57話 探偵、宝石人について知る
宝石人の少女の治療を始めてから、30分ほど経った頃である。
アマミが口を開いた。
「ねえ、ジュニッツさん」
「なんだ?」
「話をしませんか?」
「俺とか?」
「もちろん」
「治療の邪魔にならねえか?」
「ちょっと疲れてきまして。この先の治療は会話をしながらでもできますし、何よりジュニッツさんと話すと元気になる気がするんです」
そう言って、アマミは笑う。
「話か……」
他愛もない話なら今まで何度もしてきたが、こうしていざ「何か話をして欲しい」と言われると、何を話せばいいのかわからなくなる。
(どうしたものか)と思った俺は、ふと視線を下に向ける。
宝石人の少女(暫定的に青の少女と呼んでいる)が、横たわっていた。
緑色の長い髪に、胸元に埋め込まれた赤い宝石。元はサファイアのように青かったであろう服は、血でだいぶ赤黒く染まっている。
「宝石人を見るのは今日が初めてですか?」
俺の視線に気づいたのか、アマミが聞いてくる。
「ああ。見た目は人間とほとんど変わらねえな。人間とは何か違うのか?」
「そうですね、いくつか特徴があります。昔、S級冒険者をしていた頃、仕事で宝石人と関わることがあって、その時に色々と知ったのですが」
そう言って、アマミは宝石人について色々と教えてくれた。
宝石人というのは、人間に近い種の1つである。エルフやドワーフのようなもの、と言えばいいか。
外見は人間とほぼ同じだが、いくつか違いがある。
まず、皆、エメラルドのような緑色の髪をしている。それから、胸元には生まれつきルビーのように赤い宝石が埋まっている。また、誰もが例外なくアメジストのような紫色の瞳をしているらしい。
胸元の赤い宝石と、紫色の瞳は、どちらも他にこのような特徴を持つ人型の種はおらず、珍しがられているそうだ。
「特徴的な外見のわりに、町中で見かけたことがねえな」
「宝石人は人里には住まないんですよ」
宝石人たちは、多くの部族に分かれ、世界中の岩山に散らばって暮らしているらしい。人間がとても住もうと思わない険しい岩山に村を築くのだそうだ。
そして、魔物を狩って生計を立てている。魔物というのは、水も食事も取らずに生きていける。空気中に魔物にしか摂取できない栄養素のようなものが漂っているのではないか、とも言われているが理由はハッキリとしていない。ともあれ、魔物はエサの乏しい岩山でも生息できる。
宝石人は、その魔物を狩る。狩って、肉を食べたり、手に入った牙や皮などの素材を人間の商人と取引したりしながら、暮らしているそうだ。
人間の国家からは支配を受けない。人間たちとは多少の商売をするくらいで、あとは独立して生活している。
まれに人間の町で暮らす変わり者の宝石人もいるそうだが、ほとんどの宝石人は故郷の村で生涯を静かに暮らすという。
「静かに暮らせるのか?」
俺は疑問を口にした。
宝石人の胸元には、高く売れそうな赤い宝石が輝いている。
(この宝石目当てに、野盗のたぐいが宝石人狩りをするんじゃねえか?)と思ったのだ。
宝石人たちはレベルが高いのだろうか?
レベルが高ければ、すなわち戦闘能力が高いということである。野盗たちもうかつに手は出せない。静かに暮らせるのも納得である。
だが、アマミは首を横に振った。
「むしろレベルは低いですね」
アマミが言うには、人間の平均レベルが30程度であるのに対し、宝石人はだいたい20くらいまでしか上がらないらしい。まれに高レベルまで上がる宝石人もいるが、ほぼ全ての宝石人はレベル15から25程度だという。
「そのレベルで、どうやって野盗のような連中から身を守っているんだ?」
「魔法と自爆です」
「うん?」
「宝石人の力ですよ」
アマミが言うには、宝石人は2つの力を持っているという。
1つは強力な魔法である。
宝石人達のほとんどは、レベルのわりに強力な魔法が使える。
たとえば、レベル20の人間の火魔法は、ゴブリンを何とか倒せる程度の威力である。
しかし、レベル20の宝石人の火魔法は、数段格上のミノタウロスすら倒せる威力である。
「だいたいレベル70の魔法職の人間と同じくらいの威力ですね」
とアマミは言う。
レベル70といえば、冒険者で言えばC級、国で言えば宮廷魔術師クラスである。戦闘職のエリートと世間から認識されるのが、だいたいレベル70あたりからである。
宝石人の村には、そんなエリートクラスの魔法使いが何百人といるのだ。
野盗程度が襲ったところで、簡単に蹴散らされてしまうだろう。
「要するに、魔法が得意ってことか」
だが、そんな都合良く強力な魔法が使えるものだろうか?
俺の疑問に、アマミが答えた。
「もちろん、無条件に強い魔法が使えるわけではありません。デメリットもあります。宝石人は『寂しがりやのダイヤ』から離れると、急速に弱体化してしまうんです」
「寂しがりやのダイヤ?」
妙な単語に思わず俺が聞き返すと、アマミは説明した。
宝石人は皆、この世に生まれると、生まれた場所に半透明の宙に浮いた大きなダイヤモンドが現れるらしい。宝石人1人1人が、生まれた土地に自分だけのダイヤモンドを持つのだ。
このダイヤモンドには触れることも動かすこともできず、持ち主の宝石人が死ぬまでずっとその場所に浮かび続けるという。
「このダイヤこそが『寂しがりやのダイヤ』です」
とアマミは言った。
まるでダイヤが寂しがっているかのごとく、宝石人は皆、ダイヤから離れるとマイナス効果を受けてしまうらしい。
具体的には足と髪が短くなる。
まず故郷から5キロ離れると、その瞬間、足の長さが突然1センチ短くなる。さらに、髪も突然30センチ短くなる。
要するに、短足で短髪になるのだ。
この現象は、故郷のダイヤからの距離が10倍になるごとに発生する。
故郷から50キロ離れると、故郷にいた時と比べて、足は2センチ短くなり、髪は60センチ短くなる。
故郷から500キロ離れると、故郷にいた頃と比べて、足は3センチ短くなり、髪は90センチ短くなる。
「要するに、ダイヤからの直線距離が長くなればなるほど、短くなってしまうということですね」
「ふむ……」
「どうしました?」
「いや、足か髪の長さが関係するスキルがあった気がしてな。なんだっただろうかと思い出そうとしていたのさ」
何かそういうスキルがあった気がしたのだが、思い出せそうで思い出せない。
まあ、今する話でもないだろう。
俺は「話を続けてくれ」と、先をうながした。
アマミはうなずくと、
「足と髪が短くなると言うと、笑い話に聞こえるかもしれませんけど、結構深刻な話なんですよ」
と言った。
まず、足が急に短くなれば、バランスを崩す。
歩くだけならまだしも、精密な動きを必要とする戦闘には、慣れるまでに時間がかかる。
より深刻なのは、髪の方である。
人間は一般に手のひらから魔法を発動させる。
いっぽう、宝石人たちは、自らの長い髪を腕のように動かし、そこに魔力を集中させた上で、髪の先端から水魔法や風魔法などを放つらしい。
「洞窟に行くと、針のように細長い宝石が天井や壁から何万本と伸びていて、きらきらと光っていることがあります。ぱっと見、きれいな長い髪が光っているかのようですよ。
宝石人たちが魔力を放つ時の光景も、それに似ています。彼らが魔力を集中させると髪が輝き、そしてその髪から魔法が発射されるんです。彼らにとって、髪は魔法を使うのに必要不可欠なものなんですよ」
とアマミは言う。
そんな大事な髪が短くなってしまっては、髪に貯められる魔力が減るし、何より繊細な制御が必要な魔法のコントロールが乱れてしまう。
故郷から5キロ離れて髪が30センチ短くなった時点で、もうまともに魔法は使えなくなるらしい。
おまけに宝石人の髪は伸びない。
彼らの髪は特殊で、生まれた時から既に100センチほどの長さで生えそろっている。そして、余程の力を加えない限り、髪が抜けることもなければ、切れることもない。代わりに、髪が伸びることも、新しく髪が生えてくることもないという。
「髪が短くなってもまた伸ばせばいいや」というわけにはいかないのだ。
(宝石人にとっての髪は、人間にとっての髪よりもよっぽど大事なもんなんだろうな)
俺は何となく、そう考える。
そこにアマミが、
「ここまでで何か質問はありますか?」
と問いかけてきた。
俺は疑問を口にした。
「故郷のダイヤから離れると髪が短くなるって話だが、あまり離れすぎると髪の長さがマイナスになっちまわねえか? 髪が100センチしかねえのに、例えば120センチ短くなったら、マイナス20センチだろ? どうなるんだ?」
「ああ、どれだけ遠く離れても、髪は5センチより短くはならないらしいです。足も同じですね。足の長さは40センチ以下にはなりません」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「宝石人なら、感覚でわかるらしいですよ。短くなるにしても、ここまでだなって」
感覚と言われてしまえば、仕方ない。
「そういうものか」と俺はうなずく。
「もう1つ聞きたい。故郷から離れて髪と足が短くなった後、また故郷に近づくとどうなる? 元に戻るのか?」
「ええ、元に戻ります。ちょうど短くなった分と同じ長さだけ、また長くなるんです」
「どれだけ離れても、故郷に戻れば髪も足も全部元通りってことか」
「ええ、そうです」
ここまでの話をまとめると、『故郷から5キロ以内の範囲であれば、レベル70クラスの強力な魔法が使える』というのが典型的な宝石人というわけである。
「だが、レベル70クラスじゃ、野盗には勝てても、国には勝てねえ」
先ほどアマミは、宝石人達が『人間の国家からは独立して生活している』と教えてくれたが、胸元に高価そうな宝石を光らせている宝石人を国が見逃すだろうか?
見逃す国もあるかもしれない。
だが、見逃さない国もあるだろう。
軍を率いて宝石人の村を襲い、強引に胸の宝石を奪うような事態は起きないのだろうか?
アマミにたずねると、彼女はこともなげにこう答えた。
「そんなことをされれば、彼らは自爆しますよ」
何やら物騒なことを言う。
そういえば、先ほどアマミは、宝石人には『魔法と自爆』の2つの力があると言っていた。
魔法については聞いたが、自爆についてはまだ聞いていない。
「なんだ、自爆って?」
「自らの命を捨てて攻撃します」
「体が爆発するのか?」
「正確には、高速で相手に突っ込んでいってから、体が爆発します」
そう言って、アマミは自爆について教えてくれた。
宝石人の誰もが使える技。それが自爆らしい。
スキルではなく、宝石人という種族が生まれつき持っている技能のようなものだという。カメレオンが体の色を変えたり、タコが墨を吐いたりするようなものと言えばいいか。
この自爆を使うと、恐ろしい速さで狙った相手に突っ込んでいく。
あまりの速さに、避けることはほぼ不可能とされている。
そして、当たったら爆発する。
爆破の範囲は小さい。
半径1メートル程度である。
しかし、その範囲にあるものは強烈な爆炎を食らうことになる。
さすがに魔王相手にはダメージを与えられないが(かつて、とある宝石人の村に魔王が現れた時に自爆攻撃をしたところ、魔王は無傷だったらしい)、それ以外の相手にはだいたい効く。
ドラゴンのような大型の魔物相手でも深手を負わせられるし、人間に使えば半径1メートルの爆炎に全身が巻き込まれてほぼ即死である。
「命を捨てての攻撃とはいえ、すげえ威力だな」
「記録によると、国守すらも、この自爆で倒されたことがあるらしいですよ」
国守とは、高レベルの騎士や宮廷魔術師が就く地位であり、国家の最高戦力と言われている存在である。その力はS級冒険者に匹敵する。
その最高戦力すら、自爆で倒せてしまうのだ。
そして、この自爆を宝石人は容赦なく使う。
自主独立を重んじる彼らは、他者の言いなりになるくらいなら自爆して死んだ方がマシと考える。
また、仲間を守るためだったら、年長者は率先して自爆すべき、という考えを持つ。
つまるところ、自由と仲間のためなら迷わず命を捨てて爆発する。
これは宝石人の本能のようなものである。宝石人にも人間と同じく色々な連中がいて、それぞれに個性があるのだが、この『自由と仲間のためなら自爆する』という考えは、どんな宝石人の心にも例外なく根付いている。
自由と仲間を害そうとする敵がいて、普通に戦って勝てそうにないなら、宝石人は正気である限り、必ず即座に自爆する。正気で自爆するというのも妙な表現だが、とにかく自爆する。自爆が効きそうにない強敵相手でも、かまわず自爆する。それくらい本能として染みこんでいるのだ。
「ってことは、そんな宝石人たちの村を、国の軍が襲おうとしたら……」
「ええ。ご想像の通り、四方八方から容赦なく自爆が飛んできます」
自爆の射程距離は30メートルほどで、魔法や弓矢と比べると決して長くはないが、宝石人が住む岩山はデコボコした地形であることが多く、遮蔽物があちこちにある。
そんな中、宝石人が物陰からいきなり現れて自爆を使ってこられたら、避けるのは難しい。
無論、人数では人間の方が圧倒的に多い。
最後は数の暴力で宝石人達を撃滅できるだろう。
だが、貴重な人材が数多く失われてしまう上に、肝心の宝石は自爆で粉々。手に入るものといえば、せいぜい宝石人達の暮らしていた岩山の貧しい土地、となれば、どう考えても割に合わない。
「というより、そもそも胸の宝石を無理やり外しても、宝石は黒い砂になって消えてしまいますしね」
「そうなのか?」
「ええ。あまり知られていませんが、胸の赤い宝石は、宝石人の肉体の一部です。宝石人の血が通って初めて輝くものであり、持ち主が死んだり、宝石だけえぐりとっても、腐ってしまうだけですよ」
「じゃあ、そもそも宝石人の村を襲って宝石を強奪、という計画自体が成り立たないわけか」
「その通りです。まあ、めずらしい存在である宝石人を捕まえて奴隷や見世物にするという金もうけの方法もありますが、そんなことを自由と仲間を愛する宝石人相手にやろうものなら……」
「自爆か」
「そうです。魔法と違って、自爆は故郷からの距離の制限を受けないそうですからね。自爆されてしまっては、銅貨1枚のもうけにもなりません。まあ、そういった事情から、国は宝石人たちの独立を事実上黙認しているというわけです」
俺は「なるほどな」とうなずいた。
と、その時である。
「あ……うっ……」
声がした。
見ると、宝石人の少女が、ゆっくりと目を開けていた。
「こ、ここは……どこなのじゃ……?」
少女は弱々しい声で、そうつぶやいた。
2022/5/13 誤字脱字修正