90話 ナルリス、倒される 1
<前回のあらすじ>
全ての謎の答えを推理し終えたジュニッツ。
後はいよいよ推理を実践するだけだ。
まずはナルリスを倒すところからである。
<三人称視点>
ジュニッツが推理を語った日の翌朝。
ナルリスは、大勢のエルンデールの住民達から歓声を浴びながら、地下迷宮に潜ろうとしていた。
2日前、住民達はこんな話をしていた。
――「ナルリス様は2日後に宝石人達を全員引き連れて、地下遺跡に入るらしいわよ」
――「え、そうなの? すごい大勢ねえ」
――「ほら、最近うわさになっている例の仕掛けがあるじゃない。あれを突破して、魔王を倒しに行くらしいわよ」
――「あら、そうなの。いよいよ魔王と戦うのね。でも、大丈夫かしら」
――「ナルリス様なら平気よ。もし失敗したら、きっと宝石人達が低レベルで役立たずなせいだわ」
――「そうね。そんな役立たずな宝石人は公開リンチよ」
その話の通り、ナルリスは地下迷宮に入ろうとしていた。
表向きの目的は、魔王討伐である。少なくともナルリスはそう言っているし、住民達もそれを信じている。
町の名士であり、このあたりでは最強の存在であるナルリスが、ついに魔王を倒すという偉業に挑もうとしているのだ。
否が応でも盛り上がる。
住民達は上気した顔で、ナルリスに声をかける。
「ナルリスさまぁ、がんばってください!」
「かっこいいですわ、ナルリスさまぁー!」
「低レベルの宝石人達がいて大変でしょうけど、応援してます!」
ナルリスは、星形の飾りがいくつも輝く黄色い服をキラキラさせながら、住民達に手を振る。
「ははは、みなさん、応援ありがとうございます。吉報をお待ちくださいね」
と、にこやかな笑顔で言う。
実に楽しそうな顔だった。
実際、ナルリスは上機嫌だった。
彼は今日、宝石人の大半を殺すつもりでいた。魔王相手に自爆させようとしているのだ。
それが楽しみだった。
もっとも、宝石人らを自爆させるのは、魔王を倒すためではない。
ジュニッツは昨日、『(ナルリスは)魔王を倒す気がない……というより戦っても勝てないと思っているのだろう』と推理していたが、正解である。
ナルリスに魔王を倒す気はない。勝てるとも思っていない。
(宝石人どもを自爆させた程度では、魔王は討伐できないでしょうね)
というのがナルリスの考えである。
では、なんのために自爆させるのか?
理由は2つある。
1つは『在庫処分』である。
ナルリスは宝石人達を長期間に渡って操ってきたが、そのせいか彼らは疲弊している。
精神的にも肉体的にも、宝石人達は疲労が深く蓄積しており、動きが鈍くなってきているのだ。
おかげで、この頃はドラゴンを討伐する時も、以前より苦戦するようになってきている。
そんな折り、今操っている宝石人達とは別の部族の宝石人達の情報を入手した。
(ちょうどいいです。今の宝石人達は全部捨てて、新しく別の部族を操ることにしましょう)
ナルリスはそう考えた。
そして、どうせ捨てるなら、魔王相手に派手にパーッと自爆させてしまおうと思ったのだ。
(うふふ、宝石人どもが爆発してゴミのように吹っ飛ぶ様は、きっと愉快でしょうねえ)
低レベルの者は死んだ方がいいと考えるナルリスにとって、レベルの低い宝石人達が大勢爆破する光景は想像するだけで楽しく、わくわくするものだったのだ。
これが、宝石人達を自爆させる理由の1つ目である。
2つ目の理由は『テスト』である。
ナルリスは、自分は魔王には勝てないと思っているが、一方で(わたしはこんな地方の名士で終わる人間ではありません)とも思っている。
いずれ魔王を倒し、世界に名をとどろかせる英雄になるのだと信じている。
そこで今回、魔王相手に宝石人を色々なパターンで自爆させてみて、どの程度通じるのかテストしてみようという案を思いついたのだ。
多少なりとも魔王にダメージを与えられる自爆の方法が見つかれば、将来魔王と戦う時の参考になると思ったのだ。
(我ながら実に名案です。私は英雄に一歩近づくし、宝石人どもはきれいさっぱり消えてなくなるし、いやあ本当に私は賢いですねえ)
ナルリスは、心の中でほくそ笑みながら歩く。
その後ろを、総勢250人ほどの宝石人達がついて行っている。
明るい笑顔を振りまくナルリスとは対照的に、宝石人達は一様に無表情である。
ナルリスに操られている彼らは、笑うことも、喜びの声を上げることもなく、ただ黙々と歩く。
住民達が罵声を浴びせる。
「なんだい、宝石人どもは。恐れ多くもナルリス様の偉業のお供ができるっていうのに、辛気くさい面してよぉ。普通なら泣いて感激するもんだろうがよぉ」
「しょうがないよ、あいつらはレベルが低いんだ。低レベルの連中は、常識もないんだよ」
「ったく、おーい、宝石人ども! ナルリス様にしっかり感謝して、迷惑だけはかけるなよぉ!」
「そうだぞ。役に立たなかったら、ボロボロになるまで殴ってやるからな!」
住民らの言葉に、ナルリスは「全くその通りですねえ」とでも言いたげにニヤニヤと笑う。
一方、宝石人達は「ふざけるな!」と叫びたかった。
「わらわ達は、平和に静かに暮らしていたところを、ある日突然ナルリスに襲われ、操られて自由を奪われたのだぞ。その上、ナルリスの名誉のため、などというくだらない理由で大切な仲間達が100人以上も自爆させられたのじゃ! 殺されたのじゃ! だというのに、そんなナルリスに感謝しろと? 役に立てと? 役に立てなければ集団暴行してやると? ふざけるでない!」
頭が焼け付くほどの怒りを感じながら、宝石人達はそう叫びたかった。
町の住民達は、宝石人達が操られていることを知っているわけではないが、だからといって「事情を知らないなら、変なことを言っても仕方ないよね」などと許す気にはなれない。
何しろ住民達は、宝石人達を常日頃から低レベルだとあざ笑い、時には集団で殴る蹴るの暴行を加えてきたのだ。
2日前、住民たちが語ったように、彼らはナルリスの許可のもと、宝石人達に暴力を振るってきた。
――ナルリスは月に一度、『役に立たなかった宝石人』を広場に何人か連れてきて、町の住民達にボコボコにさせるという。
住民たちは、宝石人にとって大切な仲間の顔面を殴り、腹を蹴り、背中を踏みつけながら、「まったく、お前達は低レベルのごくつぶしなんだから、せめて命をかけてナルリス様を守るくらいのことはできないの?」などと言ってきたのだ。そのようなことを何度も繰り返してきたのだ。
そんな住民たちに対し、「おのれ! よくも!」と怒りの声を上げたかった。
だが、宝石人達は今、ナルリスに操られている。表情を変えることも、言葉を発することもできない。
好き勝手に言われながらも、ただ黙って淡々とナルリスの後をついていくことしかできない。
ほどなくして一同は地下迷宮の入り口近くにたどり着く。
ナルリスは宝石人の1人を四つんばいにさせ、その上に乗ると、
「ではみなさん、行ってきます。吉報をお待ちください」
とにこやかに言う。
住民たちは、
「ナルリス様ぁー!」
「がんばってくださーい!」
と歓声を上げる。
それを背に受けながら、ナルリス一行は、地下迷宮に入っていくのだった。
◇
地下迷宮の中は静かだった。
貸し切りにされており、入り口は封鎖されている。
そんな中、ナルリスと宝石人達の足音だけが響き渡る。
薄灰色の床と壁と天井に覆われた地下迷宮の長い通路を、一同は歩いて行く。
魔王のところへと向かっているのだ。
ジュニッツが推理した通り、ナルリスは魔王の居場所を知っている。
先祖が情報を残していたのだ。
町の住民達は知らないが、ナルリスの先祖はエルンデールの町の名家だった。
だが、ある時、先祖の1人がパーティーで羽目を外して火事を起こした。火は町全体に広がって、その大部分を焼き尽くした。
自らの失態がバレて責任を追及されることを恐れた先祖は、財産を持って1人で逃げた(他の一族は、全員火事で死んだ)。
その財を元手に逃亡先で商売を始め、運が大きく味方したこともあり、成功した。
そして、その血筋を後世に残した。
火事の原因となった先祖本人は、馬車が崖から落ち、ケガで動けなくなったところを生きたまま狼に食われるという悲惨な最期を遂げたが、先祖には既に成人した息子がいたのだ。
父の成功が幸運によるものだと理解していた息子は、堅実な商売を家訓とした。
そして、ナルリスの親の代に到るまで、地方の有力商家として存続することができたのだ。
おかげでナルリスは小さい頃から、贅沢な暮らしをしたり、様々な地方から輸入した色々なアイテムをいじくって遊んだり、亜人の奴隷をいじめたりするなど、好き放題にやっていくことが出来た。
もっともナルリス自身は、商家を継ぐつもりはなかった。
レベルが上がりやすいという才能に恵まれていたナルリスは、高レベルの者が優遇されるこの世界において、その気になれば次期当主になることもできた。
だが、商家というのは金はあっても名誉はなかった。ドラゴンを倒す冒険者や、王宮に仕える騎士と比べ、商人は『戦おうとしない臆病者であり、金儲けばかり考えている欲深い連中』と陰口をたたかれていた。
冒険者の英雄譚はあっても、商人の英雄譚など一つもなかった。
幼少時から金に不自由したことのないナルリスは、金銭よりも名誉が欲しかった。
(未来の英雄であるこのナルリスが、ちんけな商人なんかで終わってしまったら、人類の損失ですからね)
あてはあった。
先祖が残した書物のひとつに、エルンデールの地下迷宮の攻略法を記したものがあったのだ。
迷宮の構造が変わるパターンとか、暗号で封印された扉の開け方とか、そういった情報が事細かに書かれた本である。
先祖がなぜそんなものを持っていたのかは分からない。先祖のさらに先祖が地下迷宮を建造したのかもしれないし、あるいは何か別の理由があるのかもしれない。
いずれにせよ、この本さえあれば迷宮なんて怖くない。
そして、聞いた話によると、エルンデールの地下迷宮のどこかには魔王が潜んでいるという。
魔王の居場所は誰も知らない。
だが、地下迷宮を知り尽くしたナルリスであれば、居場所など楽に突き止められる。
(そうです。このナルリスが魔王を見つけ出して倒してしまえば、英雄になれるのです!)
ナルリスは、成人すると家を出てエルンデールの町に行き、冒険者になった。
才能に恵まれたナルリスは、たちまちのうちに頭角を現し、A級冒険者にまで昇級した。
そして、ある時、地下迷宮に潜って、ひそかに魔王のところに向かった。
まずは一度、下見として、その姿を見てやろうと思ったのである。
そして魔王の存在に圧倒された。
今までに感じたことのないほど大きな威圧感、存在感、恐怖感、畏怖感……それら様々な感情で心の中がグチャグチャになり、なんとか多少は近づいたものの、結局すぐに慌てふためいて逃げてしまったのだ。
あれは勝てない……。
今の自分では絶対に勝てない……。
そんな恐怖で震えるしかなかった。
だが、全く何の収穫もなかったわけではなかった。
ナルリスは鑑定が得意だった。
商人の息子であることが影響しているのだろうか。人よりもはるかに少ないスキルポイントで、上級ランクの鑑定スキルを取ることができた。
そしてその得意の鑑定で、魔王の吐いたスミを見てみたところ、人を操る効果があることが分かったのだ。
(これは使えますね)
ナルリスは、自らのユニークスキルとスミを組み合わせ、宝石達を操ることを思いついたのだ。
さっそくナルリスは宝石人の部族を襲い、操り人形にした。彼らを自爆させ、高位の魔物を狩った。その功績で、S級冒険者へと昇級した。
宝石人達をおおいに利用したのだ。
「とはいえ……」
ナルリスは、そう言いながらピタリと足を止めた。
背後の宝石人達も、それに合わせて足を止める。
ナルリスは「私の後ろに一列になってついてきなさい」と命じているので、ナルリスが足を止めれば、宝石人達も止まる。
ナルリスは、ゆっくりと後ろを向くと、こう言った。
「皆さんを自爆させるのも今日が最後です。動きの鈍くなった皆さんは、もう用済みなんですよ。今日、皆さんは魔王に向けてパーッと自爆してもらいます。パーッとね。魔王相手に自爆がどこまで通じるかのテストです。いずれ将来、私が魔王を倒すその時の実験台になるんですよ。光栄でしょう?」
ナルリスは悦楽を帯びた顔で笑う。
それから、こう続ける。
「ああ、そうそう、ご安心ください。結果として、今回、私は魔王討伐に失敗するという形にはなってしまいますが、だからといって、私が町の人達から失望されることはありません。なぜなら、魔王退治に失敗したのは何もかも宝石人のせい、ということにするからです。あなた方の内、5人くらいは自爆させないでおいて、その5人を失敗の『責任者』にしてあげるんです。そして、町の皆さんで殴ったり蹴ったりしてボコボコにしてあげます。公開リンチです。レベルの低いあなた方のせいということにしておけば、『低レベルのクズのせいか』と皆さん納得してくれますからね。この世で最も尊い私の名誉は守られるというわけです。良かったですねえ」
あはははは、とナルリスは愉快げに笑った。
全く罪の意識を感じていない。悪いとも思っていない。そんな笑い声だった。
宝石人達は何も言わない。
もし声を出せるのなら、怒りの叫びを発していただろうが、操られている彼らは何もしゃべることができない。
「さあ、楽しい未来の話をしたところで、先に行きましょうか」
ナルリスは再び歩き始めた。
その言葉通り、彼は楽しい未来が自分に待っていると信じて疑わなかった。
ナルリスは知らない。
彼の行き先に、ジュニッツという名探偵が潜んでいるということを。
そのジュニッツの策により、わずか4時間後には、彼が思い描いていた楽しい未来が消えてしまうということを。
そして、最終的には、因果応報ともいうべき破滅が彼自身に待っているということを。




