたらに出歩かないことは分かっている。私を見つけ出してやるという執着心と可愛らしいという言動に、思わず呻く。そしてやけ食いしに来なければ見つかることはなかったのに、と後悔もする。
「それで? 私をどうしたいの。妙な真似をしたいなら、無理強いしてきたって嘘言って英雄の評判を地に落とすからね」
王が英雄を叙勲するというので、それを邪魔立てするつもりは毛頭なかった。虚勢を吐きつつ、自害する覚悟を決めておく。そのように教育されているのだ。洗脳されていない私でも、自害しなかった後がどうなるかよく分かっているので、それならば苦しみ少なく自ら死んだ方がいいと思っている。
「どこの誰で何用と聞いたことを言っているのなら心配いらないよ。知っても知らなくても、俺の気持ちは変わらないって気づいたからね。ああ、でも君の名前だけは教えてほしいかな。不便だし、なにより名前を呼びたい」
なんだか別の方面で嫌な展開になってきたぞ。
ただ自害することにはならずに済みそうで、気楽な気持ちで話を促す。私を探し、接触してきた理由はなにか。英雄はきざったらしく、私の手をとって口づけた。
「付き合ってくれないかな、結婚を前提に。……俺は本気だよ」
私の冷めた目に、英雄は苦笑する。
襲撃かました相手に付き合ってくれ。英雄殿は相当に心が広いようだ。それはさておき、私は疑問を明らかにしておく。
「英雄って何歳なの」
「俺はクライヴだよ」
「……」
「クライヴ」
「クライヴって何歳なの」
面倒臭さを感じたので、さっさと名前を呼んでやる。クライヴは笑顔の威力を増して、素直に答えてくれた。
「二十四歳だよ」
「うわーお。年齢差が十だよ。そういう年頃が好きなの?」
「一目ぼれだから年齢は関係ないよ。それに俺の想定だと十二歳だったから、全然大丈夫」
「その話を聞いて大丈夫と思える人はいないと思う」
成人が十五歳なので、分かっていて未成年に付き合おうって言ったのか。ちなみに成人は十五歳である。私は優秀なので、十歳には未成年ながらに暗部の一人と認められていた。この例はあまりに早いが、他にもいたりする。
「それでどうかな。付き合ってくれる?」
クライヴは私の意志を尋ねているが、答えがどうあれ粘着質に付きまとわれる気がする。既に出会った日のうちに私を見つけて迫ってくるのだ。私の何に惹かれたのかは知らないが、断るの無理そうだなあ。力に訴えられたら、敵わないのは分かったことだし。
「ちょっと考えさせて」
私は答えを引き延ばし、やり過ごそうとした。王子の側に控えておけば、英雄といえども王城内を探し回ることはできないのでうやむやにできる。
そんな目論見など、英雄はお見通しだったけれども。
「なるべく早く答えは欲しいな。そうでないと、強硬手段を取らざるをえない」
「……へーい」
強硬手段といっても個人にできる限りはある。私は正体を見破られるほど情報を与えていないと思うが、仮に見破られたとしても私は王族の暗部所属だ。クライヴからしたら王族に喧嘩を売るような強硬手段になど取れやしないだろう。
…………しない、よね? なぜか王族襲撃という言葉が頭に過り、私は不安になってくる。
「王子―、英雄の情報もっといりますかー」
「あって困ることはないな」
私は事情を話さず尋ねてみる。王子は急な話になぜそんなことを怪訝に思っていたが、王子が私を襲撃させたほどに気にしていたことを持ち出せばうまく誤魔化せた。
気分は浮気を隠す彼女である。私と王子は恋人関係ではないが、近い行為はしている。王子の言いなりである私だが色時掛け禁止と言われていないのをいいことに、クライヴに付き合ってもいいことを伝える。辺境拍の屋敷近くでうろちょろ不穏な動きをしていたら、相手からやってきてくれていた。
「ただし肉体関係はもたないからね。私、未成年だし」
王子との仲だったり、房中術を学んでいたりしているが、私はまだ乙女でいる。王子は支配欲が強いので、いたすことになった場合に備えておかないと。
クライヴは不満を言うことはなかった。それどころか健全な付き合いをしていくことになる。キスとか軽いふれあいは禁止にしていなかったので、言われた範囲内でがっついてくると予想していた私はとても意外だった。




