47話 探偵、剣の魔王を倒す 中編
(さて……)
ここまでの推理で『俺が太陽にしがみついた』ことはわかった。
が、しがみついたところで、ただの自殺である。
何の意味があるのかわからない。
推理が行き詰まってしまったのだ。
(……どうする?)
一瞬悩んだが、すぐに決断を下した。
仮説である。
何か仮説を立てて、それが正しいという前提でひとまず推理を進めてみるのだ。
無論、仮説が間違っていたら貴重な時間が丸々無駄になるが、うだうだ悩んでいるよりはマシである。
(仮説か……。そうだな。こう仮定してみるのはどうだろう? もしかしたら昨日の俺は、『太陽にしがみつくことで魔王を倒すアイデア』を何かひらめいたのかもしれない)
つまり、こんな仮説である。
『太陽にしがみつくことで、魔王を倒せる』
この仮説が成り立つには、まず何より、魔王と戦う時に太陽が空に出ていないといけない。
しがみつき能力は、視界に映っているものにしか発動しないからだ。
が、問題はない。
このあたりはいつも晴れている。
――エヴァンスの話によると、魔王がいる影響か、この穴の周辺は雨がまるで降らないそうだ。
――雲が空にかかることすらなく、夜を除けばずっと日の光が降り注ぐのだという。
それに魔王は真っ昼間に姿を見せる。
――もっとも、魔王が姿を見せるのは、月が静かに輝く真夜中ではなく、太陽が最も高い真っ昼間なので、本当かどうかは怪しい。
よって、魔王戦の時に太陽にしがみつくこと自体は可能である。
問題は『太陽にしがみついたら俺は死ぬ』ということだ。
裏世界なら死んでも無かったことになるが、現実世界ではそうならない。
無論、俺は死ぬ気は無い。
となると、太陽にしがみついても死なない方法が何かあるということになる。
そして、昨日の俺はその方法を知っていたことになる。
なぜ知っていたか?
知る方法は1つしかない。実際にもう一度、やり方を変えたうえで太陽にしがみついて、「ああ、この方法なら死なねえな」と確かめたのだ。
(俺は、太陽に二度しがみついている。いつだ? 二度目のしがみつきはいつだ?)
日記を読み返す。
太陽にしがみついたと明確に書いてあるところはひとつもない。
しかし、仮説が正しければ、太陽にしがみついたとしか論理的に考えられない記述が存在するはずだ。
どこだ?
その記述はどこだ?
(……あった!)
それは『パターン2.身体性能アップを使った後で、しがみつきを使う』の実験をしているシーンである。
――そう思い、『今までしがみついたもの全部』に対して、あらためて身体性能を上げたうえで、しがみつき能力を使ってみた。
今までしがみついたもの『全部』に対して、しがみつき能力を使ったと明言している。
当然、太陽にもしがみついているはずだ。
その結果どうなったか?
俺は死ななかったのだ。
現に日記の中で俺はこう明言している。
――ともかく、今までしがみついたもの全部に対して、身体性能を上げたうえで5秒ずつ、『死ぬこともなく』、しがみついた。
死なないどころではない。
次の記述の通り、ケガすら負っていない。
――アマミと『二度と死なない』と約束しているからだ。事実、彼女と約束してから、俺は『ケガひとつ負っていないし』、自分の服や持ち物すら少しも傷つけていない。
なぜか?
最初に太陽にしがみついた時は死んでいるのに、なぜこの時は死ななかったのか?
前回との違いはただ1つ。
しがみつく前に、身体性能アップを使っているのだ。
つまり、こういうことだ。
『身体性能アップを使っていれば、太陽にしがみついても死なない』
◇
本当に?
焦ってはいけない。
急いで推理を先に進めたい気持ちはあるが、それで推理を間違えたら元も子もない。
まずは検証である。
(身体性能アップすれば、太陽にしがみついても死なない。この推理は正しいか? 反論はないか?)
俺は考えた。
2つ反論が浮かんだ。
反論1.なんで身体性能アップすると死なないの?
反論2.アマミは止めなかったの?
1つずつ検証しよう。
◇
反論1.なんで身体性能アップすると死なないの?
「腕力や脚力を身体性能アップで上げただけで、どうして太陽にしがみついても死なないの? 能力の説明欄にそんなこと一言も書いてない。おかしいじゃないか」
という反論である。
ごもっともである。
(さて、どう考えりゃいい? ……ふむ、『能力の説明欄にそんなこと一言も書いてない』か。本当か?)
俺は身体性能アップの説明欄を、改めて見直してみた。
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『身体性能アップ』
10秒の間、腕力、脚力のどちらか1つを向上させることができる。
※この能力を使っている間は、もう一度『身体性能アップ』を使用するなどして、使用者の身体に大きな変化を生じさせることができなくなる。
※この能力は、2回使用すると消滅する。
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(ん……?)
ひとつ気になるところを見つけた。
能力使用中は『使用者の身体に大きな変化を生じさせることができなくなる』という記述である。
どういう意味だろうか?
昨日の俺は、少なくとも身体性能アップの実験時点では、『能力を多重にかけることができない』という意味だと解釈していた。
――「見ろ、こう書いてあるだろ。『この能力を使っている間は、もう一度『身体性能アップ』を使用するなどして、使用者の身体に大きな変化を生じさせることができなくなる』と」
――「ああ、なるほど、つまり能力を多重にかけられないってことですか」
――「そういうことさ」
だが、それだったら説明欄には普通に『この能力は多重がけできない』とでも書いておけばいい。
なぜこんな、わかりにくい書き方をしているのか?
(……待てよ?)
『使用者の身体に大きな変化を生じさせることができなくなる』という文章。
この文章を、本当に素直に言葉通りに受け止めたらどういう意味になる?
こういう意味になるんじゃないか?
たとえば、剣で思いっきり斬られたら、身体が傷つくし血も流れる。
身体に『大きな変化』が生じる。
逆に言えば、大きな変化が生じない身体であれば、剣で斬りつけられても弾き返すだろう。無傷である。
同様に、太陽にしがみついたら、身体が蒸発するなり溶けるなりして即死する。
身体に『大きな変化』が生じる。
逆に言えば、大きな変化が生じない身体であれば、太陽にしがみついても何ともない。無傷である。
と、こういう話なのではないか?
無論、どれくらいの変化であれば『大きな変化』と言えるか、明確な境目はわかっていない。
わかってはいないが、しかし身体が蒸発したり溶けたりするのは、どう考えても『大きな変化』である。だからこそ実際に太陽にしがみついても無事だったのだ。
(すげえな、不死身じゃねえか……)
もっとも、大きな変化はしないということは、逆に言えば小さな変化はするということである。
となると、太陽にしがみついたのだから、即死はしなくても、多少のやけどは負ってもよさそうなものである。
しかし、実際の俺は、先ほども言ったように無傷だった。
もしかすると、体を傷つけるような変化は全て『大きな変化』と見なされるのかもしれない。
いずれにせよ、俺が死ななかった理由は、『使用者の身体に大きな変化を生じさせることができなくなる』という能力の記述で説明がつく。
反論1は成り立たない。
◇
反論2.アマミは止めなかったのか?
「アマミとは『二度と死なないこと』って約束をしたんだろう? なら、また太陽にしがみつこうとしたら、アマミも止めるだろ」という反論である。
(まあ、単純にアマミを説得したんだろうな)
身体性能アップをして太陽にしがみつく時、俺はこう言っている。
――もちろん、アマミと『二度と死なないこと』と約束したことは忘れていない
『忘れていない』からこそ、太陽にしがみつく前に、様々な対策を立てたのだろう。
たとえば、身体性能アップすると不死身になることを、事前に様々な方法で確認する。初めは弱いダメージを自分に与え、徐々に強いダメージを与え、いずれも無傷であることを示す。
そうやって、実演を何度も何度も重ねてアマミを十分に説得し、俺自身も「大丈夫だ」と確信を得た上で、太陽にしがみついたのだろう。
そう考えれば、アマミが止めなかったことも理解できる。
よって、反論2も成り立たない。
そして、すべての反論がつぶされたことにより、次の事実が成り立つ。
★★ 確定した事実6 ★★
身体性能アップすれば、太陽にしがみついて死なない。
◇
(……で?)
そう、やはり「で?」である。
たしかに身体性能アップすれば、太陽にしがみついても生きて帰ってくることができる。
身体性能アップの効果時間は10秒。
一方、しがみつき能力の所要時間は、下記の1~3の通り。
1.しがみつくまでの時間:0~1秒
2.しがみついている時間:5秒
3.元の場所に戻るまでの時間:0~1秒
合計して5~7秒である。
よって、身体性能アップしてから3秒以内に太陽にしがみつけば、無事に生きて戻ってくることができる。
が、それでは、本当に単に太陽にしがみついて帰ってくるだけである。
「俺、太陽にしがみついてきたんだぜ」と自慢できるだけだ。
何の意味もない。
そもそも、しがみついている間は身体を動かすことができない。
しゃべることもできない。
太陽にしがみついたところで、何もできないではないか。
現に初めてしがみつき能力を使った時、俺はこう言っている。
――正確には動けなかった。俺はぴくりとも自分の体を動かすことができなかったのだ。声すら出ない。
……いや、違うか。
ひとつだけできることがあった。
月替わりスキルの能力を使うことができるのだ。
――しがみついている間は体を動かすことはできないが、『身体性能アップ』は、『しがみつき』・『剣の決闘』と同様、念じるだけで一瞬で発動する。
――無事、発動した。
どの能力を使うことができるだろうか?
剣の魔王を倒せる可能性のある能力は、全部で3つ。
――剣の魔王を倒せる可能性のある3つの能力。
――『身体性能アップ』
――『剣の決闘』
――『しがみつき』
このうち、太陽にしがみつくには、身体性能アップとしがみつきを使う必要がある。
となると、残る能力は1つ。
剣の決闘である。
(剣の決闘ねえ……)
どうにもピンとこない。
使ったとして、一体どうなるのだろうか?
頭の中でシミュレートしてみよう。
仮に俺が太陽にしがみついた状態で、決闘能力を使ったとする。
決闘相手は魔王だ。
するとどうなるか。
(……ん? あれ? もしかして、とんでもないことにならねえか?)
決闘能力を使うと、決闘相手の正面から5メートルの位置に瞬間移動する。
なら、物にしがみついたまま決闘能力を使った場合は?
簡単だ。
しがみついた物ごと、決闘相手の正面に瞬間移動するのだ。
――瞬間移動が発生したのだ。それも、俺が木の幹にしがみついたまま、である。
つまり、太陽にしがみついたまま決闘能力を使うと、俺は太陽ごと魔王の正面に瞬間移動することになる。
確かに剣の魔王は倒せるだろう。
いきなり、目の前に太陽が現れれば、魔王だって死ぬ。絶対とは言わないが、ほぼ100パーセント死ぬ。
だが、死ぬのは魔王だけじゃない。アマミもメイも死ぬ。というより、俺たちが住んでいる星(長いので以降、母星と呼ぶ)が、丸ごと太陽に飲み込まれて蒸発する。
人類も魔物も全滅である。
唯一不死身状態の俺だけが生き残るが、身体性能アップの効果時間は10秒である。
10秒後に俺も死ぬ。
母星すべてを巻き込んだ壮大な無理心中になるのだ。
(なんだ、こりゃ……ただの大虐殺じゃねえか。……ん? いや、待て。案外上手くいくかもしれねえぞ)
この世界では魔物を倒すとポイントが手に入る。
魔王も含めて全ての魔物を俺が全滅させるということは、莫大なポイントが手に入る。
ポイントが手に入ると、神の祝福を購入できる。
神の祝福の中には、願いを叶えるものもある。
――あるいは、いっそのこと、ポイントをためて、神の祝福の1つである『願いの実現』を使って何か願いを叶える。
俺はポイントボードを開いた。
そこにはこんなものが載っていた。
願いの実現:願いを1つかなえることができる(10万ポイント消費)
魔物を全滅させれば、10万ポイントなんて余裕で手に入るだろう。
母星が蒸発した後も、俺は10秒生きることができる。
その10秒の間に『願いの実現』を使い、「何もかも全部10秒前に戻してくれ。ただし、俺のポイントはそのままで、魔物たちも死んだままでいい」という願いを叶えれば、母星は復活である。
アマミもメイも人類も生き返り、太陽も元の位置に戻る。
魔物たちは全滅したままなので、世界は平和になる。
そして、俺は莫大なポイントを手にして『世界活躍ランキング歴代1位』を達成する。
何もかも、めでたしめでたし、というわけだ。
つまり、こういうことである。
1.身体性能をアップさせて10秒不死身になる
2.不死身のまま、太陽にしがみつく
3.決闘能力を魔王に対して使い、太陽にしがみついたまま魔王の目の前に瞬間移動する。
4.母星が蒸発し、俺以外みんな死ぬ。莫大なポイントが手に入る。
5.ポイントを使って願いを叶え、死んだ魔物と俺のポイント以外、全部元通りにする。
6.めでたしめでたし
◇
……本当に?
本当にこれが、昨日俺が導き出した答えなのか?
(何かが引っかかるな……。いったいなんだ?)
俺は伯爵領に来てから『願いの実現』についてほとんど話題として触れてもいないのに、いきなりこれを使うのは不自然だ、という点だろうか?
それとも、今までアマミとメイを傷つけることを嫌がってきた俺が、後で生き返らせるとはいえ、2人を殺す作戦をいきなり立てるのは変だ、という点だろうか?
あるいは、『願いの実現』にどこまで願いを叶える力があるのか(たとえば『生き返らせられるのは1人まで』のような制約がないか)を調べた様子もないのに、そんなあやふやな力を当てにするのはおかしい、という点だろうか?
……いや、違う。
そういう心理的な理由ではなく、もっと根本的な……物理的な問題がある気がする。
(何が問題なんだ……何が……)
俺は日記を読み返す。
空はますます明るくなっていく。
魔王が現れる時が、刻一刻と近づいてきている。
そんな中、俺は焦る気持ちを抑え、ぱらぱらとページをめくっていく。
そして……。
(あった! ここだ!)
俺は問題の箇所を見つけた。




