76話 探偵、読書する 後編
アマミの取り出した『死神見聞集』という本は、死神にまつわる話を集めた本だそうだ。
≪具体的にどんなことが書いてあるんだ?≫
≪わたしもざっとしか目を通していないので、一緒に読みましょう≫
俺とアマミは肩を並べ、同じ本を読み合う。
死神にまつわるエピソードが色々と載っている。
≪ん? この話は、ちょっと興味深いな≫
≪ほう、これですか≫
それは、ざっくり書くとこういう話であった。
遠い地に、奇怪な山が存在する。
どのあたりが奇怪かというと、まず登れないという点だ。
山を横から見ると、こんな形をしている。
■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■
まるでコインを何枚も積み重ねたかのような形をしている。
山の斜面はどこも完全に垂直の崖なのだ。
歩いて登ることは不可能だ。
いや、それでも命知らずのやつらが、ロッククライミングをして登るんじゃないかと思うかもしれないが、それもできない。
どういうわけか、山に近づいて登ろうとすると、命を吸われるかのごとく急激に衰弱していき、短時間の内に死に到ってしまうからだ。
奇怪な点はまだある。
何かが山に出入りしているのだ。
あまりにも動きが速すぎて、正体は分からない。
が、人間よりも一回り大きいくらいの黒い何かが、上空をすさまじい速さで飛んで山に出入りしているのが、時おり見えるのだ。
それも1つではなく、たくさんである。
山頂は常に分厚い霧で覆われているため、黒い何かが山頂で何をしているのかは分からない。
不気味である。
山全体がどんよりとした灰色の岩の塊であり、草木どころかコケすらもまるで生えていない荒涼とした姿であるため、なおのこと不気味である。
わけのわからない謎の山と言ってよい。
だが、時代を経るにつれ、山の秘密が少しだけ分かってきた。
きっかけは人類の進出である。
人口を増やし、生存圏を拡張してきた人類は、少しずつ山の近くにも住むようになってきた。
近づきすぎると生命を吸われる山だが、それなりに離れていれば問題はない。
山が見えるところに町もできた。
するとどうだろう。
山から町に死神達がやってくるようになったのだ。
この世界では、人が死ぬと死神がやって来て、人の胸から魂らしき青い光の球を取り出し、持ち去っていく。
そして、山の近くの町で人が死ぬと、その死神が山から死人のところまで飛んでくるのだ。
飛んできた死神は、魂らしき光の球を持って、山に帰っていく。
そんな光景を何度も何度も見れば、町の住民たちは嫌でもこう思う。
「死神達はあの山に住んでいるのではないか? そして、人が死ぬと魂を取りに飛んで来て、山に持ち帰っているのではないか?」と。
そして、いつしか、エルンデールの町から6000キロ離れた地にあるこの山は、死神が拠点にしている様子から『死神の山』と呼ばれるようになったという。
≪ふうむ、死神の山ですか。山を拠点に、魂を集める……。これって何かに似てますよね。なんでしょう?≫
≪巣にハチミツを持ち帰るミツバチじゃねえか? 山が巣で、死神がミツバチ、魂がハチミツだ≫
≪それです!≫
もっとも、死神はミツバチより格段に移動速度が速い。
前にも書いたが、死神は15000キロの距離を1分で移動する。
時速にして90万キロ。
いっぽう、ミツバチの巣とは異なり、死神の山は世界に1つしかないようだ。
というのも、200年ほど前、死神マニアの女性がいて、調べたらしい。
彼女は特殊な人間だった。
死神というのは、何らかの条件によって姿が見える時と見えない時があるのだが、彼女はいつでも死神の姿を見ることができた。
そういう人間は、死神を恐れて精神に異常を来たすことが多いらしいのだが、彼女は「死神達を見ることができるなんて素敵だわ! 彼らのことを存分に調べましょう!」とおおいに盛り上がった。
以降、彼女は世界のあちこちを旅しながら死神について調べて回ったのだが、その研究の一環として、人が死んだ時に死神が飛んでくる方向と、飛んでくるまでの時間を色々な場所で計測したらしい。
その結果、死神の拠点は『死神の山』だけしかないことを、彼女は突き止めた。誰かが死ねば、死神はどんな場所にだって山から飛んで行くのだ。
本当に死神はどんな場所にも飛んでくる。
魔道具を使って調べたところ、死神は瞬間移動に類することはできず、移動手段は飛行だけらしいが、代わりに何でも通り抜けることができるそうだ。
分厚い壁に覆われた部屋の中にも壁をすり抜けて飛んでくるし、深い地下であっても地面を通り抜けて飛んでくるし、あらゆる結界もバリアもすり抜けて飛んでくる。
とにかく、いかなる場所にも時速90万キロで飛んでくるのだ。
ミツバチより格段に広い行動範囲である。
また、死神マニアの彼女は、死神が複数いることも突き止めた。
もっとも正確な数までは分からない。
とある国の軍とドラゴンが戦った時、何百人という兵士がいっぺんに死んだが、その時も何百体という数の死神が一斉にやってきたそうである。
≪ミツバチが数え切れないほどいるみたいに、死神もまた数え切れないほど存在するのかもしれませんね≫
≪そう考えると不気味だな≫
晩年の死神マニアは、「どうせもう人生長くないんだし」とでも思ったのか、死神を捕まえようとしたり、閉じ込めようとしたり、マヒや眠りの攻撃を加えて行動不能にしようとしたり、などと命知らずなことを色々やったが、いずれもムダだった。
死神はどんな攻撃をも防いでしまうのだ。
防ぐというより、自在に体を透過させて、あらゆる攻撃をすり抜けさせてしまう。
どんな干渉も受け付けないのだ。
ならば、と今度は儀式をした。
死神を呼び出して、パターン13の決闘作法でチェスリルの決闘をする儀式である。
パターン13というのは前にも書いたが、あらためて簡単に書くと、死神とチェスリルの決闘をする時の作法である。遠い昔、何らかの方法で死神に作法を伝えることに成功し、今でも人と死神との間で守られている決まりらしい。
儀式の効果は、俺の月替わりスキルの能力『死神対戦』とほとんど同じである。
もっとも、『死神対戦』は念じるだけで簡単に使うことができるが、儀式の場合、高価なアイテムをいくつも消費する。
それに儀式の場合、決闘開始から3時間経っても決着がつかないと儀式の効果が切れて、決闘が無効になってしまう。俺の『死神対戦』の場合は、無効になるまで3時間ではなく8時間かかるので、その点でも異なる。
それ以外は同じである。
なお、この儀式のやり方は、現在では誰も知らない。
もともと死神を呼び出して決闘するという恐ろしい儀式なのだ。大っぴらに伝えられるようなものではない。
そのせいか、儀式の方法は文章では残っていないし、口伝でも伝わっていないらしい。
今ではもう、誰も儀式ができないのだ。
とはいえ、死神マニアの彼女が存命だった頃は、まだ儀式のやり方を知っている者が生きていた。
その者は、「儀式の方法は教えられないが、死神を呼び出すのはやってもいい」と言い、結果として、死神マニアは死神とのチェスリルの決闘を実現することができた。
儀式によって、死神の山から死神が、決闘のために彼女のところに飛んできたのだ。
死神は透過能力を持っているが、これはいつでも自由に体を透過させられるという意味で、その気になれば物に触ることはできる。
チェスリルの駒を動かすこともできるのだ。
このようにして決闘を実現した死神マニアだが、彼女は別に何か目的があって決闘をしたわけではなかった。
どうせもう老い先短いし、なら最後に生涯をかけて追ってきた死神と真剣勝負したかった、というだけのことらしい。
どこまでも死神マニアである。
もっとも肝心の決闘は、3時間経過しても勝負がつかず、死神を呼び出す儀式の力の効果が切れて決闘は無効化。死神は山に帰ってしまったそうだ。
彼女は「どうせなら死神に殺されたかったのに残念ね」と苦笑し、それから半年後、老衰で息を引き取ったという。
◇
≪さて、この本はこれくらいにして、他の本も見てみるか≫
≪また何か別の死神の本でも読みますか?≫
≪死神じゃなくてもいいさ。今回の魔王討伐に一見関係なさそうなやつでもいい≫
俺たちは、書庫が閉館するまでの間、何冊か本を読んだ。
アマミがあれこれ本を持ってくるので、その中から俺が選び、2人で読むという形だ。
まず読んだのは、海底に潜む魔王と戦った勇者の話である。
その勇者は潜水が苦手だった。
どうしても体が水面に浮かんでしまい、潜ることができないのだ。
しかし、これでは海の底にいる魔王は倒せない。
そこで、勇者は岩と自分の体を鎖で結んだ。
そして、そのまま岩と一緒に船から魔王のいる海へと飛び込んだ。これなら水中でも体が浮いてしまうことはない、と考えたのだ。
仲間たちも、すぐ勇者を追って海に飛び込む。
幸い、魔王は油断していた。
いきなり現れた勇者たちに驚いたのか、動かない。
(チャンスだ!)
そう思ったのだろう。
勇者は魔王に斬りかかろうとする。
が、そこで問題が起きた。
体が何かに引っ張られたのだ。
引っ張ったのは自分の体に巻き付いている鎖である。
なんと勇者は、うっかり鎖を短いものにしてしまったのだ。
そのため、剣が魔王に届く前に、岩に結ばれた鎖が伸びきってしまい、それ以上進むことができなくなってしまった。
一流の人物が信じられないほど初歩的なミスを犯すことはしばしば起こりうるが、それにしても、あまりにも素人じみたミスと言うべきか、出来の悪い喜劇のようだと言うべきか。
勇者は慌てて鎖を斬ろうとするものの、焦って何度も失敗する。
あたふたしているうちに、我に返った魔王の強烈な一撃を食らう。
そして、勇者は絶命してしまったという。
仲間たちは普通に潜水できるため、鎖など結んでおらず、そのおかげでどうにか逃げ出すことに成功した。
が、そのおかげで、勇者のかっこ悪い最期も世間に伝わってしまった。
この勇者は、これまで数々の華々しい活躍をしてきており、劇や吟遊詩人の歌などで語られ続けてきたが、最期があまりにも情けないために、その後、ピタリと語られることはなくなったという。
何事も終わりが肝心、とはよく言ったものである。
◇
それから何冊か本を読んだが、これといったものがない。
そろそろ閉館時間も近づいている。
(この本で最後にするか)
そう思って俺が選んだのは、月替わりスキルを取得した人々の話を集めた本であった。
月替わりスキルとはスキルの1つで、これを取得すると月替わりでいくつかの能力が使えるようになる。一方で、自分の持っている他のスキルは全て無効化される。過去に手に入れたスキルも、今後取得するスキルも、とにかく全部持っていないのと同じ扱いになる。
それゆえ、このスキルを取る者は、ほとんどいない。
俺も月替わりスキルは持っているが、自分以外にも取得するやつがいるとは珍しい。
(どんな連中がスキルを取りやがったんだ)
そう思って見てみると、色々いる。
まず、E級冒険者の男が月替わりスキルを取ったという事例があった。
冒険者の平均ランクはD級であり、E級というのはそれより1つ下である。
男は長年冒険者をやっていながら、なかなかD級にいけず、焦りを感じていた。
彼は文章をあまり読もうとしないタイプの人であり、冒険者への仕事内容が書かれた依頼書もよく読まずに仕事をし、それで失敗を繰り返していたこともE級のままである理由の1つだった。
そして、ある時、男は月替わりスキルを取得した。
スキルの能力のひとつに『即死の瞳』というものがあったからだ。
能力の説明文には、
『目を合わせた生き物を即死させられる能力』
と書かれていた。
目を合わせただけで殺せるなんて最強じゃないか、と男は喜んだ。
早速、町から出て魔物討伐に向かった。
そして、ボコボコにされた。
能力の説明文には、続きがあり、こう書いてあったのだ。
『この能力は1回しか使えない。そして、レベル10以上の生き物には効果がない』
男は文章を読もうとしないタイプであったため、最後まで読まず、『目を合わせた生き物を即死させられる』という部分だけ見て「これでオレは最強だ」と歓喜してしまったのだ。
男は、命こそ取り留めたものの、月替わりスキル以外の全部のスキルが使えなくなり、冒険者をやめる羽目になってしまったという。
◇
他にも、月替わりスキルを取得した事例はある。
ある騎士の男が任務中に森で魔物に襲われた時のことである。
仲間は全員死亡。彼自身も重傷を負ってしまった。
死を覚悟した男は「どうせ死ぬなら」と月替わりスキルを取った。
スキルの能力の1つに『騎士の鏡』というのがあったからだ。
騎士には、騎士道憲章というものがある。これは、全ての騎士が守らねばならないとされている心得を文章にまとめたものだ。
『騎士の鏡』は、この騎士道憲章を強制的に守らせる能力だった。
どうせ死ぬなら、最後に騎士らしく死にたいと思ったのだろう。
ところが、能力を使った直後、仲間の騎士達が助けに来てくれた。
男は一命を取り留めたのだ。
もっとも、治療後、男が月替わりスキルを取得したことで他の全スキルを失ってしまったことが発覚したため、男は騎士団を辞める羽目になり、スラム街で細々と暮らしていくことになる。
異変に気づいたのは10年後のことである。
水たまりに映った自分の顔をふと見た男は、自分が10年前からまるで老けていないことに気がついた。
「どういうことだ?」と疑問に思った男は、あれこれ考えた末、10年前に使った『騎士の鏡』について思い出した。
この能力は騎士道憲章を守らせる能力である。
そして、騎士道憲章には『騎士たるもの、老いてはならない』という一文がある。
もっともこれは、ジルクファインという大昔の騎士が、ドラゴンの一種である神代龍の返り血を浴びて不老になったという伝説にちなんだものであり、言ってしまえば「ジルクファインのような立派な騎士になりましょう」という一種の理想像を掲げたものに過ぎず、実態は形骸化している。
実際は、現場の騎士達は「まあ、ジルクファインみたいになれたらいいよね。理想だよね」とは思っていても、本当に老いてはいけないなどとは誰も思っておらず、事実上無視されている。
だが、月替わりスキルは『老いてはならない』という文言を厳格かつ言葉通りに守らせ、男は不老になってしまったのだ。
男はその後、不老がバレないように各地を転々とした。
そして、山道で騎士時代の同僚と偶然出会った。若いころのまま変わらぬ姿に驚いた同僚に対し、男は不老になった経緯を語った。
そして自害した。
不老であっても不死ではないから、死ぬときは死ぬ。
自害の理由は分からない。同僚に捕まると思ったのか、あるいは生きるのに疲れたのか。
死に顔は意外と安らかだったという。
◇
他にもこんな話がある。
ある1人の少女が、月替わりスキルを取った事例だ。
彼女は、チェスリルの名家の娘であった。
その家は、もっともチェスリルの強い者が次期当主になれるという、レベル至上主義のこの世界においては一風変わった家であった。
少女は、次期当主になることを強く望んでいた。
(わたしのような美しいものこそ当主にふさわしいのですわ! それに当主になれば、ドレスも宝石も思いのままですわ!)
そう思っていた。
が、少女はナンバー1ではなかった。
少女の父は、エルフと再婚していた。そして、父と再婚相手の間には、1人の女の子がいた。少女から見れば、母の違う妹である。
人間とエルフが子を産んだ場合、子の種族は人間かエルフのどちらかである。
妹はエルフだった。
妹は、無口でおとなしかった。そして、チェスリルが異様に強かった。どうやっても勝てそうにない。
このままでは、この妹が次期当主である。
(あとから我が家に来たくせに、生意気な! だいいちあの妹は、人間ですらないじゃないですか。あんなのが次期当主だなんて許せませんわ!)
そこで少女は月替わりスキルに手を出した。
スキルの能力に『チェスリル必勝』というのがあったからだ。
能力の説明文には、
『この能力を発動させると、24時間の間、どんな人間相手でもチェスリルで勝てる』
と書いてあった。
(まさに無敵ですわ!)
と思ったのだ。
少女は、次期当主を決める大会の当日、この能力を使った。
大会では、現当主の息子・娘達がトーナメント形式でチェスリルの試合をおこない、優勝者が次期当主になれる。
息子・娘達は、少女も含めて全部で8人。3回勝てば優勝である。
少女は初戦に勝った。2戦目も勝った。
いずれも圧勝だった。
『チェスリル必勝』のおかげである。どんな手を指せばいいのか、瞬時に頭に浮かんでくるのだ。
そして、3戦目。勝者が次期当主になれる決勝戦。
相手は、例のエルフの妹。本来なら勝てない相手。
(でも、わたくしには『チェスリル必勝』がありますわ!)
そう思い、勝利を確信して勝負に挑んだ少女であったが、結果は惨敗だった。
『チェスリル必勝』が発動しなかったのだ。
どんな手を指せばいいのか、まるで頭に浮かんでこなかったのだ。
(どうして! どうして!)
焦る少女。
そして、ふと気づいた。
チェスリル必勝は『どんな人間相手でもチェスリルで勝てる』という能力だ。
人間以外に勝てるとは書いていないのだ。
そして、妹はエルフだった。
少女がエルフの妹のことを「だいいちあの妹は、人間ですらないじゃないですか」と評していたように、この世界では人間とエルフは別種族として扱われている。
エルフは人間ではない。
要するに、チェスリル必勝は、説明文の言葉通り人間相手に必勝出来る能力であり、エルフに勝てることは保証していなかったのだ。
少女は次期当主になれず、それどころか月替わりスキルを取ってしまったがために、持っていた他のスキルを全て失ってしまったのだ。
◇
一通り読み終わると、俺は「ふうっ」と一息つく。
(色々な月替わりスキルの能力があるものだな)
と改めて思った。
『チェスリル必勝』や『即死の瞳』なんて、あれば便利だと思う。
もっとも、月替わりスキルは、その名の通り月ごとに使える能力のラインナップが変わる。同じ能力は二度と登場しない。
『チェスリル必勝』も『即死の瞳』も過去の能力であり、二度と使うことはできないのだ。
≪さて、そろそろ書庫の閉館時間だ。出よう≫
俺は念話でアマミに声をかける。
≪了解です。それで、これからどうしますか?≫
≪今日はもう遅い時間だからな。ルチルのところに戻ろう。そして、明日になったら魔王が潜んでいるという地下迷宮に行く≫
≪わかりました。じゃあ、まずはルチルさんのところに行きますか≫
2022/5/13 誤字脱字、細かい表現の修正




