46話 探偵、剣の魔王を倒す 前編
翌朝、目を覚ますと、俺は球の中に閉じ込められていた。
直径2メートルほどの、白い半透明の球である。
(な、なんだこりゃ?)
殴ったり蹴ったりしたが、球はビクともしない。
出られない。
見ると、アマミとメイも、それぞれ別の球に閉じ込められている。
2人とも懸命に脱出を試みている。アマミなどは風魔法や剣スキルを駆使して、球を破壊しようとしている。が、やはり球は傷ひとつつかない。
レベル120のアマミでも脱出できないのだから、どうやっても無理なのだろう。
(おそらく剣の魔王の影響だろうな……)
魔王は、あと数時間で現れる。
魔王が現れる時、生け贄たちは得体のしれない力で、穴の外に運ばれる。
どうやって運ばれるのか疑問だったが、たぶんこの球ごとふわりと浮かんで、外に運ばれるのだろう。
(さて……)
俺は、大きく深呼吸をした。
焦る気持ちを落ち着かせる。
(焦るなよ、俺……。魔王と戦おうってんだ。元よりリスクは承知の上だ。あわててもしょうがねえ。探偵は、ピンチの時こそ冷静に推理するものだろう?)
俺はまず、アマミとメイに無事かをたずねた。
お互い球に閉じ込められているせいか、声が届かない。念話も届かない。
どうにかジェスチャーで、2人の健康に問題が無いことを確認すると、同じくジェスチャーで「大丈夫だ。落ち着け。俺に任せろ」という意味のことを伝えた。
2人とも、安心したようにうなずいた。
続いて自分の状態を確かめた。
体調に問題はない。スキルも使えそうだ。
エヴァンスは、剣の魔王は姿を現した後、生け贄たちを殺すと言った。正確には「立ち向かう者は、神速の剛剣で殺す」と言い、「逃げる者は、疾風のごとき速度で追いかけて殺す」と言った。
言い換えれば、生け贄たちは、立ち向かったり逃げたりできる程度には元気かつ自由な状態で、魔王と対峙するわけだ。
とすると、おそらく俺たちはこのまま数時間のあいだ球に閉じ込められ、そして魔王が現れた時、穴の外へと運ばれて球から解放され、元気かつ自由な状態で魔王と戦うことになるのだろう。
であれば、その時に魔王を倒せるはずだ。
ただし、問題が1つある。
俺の記憶が一部欠けているのだ。
魔王の影響だろう。
魔王の檻の中に入ってからの記憶が欠落している。
メイと出会ったあたりまでは記憶にあるが、そこから先2日間の記憶がまるでない。
能力の実験をし、魔王の倒し方を推理した記憶がきれいさっぱり消えているのだ。
要するに俺は、魔王の倒し方を忘れている。
あと数時間で魔王が現れるというのに!
幸いにして、日記がある。
前にも言ったように、俺は日記をつけている。
小さなメモ帳に小さな字でびっしり書いた活動記録を常に携帯している。
記憶をなくしたにもかかわらず、なんとか現状(今日が魔王の現れる日であることとか)を把握できているのも、日記をぱらぱらと流し読みしたおかげである。
ちなみに日記は、現状を整理するため、今もこうして書いている。
今こうして書いているこの文章が日記だ。
そんな日記だが、大きな問題がある。
魔王の倒し方を書いていないのだ。
日記の中で、俺はこう語っている。
――俺は自分の推理に確信を得ていた。
――間違いない。
――この方法なら勝てる。
どうやら昨日の俺は、魔王の倒し方を推理できたらしい。
だが、肝心の推理の内容が、これっぽっちも書かれていないのだ。
つまり、あと数時間で魔王様がご登場するというのに、その倒し方がまるでわからない状態なのだ。
どうすればいい?
解決方法は2つある。
1つは思い出すまで待つことだ。
幸いにして、記憶が戻りつつある感覚はある。
徐々に戻るというより、あと何時間かすれば一気に戻るような……そんな感覚だ。
だが、魔王との対決までに思い出せる保証はない。
となれば残る方法は1つ。
今この場で、もう一度魔王の倒し方を推理するのだ。
手がかりは日記の文章のみ。アマミとメイに質問することもできない。
タイムリミットは数時間後、魔王がやってくるまで。
間に合わなければ死ぬ。
やるしかない。
◇
俺は日記を開き、魔王の檻に来てから、昨日の終わりまでの出来事を読んだ。
(ん?)
そして、気になるところを見つけた。
身体性能アップの実験をしていたあたりである。
俺はこんなことを言っているのだ。
――「日記の文章を読み上げて、エヴァンスに魔王の倒し方がわかるかどうかを、表現パズルとして出題してやるのさ。メイがいつもやられていることをやり返してやるんだ」
日記とは、俺が今こうして書いている文章のことである。
この文章が『表現パズル』になっていると言っているのだ。
表現パズルとは、日記中にも書いてあるように、次の3つの条件を満たす文章パズルのことである。
――条件1「まぎらわしい表現があること」
――条件2「問題に嘘がないこと」
――条件3「論理的に考えれば、正解がわかること」
たとえば、こんな文章が表現パズルだ。
『カールはゴブリンに剣で斬りつけた。何度も攻撃した。カールはゴブリンを倒した。倒されたゴブリンは、剣を無効化するお守りを持っていた。
さて、ゴブリンは剣で倒されたか?』
途中までは、カールが剣でゴブリンを倒したように読み取れる。
だが、ゴブリンは『剣を無効化するお守りを持っていた』のだから、それは論理的にあり得ない。
だから、『ゴブリンは剣で倒されたか?』という質問の答えは『いいえ』である。
カールは最初は剣で攻撃していたけれども、剣が通じないから斧や魔法など別の攻撃に切り替えたのだろう。実際、『何度も攻撃した』とは書いてあるが、剣だけで攻撃したとは言っていない。
カールは斧や魔法でゴブリンを倒したのだ。
(こういう表現パズルが日記の中に使われている。ってことは何が言えるんだ? ……いや、そんなの1つしかねえか)
簡単だ。
『日記の中に、まぎらわしい表現があるかもしれない』ということだ。
俺は日記の文章を、あとでエヴァンスに表現パズルとして出題するつもりだった。
ということは現時点ですでに、まぎらわしい表現が日記の中に使われている可能性が十分にある。
表現パズルのルールにのっとり、決して嘘は言っておらず、論理的に考えれば真相にたどりつけるけれども、一見すると誤解させかねないまぎらわしい表現。そんな表現が日記の中にあるかもしれないのだ。
ちなみに、こういう表現技法のことを叙述トリックという。
俺の前世で流行っていた推理小説では、割とメジャーだった表現技法だ。
明言しておくと、俺が荒野の魔王を倒した話と、妖精たちを率いて邪竜を倒した話では、叙述トリックは一切使っていない。
あの2つの話は、素直に読み取れる通りの内容である。
だが、魔王の檻に来てからは叙述トリックが使われている可能性がある。
何しろ、日記の中に表現パズルが使われていると、俺は堂々と宣言しているのだ。「叙述トリックを使うぞ」という露骨なまでの予告である。
そして、叙述トリックが使われていたとしても、俺はトリックの内容を忘れてしまっている。
(まいったな……エヴァンスに出題するために使っていた叙述トリックが、まさか自分の身に降りかかるとは……)
とはいえ、文章のすべてを疑う必要はない。
日記にもこう書いてある。
――このように、まぎらわしい表現があったとしても、間違った解釈をすればそこには必ず論理的矛盾が生じるのだ。
言い換えれば、矛盾がなければ、叙述トリックもないのだ。
であれば普段は気にしなくていい。
普通に文章を読んでいて(ん? あれ? このシーン、なんか矛盾してない?)と思った時に、初めて叙述トリックを疑えばいいのだ。
★★ 確定した事実1 ★★
日記の中に、叙述トリックが存在するかもしれない。
◇
(とはいえ、『どこかに叙述トリックがあります』じゃあ推理のしようがねえ……。何か、とっかかりが必要だ)
何しろ時間がない。
せめてヒントだけでも、ないか?
そう思いながら日記を読み直していると、こんな描写が目に入った。
俺が推理の方法を語っているシーンだ。
――俺が伯爵領に来てから語ってきたこと……今まさにこうして語っていることを、もし全部聞いている人間がいれば、そこに無視できない物理的な矛盾が3つもあることに気づくだろう。
――その矛盾をとっかかりにすればいい。
物理的な矛盾!
物理的矛盾ということは、日記に書かれている俺とアマミの位置関係がよく読むとおかしいとか、移動方向がおかしいとか、そういうやつだろう。
そして、それがヒントになると明言している!
(いいじゃねえか。まさにかっこうの手がかりだ)
さっそく物理面にしぼって、何か矛盾がないか日記を読み返してみよう。
◇
……が、どうにもうまくいかない。
いろいろと読み直してはみたが、どこにも矛盾が見つからない。
だんだん空も明るくなってきている。
やがて、太陽の光が射し込んでくるだろう。
(……太陽の光か)
考えてみると、光も物理現象の1つだ。
昨日、この穴にどんな風に光が射し込んできたのだろうか。
(見てみるか)
まず、昨日が曇りや雨だった可能性はない。
日記で、俺はこう言っている。
――エヴァンスの話によると、魔王がいる影響か、この穴の周辺は雨がまるで降らないそうだ。
――雲が空にかかることすらなく、夜を除けばずっと日の光が降り注ぐのだという。
光がどんな風に射してくるか?
それは、次の2つの文からわかる(なお、重要なところを強調するため、『』をいくつか追記した)。
――メイが言うには、そのうち太陽が高くなると、『南東から南を経由して南西にかけての方角から穴の底に日光が射し始め』、陽光に熱せられて岩がすさまじいほどに熱くなるらしい。
――メイの話によれば、『1日を通して穴の底の片半分は常に日影』だが、残りの片半分は時間帯によっては日が照って暑くなるらしい。
これで光の方向と影の長さは、おおよそわかる。
加えて、忘れてはいけないのは、俺たちが今いるのは穴の底ということだ。
――俺たちは今、魔王の檻と呼ばれている穴の中にいる。
――深さ20メートル、縦横10メートルの直方体の形状をした大きな穴である。
そして、穴の底は正方形の形をしていて、各辺は東西南北の方角を向いている。
――穴の底は、だいたい縦横10メートルの正方形の形である。
――この正方形の各辺は、それぞれほぼ東西南北の方角を向いている。
ということは、真上から見ると、穴の底では、影は下図のようにできることになる(■は穴の壁である)。
1.南東から陽光が射している時間帯
北
■■■■■■■■
■ 影影影影■
■ 影影影影■
西 ■影影影影影影■ 東
■影影影影影影■
■影影影影影影■
■影影影影影影■
■■■■■■■■
南
2.南から陽光が射している時間帯
北
■■■■■■■■
■ ■
■ ■
西 ■ ■ 東
■影影影影影影■
■影影影影影影■
■影影◆影影影■
■■■■■■■■
南
3.南西から陽光が射している時間帯
北
■■■■■■■■
■影影影影 ■
■影影影影 ■
西 ■影影影影影影■ 東
■影影影影影影■
■影影影影影影■
■影影影影影影■
■■■■■■■■
南
こうして見ると、穴の底の南半分は常に日影であることがわかる。
★★ 確定した事実2 ★★
穴の南半分は常に日影だった。
◇
(……ん?)
ここまで推理した時である。
何かがおかしいと思った。
南半分が影だと何がおかしい?
南とか北とかが関係してくるのはなんだ?
(……そうだ、決闘だ)
剣の決闘の初期位置である。
日記によると、穴の底の下図の位置が、決闘の初期位置だ。
北
■■■■■■■
■ 〇 ■
■ ■
西 ■ ■ 東
■ ■
■ ☆ ■
■■■■■■■
南
■は穴の壁。
〇はアマミかメイの初期位置。☆は俺の初期位置である。
こんな風に、俺たちはいつも同じ初期位置で、剣の決闘を開始していた。
そして、穴の底の南半分は常に日影だった。
ということは、俺の初期位置である☆も常に日影だったことになる。
俺の初期位置が日影だと、決闘にどう影響するんだ?
日記を読み返す。
(……ダメだ。これといった発見が何もねえ)
発想を変えてみた。
決闘の初期位置を、決闘以外で使っているところはないか?
(……あった!)
ひとつ見つかった。
しがみつき能力をはじめて使ったところだ。
以下、日記から引用してみた(重要なところは『』をつけた)。
――『剣の決闘の時と同じ初期位置』に、俺とアマミがつく。
――赤茶けた地面。同じく赤茶けた穴の壁。『俺のすぐ横』には、俺の背丈ほどの高さの立方体に近い形をした『黒い岩』が転がっていて、思わず手が触れてしまいそうになる。
俺の初期位置のすぐ横には、黒い岩があった。
『思わず手を触れてしまいそうになる』くらいだから、本当にすぐ横だったのだろう。
下図でいうと、◆のあたりだ。
北
■■■■■■■
■ 〇 ■
■ ■
西 ■ ■ 東
■ ■
■ ◆☆ ■
■■■■■■■
南
そして、『穴の南半分は常に日影』なのだから、◆の位置の黒い岩も日影にあった。
★★ 確定した事実3 ★★
先ほどの黒い岩は、日影にあった。
(すると、どういう話になるんだ? ……そうだ、ここだ!)
日記を読み進めると、この時の黒い岩が再登場するシーンがある。
ここだ。
――初めてしがみつき能力を使った時、俺のすぐ横に黒い岩が転がっていた。
以降、俺はこの時の黒い岩を一貫して『先ほどの黒い岩』と呼び続け、最終的にしがみつき能力を使う。
そう、俺が死んだこのシーンだ。
――しがみつき能力は、視界に映ったものに対して発動する。
――俺の視界には『先ほどの黒い岩』が映っている。太陽の光を浴びることで高熱を発する黒い岩が映っている。
――俺は深呼吸をした。
――そして、しがみつき能力を使った。
――直後、俺は死んだ。
普通に読めば、俺が高熱を発する『先ほどの黒い岩』にしがみついて死んだように見える。
だが、それはありえない。
なぜなら『先ほどの黒い岩』は日影にあった。
黒い岩は普段は冷たく、太陽の光を浴びて初めて熱くなる。
――普段はこの黒い岩は冷たいが、陽光を浴びることで、触ると大やけどしてしまうくらい高熱を発するようになる
『先ほどの黒い岩』は日影にあったのだから、冷たかった。
ということは、俺は冷たい岩にしがみついて死んだことになる。
しかし、日記で俺は明言している。
――その結果、俺はすさまじい『高熱』を発しているものに対し、全身でしがみついてしまった。
高熱のものにしがみついたと言っているのに、しがみついたはずの黒い岩は冷たかった。
矛盾である。
物理的矛盾である。
となれば、考えられる答えは1つ。
俺は黒い岩にしがみつかなかった。別の何か……物体Xにしがみついたのだ。
黒い岩にしがみついたように見えるのは、何らかの叙述トリックだったのだ。
◇
本当に?
ここは本当に大事なところだ。
(いいじゃねえか。物体Xにしがみついたってことにして、さっさと推理を先に進めようぜ)
焦りから、そんな気持ちが生まれるが、そもそも推理を間違えてしまっては元も子もない。
あわてて検証も無しに結論に飛びつくのは探偵のやることではない。
時間は潤沢というわけではないが、まだある。
落ち着いて検証しよう。
(黒い岩は冷たかった。だから俺がしがみついたのは物体Xだった。この推理は正しいか? 何か反論はないか?)
俺はしばし、考えた。
するとどうだろう。
4つも反論を思いついてしまったのだ。
反論1.高熱の黒い岩にしがみついたようにしか読み取れないけど?
反論2.岩が大きかったのでは?
反論3.岩が動かされたのでは?
反論4.アマミが冷やした岩は何?
4つも!
だが、正しい推理のためである。
1つでも反論が成り立てば、推理は崩壊するのだ。
1個ずつ検証しよう。
◇
反論1.高熱の黒い岩にしがみついたようにしか読み取れないけど?
「日記を普通に読む限り、ジュニッツが高熱の岩にしがみついたとしか解釈できない」という反論である。
たしかにそうだ。
これに対する俺の意見は「なんらかの叙述トリックが使われた」である。
具体的にどんな叙述トリックか?
俺は、しがみつきのシーンを読み直してみた。
(ん?)
そして、ひとつの発見をした。
俺は黒い岩にしがみついたとは、一言もいっていないのだ。
――俺は深呼吸をした。
――そして、しがみつき能力を使った。
とは言ったが、黒い岩にしがみついたとは言っていない。
――その結果、俺はすさまじい高熱を発しているものに対し、全身でしがみついてしまった。
とは言ったが、黒い岩にしがみついたとは言っていない。
――常識をひとつ言うと『高熱の岩に全身でしがみつくと人間は死ぬ』ということである。
とは言ったが、黒い岩にしがみついたとは言っていない。
(なるほどな。『黒い岩にしがみついたと明言しない』という叙述トリックだったわけか。これで全部説明できるんじゃねえか? ……いや、一箇所だけ説明できねえところがあるな)
日記の中で、俺はこう言っている。
――俺の視界には先ほどの黒い岩が映っている。『太陽の光を浴びることで高熱を発する黒い岩』が映っている。
つまり『先ほどの黒い岩』が、今まさに太陽の光を浴びて高熱を発していると言っているのだ。
しかし、
★★ 確定した事実3 ★★
先ほどの黒い岩は、日影にあった。
であるから、黒い岩は太陽の光など浴びていない。
論理的に矛盾する。
日記には『まぎらわしい表現があったとしても、間違った解釈をすればそこには必ず論理的矛盾が生じるのだ』と書いてある。
論理的矛盾があるとすれば、俺の解釈が間違っているということだ。
『太陽の光を浴びることで高熱を発する黒い岩』という文に対する俺の解釈が誤っているのだ。
(じゃあ、どう解釈すればいい?)
中折れ帽子を目深にかぶりながら、俺はしばし考える。
そして気づいた。
(そういうことか!)
例を挙げよう。
ある男が、朝顔を育てているとする。今は昼間で、朝顔はつぼみの状態である。
これを見て、朝顔を知らない友人が「なんだ、まだ咲かないのか?」と聞いてきたとする。
男はこう答えた。
「この花は、朝日を浴びることで咲く花なんだ」
さて、この『朝日を浴びることで咲く花』というのは、『今まさに朝日を浴びて咲いている花』という意味だろうか?
もちろん違う。
これは『もし、朝日を浴びたら咲く花』と解釈するのが正しい。
それと同じである。
『太陽の光を浴びることで高熱を発する黒い岩』もまた、『もし、太陽の光を浴びたら高熱を発する黒い岩』という意味にも解釈できるのである。
つまり、『太陽の光を浴びることで高熱を発する黒い岩』という文は次の2通りの解釈ができる。
解釈1.今まさに太陽の光を浴びていて、高熱を発している黒い岩
解釈2.もし、太陽の光を浴びたら高熱を発する黒い岩
そして、解釈1は『先ほどの黒い岩』が日影にあった以上、論理的に矛盾する。
ゆえに、解釈2が正しい。
まとめると、
・俺は黒い岩にしがみついたとは言っていない。
・黒い岩が太陽の光を浴びて高熱だったとも言っていない。
となる。
ゆえに反論1『高熱の黒い岩にしがみついたようにしか読み取れないけど?』は成り立たない。
◇
反論2.岩が大きかったのでは?
「岩が下図の◆のように大きかったら、ジュニッツの初期位置(☆)のすぐ横に岩があっても、太陽の光が当たって熱くなるじゃないか」という反論である。
北
■■■■■■■■
■ ■
■ ◆◆ ■
■ ◆◆ ■
西 ■影◆◆影影影■ 東
■影◆◆影影影■
■影◆◆☆影影■
■■■■■■■■
南
(ふむ……)
俺は軽く日記を読み直した。
そして、すぐこの反論が成り立たない証拠を見つけた。
日記の中で、俺は『先ほどの黒い岩』について、こう言っているのだ。
――俺のすぐ横には、『俺の背丈ほどの高さの立方体に近い形』をした黒い岩が転がっていて、思わず手を触れてしまいそうになる。
そして俺の背丈は2メートルもない。
――俺の身長は2メートルもない。アマミとメイは俺よりさらに小さい。要するに普通の体格の人間である。
つまり、『先ほどの黒い岩』は一辺2メートル以下の立方体の形だったのだ。
穴の底は、一辺10メートルの正方形の形をしていて、南半分5メートルは常に日影である。したがって、下図の◆の位置に2メートル以下の岩があったとしても、陽の光は当たらない。
北
■■■■■■■■
■ ■
■ ■
■ ■
西 ■影影影影影影■ 東
■影影影影影影■
■影影◆☆影影■
■■■■■■■■
南
よって、反論2も成り立たない。
◇
反論3.岩が動かされたのでは?
「たしかにジュニッツがしがみついた時、岩は日影にあった。でも、その前は日なたにあったかもしれないじゃないか。日なたで熱くなった後で、◆の位置に移動されたかもしれないじゃないか」という反論である。
(うーん……)
俺はポケットに手を突っ込み、考える。
そして、あるシーンに気がついた。
しがみつき能力の実験中、俺はこんなことを思っていたのだ。
――(そういや、岩には一度もしがみついていなかったな。というか、『身体性能アップ』の実験をした時に岩を持ち上げて以来、穴の中の岩には誰も触ってもいねえな)
穴の中にある岩は、身体性能アップの実験以来、誰も触ってすらいない。
当然、動かされてもいない。
一方、昨日、穴の底に太陽の光が射し始めたのは、剣の決闘の実験時である。
――その後も、俺たちは『剣の決闘』の実験を続けた。
――時間が過ぎ、しだいに陽が高くなっていく。穴の底にも陽光が届き始めた。
俺は昨日、次の1、2、3、4の順で実験した。
1.身体性能アップ
2.剣の決闘
3.しがみつき
4.能力の組み合わせ
陽が射してきたのは『2.剣の決闘』の時だから、『1.身体性能アップ』の時点では、穴の底は全部日影である。岩は、どう動かされようと、日影にある。
そして、『2.剣の決闘』から先は、岩は動かされていないと明言されている。動いていないということは、岩はずっと◆の位置、つまり日影にあった。
やはり『先ほどの黒い岩』は1日中日影にあったのだ。
反論3は成り立たない。
◇
反論4.アマミが冷やした岩は何?
「日記の中でアマミが高熱の黒い岩を冷やしているシーンがある。やっぱり岩は熱かったんじゃないの?」という反論である。
問題のシーンはここだ。
俺が物体Xにしがみついた後のシーンである。
――陽光を浴びて高熱を発している黒い岩にしがみつく時は、アマミの魔法で適度に冷やした上でしがみついた。
(……ん、こいつは問題ねえな)
黒い岩は複数あったのだ。
――穴の底には、俺の背ほどもある大きな岩が『いくつも』転がっている。
――岩の色は『黒い』。ところどころ赤い斑点がある。
『先ほどの黒い岩』とアマミが冷やした岩は、単に別の岩だったというだけの話である。
よって、反論4は成り立たない。
そして、すべての反論がつぶされたことにより、次の事実が成り立つ。
★★ 確定した事実4 ★★
俺がしがみついたのは物体Xだった。
◇
(じゃあ、物体Xってなんだ?)
当然の疑問に俺は頭を悩ませた。
なんだろう? 物体X。高熱の何かであるとしか書いていないが、なんだ?
どこか……どこか日記に手がかりはないだろうか?
どこか……。
俺は日記をめくる。
ぱらぱらとめくる。
そして……。
(あった!)
俺はこう明言している。
――さっき黒い岩の話をした時に『言ったように』、しがみつくと危険なものはないかと探している時、ちょうど『俺の目』に『高熱を発しているもの』が『映った』。そのせいで、あれにしがみついたらどうなるんだろう、と追及心が湧いてきてしまった。そして、本当にしがみついてしまったのだ。
物体Xは俺の目に映っている。
しかも、目に映ったことを『さっき黒い岩の話をした時に言ったように』と表現している。
物体Xが目に映ったことが『さっき言ったこと』。
つまり、俺が物体Xを自分の目で見たことは、日記の中で、はっきりと明言されているのだ。
黒い岩が出てきたあたりのシーンで、俺が自分の目に映ったと明言している高熱の物体。
それこそが物体Xである。
(そんなものは1つしかねえ……)
――上空には、さんさんと照りつけてくる太陽が見える。
そう、太陽である。
俺は太陽にしがみついたのだ。
俺はしがみつく直前、深呼吸をしている。
――俺は『深呼吸』をした。
――そして、しがみつき能力を使った。
深呼吸をするとき、俺は天を仰ぐ癖がある。
――俺も考え事をする時にズボンのポケットに手を突っ込んだり、落ち着かないと右足で地面をトントンしたり、『深呼吸をする時に天を仰いだり』、そういう癖がある。
つまり、俺はしがみつく直前に上空を見上げ、そして視界に映った太陽にしがみついたのだ。
もちろん太陽は遠くにある。
が、問題ない。
しがみつき能力は遠くにあるものにも発動する。
――相手が遠くにいようと、かまわずしがみつく。
太陽は大きいが、これも問題ない。
しがみつき能力は、大きな物に対しても発動する。
――そして視界に入りさえすれば、小さな物でも大きな物でもしがみつける。
また、しがみつき能力は、しがみつきたい物の全体が視界に入っていないとしがみつけないが、空に雲さえかかっていなければ、太陽の全体像は普通に視界に入る。
そして、魔王の檻のあるこのあたりでは、雲が空にかからない。
太陽は丸見えである。
――エヴァンスの話によると、魔王がいる影響か、この穴の周辺は雨がまるで降らないそうだ。
――雲が空にかかることすらなく、夜を除けばずっと日の光が降り注ぐのだという。
そして、しがみついた結果、俺は即死したのだろう。痛みを感じるひますらなかったに違いない。
当たり前だ。相手は太陽である。
生身で宇宙空間に投げ出され、俺たちが住むこの星の何十倍もの重力の中、火山のマグマよりはるかに高熱の太陽にしがみついたのだ。
普通に即死する。
(いや待て。即死したのに、太陽に本当にしがみつけたって、わかるのか?)
そんな疑問が湧いてくるが、すぐに解消した。
しがみつきに成功したことは、感覚でわかるのだ。
現に、俺はこう明言している。
――(あっ、しがみつき能力が発動したな。目標通りのものにしがみつけたな)というのは、いつも感覚でわかる。
――それに、これまでの実験では、毎回目標通りのものにしがみつくことができている。
遠い宇宙の恒星である太陽に対し、俺はしがみつくことに成功しているのだ。
★★ 確定した事実5 ★★
俺がしがみついたのは太陽だった。
◇
(……で?)
そう、「で?」である。
あれこれ推理してわかった事実は『俺が太陽にしがみついて自殺した』というただそれだけのことである。
これが一体、どう魔王を倒すのにつながるのか?
時間は容赦なく過ぎていく。
俺は一層集中して、推理を続けた。
今回ジュニッツが明言しているように、1章・2章で叙述トリックは一切使っていません。
また4章以降も、叙述トリックを使う時は、各章ごとに3章のような「叙述トリックを使う伏線」を入れます。




